君に捧げる○のウタ(前編)
注意。
この作品は、いわゆる『探偵物』『ハードボイルド』『ミステリー』。広義的には『伝奇』に該当するかと思われます。
また『バイオレンス・暴力表現』や『性表現』に該当するような描写もあるかと思われますので、それらが少し苦手な方は閲覧をご遠慮いただければと思います。
初投稿であるため、稚拙で読みづらい文章だとは思いますが、どうかご了承の程よろしくお願いします。
私自身の『好き』を頑張って書いてみましたので、宜しければ最後までご覧いただき、楽しんでもらえればと思います。
00
4月。春の陽気に包まれ、桜は開花し花弁が舞う、という情緒を感じられるようなものは一切無い、居酒屋やスナックやバーなどが乱立するここ〈へべれけ街通り〉。まだ営業時間には早い昼過ぎ頃、人通りも少ないこの通りには車が一台駐車してあった。
その持ち主はよほど大事にしているのだろう、ピカピカに磨かれ整備の行き届いたフォルクスワーゲン・タイプ1、その形から〈ビートル〉や〈カブトムシ〉の通称でも知られる小型自動車の中には2人の人物が乗車している。
1人は幼女であり、後部座席にうつ伏せになりながら、スマートフォンにダウンロードしたパズルゲームで遊んでいる。
その娘の容姿は、この日本という国においてかなり注目を浴びるものであった。
何か特殊な粒子でも出していそうな白銀のショートヘア、琥珀色の瞳に非常に整った目鼻立ちであり、透き通った白い肌も相まって精巧な人形とも見て取れるものだ。
そこそこに大きいスマホを小さく可愛らしい両手で包みながら、拙い指捌きでパズルゲーを解いているが、それとは対照的にかなりの高レベルまで進めているようで、特に危なげもなく淡々と解き進めている。
軽快なBGMが鳴り響き、画面には〈CLEAR〉という表示がされたと同時に、彼女は時刻を確認する。
約束の時間になったことを確認すると、彼女はゲームをやめて起き上がり助手席にいるもう1人の人物に声を掛ける。
「ろいど、ろいど……おきて……」
舌っ足らずだが、透明感のあるそれでいて耳がくすぐったくなるような声音と、肩をちょいちょいと揺さぶられたことで、声を掛けられた青年の男はゆっくりと眼を開く。
彼もまた幼女と同様に人目を引く容姿であった、海のように澄んだ碧い瞳。黄金色の無造作・無秩序な天然パーマ、一見するとだらしない印象を受けるが、彼もまた整った顔立ちによってそういうものだと納得させるような、錯覚させるような形をしているーーとはいえ、格好の方は学生服ーー学ランのためか、若干の異物感が勝っているようにも思える。
「……時間か?」
「うん……」
「出てくる感じは?」
「しない」
「……そうか」
溜息を一つつき、自身もポケットからスマホを取り出して時刻を見る。
『30分、その間に出て来る様子が無ければ踏み込め』
仕方ない。
「……もし15分経っても俺らが出て来なかったら、警察に通報しろ」
「わかった」
「頼んだ」
彼はそう言ってドアを開けて外に出て、一方の彼女はそのままゲームを再開する。
01
「……ぁあ〜……」
俺は欠伸をしながら、固まってしまった身体をほぐすようにぐぐぐっと伸びをした。
その際に関節あたりがバキボキと音が鳴る。
「行くかぁ」
それを合図に眠気を醒ませ、意識を切り替える。
駐車した車から右斜め前の建物に向かう。
目的の場所は地下にあり、階段で降りるのだがその手前にはお洒落な看板が置かれ、〈butterfly effect〉と書かれている――個人的には好きな店名だ。
灯りが点いてない薄暗い階段を降り、そのすぐ目の前にドアがあった。〈閉店中〉、ドアにはそう書かれた札があるが、特に迷う事なく開ける。
店内はかなり広く、内装的にどうもこの店はバーだったようだ。右手がカウンター席になっており、普段ならばバーテンダーたちが立つ後ろの壁際には、一見するだけでも高そうな物だと分かる色々な酒瓶たちが飾られている。
対する左手の方はテーブル席になっており、アンティークなソファが置かれている。
店内は雰囲気を出すためか、若干明るさを抑えた電球色の照明で照らされており、更に奥の方を見ると――。
「誰だテメー?」
酒焼けの聞くに堪えない声でドスを効かせ、タバコを吹かせた厳つさにステータスを振った見た目の……お、女かアレ?
「てかお前ガイジンか?」
なんか日焼けサロンに行って、そこで大爆発したのかまっくろくろすけみたいな見た目なんだけど……。
「チッ! あー……キョウ、トゥデイ! ミセ、ヘイテン! ヤッテナイ! ノー! クローズ! オーケイ?」
えっとなんて言うんだっけ? 褐色ギャルというか黒ギャルというか、なんか古い言い方みたいなの……ガングロだっけ? ヤマンバだっけ?
「ヘイユー! もしもし!?」
ルッキズムのつもりはないが普通にびっくりした、新手の化け物かと思ったわ。
「おい! 聞いてんのかよ!!」
俺の反応が返ってこないことに空気がピリつきはじめる、女の周りにいるこれまた厳つい男たちがガンをこっちに飛ばしてくる。
雰囲気は徐々に最悪だが俺は特に気にせず、この間に店内を見回してみたが、目当ての人物はいなかった。
……マズイな。
更に奥に連れてかれて拘束されてるのか?
それとも別の場所に?
どちらにしても、時間を稼ごう。
「あー、えっと俺は客じゃなくてーー」
「ーー喋れんのかよ!!」
「はい、バリバリ日本人っす」
「じゃあアタシがさっき言ったこともわかるよな?」
「えぇまぁ日本人なんで」
「……テメー喧嘩売ってんのか?」
「いや別に売ってないっすねーー」
「ーーじゃあなんだよ、てかお前制服かそれ?」
「空巻北高の今日から3年っす」
「うるせえよ、てかマジでお前誰だテメー?」
「まあまあ、そこは秘密って事でひとつーー」
「ーーお前マジでいい加減にしろよゴラァッ!!」
周りにいた男の1人が怒声を発しこちらに近づいて来る、そしてそれに釣られるように他の男たちも警戒して女の周りに広がったことで、ようやく見つけることができた。
「あぁいた、大丈夫?」
「はぁ?」
近づいて来た男は俺が声を掛けたーー視線の先にいる人物の方を振り返る。
女たちの後ろ、カウンター席にあった長椅子を一脚持ち込みそこに座らせられ、ロープで拘束されている男。
黒髪の逆立ったツンツン頭、俺よりは劣るがそこそこイケメンな顔はどうも手酷い目にあっていたようで、白いシャツにサスペンダー、グレーのズボンはあちこちが汚れており、口の端からは血が滲み出ていた。
推察するに、ちょいとひと暴れして、デカい一撃を喰らって俺が来るまでおねんねしてたと言ったところだろうか。
「あぁ、なんとかな」
フッと鼻で笑い、男はなんて事ないように言うと、俺の方を見る。
「ひょっとして遅かった?」
「いいや、グッドタイミングだよ」
流石にこのやり取りで俺に近付いてた男も察したのか、こちらの方を見てーー
「ーーテメェ、コイツのなかーーッ!?」
おせぇよ。
俺のそれはそれは見事な左ハイキックが男の頬を捉えて決めてみせた。
「ヴァッ!!」
男はカウンターの方に吹っ飛ぶと高そうな酒瓶たちに突っ込み、その振動でほとんどが地面に落ちて砕け散った。
「!? テメェッ!!」
女が喚いたのを合図に、女の周りの男たちが一斉に俺の方を見て、ご丁寧に折り畳みのナイフやら鉄パイプやら木材やらを携えながら向かって来やがる。
……どっから持ってきたんだよそれ。
「シャアッ! ナイスだロイド!!」
縛られていた男ーー王城陽平はそう言ってロープを解くと、そのまま近くにいた男を殴り飛ばす。
「テ、テメー!? いつのまに!?」
女が驚いて後退り、俺に向かおうとしていた男たちの約半数が叔父の方に向かったところで、乱闘が始まった。
そこからは阿鼻叫喚、修羅場の状況である。
バキッ! ドゴッ! ドゴンッ!!
向かって来る凶器を警戒しながら、避けて弾いて、蹴って蹴って蹴りまくる。
ドンドン! ガラガラ! ガッシャン!!
叔父の方もまた、殴る蹴るタックル投げ飛ばす。
ワーワー! キャーキャー! ギャーギャー!!
