寒き非常事態
「やっぱり三月って暖かいよねー!」
「そうだな」
そう俺が言うと沈黙が訪れた。
俺たちは家を出たあと、学校に向かうために道を歩いていた。
「…聞いてくれないの?水の中ってどういうこと?って」
「…聞いてほしいのか?」
「うん!」
(聞いてほしいんだ…)
「水の中に学校があるってどういうことなんだ?」
「水の中に学校がどうやってあるのかってことだよね?」
「…あぁ」
「それはねー…なんでだと思う?」
「わかると思うか?」
「ぜーんぜん思わない!」
(そう思ってるなら普通聞かないだろ…)
「あれ?もう満神道の前だ…意外と近いんだね?」
「…俺は学校の話よりも、律輝が今日肩にかけている長細い袋が気になる」
「これ?これは…」
律輝が何かを言いかけると、急に全身に悪寒が走った。
(この感覚は…!!)
「半妖…!」
「優!」
律輝の声と共に俺の行動を止めるように律輝が長細い袋を向けた。
「少し待って」
「だが…!」
「優、今近くにいる半妖の数、一匹だと思ってない?」
「実際、一匹だろう?」
「やっぱり、霊力を持ってないと正確な数を把握できないんだねー!」
「どういうことだ」
「その一匹の気配に隠れるように二〇匹くらいいるよ…遠くにいるのも合わせたら一〇〇匹ぐらい」
「…!なぜここにそんな多くの半妖がいるんだ?」
俺がそう言うと、律輝は目を細めた。
「結界が破れてる…これが原因だろうねー、結界が直されるまで結界の中にいる半妖は出続けるだろうねー」
「結界はどうやって直すんだ?」
「霊力を注ぐ石碑が結界の近くにあるんだ!だから今からそこに行く。倒すだけじゃ、きりがないからね」
「…結構冷静なんだな」
「そりゃあ三本柱の一人だもん!当り前だよ!」
(三本柱?)
「だからね!僕がいる限り、誰も…」
近くにいた半妖が一斉に俺たちに向かって飛び出してきた。
「…!」
俺は刀を抜きそのうちの一匹を切った。
(…っ、捌ききれない…!)
俺は頭を下げ、守りの姿勢をとる。
シュ!シャ!
風を切る音がした後、何かが切れる音がした。
顔を上げると、律輝がすべての半妖を袋に入っていたものーーー薙刀で切り裂いていた。
「誰も、傷つけはしないよ」
(…すごい)
「優、大丈夫?」
「…あぁ」
「思ってたよりも強くてびっくりしたでしょー?」
「…あぁ、初めて会った時も凪が倒していたからな、律輝がそんなに強いことは知らなかった」
「えっへん!…っと」
律輝が襲ってきた半妖をよけ、切った。
「早く行こうか!じゃないと仕事が増えちゃう!」
「あぁ、行くぞ!」
律輝と俺は結界の修復のため、石碑を目指して走り出した。
シャ!シュ!ザクッ!
「……」
(律輝が強すぎて出番がない!)
「優!走りすぎて疲れてない?!」
「大丈夫だ!」
「それはよかっ…た!!」
律輝が半妖を切り裂く。
「だいぶ進んだね!そろそろつくと思うよ!!」
そう言われてしばらくすると視界が開けた。
「……律輝、これが石碑なのか?」
「そのはず…なんだけど……」
そこには石碑の形があったのかもわからないほど細かい石が転がっており、その石からか黒い煙のようなものが出ていた。
「…なんだこの、煙は」
「石碑が細かく割れる?しかも、穢れた霊力?…!」
律輝は上を向いて目を細めた。
「……っ、結界の穴が広がってる!それに……石碑から漏れ出た霊力を吸収して、半妖が強くなってる!」
「なっ!」
「どうしよ!こんなの初めてだし…どう対応すれば!」
「初めてなのか!?」
「そもそも!石碑が壊れているのがおかしい!簡単には壊れないように作られているのに!」
『皆の者!聞こえるであろうか!』
「当主様の声!」
「…紅葉月の!」
『今、満神道付近の結界が破れ、半妖が逃げ出しておる!月城が対応しておるが、如何やら石碑が壊されておるようだ!今動けるものは半妖を掃除せよ!…凪は結界を出来るだけ早く張り直すのじゃ!』
「…了解!優、ここ周辺にいる半妖を片付けるよ!凪が来やすいようにね!」
「あぁ!」
俺は刀を抜いた。
「優は右!僕は左に行く!」
「わかった!」
俺たちは背中を合わせそう会話した後、動き出した。
俺は走りながら半妖を切っていた。
後ろを振り返ってみると二匹の半妖がいた。前を見れば大きな木があった。
俺はその木に向かって飛び、体をねじって振り返った。
(父さんに教わった技を…今!)
