天音と朱美
俺は、実家を売らずに。居住を決めた。
ボロいが、住めなくもない。
定食屋や居酒屋を、渡り歩くのも悪くないと思った。
俺は、茹だるような暑さの中で、一夜を過ごさした。
途中からは、室内で眠れずに。縁側に蚊取り線香を持ち出して。かすかな風を求め。
ビールで喉を潤しながら、2時頃就寝した。
日が差し始めた頃、体が痛く。寝返りをする度に、起こされて。いつの間にか、セミが騒ぎ。強敵、蚊の襲撃を凌駕している。
だが、俺を起こしたのは、暑さだった。
耐えられなかった。
眩しいのも有ったが。室内からの蒸れた、カビ臭い匂いが。生暖かな風とともに吹き抜けて。
俺は、目を覚まし。動かざろう得なかった。
俺は、古い畳を、全て庭に放り投げ。燃やしたい怒りを抑え、せんべい布団も、序でに押入れから引っ張り出した。
10時を廻り。赤嶺不動産へ電話をかけ。電気、水道、ガスを、通すように言い。
防犯の為に、監視カメラを付けたいから。業者を紹介しろとも言った。
電気は、直ぐに出来たが。
ガスは、チューブとコンロを交換させられた。
水道に至っては、屋上のタンクの交換を、余儀なくされた。
そして、何でも屋の金城くんが、煩いオフロードバイクで登場した。
「初めまして、金城です。防犯カメラの設置と聞いていますが。こちらで宜しいですか」
高身長の好青年だ。
「東江だ。宜しく頼む」
俺は、戸を開けて、家を掃除しながら。古いクーラーを動かして。調子を見ていた。
戸を開けていたのは、かび臭いからだ。
「この家の防犯カメラですか」
金城くんは、『こんなボロ家に、防犯カメラ入りますか』的な顔をした。
俺は、アパートを指し
「東と西の階段に、防犯カメラを付けてくれ」
俺は、金城くんを引き連れて。
東の階段から上がった。
「各階の通路を、両方から撮影してほしい」
このアパートは特殊で。東と西に4階までの階段が付いていて。両方から昇降が出来る。
「それだと、防犯カメラは6つですね。踊り場は、どうしますか」
金城くんは、カメラの台数を増やそうとしていた。
「それはいい。要らない。殺人事件は、起こらないよ。追加なら、下の駐車場に2台頼む」
金城くんに、笑顔が戻った。
「それと。家のガレージ前と、玄関に仏間も頼む」
俺は、合計11台のカメラを頼んだ。
「もう一度、現場を確認してからでも良いですか」
金城くんは、現場を見たがったので。2人で、家の方に向かった。
まず、ガレージ前で止まり。屋根を指した。
金城くんは、困った顔をして。
「東江さん。夜間照明はお持ちですか。新品でも、中古でも。明るさセンサーや対人センサーの物があるのですが、購入されますか」
俺は、少し考えて。
「ガレージ前に、明るさセンサーを付けて。玄関に、対人センサーを付けてくれ。新品と中古は、お前に任す」
俺は、ガレージを後にして。玄関で、細かい説明して。仏間に入った。
金城くんは、最初は気づかなかったが。家の中に入って気付いた。
「東江さん。このお金本物ですか」
俺は、帯の着いた一万円の束を、仏壇に奉納していた。
「ああ。だから、ここに一つ頼む」
金城くんは、『仏壇の反対の壁に、カメラ』とメモに書いた。
「これで、見積もりは幾らぐらいになる」
俺は、アバウトな質問をした。
「東江さんは、パソコンをお持ちですか。無ければ、中古をサービスでお安くしますけど。いかが致しますか」
まだ、終わってなかった。
「パソコンは無い。パソコンは、奥の部屋に頼む」
「ざっと計算さして、145万ですが。断りますか。ギリギリの値段なのですが」