気付けば終わった頃には、店内はまるで嵐が吹いていたかのように滅茶苦茶の破茶滅茶になってしまった。
「テメーら……何なんだよ……」
さっきまでの勢いは何処へやら、男たちが全員倒された様子を見せつけられてすっかり怯えてしまい、震えながらナイフを向ける女。
俺と叔父は互いに見つめ、叔父の方が答えた。
「探偵だよ」
そして俺の方を親指でクイッと指しながら、
「それでこっちはオレのーー」
一瞬の隙を見逃さなかった女が、叔父の方に突っ込もうとして俺が華麗な膝蹴りを顔面に叩き込んだ。
「くぁっ!!」
歯やら血やらを撒き散らしながら後ろに倒れる女。
「助手だよ」
もう聞いちゃいない女に向かって答える俺。
ふと視線を感じて横を見ると、叔父がマジかよコイツというようなドン引いた表情で俺のことを見つめている。
「……なに?」
「いやお前、女を蹴るなよ……」
「ナイフで刺されそうになったのを助けた甥っ子に掛ける言葉がそれ?」
「いやでもさ、えぇー……」
「じゃあ聞くけど、叔父さんは今にも甥っ子が殺されそうになってる時に、相手が女だからって理由で躊躇します?」
「……まぁしないな……」
「でしょ? 不可抗力よ」
「……まぁ、そうか」
「そうでしょ」
「……どうもありがとう」
「どういたしまして」
そこで俺は改めて散らかった店内を見渡す。
本当にもう酷い有様だ。
「ところでコレどうする? 警察に通報する?」
「いや、ここはもう大丈夫だ」
「いいの?」
「問題ない」
「オッケー」
「帰ろう、ひよりちゃんを待たせちゃ悪い」
そう言って叔父は俺を伴って店を後にした。
階段を上がって外に出ると、さっきまでの店内のドタバタがまるで嘘みたいに何も無かったかのように静かな通りである。
穏やかな微風が吹いているだけだ。
「……ぁ〜……」
それを受けてか、気の抜けた声を発した。
「――うし、報告終わり」
その隣では、叔父が依頼人とメールでやり取りを終えていたようだ。スマホをしまい、こちらを向く。
「悪いなぁ、始業式だってのに呼んでよ」
「別にいいよ、どうせ家に帰ってもひよりと遊ぶだけだし」
「あんがとよ、流石は頼りになる甥っ子だよ」
「そんぶんバイト代を弾んでくださいよ叔父さん?」
「おうよ任せとけ」
サムズアップする叔父を尻目に、俺は先に車に乗り込んだ。
「おかえり」
「ウイ」
ゲームを止めないままひよりは声を掛け、俺はそれに軽く返事する。
コイツもまた慣れたものなのか、特にどうしたこうしたを聞いてくることもない。
「お待たせ〜ひよりちゃ〜ん、ごめんね〜時間掛かっちゃって〜」
「だいじょうぶ」
「ありがとね〜いい子ね〜」
叔父も車に乗り、エンジンを掛ける。
「さてと……せっかく2人の進級祝いだし、なんか美味いの喰いにいくか?」
「寿司」
「おにく」
「じゃあ焼肉でって事で」
「おい」
「レディファーストだよ」
「意味違くない?」
「じゃあお兄ちゃんでしょ?」
「……ハイハイ」
このやり取りを最後に車は発進する。
俺の興味はすでに焼肉に移り、脂身が少なくて赤身が多い部位ってどこだっけ? と思いながらネットで検索を始めたところであった。
02
俺の叔父、お袋の弟、親父の親友。
王城陽平は探偵である。
八重雲県空巻市空巻駅東口から徒歩で10分ほどのところ、十数年経過した古びた雑居ビル、エレベーター無しの最上階である4階に王城探偵事務所がある。
評判は良いらしく、ネットレビューでは星4.5の高評価。
そこで所長兼調査員兼事務員として普段は一人で切り盛りしており、どうしても手が足りない時には、俺が助手として手伝いをしている。
というのも、叔父は事前に少しでも危険な空気を感じ取ると俺を共に連れて行き、そこで案の定トラブルが発生したら用心棒代わりに暴れたりするのだ――これは俺自身が洋画、特にアクション映画が鼻垂れた子どもの頃から大好きであり、両親に駄々をこねて必死にねだった結果、近所あった実戦向けの道場に中学卒業まで通い詰めさせてもらい、その腕前をたまたま叔父の前で披露したところから始まったものなのである。
受けた依頼の詳しい事情は知らないし、聞かないし、興味も無い。
ただ蹴って殴るだけ。
俺のライフスタイル。
変わらない日常だと思ってたそれにちょっとした変化があったのは、かのバーでの大乱闘、その後の進級祝いを兼ねた焼肉をご馳走してもらったちょうど1週間後、4月12日の金曜日の事だ。
その日の授業が終わり、帰宅部である俺は学校を出て、隣にある空巻北小学校の正門でひよりが来るのを待っている時、叔父から電話が入ってきた。
出てみると今は空港にいるらしい。
どこに行くんだと尋ねたら、アメリカのニューヨークだと言った。
「ニューヨーク? あのタイムズスクエアがあるニューヨークってこと?」
『おう正解。そのニューヨークだよ、アメリカ合衆国ニューヨーク州のニューヨーク市』
どうも聞き間違いじゃなさそうだ。
改めて何の用かと聞いたら、しばらくはそっちに滞在するとかで当分事務所に帰って来れないらしい――連絡も取りづらくなるそうだ。
元々、たまに叔父は遠出をする。
国内でも国外でも、だからそんなに驚く話ではなかった。
それで? と続きを促すと、どうも急な話もあって事務所を慌てて飛び出してきたから、休業中の看板を出すのを忘れてしまったらしい。
それを代わりに出して欲しいってのと、3日に1回くらいでいいから、事務所の様子を見てきて欲しいそうだ。
バイト代は弾むからさ、とのこと。
……。
面倒だが、他でバイトを探すよりは楽か。
俺は了承して、電話を切る。
スマホをポケットにしまったところでちょうどひよりが俺を見つけると、スタタと駆け寄ってきた。
「でんわ、だれから?」
「叔父さんから、海外出張だってよ」
「ふーん」
「で、頼まれた事あるから事務所に行くんだけど、お前先に家に帰るか?」
「んーん」
そう言ってひよりはゆっくりと首を横に張る。
「いっしょにいく」
「オーライ」
俺はひよりに差し出された手を握って、叔父の事務所の方に向かって歩き出した。
03
それから数十分後。
勝手知ったる何とやら。
渡されていた合鍵で事務所に入る。
ドアを開けてすぐ目の前には、来客用のソファとテーブル、その更に奥には叔父が使用するデスクとチェア。
内装は全てレトロ? というか何というかアンティーク調の家具で統一されており、叔父の中にある『ザ・探偵』といったイメージがふんだんに詰め込まれた室内である。
他にキッチンやトイレ、シャワールームがあり、仕事場であり住居も兼ねた事務所内部は、よほど慌てて出て行ったのであろう、少しばかり散らかっていた。
……。
しゃあない、片付けてやるとするか。
バイト代は弾むと言ってくれたが、相当な色付けを期待するとしよう。
そうしてひよりと一緒に掃除を開始する。
しばらくして――
「ろいど」
「うん?」
一通り片付けが終わり、ゴミをまとめていたところ、キッチンからひよりの声がする。
「どうした?」
そっちに行くと、我が愛しの妹様がバナナを頬張っていた。
「……何してんだチミは?」
「そうひ」
「人様の冷蔵庫を漁るのが?」
「でもこのばななはたすかる」
「……待て、ナマモノあるのか?」
「いろいろ」
「……」
「どうする?」
いくら親族でも人様の家の冷蔵庫を漁るなと叱ろうと思ったが、これは叔父の過失だな。
あれはいつだったか家族の海外旅行で1ヶ月ほど家を空けた事があったが、その際にうっかり放置された牛乳の末路を俺は忘れない。
みんなも家を長期で空ける時は、生鮮食品の管理を忘れないようにしよう。
「……それも片付けよう……」
「おーらい」
叔父の頼みを気安く引き受けた事をちょっと後悔した時だ。
「――すみませーん?」
ドアの開く音、そしておそるおそると言った感じで、ただし中の俺たちに気がつくように、女性の声が響いた。
しまった、最初に休業中の看板を掛けとくんだったと思いながら、キッチンから声のした方――事務所の方に向かい「えっと……はい?」と返事をする。
俺の返事に女性はこちらを向いた。
そこには、ブレザータイプの制服を着た少女がいた――確かこの制服は、県内でも有数で偏差値が高く、制服のデザインがとても可愛いからと男子は勿論、女子からの人気も高い女学院のやつだった気がする。
