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そして郷の人々は拾った赤子にほとほと困り果て、未来予知の能力を持つお婆様に見てもらい赤子の処遇を決めることとなった。赤子を前にし、お婆様は強烈なヴィジョンで未来を垣間見て叫んだ。
『この赤子はいずれ魔術師の王なるっ』
その未来予知の結果、赤子は郷で大事に育てられる事となった。近い未来にその里が魔術師の頂点に立つ為の道具の一つとして……。
その後、赤子は魔術師の古い言葉で『最も脅威なる力』と言う意味の『ラルシキティア・バスター・フェイク』と呼ばれ、いつしか青年へと成長していった。
だが、バスターは異端だった。産まれた頃より、泣かない、笑わない、怒らない、喜ばない、そして一言も喋らず、それはどれだけ年を重ねても変わらなかったという。
彼は魔族の故郷『エリシェエリデス』、魔術師の故郷『クレメッシェル』、そしてこの世界『ルーフィア』、三つの世界に同時に存在を許されながらどの世界にも正しく存在する事の出来ない男であった。本来、産まれるはずのない存在であり、彼という存在は森羅万象の一節から逸脱した完全なる異端だった。その身に宿す力は世界を根底から破壊してもなお余りある程であったが、人の三倍の大きさの魂は収まりきらず肉体を蝕み、ありとあらゆる病に侵されていた。
また、森羅万象の全てを見通す眼と膨大な力の代償に、彼は己の『自我』と『感覚の自由』を失っていた。己の意志とは無関係に見え続ける万物の事象、他者と自己の境界は曖昧でバスターは自己が如何なるものかを知らず『自我』を形成する事が出来なかった。そして、生まれつき膨大な力と魂に占拠された肉体は、眼も見えず、耳も聞こえず、匂いも分からず、何に触れても感覚はなく、上も下も右も左も判断がつかず、ありとあらゆる感覚の全てがまったく機能していなかったのだ。
だが、バスターにとって得る事の出来なかったそれらの機能は必要ではなかった。森羅万象の全てを知るバスターはそれらの示す道に従い動けばいいだけで、全てを知る彼に必要な物などなかったのかもしれない。
そして、運命は動き出した。