弟
弟
「慧、抱っこして!」と、弟が言う。
クリスマスシーズンたけなわの混雑したデパート。
両手に持った紙袋はさして重くもないけれど、思いの外かさばっていて、持ったままでは弟の望みを叶えられそうにない。
「ゴメン、凛。荷物が多くて、抱っこできないよ。帰ったらしてあげるから、我慢しなさい」
「嫌々、今がいいの。抱っこするの」
「…」
俺を振り返って、見上げる弟のまっすぐな目力には、いつも敵わないとわかっているけれど、この状況ではとても無理だ。
「凛、慧は沢山のお荷物で凛を抱っこできないでしょ?我儘言わないの」
弟の手を握りしめ、前を歩いていたひとつ下の妹、梓が少し強い口調でいましめる。
「じゃあ、僕がお荷物持つから、慧の両手空くでしょ?そしたら抱っこできるよね」
「…凛、それじゃあ、慧は凛と荷物の両方を持つことになるじゃない」
「ならないよ。僕がお荷物持つんだもん」
「…」
「…」
俺と妹は顔を見合わせる。
困った弟の我儘だが、なんとも言えない愛らしさについ口元が緩む。
それを見た妹はダメダメと首を横に振り、また小さい弟を説得する。
「凛は今度の春になったら、五歳になるのよ。五歳と言ったら子供の大人よ。抱っこなんておかしいわ」
「子供の大人は子供だもん。梓は僕が子供だと思ってごまかしてるう~。それに僕は慧に頼んでいるの。ね、慧、お荷物持つから抱っこして」
仕方がないなあ~と、腰をかがめ、弟に手を伸ばす俺の前に、妹が立ちはだかる。
「駄目よ、凛。凛はもう大きくなったから、抱っこするには重いのよ。このお荷物よりずっと重いの。慧だって凛を抱っこするのは大変なのよ」
「え~…僕、そんなに重いの?」
「そうよ。どんどん大きくなって私よりもずっと大きくなるから、そろそろ抱っこは卒業しなきゃね」
「じゃあ、僕、大きくならない」
「え?」
「え?」
「ご飯もお菓子も食べない。そしたら大きくならないから重くならないよ。そしたら抱っこできるでしょ?慧」
「…」
さすがの妹もお手上げらしい。大きなため息を吐いて、弟の手を離した。
「…わかりました。凛を抱っこさせていただきます」
「わーいっ!」
「梓、荷物頼むよ」
「…ったく、凛には勝てないわ」
「ほら、おいで、凛」
「わーい!抱っこだあ~」
無邪気な声を上げ、抱き上げられた喜びにはしゃぐ弟は、なによりも愛くるしく、愛おしさが募る。
「梓、僕、お荷物持つよ」
弟が伸ばす小さな手に、梓は一番小さな紙袋を手渡した。
「お願いしますわ、我が家の天使さま」
「僕は天使じゃないよ。僕はすくねりんいちだよ」
そうやって笑う弟が、本当の天使のように思えてしまって、ふと不安になった。
「そうだね、凛はずっと俺の弟だね」
そういうと、俺はどこにも飛んで行かぬようにと、凛をしっかりと抱きしめるのだった。