幼なじみは魔女
―ねーせっちゃん。わたし、まじょなんだよ―
―そんなわけないだろ、ひーちゃん。じょーだんはよして―
―むーっ!じゃあしょーこみせるもんっ!えいっ!―
―わーすごいすごい。けむりがあがってる。てじな?―
―…もういいもんっ!せっちゃんなんてしらないっ!―
「………ふわぁ…」
懐かしい夢を見たと自分でも思う。
今の夢は幼稚園の頃幼なじみの『光』が、俺『刹那』に『私は実は魔女なんだ』と告白した時のことだ。
十年以上前のことをよくこんなに生々しく、一字一句違わずに覚えていると思う。
まぁ変にはっきり覚えている原因は次の日、丸一日口をきいてくれなかったことだろう。
その次の日には元通りになって、仲良く遊んだけれど、その一日が童心にはかなり堪えた訳で、嘘でもいいから信じればよかったと一日中後悔したもんだ。
それから光は自分のことを二度と魔女だと言わなかった。
で、なんでそんな夢を見たのかというと心当たり…というか確信がある。
それは―
「これで…決めるっ!ビッグバァァァンッ!」
「グギャアアァァッ……」
最近流行りのRPG、『マジカルアドベンチャー』の影響だ。間違いなく。
最新のゲーム器に最新のテレビを使って楽しむこのゲームは、『大迫力の魔法戦をあなたに!』というありきたりなキャッチコピーを忠実に再現しており、リアルな音、美麗な演出、さらに3D技術まで搭載している。
で、その大迫力の演出に加え、神がかったストーリーなども相まって、大ブームを巻き起こしたのだ。
もちろん俺もどっぷりハマっている。
そんなゲームにハマった俺は、魔法っていいなー、マジで見てみたいなーとか考えていた。そして思い出した光の存在。
中学までは一緒だったが、光は私立の女子校に進学したので、それから少し疎遠になっていた。
魔女の話を思い出し、日曜になったら訪ねてみようと思っていたら、その日曜に見た夢がさっきの夢だ。ダメでもともと、マジならラッキー、だ。
…朝9時、そこそこいい時間だ。
行くか。
ピンポーンっ
「はーいっ!…あれ!?刹那君っ!久しぶりっ!入って入って!」
中学以来、会うことのなかった光は、ショートだった漆黒の髪がロングになっており、そこらのアイドルにもひけをとらない美少女となっていた。
「半年会わないだけでずいぶん変わるもんだな…。おじゃまします」
「えへへっ、そう?あ、今お父さんもお母さんもいないけど、気にしないでね!」
はにゃっ、と満面の笑顔で言う光。
「………」
いくらなんでも無防備過ぎやしないだろうか…。
「高校には慣れたのか?」
とりあえず魔女の話題には触れず、おきまりの話題を振っておく。
「うん。天魔学園は色んな人が集まるけど、うまくやってるよ」
「そうだな。名門女子校の天馬学園なら、やっぱり留学生やお姫様みたいな人がいるのか?」
「お姫様みたいな子はいるよ。…でも天魔学園はどの国の所属でもないから、留学生って表現は変かな?」
「………?」
なんだか話が噛み合っていないぞ?
「それに、女の子が多いけど、一応共学校だよ。さらに、『魔法使いだっ!』て言えば誰でも…「まさか光、お前の行ってる高校って…」…え?『天空の魔法使い養成学園高等部』略して『天魔学園』だよ」
「………」
今気づいた。光が魔女だというのは本当だったのだ。半信半疑で来たのに…。
「まさか刹那君!まだ信じてくれてなかったの!?」
うわー…なんだか視線が冷たい…ってか…。
「マジで冷てえっ!?つかさみいっ!」
「その辺りの温度下げてるもんっ!」
今俺、魔法を体感してます…。地味なうえ、に身のきけ…んを…。
「………」
「あれ?刹那君!?大丈夫刹那君!?」
―刹那、享年16歳(高1)、死因、凍死―
「って死なねぇよっ!」
「うわっ!?生きかえった!?」
「ちょっと気を失っただけだっ…光、顔が近い…」
目を覚ますと光の顔を見上げる形になっていた。後頭部にはそこそこ柔らかいものが当たっていて、首から上が持ち上げられている。
要するに、光にひざ枕されているのだ。
「ごめんね刹那君…。ちょっとやり過ぎちゃって…」
「…いや、今まで信じてなかった俺が悪かったさ。ごめんな」
「…ありがと。あ、そういえば私、今から天魔学園に行かないといけないんだけど、一緒に来る?というより来て!」
なんか必死だ。
「お、おう…」
断るとまた冷えそうだから承諾しよう。き、気迫に押された訳ではないぞ!