突然の訪問者にどうしようかと内心戸惑っていると、彼女の方から口を開く、
「貴方が探偵さんですか?」
「あ、いや俺は――」
「――お願いします!」
こちらが訂正するよりも先に、その子はすぐさま頭を下げると、
「私の、私の友だちのレナちゃんを探してください!!」
…………。
「あー……はぁ……?」
この突然の言葉の時点で脳のキャパが超えてしまった俺は、ただただ呆然と間抜けな声で返すしかなかった。
04
「はいコーヒー、インスタントだけど」
「あ、ありがとうございます……」
「砂糖とミルクは?」
「いただきます」
「……はい」
「ありがとうございます……」
そう言って彼女はゆっくりとカップに口を付け、ほうと息を吐かせる。
「落ち着いた?」
「はい……すみません……」
「……」
「あの」
「うん?」
「日本語がお上手ですね」
「ハーフなんだ、バリバリの日本人だよ」
「あっ、失礼しました」
「大丈夫、慣れてるから」
「はい……」
「……」
「あの、そこの椅子に腰掛けてる子は?」
「あぁ、俺の妹だよ、名前はひより」
「こんにちは」
「あ、はい、こんにちは……」
「で、俺は王城ロイド」
「……水無月璃子です……」
「水無月さんか、その制服ってもしかして私立の?」
「はい、鳳鈴女学院のものです。そこの3年生です」
「やっぱそこか……」
あの後、彼女は話をそのまま続けようとしたので、俺は慌てて待て待て落ち着けと宥めてから、来客用のソファに座らせてから飲み物を出す事にした。
とりあえず一旦落ち着いてもらわないと話にならないから。
俺は向かいのソファに座り同じように淹れたブラックコーヒーを一口飲み、一服しながら改めて彼女を見る。
亜麻色のハネもないストレートな長髪。
顔立ちは整っており、綺麗系というよりは可愛い系の美人。
典型的な清楚系のお嬢様と喩えてもいいだろう。
こんな麗しい見た目のためか、綺麗に掃除できたとはいえ、こんな古びた雑居ビルの古典的な内装の部屋に、探偵事務所内にいる彼女は一際浮いた存在感を放っている。
「……あの」
「ん?」
「王城さんの着ているそれも学校の制服ですよね?」
「あぁ、空巻北高のヤツ、俺はそこの3年」
「……ここって王城探偵事務所ですよね?」
「俺の叔父、王城陽平の探偵事務所だ。その人1人でここは運営してる」
「その方は?」
「今は長期外出中でね、戻りはいつか聞いてない」
「連絡は取れますか?」
「どうだろう……本人がしばらく取れないかもって言ってたから……」
「……王城さんは……ロイドさんはここで何を?」
「偶にバイト代わりに手伝いしてんだ。今日もそれでね」
「そうだったんですね」
「叔父に会う約束でもしてた?」
「いえ、今日が初めてで、依頼をしようとしていたんです」
「そうか……なんか悪い……」
「いえ、事前にそちらにお電話して確認しなかったこちらが悪いので……」
「……」
「……」
重苦しい雰囲気。気まずい沈黙。
彼女――水無月さんの中で色々な疑問の整理がついていったようだ。そのためなのか、先ほどから浮かない顔をしていたが、その表情は更に暗くなっているような気がする。
「あの」
「ん?」
今度は向こうから声を掛けてきた。
「ここではもう依頼は受けられないですよね?」
「あー……そうだね、申し訳ないけど……」
こればっかりはどうにもならない。
俺は素直に謝罪する。
「じゃあすみません、もう帰ります、コーヒーありがとうございました」
そう言って彼女は頭を下げてから、ソファから立ち上がり事務所を出ようとした。
そんなところで――
「ねえ」
思わず、呼び止めてしまった。
「はい?」
俺の声に立ち止まり、こちらを振り向く彼女。
「さっき、『友だちのレナちゃんを探してくれ』って言ってたけど、同じ学校の子?」
「いえ、そうではないのですが……」
そこで少し言い淀む。
何と説明したら良いかと言った感じだ。
彼女にとっての日常生活や学校生活とは違う、別の経緯で知り合った友人ということだろう……。
そうなると――
「その子の事、他にどこまで知ってる?」
「どこまで?」
「今住んでる住所もそうだけど、働いてるとことか、これまで何処にいたとか、その子の家族とか他の交友関係とか、とにかく過去の経歴? みたいな感じかな?」
「今住んでいる住所なら分かります。あと勤務先も。でもごめんなさい、家族とか他の交友関係とか、レナちゃんの過去とかは私もそんなに知らなくて……」
「そうか」
「すみません……」
「いや別に、ちなみにその子の年齢は?」
「再来週が誕生日で、それを迎えれば21歳です」
成人してるのか……。
これまでの話の流れからして、探してほしい人物はちょっと特殊な経緯で知り合った人物のようだ――この子の親とか学校の同級生とかも知らないんだろう。
誰にも言えない秘密な友だちと言ったところか?
だから1人でここに来た。
ってことはつまり――
「警察に相談は?」
「近くの警察署に行きはしたのですが、特に事件に巻き込まれた可能性も少なく、普通の家出人として判断されてしまって、捜索願も出せるのはご家族の方しか出せないみたいで……」
そう言って彼女は黙ってしまった。
やはり……予想が当たる。
警察だって暇じゃない。
成人した大人の捜索。未成年ならともかく、熱心に探してくれることはあまりないだろう。
肝心の友人の家族と連絡が取れないんじゃ、捜索願も出せるはずもない。
この子にとってはどん詰まりってやつだな。
「…………」
「…………」
彼女はその場に立ち尽くし俯いてしまった。
改めて状況をすべて話した結果、もうどうしていいのか分からないのかもしれない。
先ほどよりも長い沈黙。
…………。
俺は自分自身を慈悲深いと思ったことはない、かと言って冷酷だとも思ったことも無い。
悪人は嫌いだし、正義の味方は好きだ。
誠実であろうとするけど、嘘はついた事がある。
自分の利益のために他人を蹴落とすし、他人が同じ事をしたら平気な顔で糾弾もする。
切り捨てる時は切り捨てるし、拾える時は拾う。
まさに中庸。
ど真ん中。
俺はたぶん、至極真っ当な普通の人間ってやつなのだろう。
だから。
だから?
……だから分からないが……なんだか放って置けなかった。
「2週間」
「えっ?」
急な俺の言葉に水無月さんは顔を上げる。
「明日から2週間だけ手伝う。やり方は俺独自のやり方。前払いも成功報酬もいらない。あくまで調査で発生した実費だけを請求する。探偵のノウハウも無いけどそれで良かったら」
一気にスラスラとそう言って――
「どうする?」
自分でも何が何やら、そんな事を口走っていた。
俺は彼女の前に立ち、その目を見つめる。
水無月さんもまた戸惑いながら俺を見る。
「本当に良いんですか?」
「君が良いなら」
水無月さんは少しだけ考え込み、そして意を決したように俺の目を見つめ返すと、
「よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。
「その子の住所は知ってるんだよね?」
「はい」
「中に入れる?」
「合鍵を持ってます」
「そしたら明日は土曜だから、午前9時にそこで待ち合わせしよう。住所を教えてくれ」
「はい、えっと――」
住所を教えてもらい、詳しいことは明日改めて話してくれる事になり、彼女は礼を言って帰って行った。
…………。
暗く重い空気感から解放され、事務所内は静かになる。
「……ふぅ……」
慣れない接客(?)に、一気に疲れが押し寄せてきたのか、俺はソファに倒れ込み深いため息をついた。
気付けば時刻はあと少しで、18時になろうとしている。
そろそろ帰るか……。
夕飯に遅れたらお袋が五月蝿い。
片付けはまた今度に続きをやろう。そう思って立ち上がったところで、
「ろいど」
「うん?」
黙ってこれまでのやり取りを見守っていたひよりがここで口を開いた。
「どした?」
「なんでひきうけたの?」
アンバーの瞳が俺を見据える。
「…………」
ホント、何でだろうな?
叔父の依頼だって、ちょっと面倒な予感がしたら断って逃げてたのに。
見つかる――見つける保証もないってのに……。
放って置けないって……。
何で引き受けたんだ?
