『天へのぼる糸のかなた』
何もない草原に、少年はひとりぼっちで生きていた。
ある日、黄金のようにかがやく空から、蜘蛛の糸がするするとおりてきた。
糸に耳をつけると、ざわめき声が聞こえてきた。
喜怒哀楽、さまざまな思いをもった人々の声。
その糸をとおして、少年は世界のゆたかさを知った。
しかし、すぐにそれだけでは満足できなくなった。
その糸をとおして、少年は空の彼方と振動で言葉をかわそうとした。
糸に口をつけ、思い思いの言葉を語りかける。
果てのない糸電話。
ある日、その糸をとおして、男の優しい声がかけられた。
少年は喜び返事をした。
しかし男は一方的に声をかけるだけで、少年に反応することはなかった。
ある日、その糸をとおして、女の優しい声がかけられた。
少年は喜び返事をした。
しかし女は一方的に声をかけるだけで、少年に反応することはなかった。
そして糸から聞こえてくる人々の声は、少しずつとだえていった。
のみならず、苦しげなうめき声が混じりだす。
やがて、そのうめき声は、天空の果てからも聞こえはじめた。
うめき声が、少年をつつみこむように反響した。
黄昏の空が、赤く紅くひびわれていく。うめき声は終わらない。
少年は、糸をのぼることを決意する。
てのひらにつばをはいて、糸をにぎりしめ、どこまでもどこまでものぼっていく。
見おろした草原はどこまでも続いていた。
やがて眼前に広がる青い球。雲がまとわりつく地球。
その糸がつながっている女性の腹。
「オギャア!」
その叫びとともに、少年は産まれた。