安全第一だ!
「で、どうやって行くんだ?」
「んー…ホウキかな?」
あ、普通に魔女だ。
てっきり「電車」とか「徒歩」とか言うものだと思ってた。
そういえば、そもそも本物の魔女なら電車の距離でもホウキを…
「…は今無いし、ホウキの二人乗りはちょっと危ないけど…。ねぇ、聞いてる!?」
「…うわっ!…悪い」
少し自分の世界に入ってしまっていたようだ。
怒らせないようにしないと…。
「わりと急ぎだから、そこそこ飛ばすね。しっかり掴まっててよ。」
そう言って玄関に立ててあったホウキを持ち、それに跨がる光。その後ろに跨がる俺だったが…。
「…どこを掴めと?」
自転車みたいにハンドルがある訳でもなく、ホウキの柄を掴めるほどのスペースはない。
「え?私を掴めばいいじゃん。あ…、べ、別にどこでもいいけど、む、胸やお、お尻はできればやめてよ?」
「………」
「………」
しばらくの空気の凍結(雰囲気的な意味で)の後…
「誰がそんなとこ掴むかっ!!」
言われなくても掴まねえって!
「むー…そんなに否定しなくても…。私は刹那君が触りたいなら、別にいいのに…」
何言ってんだ…こいつ…。
つーか動機が『振り落とされないように掴む』から『触りたいから触る』にすり代わってやがる…。
興味がないとは言わないが…。
「…急ぎなんだろ?ほら、これでいいか?」
とりあえず、聞かなかった事にしよう。
後ろから腹に手をのばし、抱き着くように掴む。
なぜか空気が一気に暑くなった気がする。魔法か?
「あ…、うん…。じゃあ、行くね…?」
光がそう言うと、足が地面から離れる。
「出発…」
消え入りそうな声で光が呟く。
すると…
「うわああぁぁっ!?」
「しゃ、喋らないで!舌噛むよっ!」
どこのジェットコースターだよこれっ!
クルクル回るわ急降下するわ、挙げ句はひっくり返るわ…。
俺、今度こそ死ぬのか…?
その強烈な飛行が続くこと約20分、俺達はなんとか空高くの島にたどり着いていた…。
「…吐きそうだ」
「…なんで?」
どうしてこいつはケロッとしてられるんだよ…。
…ダメだ、無性に腹が立ってきた…。
「痛っ!何するのっ!?」
「…うるせえ」
お仕置きとして小突いておいた。…いつもあの飛行で学校に行っているのだろうか…?