自分で自分が分からない。
だが、分からないなら仕方ないだろう。
「あの子が可愛かったからかも?」
適当な事を言って誤魔化した。
「ふーん……」
それに納得したのか、それともしてないのか、ひよりはただ一言そう言って、椅子から降りる。
とにかく切り替えだ。
まぁ、思わず口走ってしまったとはいえ、受けちまったもんは仕方ない。『依頼』として引き受けちまったからには、『責任』を持ってやり遂げるべきだ。
俺の今できる事を全力で頑張るとしよう。
とか何とか一丁前に思ってはみたが、まさかこの自分でも分からない決断が、この後の波瀾万丈の濃密濃厚な2週間になろうとは思ってもみなかった。
一言で言うなら、
――どうしてこうなった?
というやつだ。
05
何があったとか、そういう事ではありません。
特別ではなく……そう、普通に。
ある日の、ある時の、ある一瞬に。
本当にふとして『退屈だな』と思ったのです。
家族に不満はありません。ママとパパも大好きです。
学校の友だちと問題はありません。一緒にいておしゃべりや遊びに行くのはとても楽しいです。
こうした変わらない日常が私は気に入っています。
ですが……。
でも何か……。
ほんのちょっぴりですが、そうした毎日で何かが『足りない』と思ったのです。
凄く贅沢な悩みなのは自覚してます。
だから誰にも言えなくて、小匙一杯よりもっと少ない量のモヤモヤが『何か』の容器に溜まっていく一方で、それがどうにももどかしくて、いつの間にか2年生の冬頃になりました。
その日は通っていた塾の授業が終わって、普段なら一直線にお家に帰るんですけど、何だか直ぐに帰るのは勿体無いと思ったのか、近くの大きい公園に散歩をしに行ったのです。
少しでもこの溜まってしまった容器の気持ちが晴れれば良いなと思いながら。
公園には人が沢山いて、普段はこういった寄り道はしないのでちょっとした刺激にはなりましたが、やっぱり根本の部分の気持ちはスッキリしなくて、もう帰ろうかなと思ってた時に私はそれを聴きました。
彼女――仙導レナの歌声を。
私には歌とか曲の才能が無いので、技術的な事は分かりません。だけど何故か、その時に聴いたレナちゃんの掻き鳴らすギターの音色と、それに負けない力強い歌声は自然と耳に入ってきて、心惹かれていて、私の『何か』の容器に溜まっていたモヤモヤは無くなっていました。
そして気付けば、歌い終わった彼女に私は積極的に話しかけていました。
それが初めての出逢いです。
そこから公園で会ってお話をするようになって、少しずつ仲良くなっていって、偶にレナちゃんの家――アパートに遊びに行くようになって、暫くして彼女から合鍵を預かる程に親しくなりました。
でもよく考えれば、そこまで親しくなったのに、私はレナちゃんのこれまでを知りません。
そもそも、彼女自体があまり自分の過去を話したがらないというのもありましたし、私も興味はありましたが、しつこく聞くのも失礼だと思って話題にはしませんでした。
でもそれを抜きにしても、私とレナちゃんは仲良くやってきたと思っています。
少なくとも私はそんな日常に満足していましたし、彼女の方も私と同じように満たされているのなら嬉しいなと思っていました。
そんなある日、10日ほど前――4月2日の火曜日の事です。
「璃子、今週の5日の金曜って暇?」
「金曜ですか? はい、その日は始業式なので、その後なら大丈夫ですよ」
「そっか学校だっけ? って事は3年生なんだ、おめでとう」
「ありがとうございます」
「てことは、アタシと璃子が初めて会ってから4ヶ月位になるのかな?」
「そうですね、そうなりますね」
「へぇ、なんかあっという間だなぁ」
「何ですか急に?」
「別に、感慨深いってヤツだよ」
「なんかレナちゃん、おばあちゃんみたいです」
「やめてよ、歳上だからって……」
「ふふ、ごめんなさい」
「もう」
「でもどうして?」
「あーいや、その日アタシも休みなんだけど、ちょっと話したい事があってさ……」
いつも言いたい事は直ぐに言葉にする彼女にしては珍しく、言い淀んだ感じでした。
「その時じゃないと駄目なんですか?」
「そうだね……うん、その時なら全部終わってると思うし、その時に話すのが一番だと思うんだ」
「……わかりました……」
凄く気にはなりましたが、レナちゃんがいつにも増して真剣な表情で言っていたので、金曜に会って話を聞こうと思っていました。
そこから会う約束をした金曜日までは私もバイトや塾に通いながら、水曜まではメールで他愛もない事をやり取りしてて、でも木曜から返事が来なくなっていたんです。
最初は忙しいのかな? と思いました。
元々、メールのお返事をすぐに返す子ではなかったので、その時は特に気にしなかったのです。
そしていよいよ明日の金曜日になって、始業式が終わって直ぐに彼女の家に向かったのですが、レナちゃんは居なくって、どこかに買い物でも出掛けたのかなと思い、ずっと待ってて夜になっても帰ってこなくて、凄く心配になりました。
何度か電話を掛けたけど電源が入ってなくて繋がらないし、その日は途方に暮れてしまって家に帰りました。
次の日からの土曜と日曜は朝早くから彼女の家に行って、パパとママには友だちの家にお泊まり会をするって嘘をついてレナちゃんが帰ってくるのをずっと待ちました。
でも結果はダメでした……。
もしかしてレナちゃんは何か大変な事件に巻き込まれてしまったのかもしれない。
そう思ったら居ても立っても居られなくなって、それで警察に相談に行って、でもどうにもならなくて、藁にもすがる想いでそちらに依頼しに行ったのです。
06
次の日、4月13日の土曜日。
調査1日目。
俺とひより(今回は仕事として出掛けるので、遊びじゃねーぞと言い聞かせたが、邪魔はしないから連れてけとぐずったので仕方なく)は、水無月さんから事前に教えてもらった、仙導さんの住むアパート『ハウニクス』で待ち合わせをした。
水無月さんは少し早く到着していたようで、ひよりを同行させる事になってしまった事への謝罪と了承を確認すると、心良くオーケーをしてくれた――ちなみに、念のため叔父さんの方にも連絡を取ってみたが、案の定繋がらず力になれなかった事も謝っておいた。
そういった挨拶もそこそこに、早速室内に入る。
最近建てられた新しめのアパートのようで、この辺の家賃の相場と比べて少し高いらしいが、その分防音性に拘っているらしく、ギターをいじる仙導さんにとっては、大事な要素であるため、ここに暮らしているとの事だ。
風呂トイレ別の1DKで、部屋の広さは大体10畳くらい。しかもクローゼット付き。掃除好きらしく、室内は清潔に保たれており、整理整頓が行き届いている。
ベッド、テレビ、テーブル、家具、基本的な物は全て揃えられており、私物としてはクローゼットの中にギターケースが大事に仕舞われており、その中にはギター――より正確に言うならアコースティック・ギターが入っていた。水無月さんが仙導さんから聞いた話によると、そこそこに良いものだそうだ。あと他には海外アーティストのアルバムなどなど、まあどこにでもいる普通の一人暮らしといった印象だ。
とりあえず仕事を始める前に、まずは昨日聞けなかった水無月さんと仙導さんとの出会いや、居なくなった時までの簡単な経緯を説明してもらった。
それと一緒に、彼女の写真か画像があるかと聞いたら、あると言われて見せてもらう。
先月遊園地に遊びに行った際に一緒にスマホで撮られたもので、これが一番最近のものだそうだ。
水無月さんが満面の笑みを浮かべているのに対し、笑うのに慣れていないのか、仙導さんの方は少し恥ずかしそうに口角を上げてピースをしている。
髪に赤いメッシュが入ったショートヘア。
耳にピアス。
鋭い目つきは生まれ付きだそうだ。
露骨な派手さはないがクールかつロックテイストな服装が好みらしく、そういった容姿も相まってなのかボーイッシュ(格好いいと言えば良いのかコレ?)な印象を受ける。
ともかく、画像があるならラッキーだな。
「話したいことか……」
俺のスマホにも画像のデータを送ってもらったところで、俺は尋ねる。
「水無月さん的にその大事な話に心当たりとかはある?」
俺の質問に彼女は少し考え、
「もしかすると、レナちゃん自身の事――過去や家族に関することかなとは思っています……。『その時なら全部終わってると思うし』と言っていたので、何かちゃんと区切りをつけてから私に話そうとしてくれたのかなと思っています……」