金城くんのカメラは、市販の物を改造して。精度を上げたものらしく。少し割高で。賃金交渉では、断られたり。サービスの要求は当たり前で。交渉には、難を抱えていて。声のトーンが下がっていた。
だから、赤嶺社長がここによこしたのだ。
俺は、仏壇から100万円の束を、ポンと金城くんに渡して。
「前金だ」
金城くんは、逆に断られると思っていたらしい。
「東江さんは、値切ったり。サービスしろとは言わないんですね。」
金城くんは、100万円の束を見て浮かれていた。
「俺達みたいな半端モノは。メンツで生きている。けちくさい事は余り言わない」
俺は、少し間をおいて。
「騙されたと知ったら、追い込みをかける。馬鹿にされたと、勘違いをして。トコトン追い込んで。逆に、3〜4倍のお金をぶんどる。素人は、泣き寝入りしかないが。俺達は逆だ」
金城くんは、少し対応が変わった。
「お金の確認は、しなくて良いのか。おじさんが、2枚ほど抜いてるかもしれないぞ」
金城くんは、俺のジョークに対して。
「その時は、その時です。勉強代として、支払った事にします」
金城くんは、性格も良かった。
この金は、金城くんが来る前にセットしたものだ。
俺は、金城くんに近付いて。100万円の束の真ん中辺りを、1枚摘み。そのまま持ち上げて。
100万円だと、証明をした。
その日は、金城くんはその場で帰り。
翌日から、仕事を開始した。
俺は、金城くんと仲良くなり。
軽トラを借りたり。
アパートの清掃中に、飲み物の差し入れなんかもした。
水場の床に、そのままベニヤ板を敷いたり。
ソファーも、庭に出して叩いた。
畳は入れずに、味気無いベッドを買い足した。
ナンシーに、お金を上げた割には。貧乏性だった。
そして、天井の雨漏りを気にしていたら、大雨が降り。バケツと鍋とゴミ箱で済んだ。
俺は、コンビニへ行き。
最近覚えた、ナンプレの雑誌と、アイスとビールの6缶パックを買い。傘を差して帰路についた。
そこで、始めて天音ちゃんと遭遇した。
小さな女の子が、アパートの駐車場で雨宿りをしていた。
近くに親の影はなく、時折、空を見上げて。向かいのアパートを見ていた。
俺は、荷物をアパートのポストの上に置き。
(ここからは、犯罪です。見かけたら通報しましょう)
もう一度、コンビニに戻った。
適当にお菓子を選び、3個パックのジュースもかごに入れた。
俺は、居もしない神に祈り。駐車場にたどり着いた。
自分の行動を、駐車場のカメラに映しながら。
女の子に、ジュースを渡した。
恐る恐る、嫌われないように。
3個パックから、一つを取り出して。渡した。
段ボールに入った、小動物に餌付けするように。
犯罪ギリギリなのも知っている。
なるべく。駐車場の中央で、カメラの画角に収まるように。
色々な事を、考えたが。
この子の親に、一番腹が立っていた。
女の子は、俺からジュースを奪い。
ストローと格闘して。
俺に助けを求めた。
ストローは、俺でも苦戦をした。
点線で切れず。薄く伸びて。
ストローを取り出すと。
喉が渇いていたのか、飲みたかったのか。パックの方を強く握り。ストローを刺すと。溢れていた。
「パパとママは、どこにいるの」
俺は、駐車場の真ん中で胡座をかいて座った。
「パパは、いない。ママは、あっち」
女の子は、向かいのアパートを指した。
「天音ちゃんはね、もう少ししたら、お姉ちゃんになるの。だから、いい子にしないといけないの」
俺は、父親が居ないのに、お姉ちゃんになるのが気になり。カマをかけた。
「天音ちゃんは、新しいパパは、嫌い」
天音ちゃんは、大きく頷き。
「新しいパパは、叩くから嫌い」