「むーっ…。ま、いいか、ようこそ天魔学園へ!」
少し気分がマシになってきたので、光を軽く無視して辺りを見渡してみる。
わりと近代的だが、ファンタジーの世界だとは言われなくてもわかった。
「無視しないで…」
「…わかったよ。じゃあとりあえず質問だ」
辺りを見渡してはや30秒、壮絶な疑問が浮かんだので光に聞いてみる。
「なになにっ?」
「…竹ぼうきで飛んでる奴がほとんどいないんだが、なんでだ?」
さすがは魔法使いの学校。そこかしこに空を飛ぶ奴がいる。
しかし不自然なのが、俺達が乗ってきたような竹ぼうきに乗っている奴は見当たらず、平ぼうきやモップに乗っている奴ばかりだった。
「それはね、空を飛べる能力はその掃除用具の能力に比例するからだよ」
「………」
ひどい現実を突き付けられた気がした。
つまり絵本とかに出てくる魔女のホウキは、見栄えがいいから竹ぼうきなのであって、実際はかなりマイナーな存在だった、ということなのだ。
「だから浮くくらいならこんなのでもできるよ?」
俺の落胆など気にも留めず、懐から何かを取り出す光。
その手に握られていたのは…。
「…はたき?」
「うん。軽いし、高度維持くらいはできるから、落ちたとき用の保険」
なにパラシュート感覚ではたき持ってるんだ…。
でも待てよ?この話を聞くと、最高ランクの飛行道具は…。
「なあ光。まさかと思うがそ…「あらヒカリ。ご機嫌よう」…やっぱりか…」
光に推測の確認をとろうとしたら、かなりのスピードで『それ』に乗って飛んできた女の子が光に声をかけた。
「あ、ティファナちゃん!やっぱり速いね、その掃除機」
「もちろんですわ。わざわざオーダーメイドしましたのよ。…ところで、そちらの殿方は?」
このタイミングで掃除機に乗って来た女の子は、俺に関心を示した。
光との会話で名前はわかったし、金髪、ツインテール、貧乳、ですわ口調でお嬢様との見当もついた。
それにしても現代の魔女は掃除機で空を飛ぶんだなー。はぁ…。
「俺は光の幼なじみで刹那と言います。よろしくお願いします、ティファナさん」
「ああ…よくヒカリが話しているセツナですの…。わたくしはティファナ。イギリス財閥の令嬢ですわ。よろしく、セツナ」
俺に挨拶を済ませた後、ティファナさんは光になにやらこそこそと話を始めた。
「…セツナを連れて来たということは、あの計画を実行するということですの?」
「…うん、そのつもり。ティファナちゃんの目にはどう映る?」
「…想像以上ね。こんなのを野放しにしておくなんて、あの人達、無能ね。じゃあ光は行ってきて」
「…わかった。後でね、ティファナちゃん」
「?」
なんか女二人で盛り上がっている。
…とりあえず、イヤな予感がする…。
って光がどっか行った!?
「おい光!俺を置いてどこへ…「ああ、ご心配なく。貴方のお相手はわたくしが務めます」…お、おお…」
ティファナさんが言うには、光はどうしてもやらなければならないことがあり、その間俺の相手を彼女がしてくれるらしい。
「で、セツナ。貴方ここへはどうやって来たの?」
「光のホウキに乗って…」
「…そう、かわいそうに…」
いや、そんな哀れみの目で見られても…。
「そういえば俺、なんで連れて来られたんですか?」
今一番の疑問をぶつけてみる。
「ああ、中途半端な敬語はいりませんわ。ヒカリと話すときと同じで結構よ。ところでセツナ、貴方魔法を見たことはあって?」
見事にスルーされた…。
「いや、だから…「殿方のくせに細かいことを気にしてはいけません。とりあえず『発火』を見せてあげますわ」…よろしくお願いします…」
もういい、諦めよう。
とりあえず目的の魔法が見れるんだ。
「…収束をイメージして…」
腰に留めてあった指揮棒のようなものを持ち、ティファナさんはなにやら呟いている。
「ハッ!」
そして気合いの入った声を発すると、メラメラと燃える炎が発生した。
「うおっ!すげえっ!」
掃除機やはたきの話で若干幻滅していたが、魔法はマジだった!
すげえっ!
「それほど難しいことではありませんわ。この杖にエネルギーを操る力があるのです。多少の集中力と、周囲に熱エネルギーさえあれば、今の貴方でもできますわ」
「………」
えらい科学的な魔法…ってかやってることはエネルギーの制御だからほとんど科学だ…。
…なんだろう、この虚無感は…。
「たしかにこのレベルとなると、才能なども加味されますから、驚くのも無理ないですわ」
そんな俺の気持ちなど知らず、(ない)胸を張って鼻高々のティファナさん。
「…今失礼なことを考えませんでした?」
「き、気のせいです」
そんな馬鹿なことを言っていると…?