と答えた。
まぁ、タイミング的にはそんな感じになりそうか。
知り合ってから半年も経っていないとは言え、合鍵を渡される程の親交がある。
水無月さんからの話とは言え、聞く限りでは仙導さんの彼女に対する信頼は厚い。
失踪の要因としてはアリだな。
「あの……」
今度は水無月さんから口を開く、
「ここで待ち合わせをしたのは、レナちゃんの行方に繋がりそうなものを探すんですよね?」
そう聞いてきて彼女は更にこう続ける。
「でも、それは難しいと思います。私もレナちゃんが居なくなった後に何度かここに来た時に、何か行き先に関係したものがあるかと思って色々と探してみましたが、特にありませんでしたから……」
彼女もただ待ってたわけじゃない。
自分なりにできる事をやろうとしてやった。
頼んだ手前、俺に無駄な徒労をさせないためにこう言ってるんだろう。
だけどそっちじゃない。
「俺が探すのはそっちじゃないんだ」
「えっ?」
俺の答えに彼女は俺を見る。じゃあ何を探すんだろう? という表情をしている。
その疑問に俺は短く、
「契約書だ」
と答えた。
「契約書?」
「……?」
俺の返答に首を傾げる水無月さんとひより。
「あぁ、このアパートを借りる時に不動産会社と交わしてる契約書だ」
「何故それを探すんです?」
水無月さんの疑問に俺は答える。
「ここで暮らす前の住所とか連帯保証人とかが記入された書類があるはずだ。そこにはもしかしたら彼女の実家の住所が書かれてるかもしれない」
そこまで聞いて水無月さんも気付いたのか、
「レナちゃんがそこにいるかもしれない?」
と言う。
俺は頷く。
「あぁ、又は最悪居なくても、彼女の両親から警察に失踪届を出してもらう事もできる」
そうすりゃ警察だって動かざるを得ない。
第三者より、身内の申し出は抜群に効果があるだろう。警察が動いてくれれば、彼女の安否確認はできるはずだ。
「まぁ、とは言え勝手に人様の家探しをするから気は引けるがな。どうする?」
「……いえ、もっともだと思います……」
俺の提案に水無月さんは納得する。
「じゃあ探しましょう!」
次の一歩が見えた事で、やる気が出てきたのか、それとも自身を奮い立たせるためか、彼女は早速行動をはじめる。
俺もまた心の中で、頼むからこれで見つかって事態が解決して欲しいと願いながら作業を開始する。
07
――結果は最悪だった。
マジでクソだった。
見つからなかったわけじゃない、むしろすぐに契約書関係の書類は見つかった――室内が綺麗に整頓されていたのは助かったと言えるだろう。
連帯保証人は居なかったが――より正確に言うと、保証会社に代理を立ててもらっていたと言うのが正しい――前住所は記載があったので、俺たちはそこに向かった。
茨城県古河市のそこそこデカい一軒家。
表札には《仙導》と掲げられていたので、おそらくここは実家なのだろう。
事前に打ち合わせをした結果、俺よりも水無月さんが表立つのがいいだろうと言う事で、彼女にインターホンを押してもらう。
対応したのは母親だった。
最初に水無月さんから仙導さんと友人関係であることを伝え、ここに彼女が来ているのかを尋ねた。
『いいえ』
高校卒業と同時に娘は家を出て、それから一度も実家に帰ってきたことはないと、連絡も無いと言っていた。
それならばと、水無月さんは仙導さんの最近の画像を見せながら、彼女がここ1週間自宅のアパートに帰っておらず、連絡も繋がらず、かつ消息不明であることを告げ、一緒に警察の方に相談しに行って捜索願を出してもらえないかと伝えた。
『嫌です』
素直に驚いた。
てっきり娘の事情を聞いて、慌ててドアから飛び出てくるかと思ったが、ただ冷たく『何故、そんな面倒な事をしなくてはいけないのか』と言われた。
これには水無月さんも呆然としてしまい、ここからは俺が代わった。
水無月さんを手伝っている探偵(いちいち助手と言って話をややこしくしたくなかったので)である事を自己紹介し、娘が心配じゃないかと言う。
どこかで事件か事故に巻き込まれてるかも、となかば脅すように伝えてみたが、『あの子とは親子の縁を切っていてもう他人だから、そんなことは知らない』なんて事を言いやがった。
――元々、嫌な予感はしていた。
水無月さんに対して家族のことを話したがらなかった事。アパートを借りる際の連帯保証人の欄に誰もいなかった事。
親とはうまく行ってなかったんだろうとは思っていたが、まさかここまで深刻だとは思わなかった。
インターホン越しでも分かる。
仙導さんを匿うために嘘をついてる感じじゃない。
心底、『どうでもいい』という気持ちで俺たちに淡々と答えてやがってるってわけだ。
正直に言ってクソ時間の無駄だ。
「分かりました、ご協力ありがとうございます。ただ、もしも無いとは思いますが、万が一ここに戻って来たら連絡ください。ポストに連絡先入れときますんで、俺らは心配してるんでお願いします。いくら縁を切ったとしても、それぐらいの人情は見せてくださいよ。失礼します」
そう嫌味を込めて言って、俺たちは水無月さんを連れて再び仙導さんのアパートに戻った。
時刻は昼過ぎ。
調査開始から約4時間経過。
初っ端からつまづいちまった。
最悪の幸先。
だけど、ここで腐っているわけにもいかない。
次だ。
警察に動いてもらうのは諦めた(別の手段で俺が仙導さんの恋人と偽って捜索願を出そうかとも思ったが、ボロが出るか仮にうまく行ったとしてものちに偽装がバレて面倒になるのは嫌だったので却下)ので、今度は彼女の勤め先に焦点を当てることにした。
聞けば、仙導さんはフリーターとして空巻駅の駅ビルにある書店に勤めているらしい。
そこに行く前に一度電話を掛ける俺――理由はさっきみたいに無駄な徒労に終わるのを恐れたからである。
出てくれた書店員さんに俺が仙導レナさんの行方を探す依頼を受けた探偵である事と、できれば彼女と親しい従業員がいる場合は詳しく話を伺いたい事を伝えた。
店側の回答は――ご要望にお応えは難しいという事だった。
コンプライアンスがどうの、従業員の個人情報がプライバシー保護の観点からどうの、公式な警察の協力要請ならともかく電話口のみで素性のよく分かっていない方に色々と協力することはどうの、とにかく色々と至極真っ当な回答をもらい断られてしまった。
……ですよねえ。
これはマジでしょうがない。何も反論できない。
とは言え、これは全くもって予想通りの返答だ。
むしろ対応してもらえてたら企業として大丈夫かそれ? と思ってしまうところだった。
どっかの刑事ドラマで言っていた。
捜査は足で稼げ。
水無月さんに次の方針を伝える。
08
仙導さんのアパートで契約書関係を探していた時、ついでに勤務先の先月分と今月分のシフト表を見つけていた。
そこから俺は彼女と出勤時間が被っていた10人をリストアップし、この人たちから直接声をかけて話を聞こうというわけだ。
今日はその内の7人が出勤しており、俺たちは書店に向かう。
まずは客として店内に入り、目的の人物である店員の顔と名前を確認する。
その後は駅ビルの搬入口兼テナント関係者通用口の周辺に待機して、順次退勤して出てきたところに声を掛けていった――今回もまた水無月さんを主導で、俺とひよりはその友だちという体で話を進めた。
仙導さんの現在の状況、俺たちがどれだけ心配して困っているか、出来る限り相手の同情を誘うように説明していった。
その効果もあってか、その内の3人から話を聞くことができた――他の4人の内、2人には断られてしまい、残りの2人には今日は忙しいので別の日程であれば大丈夫だと言うので、後日会う約束を交わしてもらった。
40代の主婦、有馬さん。
今年2年生になった女子高生、加瀬さん。
経済学を学ぶ男子大学生、笹森さん。
今回話をさせてもらった3人だ。
近くにあった喫茶店にて、俺たちは主に三つの質問を尋ねた。
一、仙導さんの勤務先での態度や印象などを教えていただけますか?
この質問に特に意味は無い。
残り二つの質問に対する呼び水みたいなものだ。
まずは何気ない話題で話を弾ませて、本命の情報をさりげなく引き出してもらうための会話術の一種。叔父から教えてもらった手法だ。
二、彼女がいなくなった――又は出勤しなくなったのを知ったのはいつですか?
三、何か彼女に対するトラブルだったり、失踪するような心当たりがありますか?
