EP.4 「いやっ、聞いてほしいんだ。僕は心を入れ替えてね……」
翌朝。
目が覚めると、まず鼻を突くのは昨夜の残り香だった。
汗と体液の匂いが混じり合った、濃厚で少しむせ返るような空気。
シーツはぐちゃぐちゃで、一面びしょ濡れになっている。
隣を見ると、真々子さんはまだ眠っていた。
全身至る所に赤い痕がいくつも残っていて、昨夜の自分がどれだけ激しく彼女を求めたのかを如実に物語っていた。
「おはよう、真々子さん」
「んぅ……?」
僕はそっと頭を撫で、頬にキスをした。
彼女の口から小さく寝息が漏れる。
まぶたがゆっくりと開き、焦点の合わない瞳が僕を捉えた。
「……いおくん……おはよう」
「うん。おはよう」
彼女はまだ半分夢の中にいるみたいに、ぼんやりとした表情で僕を見上げる。
ゆっくりと体を起き上がらせようとするも、途中で小さく息を吐き動きを止めた。
「ごめん……ちょっと、激しくしすぎたね」
僕は少し照れながら謝った。
彼女の髪を指で梳く。
今日も真々子さんは仕事があるっていうのに、やり過ぎてしまった。
動きを止めたのは多分全身軋んでいるのだろう。
治癒魔術やポーションを使えば治せるだろうけど、真々子さんは治癒魔術は掠り傷を治す程度のしか使えないし、ポーションも下級のだとそこまで効果はない。
今日1日は仕事が大変だろう。
とはいえ昨日沢山稼いだし、すぐに上のランクのポーションとかも気軽に買えるようになる。
だからそれまでの我慢だ。
「ううん……私も、欲しかったから」
そう言って、彼女は小さく首を振った。
「……もう少しだけ、いい?」
僕が頷くと、彼女は僕の唇に自分の唇を重ねた。
そして手を腰に回し、体を重ね合う。
その時だった。
「ただいまー!」
玄関から大声が響く。
どうやら燕が帰ってきたようだ。
「ちょっと射音くん!」
バンッ!
と勢いよく扉が開く。
燕ちゃんがドスドスと足音を立てながら部屋に入ってきた。
「あら、燕? 射音くんがどうかしたの?」
「何かあった?」
「『何かあった?』じゃないよ! 大有りだよ! なんてもの送って来てるの!?」
あー、そういうことかぁ。
僕が昨日送信した金属塊のことかな?
「射音くん、何を送ったの?」
「星鉄鉱の塊を20個程……」
星辰のダンジョン以外じゃ宝箱から稀に入手するしか入手方法がなかった。
だからそれを20個も送りつけたことで驚いているのだろう。
「星鉄鉱?」
「星属性の魔力を帯びた鉄鉱石で、ダンジョンの宝箱でしか手にはいらない希少な金属だよ。1個18万円もするんだよ?」
「18万円!? それが20個ってことは……360万円!?」
真々子さんの疑問に燕ちゃんが答える。
それを聞いた彼女の顔が驚愕に染まり、大声を張り上げた。
彼女は混乱し指を折り何度も数え直している。
ん?
18万円?
「え? 1個5万円じゃなくて?」
「それは最低価格。どれだけ値崩れしてもそれを下回らないってだけだよ。今は18万円するの」
なるほど。
確かにゲームと違って、どれだけ供給されても値段が一定なんてありえないか。
なら値段が原作と違うのは理解出来る。
とはいえ、流石に原作の値段が最低価格なのは驚いたけど。
3倍以上も値段違うじゃん。
「それを20個も売ったせいで、職員さんにめちゃくちゃ問い詰められたんだからね?」
燕ちゃんは頬を膨らませ、プリプリと怒っている。
可愛い。
すごく可愛い。
「あー、それはごめん」
まさかそんなことになるとは思ってもみなかったよ。
僕はまだゲーム基準でこの世界を捉えてしまっていたらしい。
となると今後の動き方を考え直さないといけないね。
売る値段が一定じゃないってことは購入だって同じだろう。
それこそ店の在庫だって無制限に買えるわけじゃないし。
「まあ、予想通り面白いことになりそうだからいいんだけどさ!」
彼女の顔がパッと明るくなる。
「いいんだ?」
まあ燕ちゃん割と快楽主義なところあるし、そんなものか。
最終的に面白ければオールオッケーみたいな。
「どこのダンジョンで手に入れたのかは聞かないけどさ。あんまりやり過ぎると目をつけられてバレるんだから、本当に気をつけてね? 男でダンジョンに行ってるなんて、バレたら大事なんだからさ」
「うん、これからは気をつけるよ」
2人に迷惑かけたくないし。
僕の女装は完璧だから見られても男だってことはすぐにはバレないだろうけど、流石に調べたら分かるだろうからね。
「射音くんが捕まっちゃったら、面白いものが見れなくなっちゃうし、なにより私もお母さんも悲しむんだからね」
それはよくない。
2人を悲しませるなんて言語道断。
それは絶対にやっちゃいけないことだ。
「分かったよ。……それと、燕ちゃんも同じダンジョン行く?」
「え、いいの?」
「うん、そもそも僕のでも何でもないしね」
僕は別に独占するつもりはない。
原作知識は燕ちゃん達に追いつくための大きなアドバンテージではあるけど、燕ちゃん達にも強くなってもらわないと、後々困るからね。
ラスボスに負けたら世界消滅だし。
エロゲのクセにラスボスのやろうとしてることエロ要素一切ないんだよね。
見た目だけだ、エロいのは。
「やったー! どういうダンジョンなの?」
「星辰のダンジョンって言ってね。星モチーフの魔物が出てくるんだけど、全員弱い上に報酬が豪華なんだよね。星鉄鉱をドロップするのはあくまでオマケだし」