「キャアッ!?熱いっ!!」
「!?」
急に吹いた突風に、発生させた炎が煽られ、ティファナさんに燃え移った!?
「つ、杖はっ!?あああっ!!」
頼みの綱の杖は炎が燃え移った際に落としてしまっている!
「水はっ!?」
辺りを見回すが噴水も水道も見当たらない。ほかの魔法使いもいない。
焦る俺のつま先にコツンという感覚。これは…杖か!?
―この杖にエネルギーを操る力があるのです。多少の集中力とエネルギーさえあれば、今の貴方でもできますわ―
さきほどのティファナさんの話が頭を過ぎる。
「…やるしかないか…」
炎に包まれ悶えるティファナさんの辺りをイメージして…。
「頼むっ!!」
熱エネルギーを奪うことを願う!
すると、みるみるうちに炎は小さくなり、消えた。
「ティファナさんっ!」
「うっ…っ…!…セツナ…ありがとう…」
駆け寄って見てみると、かなり弱ってはいるが、体などに火傷はない。
「…一応この服は、エネルギーに対する強い耐性があるから…、熱かったけど怪我はしてないわ…」
そこでふと服に目をやると…。
「………」
「…?どうしたのです?―――っ!?」
急に黙った俺の視線を追って、自らの服を見るティファナさん。
そして声にならない悲鳴をあげる。
「み、見ないでっ!」
「わ、悪いっ!」
炎に包まれた際に、服のところどころが破れたようだ。
具体的には、黒い下着やら白い太ももやらがチラチラと見えた。
中途半端に見えていたせいで、妙に煽情的だった。
…落ち着け、こんな状況誰かに見られたら…
「あっ!いたいたっ!おーいっ、二人、と、もっ…?」
最悪のタイミングで光が帰ってきてしまった。
「…何してたの?」
「…えっと、それは…」
全力で体を隠すティファナさん。そして無傷の俺。
客観的に見れば俺がティファナさんを襲ったように見える訳で…。
「刹那君、さすがにそれは酷いよね?犯罪だよね?」
「いや待てちがっ…「違いますわ!」…う…」
俺が弁解しようとしたら、ティファナさんが遮った。
「…?」
「セツナに炎の魔法を見せようとしたら、私の不注意で、私自身が炎に包まれてしまったの。セツナはそれを助けてくれたのです」
「…刹那君、それホント?」
「当たり前だ!俺はそんなに節操なしだったか?」
…大丈夫だ、今まで軽い男だとは光に思われていないはずだ…。
「…そうだよね、刹那君女の子にはマジメだもんね…。悲しいくらい…」
一応助かったみたいだ…。なんか光が落ち込んでるけど…。
「ところでセツナ、貴方本当に素人ですの?」
「え?あ、ああ…」
「本当に無能ね…。こんな人を野放しなんて…。ま、いいわ。きちんと責任とりなさいよ」
「…は?」
いや待て。俺何か悪いことしたか?
「私は着替えてあの人のところに行ってくるわ。…ヒカリ、負けないわよ?」
「え、まさかティファナちゃん…」
「ではセツナ、また」
「お、おう…。また…」
結局、責任ってなんの責任だ…?
「むー…刹那君の女たらし…」
「いや、さっきマジメって言っただろうが…」
「だって…ん?」
光が何か言おうとすると、空からひらひらと何かが降ってきた。
「手紙…か…?」
その白い手紙は光の手元に綺麗に落ちた。
光がその手紙を開くと…?