さらに突っ込んで聞いた。
「お母さんも叩くの」
天音ちゃんは、大きく首を振った。
「ママは、天音ちゃんがわがままな時に叩く」
微妙なラインだ。難しい事は聞けない。
「新しいパパは、ママも叩くの」
DVも疑った。
天音ちゃんは、これにも首を振り。
「天音ちゃんが、言う事を聞かないから。ママも叩かれる」
天音ちゃんは、心を開いたのか。お腹が空いたのか。ビニール袋を漁りに来て、魔女っ子のウエハースチョコを取り出した。
俺に、お菓子の開封を、頼みたいのか。そのまま渡してきた。
俺は、お菓子の袋を開封した。
天音ちゃんは、定位置に戻り。
まず、ウエハースチョコを食べすに。シールを確認した。
天音ちゃんは、お気に入りのシールが出たらしい。
俺に、シールを巡って欲しいと、ねだりに来た。
「1番はピンクで、3番は黄色。黄色が1番好き」
この頃の俺は、この言葉を理解できてなかった。
確かに、シールは。黄色のキラキラだった。
剥がしたシールを、胸に貼って。ご機嫌だった。
あの男が、階段を降りてくるまでは。
天音ちゃんの表情が少し強張り。車の陰に隠れた。
男は、一階に降りると。深く傘をさして、顔までは見れなかった。
そのまま路地の奥に進み。駅への階段を登って行った。
天音ちゃんは、駅への道を曲がった辺りから、動き出した。
小さな道を、左右確認して。
大雨の中を、駆け抜けた。
階段は、壁に手を添えて。1段ずつ上がり。
2階に上がると、ダッシュした。
俺も、慌てて。階段を駆け上り。
ギリギリ間に合った。
203号室に、天音ちゃんは消えた。
手前の2つだったら、見失っていたかもしれない。
俺は、203号室のインターホンのボタンを押した。
反応が無く。
5度目のインターホンで、天音ちゃんが。怯えた表情で顔を見せた。
天音ちゃんは、俺に気づくと。表情を戻し。何故か、大きくドアを開けた。
「ママは、何処」と聞くと。
天音ちゃんは、お風呂場を指した。
ドアが大きく開いたせいで、焦げ臭い匂いが。俺は鼻をかすめた。
突然、ベッドの布団が燃え上り。
火災報知器が作動した。
天音ちゃんは、怯えた表情に戻り。
俺は、大きな窓を開けて。布団を外に投げた。
出火元は、布団の中のアイロンだった。
コードを抜き、布団の方に投げて。
上着脱ぎ。スウェットの上で、マットレスを叩き。鎮火させた。
その後は、マットレスもベランダに投げて。
布団は、雨水を吸い。そこしずつ重たくなっていった。
野次馬が、玄関から覗いたが。
「申し訳ありません。ぼやです。すみません。」
ひたすら謝り。
入口から、人が消えると。お風呂場に向かった。
この騒ぎで、優雅にお風呂は無い。
俺は、確認の為に。お風呂場を覗いた。
これが、朱美との出会いとなった。
冷たいシャワーに打たれ。手は、バスタブから垂れ下がり。水も溢れていた。
意識は虚ろで、両手首からは、出血していて。
バスタブには、大きな氷が3つも浮いていた。
朱美の体温は、非常に冷たく。
唇は紫色に変色していた。
俺は、朱美をバスタブから引きずり出して。
濡れた服を、全て脱がし。薄い毛布をかけて。マッサージをした。
血の巡りが良くなると。手首から、血が流れ始め。傷が深いのを知った。
それでも、タオルで二の腕を縛り。マッサージを続けた。
そして、救急が到着して。朱美と天音ちゃんを連れて行った。
俺は、朱美の鞄を取り。ベランダから、アパートの駐車場へ鞄を投げた。
最大の不審車で、容疑者な俺は。辺土名弁護士を召喚した。
辺土名弁護士は、俺が事情聴取を受けている時に到着した。