以上の三つの質問をしたのが以下の結果だ。
一の質問。
『(有馬)もう凄く良い子よぉ! 仕事も出来て優秀でねぇ、ワタシなんてあの子より先に入ってるのに、ワタシより仕事を憶えるのが早くって、色々と助けてもらってたんだから! あとあれね、あの髪色は凄いわよねぇ。なんて言うんだっけかしらあれ? とにかく若いって凄いわよねぇ』
『(加瀬)見た目には驚いちゃいましたけど、でもそれも最初だけで、頼りになる先輩です。変なお客さんに絡まれた時とか颯爽と間に入って助けてくれましたし、尊敬してます』
『(笹森)いやあ、初めて会ったときはビビったっすよ。俺とタメなのが信じらんないっす。でもカッコいいっすよね〜。強いっていうか、芯があるっていうか……あ、別に好きとかじゃないっすからね?』
ニの質問。
『(有馬)もうその日は大変だったんだからぁ! 先週の土曜はワタシとレナちゃんともう1人バイトの子が早番だったんだけど、レナちゃんがいつまで経っても来ないし、何とか開店はできたんだけど店は忙しくて手が回らなくなっちゃって、もうどうしようなんて思ってたら、ちょうど偶々笹森くんがお店に来てくれて代わりに出勤してくれたから何とかなったんだけどねぇ。本当助かったわよぉ』
『(加瀬)私が知ったのは先週の日曜日に出勤をした時でした。先輩が無断欠勤をしてるって聞いて、あの人がそんな事をするような人じゃないことはみんな知ってるし、店長とかも電話とかしてみたけど繋がらないって言ってて……』
『(笹森)先週の土曜っすね。俺その日休みで朝早くから出掛けてたんすけど、あれ? 俺次のシフト何時からだっけ? ってなっちゃって、たまたま店も近かったんで寄ったんすよ。そしたらなんか店の中がだいぶヤバい感じになってて、聞いたらレナさんが来てないって聞いて、それヤバくね? ってなったから代わりに出勤したんすよ』
三の質問。
『(有馬)ん〜……ごめんなさい、ちょっと分からないわぁ。恨まれるような子じゃないと思うんだけどねぇ』
『(加瀬)……すみません、分からないです……。何か悩んでるとか聞いたことも無かったので……ごめんなさい……』
『(笹森)サーセン、ちょっと知らないっす。言うてただのバイト仲間? みたいな感じなんで彼女の事情? とか聞いたことないですし、トラブルみたいなのは特に……あーでも、先週の木曜っすかね、休憩中に誰かと電話で話をしてたっすね。あんま深くは聞いてないっすけど、会う約束みたいなのしてたっすね。えっ? 相手? いやちょっと誰かわかんないっす、サーセン』
09
笹森さんからの話を聞き終わり、時刻はすでに夜の9時を過ぎていたため、この日で得た情報の整理と晩飯等も兼ねて一度事務所に戻る事にした。
宅配で頼んだピザを片手に、事務所にあったホワイトボードに様々な情報を適当に書き込んでいく事にする。
「さてと……」
まずはわかっている事実からだ。
「実家の方はナシだな。あそこにいるわけがねえ」
「……そうですね……」
今思い出しても腹立つ。
あのクソボケどもが。
と、声に出すわけにもいかないので、半ばキレ気味にホワイトボードにわざわざ書いた『実家』を乱雑に消していく。
「ちょっと……いえ、かなりの衝撃でした。自分の娘なのにあそこまで無関心なんて……」
水無月さんは俯いてそう言う。
「あれだろ、色々と事情があるんだろうよ。くだらねぇ事情がさ」
「……哀しいです……」
その様子を見かねてか、ひよりが彼女の手に触れ、
「だいじょうぶ?」
と声を掛ける。
それを受けて、ひよりの頭を撫でながら、
「私……何度かレナちゃんに自分の家族の話とかしてましたけど、無神経だったんでしょうか……」
思い詰めたように言った。
俺は彼女に缶ジュースを手渡す。
「そりゃ考えすぎだ」
「でも――」
「――君から見て、家族の話をしていた時の仙導さんは迷惑そうにしてたか?」
「……してないと思います」
「じゃあ大丈夫だろ」
「でもそうじゃなかったら?」
「そうじゃないにしても、いなくなった原因にはならねえよ。初っ端から重く考え過ぎるな」
「……すみません……」
まあ、もしかしてもしかしたらそれが失踪の要因の一つになっているのかもしれないが、こんなところで言ったってどうしようもない事だ。
「次は勤務先だな」
「はい……」
気持ちを入れ替えて、改めて『勤務先で分かった事』と記入する。
「仙導さんが最後に目撃されたのは、今のところ先週の4月4日の木曜日になる」
「はい、シフトにも中番として記載してあります」
「この日は早番の有馬さんが出勤しているところ、遅番の笹森さんがいつも通り退勤していたのを見たと言ってるから、ここは確実ってところだ」
「はい……問題はこの後ですよね……」
「……」
そうなる感じだろう。
だが、今のところは何にもわからん。
「水無月さんが仙導さんと連絡取れてたのって、確か前日の水曜までだよな?」
「そうです。メールでのやり取りですが、木曜からは一切の返事とかがありませんでした」
「だけど、『誰か』とは電話で話をしていた……」
気づかなかったってことは無さそうだが、
「誰かと会う約束か……」
特に気になると言えばコレになるだろう。
「そうですね……」
水無月さんがホワイトボードに『誰と会う約束を?』と二重線を引いて強調して書く。
「相手に心当たりは?」
「……ありません……」
まあそうなるか……。
「その方にお会いした後に、レナちゃんは帰ってこなくなったんでしょうか?」
「かもな。もしくは――」
「――あわずにいなくなったとか?」
「……かもな」
又はそいつと会っちまったから、又はそいつと会えなかったから、とかか?
…………。
ダメだ、どう考えても情報が少な過ぎる。
「明日はどうしましょう?」
水無月さんが聞く。
「確か勤務先で1人会ってくれる人がいたよな?」
「田井中さんですね、退勤後であれば問題無いと言ってくれました」
「とりあえず、その人から話を聞こう」
「分かりました、聞く内容は今日と一緒ですか?」
「そうだな、それと会う約束をした人物に心当たりがあるかどうか聞いてみようか」
「はい」
今日は初日というのもあって、ここまでとした。
水無月さんを自宅まで送り届け、俺とひよりは帰宅した。
調査1日目。
進展、ナシ。
10
4月14日の日曜日。
調査2日目。
この日は勤務先の後日会う約束をしてくれた2人の内の1人、田井中さんから話を聞いた。
先に結果から言うが、特に成果はなかった。
昨日行った三つの質問を尋ねてみたが、それに対して出てきた答えは、先に聞いていた3人の回答と似通ったものであり、特に目新しい情報は得られなかった。
また、仙導さんが会う約束をしていた人物に心当たりがあるかどうか聞いてみたが、そちらも空振りに終わっている。
進展、ナシ。
11
4月15日の月曜日。
調査3日目。
学校が終わった後、勤務先の後日会う約束をしてくれた最後の1人である名倉さんから話を聞いた。
以下同文。
進展、ナシ。
12
4月17日の水曜日。
調査5日目。
まいった。
「……」
「…………」
「………………」
学校が終わりいつもの事務所にて、ひより、水無月さん、俺が完全に沈黙したままそれぞれ別の方向を見つめている。
何をしてるのかって?
「まさか、誰もレナちゃんの失踪に心当たりが無いなんて……」
「1人くらいは知っててもいいと思ってたけど、ゼロとはなあ……」
「……」
完全に行き詰まってる。
「もう一回レナちゃんのお家を見てみますか?」
「そう言って昨日も見たけど特に無かったろ? 戻ってる感じもしなかったし……」
「……」
打つ手が無いといった感じだ。
「でももしかしたらがあるじゃないですか?」
「……だとしたら、昨日と同じ時間じゃなくてもう少し後の夜に行ってみよう……」
「……」
「……そうですね……」
「……」
「……?」
勤務先の人たちに話を聞くとかまでは良かったとは思うが、その先に繋がる決定的な情報が手に入らなかったのが原因だろう。
まあ分かっちゃいた。
世の中は甘くない、現実は残酷なんだ。推理小説ほどトントン拍子に叩けばホコリみたいに次の展開に進めるような情報が出てくるわけがないんだから。
…………。
「ろいど」
「うん?」
気付けば、いつの間にかひよりが俺のほうに近づいて不思議そうな顔で見つめていた。
「どした?」
「なにをまよってるの?」
「迷ってるって……まあ迷ってるのか……」
色々な意味でだが……。
「どうして?」
「どうしてって……」
正直言って探偵を舐めてた俺が悪い。
たかが素人がすぐに見つけられるはずもない。
調子に乗った罰が当たったんだろう。
安請け合いをした俺が馬鹿だったんだ。
……いかん。
気分が落ち込むと要らん考えが浮かんじまう。
「次の手が浮かばねえのよ」
「つぎ?」
「次」
「つぎ……」
ポツリと呟き、ひよりは天井を見上げ、そしてしばしの沈黙をしたかと思ったら――
「あるよ」
「はっ?」
「えっ?」
「つぎ、あるよ?」
ひよりの言葉に俺と水無月さんは思わず間抜けな声を出し、幼女を見つめる。
「あるってどこだよ?」
「……」
「んーと……」
俺たちの視線に特に気にする事なく、ひよりはゆっくりと水無月さんの方を見て言う。
「りこおねえちゃん」
「はい?」
「れなおねえちゃんとはじめてあったこうえんってどこだっけ?」
「えっと『からまき公園』ですけど……」
確かこっちとは正反対の西口にある馬鹿でかい公園だったよな?