「…うえ…先生から呼び出しだぁ…。今から泊まりで補習って…」
補習って…。そもそも手紙が落ちてきた仕組みとか気になるが一番気になるのは…。
「…俺は?」
俺、明日から普通に学校なんだが…。
「…帰れる?」
「…お前はどう思う?」
何言ってんだこいつ…。
「…無理…だよね。私が送る時間はないし、ティファナちゃんも忙しいし…」
光のホウキに乗るのは勘弁だが、帰れないよりはマシだ。もっとも、送ってくれないようだが。
「…どうすんだよ…」
無遅刻無欠席の健康優良児なんだぞ。だからどうしたって話だが。
「うーん…。あ…あれってまさか…?」
光はふと上を見上げると、何かに気づいたらしく、ホウキで空に上がった。
浮き上がるだけなら大丈夫なんだな…。
しばらくして、巨大な絨毯(?)とともに降りてきた。
「ノアさん!本当にありがとう!じゃあ私は行くね!」
「はい。光さんもお気をつけて」
光はそのままホウキでクルクルヒューンと飛んでいった。
酔わないのか、あいつ…。
そして絨毯?には女の子が乗っていた。
名前はノアで、銀髪、巨乳、高そうなドレスにティアラ、えらい丁寧な口調。
…どこぞやの貴族だろうか…?
「はじめまして、刹那さん。私はノア。イタリアの皇族です」
「はじめまして。…俺の名前は光から聞いたのですか?」
言ってから少し失礼だったか?と感じ、慌てて訂正をしようとしたが、ノアさんに止められた。
「ティファナさんと同じように、いつも通りで大丈夫です。…私にはさまざまなものを『観る、識る』力があります。その中の『場所』を識る力で、さきほど光さんと話しているのを聞きました」
じゃあ今の「ティファナさんと」の部分もその力で識ったのだろう。
「今ここを飛んでいたのも、この『未来』を観ていたからです」
たしかに都合が良すぎる。だがこんな理由があれば納得だ。
「その絨毯って高いのか?」
とりあえず気になったので聞いてみる。
モップやら掃除機で飛ぶ奴らに幻滅してたので、少しでも夢を見たかったが…、それが間違いだったとは思わなかった…。
「ああ、これは雑巾ですよ。掃除用具でないと空は飛べませんから」
「………」
聞かなきゃよかった…。
「そもそも掃除用具で空を飛べる理屈はご存知ですか?刹那さん」
「いや、知らない。どういう仕組みなんだ」
またエネルギーの話をされる、そう思っていたのだが…。
「どうにもこの世界の空を司る神様が綺麗好きで、『いつも世界を綺麗にしてくれてありがとう』という意味を込めて、空を飛ばしてくださっているそうです」
「………」
今度はやけに童話みたいな話だ。
いったいここはどういう世界なんだよ…。
「それ本当か?」
「なかなか鋭いですね。でも私が多少脚色した部分もありますが、だいたい合ってます」
…俺、この世界に来なけりゃよかった…。
「元気出してください。悪いことばかりではないですよ?」
ああ…優しい人だなノアさん…。
でもショックは大きいんだよ…。
「…とりあえず、光さんに頼まれたホウキの練習をしましょうか。帰れないと困るのでしょう?」
「…そのためにノアさんはここに?」
「そうです。はい、このホウキを差し上げます。練習を始めるのでそれに跨がってくださいね」
「お、おう。よろしく」
「軽くパタパタとホウキを上下に動かせば飛ぶ準備は完了です」
「あ、ああ…」
「~♪」
上機嫌で教えてくれるノアさんだが、俺はそれどころではない。
持ち方やら、跨がり方やらを教える際、やけに密着してくるのだ。
不謹慎ながらも、柔らかいなーとか、いい匂いがするなーとかに意識がいってしまう。
「うふふ、どうかしましたか?集中できていませんよ?」
人の気も知らずに、のんきに聞いてくるノアさん。
誰のせいだと…。
「おっぱいとか当たってると、やっぱり気になりますか?」
「!!?」
確信犯か!?