暇な弁護士で助かった。
俺は、救急隊員に。辺土名弁護士の名刺を渡していて。朱美の入院先も、辺土名弁護士は、知っていた。
辺土名弁護士が、俺の身元を引き受けてくれて。
一度、容疑者のレッテルは、消えた。
203号室は、警察の監視下に置かれ。
俺は、駐車場の鞄を取り。狭い軽自動車で、病院へと向かった。
「あのアパートで、何が有ったのですか」
身元を引き受けた以上、聞く必要があった。
「殺人事件だ」
俺は、ボソッと呟いた。
「んな理由無いじゃありませんか。殺人なら、東江は、拘留されてます。事情聴取だけでは済ませんよ」
そんなことを言いながら。病院に着いた。
まず、インフォメーションに行き。比嘉朱美の病室を聞いた。
病室までは、教えてもらえなかったが。四階の産婦人科だと教わった。
「そちらのエレベーターを四階に上りまして、正面に、ステーションがございます。そちらでご確認ください」
俺と辺土名弁護士が、エレベーターに向かおうとして、俺は振り返り。
「お腹の子は、どうなりました」
昭和初期まで、夜鷹達が使った。流産の方法だ。諸説あるが、冷たい水に長時間耐えて。胎児を殺める。民間の風習だった。
インフォメーションの人は、言葉を濁し。
「こちらでは、分かりかねます」
俺は、会釈をして。
「分かりました、上で聞いてみます」と返し。
辺土名弁護士と共に、エレベーターに乗り込んだ。
「東江さんは、沖縄に来て。半月で彼女を、妊娠させたのですか」
明後日の方角から、大炎上のナパームが飛んで来た。
エレベーターにはか他の方も乗っていて。恥ずかしくなり。キレた。
「たったの半月で、妊娠したか。お前は分かるのか」
辺土名弁護士は、クスクスと笑われた。
4階に着き。ナースステーションで、慌てた人を演出した。
「朱美は、どうなりましたか。お腹の子は、お腹の子は、無事ですか」
俺が、焦っている様子に。
「残念ですが。お子様の方は、残念です病院に着いた時には、脈は無かったそうです。奥様の自暴自棄だ」
看護師は口をつぐみ。俺を、犯人扱いした。
「比嘉様の病室は、4103号室になります。この通路奥から3番目の右手にございます。警察の方も見えてますので、お声のボリュームを下げて頂くようお願いできませんか」
別の看護師が、後ろから声をかけて。教えてくれた。
「有難うございます。向こうですね」
俺が、辺土名弁護士のヨレヨレスーツの裾を引っ張り。理解してもらえた。
俺が、横柄な態度を取ったので。
辺土名弁護士が、俺を止めて。挨拶をした。
車での練習は、無駄にならなかった。
俺は、ここから辺土名弁護士とバラバラに動き。途中の空いたベンチに座り。軽自動車から盗んだ、小説をパラパラ捲った。
辺土名弁護士は、比嘉さんの部屋の入り口横に置かれたベンチに座り。ソワソワしていた。
比嘉朱美のヒステリックな声は、少し離れていても、飛んできた。
怒り狂っている。
警察は、比嘉さんを落ち着かせて。
逃げるように、比嘉さんの部屋から逃げてきた。
俺は、辺土名弁護士と離れていて、正解だった。
辺土名弁護士は、職質を受けていた。
俺と、一緒だったら。結果は、かなり変わっていただろう。
警察が、俺の前を通り。職質されなかった。
辺土名弁護士が、比嘉さんの部屋に入り。俺は、ゆっくり近付いて。比嘉さんの部屋をノックした。
「初めまして、容疑者の東江です。僕だけは、貴女の味方です。怖がらないで下さい」
俺は、比嘉さんの家で、盗んだ鞄を。比嘉さんのベッドに、フワッと投げた。
朱美は、自分のバッグと気付くと。パンパンの中身を確認しようと、勢い良く開けて。