「三日月切り!」
上から下に向かって切るのではなく下から上に向かって切る、それが三日月切り。
(直前まで体で隠れて見えないから、父さんと手合わせしているとき、よくこれでやられていたな……)
「それにしても…数が多いな」
(一匹一匹が強いわけではないがこのままじゃ消耗戦だ)
次から次に現れる半妖たちを倒していく。
(…これで、四〇)
そう思いながら最後の一匹を倒した。
「はぁー」
俺はその場でため息をつき、座り込んだ。
(これほど多くの半妖を倒したのは初めてだ)
「律輝を助けに…いや、いらないか。それよりも…」
(この黒い煙…一体何なんだ?)
その煙はよく見ると同じ方向に移動している。
(…怪しすぎる……だが、行けばこの煙の正体がわかるかも知れない)
俺はその煙を追ってみることにした。
カサッ カサカサ
草を踏んで進んでいくと、段々と空気が重くなっていった。
太陽の光が木に遮られてほとんど入ってこない。
(寒い…)
しばらく歩くと何かの気配を感じた。
俺は急いで木の後ろに隠れ、こっそりその方向を見てみた。
(……!!)
そこには赤い髪に灰色の瞳の少年と青い髪に赤い瞳の少女がいた。
(赤い…掃除屋の家系か?それならなぜ…なぜ黒い煙を集めているんだ…!?)
二人は協力して黒い煙を集めているように見えた。
「…菖蒲、どうやら観客がいるようだね」
「え?どうしてかしら?霊力で居場所がばれないよう隠しているのに」
「霊力も妖力も持たない人間だから、勘じゃない?」
(……!気配も消しているのにどうして)
「やぁ!」
「……!」
(いつの間に後ろに…!)
「お兄様!いきなりそっちにいかないでよ!」
声がした方を見ると、菖蒲と呼ばれていた少女が慌てて両手であふれ出す煙を抑えていた。
「……ごめん、菖蒲」
そう言って少女に向かって手をかざした。
すると黒い煙は黒い珠になった。
その珠は少女の手に落ち、少女はその珠を握りしめた。
「お兄様、任務は達成したわ!後はその人をどうするかだけど…」
少女はこちらに向かいながら俺の顔を見た。
「……あら、この方」
「菖蒲」
「えぇ」
「お兄さんはどうしてここに来たの?迷子?お兄さん、俺よりも年上に見えるけど……」
「…さっきのは、一体……?」
「黒い煙の事?この黒い煙はね、穢れた霊力と妖力だよ」
「……」
「これはね、亡くなった掃除屋とか、妖怪とか半妖、それから結界のために使う石碑とかから発生するんだ」
「……まさか、石碑を…!」
少年と少女は笑って、同時に答えた。
「うん!壊したよ!」
「えぇ、壊したわ」
「お前ら…!」
俺は刀を抜き、二人に切りかかる。
すると少女は左手、少年は右手を同時に出して俺の前で風を送るように手を動かした。
ズドンッ!
(……は?)
気づいた時には木にぶつかり、全身に痛みが走っていた。
「うぅ…あっ、げほっ……」
口に当てていた手を見ると赤くなっていた。
「お兄さん、弱いんだね?ちょっと期待外れ」
「…!お兄様、誰か来る気配がするわ!早く帰りましょう!」
「そうだね、帰ろうか」
(…動けない)
少年が背中を俺に見せた。
(絶好の機会なのに…!…くそっ)
少年は振り返った。
「じゃあね、優さん」
(…!俺の名前を……!)
二人は手をつなぐと、瞬きをしている間に消えてしまった。
(…もう、意識が……)
俺は目を閉じた。