「私の『識る』能力は本当に様々なことを識ることができます。人の心さえも、ね?」
「………」
カマをかけられてる可能性もある。
とりあえず、だんまりを決めこもう…。
「あらあら…さすがに心は識れないと思ってるの?なら…えいっ!」
「!!!?」
反応が気に入らなかったのか、ノアさんはあからさまに強く密着してきた。
…くっ、気持ちいいが、心を殺して何も考えず…。
「くっ、気持ちいいが、心を殺して何も考えず…かぁ。素直でカワイイわぁ…」
「なっ…?」
考えを一字一句も間違えずに…だと…。
「これだけ強く密着すれば考えすらも識れますの。これで信じていただけました?」
「ノアさんお姫様だろ?こんなはしたないこと…」
していいのか?と言おうとしたら遮られてしまった。
「『お姫様』だとイタズラしてはいけないの?『お姫様』だって普通の人間。楽しいことは楽しいもの」
たしかに正論だ…。
「正論と認めていただけたみたいですので…ギューッ…」
「うう…助けてぇ…」
嬉しいが、いろいろ苦しい…。
「ずいぶんお上手になりましたね」
「…ありがとうございます」
それから昼飯の休憩を挟んで4時間、俺はノアさんに合格点を貰えるレベルまで上達していた。
ここで疑問を一つ。…いや二つ。
「光はなんであんな飛び方なんだ?」
「光さん?…あのエキセントリックな乗り方をご存知で?」
あ、やっぱり知ってるんだ…。
「ここに来るときは光のホウキで来たからな…。死ぬかと思ったぜ…」
「でも安全ですよ。あんな飛び方ですが、事故を起こしたことはありませんから」
それこそ魔法じゃないか…?
「不思議な才能ですよね。それで、もう一つの質問はなんでしょうか?」
「…常に心を識るの、やめてくれないか…?」
落ち着いて話もできねぇ。
「イタズラのタイミングを逃すわけにはいきませんもの。閉心術でも覚えればいかがですか?」
…手遅れだって。
「いずれ役立つかもしれませんよ。それで、質問は?」
「あ、ああ…。………」
言いにくい…。
「…?どうかしましたか?」
「…男に抱き着くなんて、日常的にやってるのか?」
だとしたらいつか襲われるぞ?
「…私、親しい同年代の男性はいませんの。いつかできたらやってみようとずっと温めてたアイデアです」
「…初対面で親しい扱いなのか?」
「刹那さんからは初対面でも、私は光さんから話を何度も聞いてましたので。一方的に親しいことにしました」
…すげえアグレッシブな考え方だ…。
「でも刹那さん、嬉しかったでしょう?私、スタイルには自信があるのです」
まあたしかに、美人だし、巨乳だし、嬉しくないわけがない。
「うふふ…素直でカワイイ刹那さんにご褒美です!」
「わっ!?」
急にノアさんが抱き着いてきた。
「ご褒美です!」でこれやるとは思ったけど…。
「ギューッ!」
さっきより力強い…。
「ギューッ………あら…?」
急にノアさんは抱き着くのをやめた。
「どうした?」
「もっとしてほしかった?」
「いや、違う」
即座に否定しておく。
「残念…クセになることを期待したのに…。…呼び出しを受けたの。識る力の応用方法の一つね。悪いけど、指導はおしまいね」
「そうですか…。じゃあ俺はもう帰ります。ありがとうございました!」
「どういたしまして。それじゃ刹那さん、またイタズラしてあげるね。バイバイ」
そう言って雑巾で浮上し、飛んでいくノアさん。
また…ということはまた会うのだろうか?
帰り道(空?)、まあふよふよとホウキで飛びながら考えることは…。
「なんか…期待とは違ったな…」
ほとんど科学の発火。やたらアバウトな飛行。
…むしろ一番魔法っぽかったのはノアさんの能力じゃないか?
それにしてもティファナさんもノアさんも美人だったなあ~。
光もかわいいが、負けず劣らずだったし…。
ま、あの二人とはもう会わないが。
そんな事を考えていたら家に着いた。
「ただいま」
…返事はない。父さんも母さんも、妹もいないのか。
べつにいいけど…。
「…そういや数学の宿題出てたっけ…。…明日でいいか」
せっかくの日曜なのに、妙に時間を食った。宿題なんて明日友達に写させてもらおう。
「ブリザードッ!」
「させるかっ!サンダーボルトッ!」
「………」
とりあえずマジカルアドベンチャーをやってみたが、どうにもあの魔法とダブって面白くない…。
結局、昼寝して起きたら飯で、風呂入ってから漫画読んでたらすぐに眠くなってきた。
案外疲れてたんだな…。
「…寝るか」
そうして俺は眠りについた…。
明日からはまた平凡な日常が待ってる…。
―その夜、天魔学園―
「わたくしは生徒会長として、それを要求いたします」
「私も同じく、学年首席として要求しますね」
「わ、私もえっと…とりあえずお願いしますっ!」
「…わかりました。すぐには無理ですが、一週間後には完了させておきます」
「「「ありがとうございます!」」」
そして金曜日の放課後、俺の日常は崩壊した。
担任の若いイケメン(女子談)の化学教師が入ってきた。
女子人気は群を抜いて高いのだが、いかんせん適当な先生だ。
「よーしホームルームを始める。まず連絡だ。今日限りで刹那は転校することになった。刹那、挨拶しろ」
「はぁ!?」
俺そんな話知らねぇぞ!?