「それが――」
――なんだよ? と口を挟もうとしたところを手で制され、ひよりは舌足らずで独特のテンポと口調で続ける。
「れなおねえちゃんがぎたーをひいてうたってたんだよね?」
「はい」
「みゅーじしゃん?」
「本人は『そんな大層なものじゃないよ』って笑いながら言ってましたけどね……」
水無月さんが少し笑う。
「だから――」
――なんだよ? って言おうとしたところを今度は俺の目を見つめてきて言った。
「たしかあそこのこうえん、そういうみゅーじしゃんのひとたちがあつまるってきいたよ?」
「誰から聞いたんだよ?」
「ままから」
「お袋?」
「うん、このまえおでかけしたときにきいたの」
「あ!」
それを聞いて何か思い出したのか、水無月さんは声を上げて立ち上がる。
「そうです、確かレナちゃん言ってました。あそこの公園で演奏してた人が芸能事務所の方に声を掛けられて、そのままプロデビューしたって話」
「嘘だろ?」
「本当です! まぁ都市伝説みたいな噂話ですけど……でもだからレナちゃんもあわよくばと思ってあそこで弾いてたんだって言ってたので!」
「……」
「もしかしたらだれか、れなおねえちゃんをしってるひとがいるかも?」
あり得なくはないか……。
「それとね」
ひよりはさらに続ける。
「てちょう」
「手帳?」
「ぎんこうのてちょう」
「通帳のことか?」
「そうそれ」
確か契約書関連を探しているときに一緒に見つけたんだったか、その時は特に考えずにそのまま元に戻しといたが……。
「それが?」
「どこかにいるならおかねがいるはず」
「金の流れを追うのか?」
「わかんないけど、なにかわかるかも?」
…………。
何もしないよりはマシか。
「ってか――」
「――いつの間にそんな事を考え付いたのひよりちゃん?」
俺の疑問に水無月さんが聞く。
「んーと……りこおねえちゃんにれなおねえちゃんのはなしをきいてから?」
最初からじゃねえか。
「……お前、そういうことは早く言えよ……」
俺の言葉にひよりは首を傾げる。
「ろいどならわかってるとおもってた」
「…………」
俺は改めて思い直し、深くため息をつき、そしてひよりの頭を優しく撫でる。
「ありがとな」
「〜♪」
ひよりは満足そうに笑みを浮かべた。
13
からまき公園。
我ら空巻市民が愛する馬鹿でかい公園だ――俺も小さい頃に何度か遊んだ事がある。
遊具エリア、ランニングコース、ピクニックエリアなどがあり、様々な人たちが訪れ利用されている。
そんなからまき公園内の大通りに、ストリートミュージシャンたちが路上ライブを日々行っており、賑わっているそうだ。
その昔、そこで路上ライブをしていた1人がたまたま芸能に携わる人間に声を掛けられ、プロとしてメジャーデビューを果たした事から、その界隈に通じてる人たちから『ドリームロード』なんて噂されており、今日もまた夢追い人たちがその手に大望を掴もうと切磋琢磨しているらしい。
俺は公園で聞き込み、ひよりと水無月さんには仙導さんのアパートに向かってもらい、先ほどひよりが提案した銀行の通帳に記帳をしてもらって色々と調べてもらう事にした。
順次演奏が終わった頃合いを見計らって声を掛けて、仙導さんの画像を見せながらこの子に見覚えがあるのか尋ねていく。
1人、2人、そして3人と話しかけていったが、知らないわからないと言われてしまい、少し雲行きが怪しくなってきた頃の5人目に声をかけた時に事態が動いた。
「あれ? これレーちゃん?」
ロン毛にグラサンに浅黒い肌をした男――月島は最初の方は俺を見て不信感を抱いていたが、画像を見せた瞬間に表情を変え、グラサンを外して画像をまじまじと見つめてからそう言ったのだ。
「知ってるのか?」
「おん、演奏する時間がよく被るから、偶に喋ったりしたんだよ。音楽の趣味も合ったからさ」
そう言って月島はグラサンを掛け直す。
「最近はいつ会った?」
「いやぁ、最近は会えてなかったなぁ。俺も毎日来てるわけじゃないし」
「……」
そうトントン拍子に上手くはいかないか。
「てか何? アンタさっき自分を探偵でレーちゃん探してるって言ってたけど、あの子どうしたの?」
「……家出みたいなもんかな」
「マジかぁ……」
「なんか心当たりとかあるか?」
「分からん、そんなに親しいわけじゃないし――」
――ただ、と続けて月島は何か思い出したように、
「チョミさんならもしかしたら?」
と言った。
「チョミさん?」
聞き慣れない人名に思わず聞き返す。
「ここのリーダー? っていうかまとめ役っていうか? 世話してくれる人っていうか、まぁそんな感じの人がいんのよ。ここで演奏する時の公園管理者に提出する許可申請の仕方とか色々と教えてくれんの」
「……今日は来てるか?」
「今日は見てねぇな、あの人も別に決めて来てる人じゃねーし」
「そうか……」
「もし来てたら教えてやろうか?」
「良いのか?」
「もちろんタダじゃねぇよ?」
そう言って月島はニヤリと笑みを浮かべて、CDを1枚取り出すと、
「1000円」
俺の眼前に差し出した。
…………。
「ちゃっかりしてんなあ」
「しっかりしてるだろ?」
仕方ない。
これが次の手掛かりへの足掛かりになるなら安いもんだろう。俺は財布から現金を取り出して、連絡先のメモと一緒に手渡す。
「まいど、良かったら感想待ってるぜ?」
「……聴けたらな」
「そこは嘘でも『はい』って言えよ」
「それより――」
「――わかってるって、任せろよ」
念押しをして次の6人目に誰に話を聞こうかと考えながら離れようとして――
「なぁ兄弟」
月島から声を掛けられた。
「うん?」
「レーちゃんの歌を聴いたことは?」
「ない」
「もし会えたら聴かせてもらえよ、ありゃすげーぜ」
「上手いのか?」
「技術の話じゃねぇよ」
そうじゃなくて、と言いながら月島は心臓の辺りを二度叩くと、
「ここに響く歌だからさ、ひと月くらい前かな? 俺が最後に聴いたレーちゃんの歌は最高だったよ」
「……」
俺の怪訝そうな表情を気にせず、少し恥ずかしそうに頰を掻きながら月島は言う。
「だからアレだ……見つかるといいな」
「……そうだな」
そう言ってその場を離れる俺。
ゆっくりと深呼吸をして上を見上げる。
特段変わり映えのしない、いつもの空模様だ。
…………。
何というか、なんて言ったらいいかわからないが、ちょっとだけその言葉が嬉しく思った。
14
4月18日の木曜日。
調査6日目。
学校終わり、事務所にて俺たちはお互いに昨日の段階で調べた事の報告を行った。
俺からは路上ライブをしていた何人かに声を掛けていったが、直接の仙導さんに繋がるような手掛かりがなかったこと。ただ、月島という男がチョミさんという人物ならあるいはと言うことで、見掛けたら俺の方に連絡が入る手筈になっている事を伝えた。
対して水無月さんからは、ひよりと一緒に再度室内を捜索した結果、お目当ての銀行通帳を3冊見つけたとのことだった。
1冊目は某メガバンクのもので、主に給料の振り込みや家賃や光熱費などの引き落とし等に使われていたそうだ。
2冊目は茨城県にある地方銀行のもので、こちらでは特に最近の入出金の記載が無かったことから、おそらくは空巻に来る前の実家にいた頃に使用していた物だったのだろう。
3冊目はゆうちょ銀行のもので、基本的に貯金用の口座として使用していたそうで、そこそこな額が入っており、ここから引き出した記録は無かったとのこと。
結局、そこまでの有力な手掛かりとなる情報は得られなかったが、通帳を探す途中で1つ気になるものを見つけたそうだ。
我らが学生には切ってもきれない大事な物。
授業を受ける上で欠かせないアイテム。
それでいてどこにもある。
そう、A4ノートだ。
