PROLOGUE
彼の目の前に広がる光景は、悲惨そのものだった
寒帯だというのに、黒く焦げ付いた丸太の欠片は、「奴ら」が来た瞬間を物語っているかのようだった。
その前に立ち尽くす男…ジャーファは、がくりと、膝から崩れ落ちた。
彼の嗚咽は、椀状になっている山脈に大きく木霊した。
XXX
ジャーファの出身地は、可もなく不可もない山脈に囲まれた寒帯だった。
一年を通して寒く、永久凍土の上にはドライフラワーのような花や芯まで結晶でできている木が生えている。
その寒帯の中心部に、ジャーファの村があった。
数ある寒帯の村の中でも、最も栄えているのがこの村だ。酒場や百貨店など、様々な施設があり、町と言っても差し支えないほどだった。
そんな彼の村が栄えているのには理由がある。
ジャーファの祖父…村長が、嘗て勇者であったことだ。
遥か週十年前、ここ一帯は戦場だったという。弱肉強食な戦の中、寒帯族軍の戦闘に立ったのがジャーファの祖父だった。
この村は、ジャーファの祖父が報酬として国からもらった金で復興させたという。
「よう、ジャーファ。」
万屋の店主が、威勢よく彼に言葉を放つ。
「…おぅ。」
「なんだ?今日はなんだか機嫌が悪いな。」
「朝からそんなでかい声ききたくねぇよ。」
奥にいた女性がツッコむ。
「はは、そんなことないですよ。」
ジャーファは、作り笑いを浮かべた。
「で?今日は何の用だい?」
店主が言い終わる前に、彼は懐から銀貨を出した。
「借金を返しに来た。」
店主は机に置かれた銀貨を無言で数えると、
「足りない」
と呟いた。
「本当か?」
「ああ。お前さんに貸したのは二十四銭だ。ここには二十三銭しかないぞ。」
「…本当だな。」
ジャーファは冷汗をかく。無理もない。彼は汗水流して一か月でこの金を集めたのだ。しかし、一銭足りないだけでも、二倍の利子が一か月でつくのがこの店のルールなのだ。
「…本当は利子を取りたいところだが、」
冷たい空気が流れる。秒針の音が、ジャーファの鼓膜に大きく響く。
「お前さんはお得意さんなんでな。俺の頼んだことをやってくれれば、一銭を免除してやろう。」
「……何をすれば良いですか?」
彼は俯きながら訪ねる。
「ちょうど先日屋根が壊れてしまってな。丸太を三本、とってきてほしい。」
「…分かりました。」
ジャーファは店から出た。
再び、冷たい風が、ジャーファの白い髪を撫でた。
外は、相変わらずの賑わいだった。
小さな子供が走っていたり、酒場から酔いつぶれた男が出てきたり。
黄昏になっても落ちない賑やかさは、ジャーファを苦しめた。
「…なんでなんだ?」
ジャーファは、ボソッと呟いた。
「…ただいま。」
自宅につき、ジャーファは腰を下ろすことなく暖炉前の斧に手を取った。
祖父は、椅子に座りながら何かを万年筆で書いていた。
気付いていないだろうと思い、声をかけずに通ろうとしていたが、
「何処へ行く?」
祖父は声をかけた。
「…樵に。」
「何故だ?」
「…いいだろ。俺の勝手だろ。」
「…そうか。」
祖父は、しばらく黙った。そして、ジャーファが家を出る直前に、
「気をつけろよ。」
そう呟いた。
ドス、ドスという鈍い音が、村はずれの森林に響く。
しばらくして、ドサリという音と同時に、木が一本、また一本と倒れていく。
三本目が倒れた時、ジャーファは、切り株に座っていた。
彼は、切り終えた三本の木を見て、思った。
少なすぎる、と。
寒帯で、物質という物質の体積が縮小する中、銀銭というのは価値がある。直径二センチにも満たないそれは、十銭集めれば岩と同じ重さになるとも言われている。
それ一つと丸太三本が、天秤で釣り合うようには、彼は思えなかった。
そして、何度も考えてみても、一つの結論に至ってしまう。
贔屓されている、と。
決して自意識過剰では無い。ただ、店主の言い分に、彼は違和感を感じていたのだ。
今回だけではない。幾度となく、別の店で、無条件に優しくされていることは、感じていた。
恐らくだが、自分が村長の子供だからではないかと、どうしても思ってしまう。
考えられることは、もうそれ以外ないのだ。
もうとっくに日が暮れて、星が見えるようになってきた。
丸太を橇にのせ、万屋に持っていこうとした時だった。
一瞬、村が明るく光った。
村から遠く離れた外れの森林は、やや盛り上がっており、村を見下ろせるほどの所にある。
なので、いつもよりも村が光っていることは、安易に分かってしまう。
灯りが消えたと思った刹那、爆音と熱風が同時にジャーファを襲った。
あまりの熱さに、ジャーファはその場に倒れこんでしまった。近くにあった木が焦げており、その熱風の熱さが伺えた。
直後、再び吹く熱風は、ジャーファを森の奥の大樹まで飛ばした。
ジャーファは、意識が朦朧としているのを感じた。
XXX
ジャーファが目を覚ましたのは、近くで声が聞こえた時だった。
「奴ら、思ってたよりも弱かったな。」
「宣戦布告のつもりで爆破させた花火で、もう住民の殆どが即死、よ。」
「残ったやつらの始末はめんどくさかったけどな。」
ジャーファは、一瞬、理解に苦しんだ。
花火?即死?始末?訳が分からない。
直後、思い出す気絶前の光景。
明るくなった町や爆風、爆音。
この声の主らがあれをしたのか?