「担任のオレだってさっき聞いたんだよ。なんでも国からの命令でな…」
一介の学生に国家権力の介入か!?
「刹那くん、転校しちゃうの?」
前の席の委員長が聞いてくる。
「初耳だっての!」
「だが、すでに決定事項だ。今日でお前の名前は名簿から抹消される」
先生…悪役みたいですよ…。
「というわけで刹那、今までありがとう。そしてさようなら」←棒読み
「雑いって!」
「そうだよ先生!お別れの言葉くらい言わせてあげて!」
委員長がやけに庇ってくれる。
俺は挨拶をしたいんじゃなくて、理不尽な転校に抵抗したいのだが…。
「時間切れだ。俺はこのあと会議があってな。では解散、さっさと帰れ」
「うおぃ!」
って早っ!もういなくなりやがった!
「刹那くん…、春は刹那くんのこと忘れないからね…」
「ありがとな、委員長」
今さらだがこのクラスの委員長を務めるこの女の子は春香という。
すげえ小動物みたいな女の子だ。
「…ねえ刹那くん、最後くらい『春』って呼ん…「おいセツ、聞いたぞ!お前転校するんだってな!」…あう…」
委員長が何か言いかけたが、よく聞こえなかった。
「ああギン、わけわからんがな。…帰るか」
クラスに乱入してきたのは銀次。中学からの悪友だ。
「おうよ。一緒に帰るのも今日が最後かー」
「べつに会えねえわけじゃないだろ。家向かいなんだし。じゃあな委員長、またどこかでな」
「う、うん…。バイバイ刹那くん…、元気でね…」
「セツ、転校先はどこなんだ?」
「俺が知りてえよ…」
「まさかあのお嬢様学校の『天馬学園』だったりしてな。そこでハーレムでも作って…」
「ギャルゲーのやり過ぎだ。そんな展開あるわけ…、ん…?『テンマ』…?」
「どうしたセツ?」
ギンの言葉も聞かず、俺は走り出した。
行き先はもちろん…。
「あ、刹那君、どうした…「光!お前何考えてやがる!?」…うわわっ!?」
もう確信があった。
俺の転校先は…。
「光、お前俺を『天魔学園』に入れてどうするつもりだ!?」
「だって刹那君ほど才能ある男の子珍しいんだもん!もう決まったことだから、月曜日からよろしくね!」
そう言って追い出された。
そしてぶつくさと文句を言いながら家に帰る。
「あ、兄さんおかえりなさい。手紙が来てるよ」
「ああ、ただいま咲。手紙、な…」
帰ると妹の咲が出迎えてくれた。
中身の読める手紙の存在を告げて。
「通信教育か何か?『天空の魔法使い養成学園』って。手品でも始めるの?」
「やっぱりな…」
案の定、天魔学園からの転入案内だった…。
―そして運命の月曜日―
「兄さん!玄関に外国人の女の子が来てて、『刹那さんを呼んでくださいな』って言ってるよ!」
中学の部活の朝練で、俺より早く家を出ようとしていた咲が騒いでいる。
「外国人って…まさか!?」
騒ぎ、喚く咲を横目に玄関へと駆ける。
外にいたのはもちろん…。
「あ、刹那君おはようっ!」
「セツナ、私を待たせるとは…。覚悟はよろしくて?」
「刹那さん、今日からよろしくお願いしますね」
光、ティファナさん、ノアさんの魔女3人組だった…。
「ふわぁ…綺麗な人達だねぇ…」
隣でぼーっとしている咲。
「刹那さんの妹さんですね。私、本日より刹那さんのクラスメイトとなるノアと申します」
「…えっ!?こ、こちらこそ兄をよろしくお願いしましっ!」
噛んでるよ…。
ノアさんのお姫様オーラにでも圧されたのか?