顔を、真っ赤にした。
鞄の中身は、比嘉さんの下着だ。何の変哲のない下着だが。
「アレは、彼の趣味なの。私の物じゃ無いの」
朱美は、自爆して。恥ずかしくなっていた。
「俺は、何も見てません。彼の趣味です。ですので、下着泥棒を許して下さい」
小説を、沢山読んでいる。妄想癖の強い弁護士でも、気付いた。
俺は、掴んだ所で。話を切り出した。
「辺土名弁護士先生は、この問題をどう解決する。弁護士先生の見解を、教えてくれ」
辺土名弁護士は、いくつかの質問を、朱美にして。出した答えは。
「難しいですね。1番の問題は、比嘉さんの胎児を、殺した証拠と、アパートに放火した証拠なのですが。両方の立証は難しいですね。相手が、罪を認めても、胎児なので100万も取れませんし。ベッドと部屋のグリーン代で、250万円取れたら、言い方です。刑も、初犯なら執行猶予で直ぐに出てきます」
期待していた、朱美は落胆を隠せなかった。
警察が、言っていたことと同じだったからだ。
「っで。比嘉さんは、どうしたい。あの男を追い込むなら、手を貸すぞ」
俺は、言葉は優しく。個室だった為。上着を脱ぎ。背中の閻魔大王を晒して。誘導した。
朱美は、俺の正体を知り。怖くなっていて。恐る恐る聞いた。
「私は、何をしたら宜しいのですか」
俺は、こっちのペースに持ち込んだ事を確信して。昔取った杵柄を活かし。
「簡単な事だ。ヤツの名前を教えろ」
簡単に、調べたら分かるが。これは、踏み絵だ。
彼女が、ヤツを売るのかどうかを知りたかった。
そして、俺の頭は、ヤツをどう追い込むか、思案し。絵を書き始めた。
「羽瀬です。羽瀬信也です。C建設で、営業をしていて。隣の宜野湾に住んでいます」
朱美は、踏み絵を踏み。羽瀬の首を、閻魔に差し出した。
「俺は、やる事が出来たので。ここで解散とします」
俺は、1番を2つ作る弁護士を残し。朱美の病室を出た。
辺土名弁護士と警察に諭された朱美は、不安になり。
辺土名弁護士も、自分の見解を信じていた。
「俺にとって。素人を、追い込むぐらい簡単だよ。比嘉さんの期待に添えられるか、分からないけど。羽瀬の命もチンチンも取らずに、追い込むから。大船に乗ったつもりで、任せて欲しい」
朱美は、東江の湧いてくる自信に、身を委ねた。
俺は、早速一つの仕事をコナシ。
金城くんに、電話をかけて。バイトをするか聞いた。
1週間後は、道後の温泉に浸かり。
翌日は、今治に入り。帰りは、タオルを大量に購入し。お土産は、16タルトをチョイスした。
ボヤ騒ぎから2週間の今日、地獄の門が開かれ。閻魔の裁判がはじまった。
今治のいなから。羽瀬の両親を呼びつけて。
『那覇空港』と描かれた、石の前で。羽瀬の両親と朱美を入れて。写真を撮り。
羽瀬の母親のスマホから、写真付きのラインを送った。
『これから、昼食を取り。3時間後に、朱美の部屋で話し合いを行います。ご参加いただけない場合は、C建設の前で写真を撮ります』
脅すと、3時間後に、羽瀬は現れた。
開口一番に。
「俺とお前の関係は、終わったんだ。諦めろ」
ドアを、思いっきり開け放ち。羽瀬が叫んだ言葉だった。
羽瀬の母親は、育て方を間違えたと知り。うつ向き。反省して。ハラワタが煮えくり返っていた。
父親は、他人のアパートなのに。
息子の信也を、玄関で押し倒して。2発ほど殴った。
もう少し見たかったが。空気が重くなり。
「羽瀬さんを、痛めつけるだけなら。もう、海に沈めています。話し合いを、持っているのです。大人しく座って下さい」
羽瀬の父親は、ドカドカと歩き。