「え、あれオマケ扱いなんだ……」
彼女はポツリと声を出す。
あれ程貴重なものがオマケということに困惑しているようだ。
「本命は莫大な量の経験値だからね。雪華とか、仲のいい子連れて来てもいいよ」
「経験値!? ありがとう! 射音くん!」
彼女は満面の笑みを浮かべ、感謝の言葉を伝えた。
「と、こ、ろ、で……」
そしてそのすぐ後、一転して雰囲気が変わる。
「2人は何時までくっついてるのかな? そろそろ学校に行く時間だよ?」
「あら? イヤだわ、もうこんな時間?」
燕ちゃんに言われ時計を見ると、時刻は既に7時半だった。
学校は8時開始だから、後30分で全部の準備を終わらせ学校まで行かないと行けない。
移動時間を考えたら結構ギリギリだ。
朝食を食べる暇はなさそうだね。
真々子さんの朝食を食べれないのは悲しいけれど、仕方ない。
というか昨日の夕食も結局食べなかったし、だいぶお腹空いてる。
学校耐えられるかな……。
とりあえずホームルール終わったら自販機で菓子パン買えば昼休みまでは凌げるだろうし大丈夫か。
そうして僕らはドタバタと急いで準備をし始めた。
「「行ってきまーす!」」
「はい行ってらっしゃい」
準備を終わらせた僕達は、玄関を出て駆け出した。
ちなみに僕は燕ちゃんに背負われている。
その方が早いからねしょうがないね。
悲しいなぁ。
─────
「よーし! ギリギリセーフ!」
教室に着くと同時に、チャイムの音が鳴り響いた。
急いで席に着くと、視線が集中するのを感じた。
辺りを見回すと、クラスメイト達が疑念と困惑に満ちた表情でコチラを見つめている。
どうやら嫌われ者である僕が、学校中の人気者である燕ちゃんと一緒にやって来たことに驚いているようだった。
いや、少し違うか?
それにしては敵意がないような……。
「よーし席についてるなー。じゃあホームルーム始めるぞー。ん? どうした、何かあったのか?」
先生が前のドアから入ってくる。
彼女はすぐに空気を読み取り、異変に気づいたようだ。
「ん? そこのお前は誰だ?」
誰……?
ああそうか。
今日は僕女装してるから分からないのか。
となるとみんなの視線も僕が射音だって気づいてなかったからか。
そりゃ知らない人が入って来てさも元からいましたよみたいな感じで席に着いたらそうなるよね。
「いやいや先生。いくら問題児だからって自分の生徒忘れないでくださいよ。僕ですよ僕。貴女の生徒、星見射音です」
その言葉で、教室の空気が一瞬で凍りついた。
先生は持っていた出席簿を取り落とし、クラスメイトたちは口をぽかんと開けている。
誰も言葉を発しない。
ただ教室に響くのは、出席簿が教壇に落ちた、乾いた音だけだった。
「は……?」
数秒の沈黙の後、先生が間抜けな声を漏らす。
信じられないような目でこちらを見つめ続けている。
「え、いや、星見……? 星見射音か? 本当に?」
彼女は混乱の余り、教壇に手をついて身を乗り出してきた。
声が少し裏返り、震えている。
完全に普段の厳格な面影はなく、狼狽えてしまっているようだ。
「はい。何か問題でも?」
僕は小首を傾げてみせる。
「問題しかないが?」
「う、嘘よ! だって星見は、もっとこう……傲慢で自分勝手で癇癪持ちなドブカスで……」
「そうそう! 確かに中性的な見た目で女装したら可愛いだろうだろうなとは思ってたけど、あのプライドの塊みたいな奴が女装なんてするわけない!」
クラスメイトたちから次々と否定の声が上がった。
おおう、散々な言い様。
まあ前の僕はドブカスみたいな人格だったからしょうがないね。
甘んじて受け入れよう。
「それに関してはホントにすいませんでした」
椅子から降りるように飛び跳ねた。
そのまま着地と同時に全力でアクロバティック土下座を決める。
「星見が……土下座した!?」
「どうしよう……明日槍が降るのかな」
「天変地異の前触れ?」
僕が謝罪すると、みんなは割と本気で怯え始めた。
それ程までに信じられないことなのだろう。
日頃の行いを考えれば当然のことだけど、ここまでだと流石にちょっと悲しい。
「いやっ、聞いてほしいんだ。僕は心を入れ替えてね……。今まで散々迷惑をかけまくって来たから受け入れられないのは分かる。これから償っていく。何でもするから、どうか赦してほしい」
額を床に擦り付け、謝罪をする。
教室がシンと静まり返った。
「私からも、射音くんにチャンスをあげてほしい。射音くんが代わったのは私が保証するから」
燕ちゃんが援護する。
すると途端に空気が僕を信じる方へ向かって行った。
「燕ちゃんがそう言うなら……」
「そもそも、雑魚過ぎて特に被害出てないしね」
「可愛ければ何でもいいですよ」
「ん? 今何でもするって」
ざわざわと囁きが広がり、敵意の色はほとんど消えていた。
代わりに好奇心と、若干の悪戯心が混じり始めている。
燕ちゃんの効果は絶大だった。
さっきまで疑念と敵意に満ちていた教室は、急速に柔らかい雰囲気変わっている。
ここまで来るとちょっと怖いな。
燕ちゃんみんなのこと洗脳してない?
思ってたよりみんな燕ちゃん全肯定人間なんだけど。
もしかしてみんな雪華みたいになってる?
「……まぁ、いい」
先生はポツリと呟いた。
気を取り直すように、出席簿を拾った。
「とりあえず席に着け。ホームルーム始めるぞ。話は後で聞くからな」
こうして僕の新しい1日が始まった。




