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Chronicle  作者: 清村 聖樹
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 ねじれた世界の歪みを通り異なる世界より来る異邦人『魔族』と『魔術師』、それは神にも似た力を操る異形の者たちだった。彼らの介入により世界は大きく揺らいだ。

 神喰いは魔族と魔術師の処理に追われ、長い時間を拘束されることとなり、この世界に産まれ出た己自身が愛しい少女と出会い、心を交わし合っていた事に気付けなかった。そう、神喰いは少女を手に入れる機を逸してしまったのだ。

 神喰いはありとあらゆる手段を講じて二人の仲を裂こうとしたが、二人の絆は揺らぎもしなかった。

 『アリス』と『ファニアリス』が違っていたように、新たに産まれた『男』もまた『神喰い』とは違った。

 群れの中でも心冷たく一匹狼であり全てを力で捩じ伏せてきた神喰いと違い、男は心優しく誰よりも聡明で、面倒見が良く弟妹に慕われ、父長や兄狼たちを良く慕い可愛がられ、請われるように次代の長となり、その後彼はいつでも仲間たちの中心にいて穏やかに微笑んでいるような男だった。

 そして、少女と男の関係も神喰いと少女とは違った。

 ファニアリスは誰か一人を愛す事で少女としての無垢さを失う事は確かに怖いし躊躇いを感じるが、それでも自分が愛の女神であるという事実は変わらず、自分自身の愛も貫けずに愛の女神を名乗る資格などない、自分は愛する人と共に歩む道を選ぶ! そう言って男の胸に飛び込んで行った。

 互いを信じているから、何も畏れることなどない。それほどに二人の絆は深く、何者の言葉にも二人は惑わされる事はなく男と少女はお互い手に手を取り合い幸せに暮らしていた。


 だからこそ、神喰いは許せなかった。


 神喰いは二人の仲を強引に引き裂き、少女は閉じ込められ、男は地の果てに飛ばされ、二人は遠く別たれた。

 されど男は諦めなかった。遠く別たれたと言えど同じ世界にいるのなら、と男は少女を探し長い旅を始めた。そして、その旅を妨害するかのように数々の苦難が男を襲った。神の信奉者から命を狙われ、猛獣の群れに囲まれ、大洪水に巻き込まれ耳を患い、大地震に見舞われ怪我し光を失い、大火事の中その身焼かれ、男の命の灯は日を追うごとに小さくなっていった。

 されど、男は諦めなかった、音を失っても、光を失っても、思うように動かなくなった体に鞭打ち、数多の妨害を退け男は神の宮へと再び辿りついた。

『あなたがファニアリスの親父殿ですね?』

 体中傷つきボロボロになりならがもにこやかな笑顔を向ける男、当時の神喰いと違い流暢に言葉を紡ぐ男に神喰いは胸の奥で暗い感情が湧くのを感じた。

『何度来た所で答えは変わらぬ、私は認めん!』

 その拒絶の言葉は音を失った耳にさえ届き、それを聞いた男の顔を見て神喰いは顔を歪めた。

 男の表情はいっそ晴れやかなものだった。自信と愛に満ち溢れ揺らぐとのない、不安も迷いも無いどこまでも優しい笑顔を浮かべていた。

『僕たちの仲を認めてほしいなどと言いはしません、所詮は神に恋をした僕が悪いのです。でも、例え今の世で結ばれなかったとしても、僕らの絆は決して揺らぐ事も途切れる事もありません』

 男は凛とした声で見えぬ目に神喰いを写した。

 神喰いはギリリと奥歯を噛み締めた、なぜか悔しくて堪らない。自分と男は何が違うのか、なぜこんなにも違うのか、神喰いには分からなかった。

 神喰いは苦み走った顔を力ずくで動かし歪な笑みを浮かべた。

『名も無き愚か者が、その傷でよう抜かすわ。貴様などさっさと野垂れ死ねは良い物をっ……だが、私とて慈悲くらいある。放っておいても死にゆく貴様の望みを一つだけ叶えてやろうではない。助かりたければ助けてやろう、あれに会いたいと言うのなら会わせてもやろう……さぁ、貴様は何を願う?』

 嘗て神喰いはこの問いに『全て』と答え、もし、もう一度あの場に戻る事が出来ても神悔いは何度でも同じ事を願うだろう。

 そして、男は答えた。

『願いなど、ありません。あなたの力に頼って手に入れた物など意味はありません、それでは本当の意味で望むものを手に入れた事にはならない……僕は必ず自分自身の力で彼女の下へ辿りついてみせましょう。例え今の世で命が尽きようと、僕は必ず彼女を見つけて見せる、それが僕から彼女へ示せる唯一の愛の証』

 男の顔は愛に満ち、笑顔は輝かんばかりに眩しかった。神喰いはさらに奥歯を噛み締めると口の中に血の味が広がった。

『貴様、神である私に背を向けた事を後悔するがいいっ! 名も無き愚か者よ……忘れるな、私は何があっても貴様を許しはしない!! 私は貴様から何もかも奪ってやるっ』

 神喰いは男を殺し、その魂に深く深く呪いを刻んだ。言葉の通り、何もかもを失うその呪いは、男の『記憶』を蝕み長い時間をかけ男の全てを壊し、いずれは『空腹』さえも忘れ果て呪いは男を死へと追いやるだろう。そして、呪いが成就した暁には、男の魂は壊れ、未来永劫その魂は生も死も無い世界を彷徨う事となる。

 神喰いはそうまでして、男をこの世界から消し去りたかったのだ。それこそ跡形も無く。

 男は息を引き取るその間際に、不敵に笑って神喰いの耳元でそっと囁いた。

『遠い未来で、再びあなたを尋ねる事を約束しましょう。それまで、どうぞお元気で』

 こうして、男は呪い背負い死に、神喰いは約束を背負わされ、彼らの長く壮絶な戦いの物語が始まった。


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