数十年前に流行った。ダン・ヒルのセカンドバッグを開けて。銀行の袋を出した。
「ここに。600万入っている。これで、この問題は解決する話だ。信也には、沖縄を出て。愛媛で就職させて結婚させる。問題ないだろ」
父親は、信也を連れて帰ると言った。
「俺は、帰らないぞ。40歳までは、独身を貫くんだ。人生を謳歌しない奴が、アホなんだ。全て、モテないお前たちの僻みだ。俺は、独身貴族を貫くぞ」
この手の男の共通のアホ持論を聞いた。
「お前が、謳歌し過ぎたから、こうなったのだろう。反省しろよ。設計の喜舎場さんは、どうするつもりだ。喜舎場部長も、孫を楽しみにしているみたいじゃないか。それに、今日も下請けの受付している、花城さんとデートしていたんだろ。なんと言って、ドライブデートを断ったんだ」
俺は、喜舎場さんとのラインのスクショを。アイパッドで出した。
「喜舎場さんは、待ってくれるさ。例え別れたとしても。俺は、変わらない。謳歌し続けてやる」
俺等の背中側の襖が力強く開き。まだ、焦げ臭い匂いが部屋を駆け抜けた。
『カン』
そこには、設計の喜舎場さんが立っていた。
「羽瀬さん。明日の朝早くに、退職届を持ってきて下さい。私が、会社と掛け合って。退職金と今月分の給与とボーナスは、少ないですが。比嘉さんの慰謝料として、お支払します。それと、東江さんには、この男を私の分も含めて、地獄へ落として下さい」
喜舎場さんの登場は、もう少し後の予定だったが。シナリオ道理には行かず。
襖が、開いてしまったが。タイミング的には結果オーライだった。
喜舎場さんが、部屋の扉を開けると。
追加攻撃が、発動した。
花城さんと鉢合わせをした。
「ごめんなさい。私は終わったわ。後は好きにして」
喜舎場さんは、ヒールを下駄箱から出して。背筋を伸ばし。颯爽と帰った。
「私は、東江さんのお陰で。羽瀬とセックスをする前に、命を救っていただきました。私が、比嘉さんの立場に立ったら。羽瀬を、刺し殺していると思います。人生を、棒に振らずに助かりました。世の中の為に、地獄を味あわせて下さい」
辛辣な言葉を、羽瀬は食らって。
自称モテ男は、自分がクズ男だと認定され。自覚した。
花城さんは、ここまで連れてきた。バイトの金城くん達4人と、ハイタッチをして。帰って行った。
朱美の穴埋め的な。役だったのだろう。
辺土名弁護士は、冷静に帯をズラして。現金を数え始めて。
比嘉さんは、ペンを持ち。誓約書に、サインをしようとしていた。
「おい。田舎の常識を、ここに持ち込むな。桁が違うだろ。倍は出せ。道路沿いの土地を、売りに出せば。お釣りが来るだろ」
俺は、色々とお金をかけて、調べていた。
「何を言っている。おそこは、後10年で道が出来て、跳ね上がるのだぞ」
父親は、頭に血が上り。暴発した。
「貴方。何を言っているの。ここは、お家を抵当に入れましょう。残りの600万は、後日お支払いを、いたしますので。どうか、穏便にしていただけませんか」
羽瀬の母親は、1200万を提示して。
辺土名弁護士は、600万を数え終えて。借用書として。600万の書類に父親のサインをさせて。
朱美は、慰謝料1200万の書類にサインをした。
ここからは、俺のアドリブだった。
暴走と言ってもいい。
俺は、病院の診断書を出して。
朱美を、ビッチにした。
「あぁ。朱美が、1200万なら。俺は、800万を請求する。本物の無精子症の診断書だ。お前は、俺の子供を殺したんだ。お前が、階段から降りてくる映像もバッチリ映っているぞ。観念しろ」
俺の言葉を皮切りに。金城くん達が入って来た。