「わたくしは同じくクラスメイトとなるティファナです。ゆくゆくは…「咲ちゃん久しぶりっ!」…」
「ひ、光先輩!?」
ティファナさんの自己紹介を遮って光が久々の我が妹に挨拶する。
咲、気づかなかったのか…。
「そろそろ行かないと時間に遅れます。…刹那さん、大丈夫ですか?」
「私服でホウキだろ。後は大丈夫なのか?」
転入案内には当日の持ち物は『特になし』と書かれていた。
「杖も必要な道具もあちらで準備しています。では、行きましょう。また会いましょう、咲さん」
「ご機嫌よう、咲さん」
「じゃあね咲ちゃん!」
「み、皆さんいってらっしゃってください!」
咲、わけわからんぞ…。
「刹那さん、ホウキで行けますか?無理なら私のに乗せますが」
「わ、わたくしが乗せますわ!」
「ティファナちゃんの掃除機に二人乗りは無理じゃないかなぁ…。で、刹那君どうするの?」
「…大丈夫だ」
おそらく事故りはしないだろ…。
しかしノアさんの発言自体が事故だった。
「あら残念。イタズラし放題だと思ったのに…」
「イタズラって、ノア、何したの!?」
ノアさん、言わないでくれ…。
するとノアさんはこっちを見てにこっと笑うと…。
「刹那さんが『言うな』と思ってますので、『身体を当てるように抱き着いた』なんて言いませんわ。…あっ!!」
「「なっ!!!?」」
「わざとだろノアっ!」
明らかに知っててやりやがった…。
「呼び捨ては…ひどいわぁ…。罰としてあのときの刹那さんの体の状態でも言っちゃおうかしら?」
それはマズイ…。
「ど、どうなってたのノアちゃん。教えてっ!」
「せ、生徒会長として不純異性交遊にならないか確認します!言いなさい、ノア!」
言うなぁーっ!
「刹那さんが、今度一日デートしてくださるみたいですので、秘密にします。刹那さん、たっぷり遊んでもらいますよ」
交換条件かよ…。
「セ、セツナはノアのような女が好みなのっ!?」
「答えて刹那君っ!」
わあーなんか修羅場だあー。
「修羅場ですね~♪」
「おま…ノアさんがやったんでしょうが!」
危ねぇ…。危うくお前って言うとこだった…。
「…セーフにしておきます。では助けてあげましょう。二人とも、刹那さんの転入準備があるのですから遅れますよ?」
「そうでしたわ!行かないと!」
「…ノアさんに遊ばれた感じだよ…」
光、俺もまったく同感だ。
「セツナ、本当に大丈夫ですの?」
「たぶんな。…ほら」
無事に飛ぶ準備はできた。
「じゃあ、しゅっぱ~つ!」
そう言って光が飛ぶ。いや、回る、暴れる。
「相変わらずね」
「ええ。刹那さん、ぶつからないよう気をつけてくださいね」
「ああ…。よし、行くか」
こうして、俺の新しい学校生活が始まるのだった…。
書きはじめたきっかけは友人の「最近の魔女は掃除機で飛ぶらしい」の発言です。
いろいろ水増ししてるとこうなりましたが…。
人気があれば転入後の学園生活も書くかもしれません。
それと、前作「落ちる月、昇る太陽」は完全更新停止とさせていただきます。
手持ちの話を投稿して、完結とさせていただきます。
ときどき来て下さった方々、本当に申し訳ありません…。
今後はネタが浮かんで気が向いたら短編を書く、というスタイルにします。
どうか応援よろしくお願いいたします。