莫迦な。一族にそんな能力が使えるはずが…。
彼は、まだ打撲で動きずらい体で、声のする方へ這って行った。
目の前の光景に、彼は唖然とした。
永久凍土はクレーターの如く一部が溶け、穴が開いていた。
溶けなかった大地の地面に生えていた草花は、灰になっていた。
呆然としていたが、近づく足音に気づき咄嗟に木陰に隠れる。
足音のした方をふと見てみると、そこには真っ黒な肌をした半裸の男が数人歩いていた。
足は頑丈な鎧で守られ、筋肉質な上半身は威嚇する虎の様だった。
自分と同じ一族では…寒帯族ではないことが、一目でわかった
唖然としているジャーファがいることを知らず、男らは会話を続ける。
「でも、あの村長?とやらがちょっと固かったな。」
「まあ、確かに身のこなしは凄かった。しかし、ジジィだったのが運の尽きだったな。」
「ま、結局寒帯族の中心部は、若手のいない廃れた町だったわけだ。」
大笑いする男らに、ジャーファは怒りを抑えずにはいられなかった。
切り株を探し、近くにあった斧を見つけると、這って近づき拾った。
そして、怒りに任せ、思いっきり立ち上がり、男らの方に走っていった。
男らは、それに気づき、振り返る。
「は?まだ死んでねぇやついたよ。うざったりぃ。」
「まあ、ここは俺らの力を見せてやらなきゃな。」
「走ってきてるのガキじゃん。余裕だろ。」
ジャーファは、そんな会話を耳にせず、思いっきり男に向かって振り下した。
ジャーファは、息を切らしながら、手に持った斧を捨てた。
目の前には、筋肉質な男たちが、血を流し倒れている。
それを見て、ジャーファは思わず倒れこんだ。
しかし、ジャーファは脱力しながらも、必死に躓きながら、前へ進んだ。
村をめがけて。
村は、全てが黒く焦げていた。
半日前に訪れた万屋は、ほぼ半壊状態だった。
その風景を目の当たりにし、平然といられる彼ではなかった。
その場で膝をつき、大きく泣いた。
彼の嗚咽は、山に大きく木霊した。
ジャーファの家は、村の中でもかなり酷く壊されていた。
しかし、幸いにも書斎のみは無事だった。
何か残っているものはないかと思い探っていくと、大きな鞄が棚の奥にあるのを見つけた。
その鞄は、焦げているどころか灰一つ付いていなかった。
ジャーファは、それを手に取る。
鞄はどっさりとして重く、中身が入っているような状態だった。
何が入っているかと思い、鞄の中を探る。
中には、複数の本や瓶など、如何にも「冒険者」という感じがあった。
そして、中身を探っていくうちに、一枚の紙が無造作に入っていることが分かった。
その紙は、先日まで祖父が書いていたものと同じことが、紙の質から理解できた。
紙には表裏があり、表には地図のようなものが書かれていた。
祖父の筆跡で、しっかりと書かれた文字や線は、ジャーファの胸を抉った。
裏は、文字で埋め尽くされていた。
それは手紙のような形で、「ジャーファへ」と始まっている。
ジャーファは、その手紙を読んだ。
そして、紙を鞄に入れると、駆け足で家から飛び出した。
【TO BE CONTENTS】
『ジャーファへ
この手紙は、お前を深く傷つけるかもしれない。それを了承し読んでくれると有難い。
私は、数年前からこのようなこと…村が壊されることを予兆していた。
襲撃の日、もしお前が生きていたらと思い、これを執筆している。
先ずは、順を追って説明しよう。
襲撃は、我々寒帯族の暮らす「寒帯の地」の二つ隣にある「灼熱の地」の物が企てている。
灼熱の地の人間「灼熱族」は、皮膚を限界まで厚くしたために焦げたように黒い肌を持っており、炎を
司る。また、なかなかの蛮族で、今回の襲撃もそのような理由だろう。
幸い、我々寒帯族は「氷」を司ることができる。
ジャーファ、これからお前にやってほしいことがある。やるかやらないかは、お前の判断に委ねる。
どうか、灼熱族に打ち勝ってほしい。
別に、それをしたとて、もう襲撃されているお前に何の利益も害もない。
しかし、奴らはここだけでなく、ほかの村や、「寒帯の地」の隣国の「龍の國」まで襲撃しようとして
いる可能性が大いにある。これ以上、お前のような人間を増やしたくない。
残念なことに、私はいまはこの体。襲撃も歯向かえるかさえ判らん。
しかし、お前ならきっと、打ち勝てる筈だ。どうか、その手で。
そして、ここからは憶測だが、
この旅は、お前の父を探す手掛かりにもなる筈だ。
本当に、これをするかはお前の勝手だ。しかし、村のためにも、どうか打ち勝ってほしい。
これが入っている鞄と、私の剣は、好きに使うといい。
きっと、旅の役に立つと思う。
祖父グラーフより』
ファンタジー作品がなんとなく書きたく、この小説の執筆に至りました。
王道展開なのは許してください。
この作品を見てくださるすべての方々の期待に応えれるように努力します。
では、「第一話」でまたお会いしましょう。