「何を言っている。朱美との子供は、俺の子だ。俺達は、半年後に結婚する予定だったんだ」
金城くんは、戦隊モノのヒーローのように。オーバーアクションで語り。
「何を言っているんだ。俺は、子どもと住む家まで買ったんだぞ。30年のローンだ」
悲劇のヒーローを演じ。
「俺は、大学を辞めて。就職までしたのだぞ。全て、生まれてくる。我が子のために」
嘆き悲しんだ。
「………」
島袋くんは、固まったまま。動けなかった。
テンポが崩れ。茶番が茶番で終わりかけた頃に。
朱美が立ち上がって。茶番に華を添えた。
「赤嶺くんは、そのままでいいの。私が、立派な漢にしてあげるの」
朱美は、そう言って。島袋くんの唇にキスをした。
馬鹿げた茶番を終えて。1人300万を請求した。
俺は、追加で2000万を請求した。
金城くんが、ガレージに取り付けたカメラに。
羽瀬が階段から降りてくる動画が、収まっており。高性能で、拡大したモノを、アイパッドで、流した。
「田舎で、こんなモノが出回ったら。村八分じゃ済まないよな」
父親は、跡が残るほど、拳を握り。
母親は、信也を叩いた。
「これじゃ。執行猶予付かないな。殺人事件だろうな。5年はかたいな」
俺は、上着を脱いで語った。
「喜舎場さんも、花城さんも、地獄を見せろと。仰っていたので。よろしくお願いします」
俺は、ジリジリと追い込んだ。
「家には。もう、そんな金なんてないぞ」
父親が落単して言った。
「しょうがないですね。お爺さんの土地を売りましょう。また、1からのスタートですよ。お父さん。信也も、帰ってきますし」
母親は、父親の背中に手を当てて。優しく諭し。
こちらを睨みつけて。
「もう、父親は増えませんよね。約束して下さい」
母親は、どうにか。2000万を作り出そうとしていた。
当の本人は、事切れたかのような、木偶人形になっている。
しかし、俺が仰せつかったのは。信也の地獄で。両親の地獄ではない。
俺は、今治の田舎の話を始めた。
「俺が、田舎の細い道を迷いながら走らせていると。13件目の大きな家で、森吟村長に会ったんだよ」
両親は、最後の手段を取られていて。
信也は、発狂したように。髪をグシャグシャに掻きむしった。
「優しい方だったよ。お前の事を話したら。婿さんの一大事だって。親身になってくれて。一人娘と、祝言挙げたら。『800万渡す』と言われた。さらに、半年後のお嬢さんの誕生日の前だと。ボーナスで、500万くれるって。俺は、彼女が好きなホテルに、予約してきたぞ」
母親は、叩いていた背中を、撫でていた。
「子ども一人に、300万。男の子だと500万出すって。男の子4人で、もとが取れるぞ」
俺は、両親を睨みつけて。
「決定事項なので。とどこうりなくお願いします」
その後、羽瀬は。森吟の婿養子に入り。
見事な結婚式を挙げて。彼女のお腹に、男の子が居るそうだ。
森吟村長は、婿の経歴を消すために。全額支払った。
俺は、羽瀬を地獄に送り。
3200万を回収した。
1200万円を、朱美が受取り。
100万円を、辺土名弁護士へ渡し。
60万円を、金城くんに渡し。
30万円を、×3バイト代として渡し。
30万円は、俺の旅費に消え。
120万円は、興信所に支払った。
残った1600万円は、天音ちゃんのお金だ。
あの年で、虐待されて。天涯孤独になりかけたんだ。安すぎるかもしれないが。
あれ以上は、両親から取れなかった。
辺土名弁護士は、書類を作っただけなのに。3200万の10%を、取ろうとしていた。
ナンシーと俺に、共通点が見つかった。
ナンシーの過去に、東江は打ちのめされた。
スナックナンシーの借金。