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『人』を得てしまった男は、すでに『狼』ではなく異端者として群れから追われていた。だが、心は狼のままであるが故に人里では暮らせず、唯一心触れ合える少女を失った男の手には何も残らなかった。少女はまだ幼かったのだ、彼女は男の孤独の真の意味を知らない。
男は少女の亡骸を抱え神の住まう『神の星』へと向かった。神の玉座には創造主ソロモンが静かに座り、己の眼から流れる物の意味を知らない男をただただ悲しげに見下ろしていた。
男は少女の亡骸を強くその腕に抱き、叫んだ。
『アリスを返せ!』
それは悲痛な叫びだった。それを見た創造主ソロモンは僅かに顔を歪める。
『いかに創造主と言えど、失われた『時』を取り戻す事叶わぬ』
男は首を振りさらに叫んだ。
『アリス……アリスを返してくれぇええええ!』
神は静かに首を振り呟いた。
『あれの時間はすでに止まった、二度と動く事はないのだ……あれは死の間際、我に『汝の幸せ』を嘆願した、我はそれを聞きいれた。我は創造主の名に誓い汝の願いを叶えよう』
男は考えた、何を願えば愛しい少女を取り戻す事が出来るのかを、そして彼は願った、その目から血の涙を流しながら
『全てだ……俺の望む全てをよこせ!』
それは悲哀に満ちた叫びだった。男は思ったのだ、全てを望めばその『全て』の中に愛しい少女も含まれる、少女をこの手に取り戻す方法を見つける事が出来る、と。
神は答えた。
『全てを欲するものよ、汝が願いを聞き入れ全てを得る方を授けよう。人の子よ、『全て』を得たくば神の血肉を喰らうのだ、喰らった血肉は汝の中で力となり汝の望む『全て』となろう』
男は少女の躯を抱えて創造主ソロモンに背を向け立ち去った。まだ、創造主に牙をむいた所で敵わない事を男はよく知っていた。
創造主は去りゆく男の背を見つめながら寂しそうに、悲しそうに呟いた。
『されど、汝は汝の望む全てを手に入れる事は叶わぬであろう……失ったも
のは戻らんのだよ、名も無き狼の子よ、我は汝を憐れに思う』