ただし、中身は勉強用とかそういうのではなく、今月の収入から家賃や光熱費と水道代、日用品費や食費に雑費など様々なことが記入されており、しかもマメというか几帳面というかその時の給料の明細書とかレシートとか支払い票とかも保存されているらしく、どうも家計簿として使われていたそうだ――これは何とも俺が言うんかいというか、偏見はもちろん良くないし、とても申し訳ない話ではあるが、何というか仙導さんのあの見た目から家計簿とは想像できない、というのが素直な感想である。
その家計簿ノートが数冊分見つかった――おそらくはここに来てからの分が全て残っているんだろう。
こうして一通りの情報共有をしたところで、明日はどうするかの話になったが、ここに来て水無月さんが心底申し訳なさそうな顔で謝ってきた。
どうも仙導さんを一緒に探し始めてから、塾を無断でサボっていたらしい。それがとうとう母親にバレてこっ酷く叱られたそうだ。
なので明日は手伝えませんごめんなさい、深々と頭を下げて彼女は言う。
まあこればっかりは仕方ない。
いくら友だちが大事で心配とはいえ、俺たちには俺たち自身の生活がある。
そして、大人でない俺たちは親の扶養で生活をしてる訳なのだから、俺たちが心配を掛けるのは論外である――まあ、俺の家はお袋から常日頃『お前の人生だ好きにしろ。ただし、人様に迷惑を掛けるな、何かやらかしたならテメーのケツはテメーで拭け』という前提の超放任主義なので、塾に行けとか良い大学に行けとか言われたことがないのだが、まぁそれはそれとしてだ。
俺は気にするなと言って慰める。
とりあえずこっちは、目当ての人物であるチョミさんと会うまでは引き続き公園で地道に声を掛けていくと伝える。
とはいえ、水無月さんは何もしない訳にもいかないからと、この家計簿ノートを自分なりに調べてみるそうだ。
もしかすると、失踪の前触れのようなものがここに残されているかもしれないからと。
水無月さん的に、ひよりの『わかんないけど、なにかわかるかも』という言葉に感銘を受けたそうだ。
今は何もわからなくても、いつかどこかで結び付くことがあるかもしれないから。
そう言って彼女は、先日の落ち込んだ雰囲気から一転、逆にやる気スイッチを押していた。
それを聞いた俺もまた、冷静さを忘れないようになりながらも、心の中に小さなやる気スイッチを押しておく。
15
4月20日の土曜日。
調査8日目。
結局、昨日は特に成果が無かった。
だが――。
「……あの人がチョミさん?」
「おう」
「……」
「どした?」
「いや別に……何を吹いてるんだ?」
「本人はジャズとかボサノバとかが好きとか言ってたけど、演る時は適当にフィーリングだってよ」
「……」
「ところで、俺のCD聴いたか?」
「悪い、よく分かんなかったわ」
「ハッ、正直だなぁ……お前友だちいねーだろ?」
「ほっとけ、それより紹介は?」
「任せろよ。ほら、もう終わるから行くぞ」
今日は昼頃からひよりと一緒に公園で聞き込みをしていたところ、月島から連絡があり、チョミさんが演奏をしているそうだ。
俺はすぐさま今日も塾にいる水無月さんにメールをすると、塾が終わったらすぐに合流すると返事が返ってきたところで月島のところに向かった。
今いたところから数分もしない場所で月島と合流して声を掛ける。
彼の指差す方を見て、彼女――楽しそうにトランペットを吹かすチョミさんを視認した。
水無月さんほどではないが、長い髪を持っており、それを左右の中央より高い位置にまとめている――いわゆるツインテールというやつだ。
髪型もそうなのだが、何より驚いたのは髪色、彼女から見て右半分が紫、もう一方の左半分が黄緑に染まっている。
それでいて青色のシャツを着て、黄色のダボッとしたズボンを穿いており、前衛的? アバンギャルドな格好をしている――普段から表情をあまり変えないひよりも、これまでに見た事がないであろう奇怪なものを見て目をシパシパさせている。
…………。
まあいい、とにかく話を聞こう。
演奏が終わり、小休止とばかりに腰を下ろしたところで月島が声をかける。
「Hey! チョミさん!」
「? ってオイ、ウェイウェイウェイ! ツッキーじゃん!? おひさ〜!!」
「ウェ〜イ、久々よ〜」
ここで両者が拳を突き出して合わせる――フィスト・バンプをする。
「ちょいちょい、いつぶりよ〜?」
「1週間ぶりじゃね〜?」
「いやもっとっしょ〜」
「マジで〜?」
「てかなにツッキー元気?」
「元気も元気、チョミさんは?」
「こっちもアゲポヨよ〜」
「Goodね、良いね〜」
「Woohoo〜〜〜!!」
ここでまたフィスト・バンプ。
…………。
ヤバイ、やる気スイッチがオフになりそうだ……。
不安というか帰りたい。
「てかさ〜、後ろの子たちは誰かな〜?」
ようやくというか、チョミさんがようやくこっちに話を振ってくれた――良かった、後少しで気持ちが折れて帰るところだった。
「あっとヤベ忘れてた」
オイ。
「紹介するよチョミさん。コイツは俺の兄弟でロイドってんだ、そっちの小さい子は……知らない子だ――」
「――王城ロイドだ、コイツは俺の妹でひより」
「うぇい」
「ウェイウェイ、いい挨拶だな嬢ちゃん……」
そう言ってチョミさんは両拳を突き出す、
「……」
「ふぅ〜」
仕方なく俺とひよりは拳を合わせた。
「良いねえ、ウェイに始まってウェイに終わるのよ……」
「な」に言ってんだお前。
思わず突っ込みそうになるのをグッと堪える。
……落ち着け、流されるな。
とっとと本題に入ろう。
「仙導レナって子を知ってるか?」
「仙導……レナ……もしかしてレナッピ?」
そこで俺は彼女の画像を見せる。
「あぁ、やっぱりレナッピか」
「最近――ここ1週間前くらいでここに来たか?」
「いや〜、見てないかも? でも何でさ?」
「実は「それが聞いてくれよチョミさん、レーちゃん家出してんだって!」」
ここで横から月島が口を挟む。
「マヂで!?」
その言葉にチョミさんも驚いて声を上げた。
簡単に仙導レナの失踪した状況と経緯を説明する俺。
「ハェ〜マヂでか〜、そしたらなに? 君はレナッピの彼氏か!?」
「いや俺は「コイツは依頼を受けてる探偵なんだってさ!」」
またも月島に口を挟まれ、俺は無理やり「こっちで話すからお前はあっち行ってろ」と横に退かす――それを受けて月島は隅の方に移動し、悲しそうにしながらしょぼくれるのをひよりが慰めていた。
「探偵?」
あまり聞き馴染みない単語だったのか、俺の容姿が
合ってないからだったのか、チョミさんは目を細めて俺を見つめる。
「探偵じゃなくて探偵の助手、バイトのお手伝いだ」
「ふーん……じゃあ探偵のおっちゃんは?」
「……長期出張中なんだ」
「ほぇ〜……なるほどね〜」
納得したのかチョミさんは頷く。
「と言うわけで今は聞き込み中なんだが、彼女の居場所とか何でも良いから心当たりとかあるか?」
俺の質問に唸るチョミさん。
「ん〜、知らないなぁ〜」
「アンタならここの顔役とアイツから聞いたんだが、他に仙導さんを知ってそうなやつとかは?」
「顔役って、あーしは好きで勝手にやってるだけだし、そんな偉いもんじゃないよ」
「でも勝手が分からない奴とかに声を掛けてやって、教えたりしてるんだろ?」
「ここの連中はみんな夢を追いかけてる似た者同士だからね〜、せっかくここから始めるのに、初っ端からつまんない事でつまづくなんて可哀想じゃん?」
「……」
変な奴ではあるが、悪い奴じゃないのかも。
「レナッピを知ってるやつ、知ってるやつ……」
またも頭を掻きながら唸る。
「ごめん……あーしさ、レナッピも含めてだけど、何人かに声掛けて飯とか酒とか行くんだけど、レナッピはあんまそういうの来てくれなくてさ〜」
「……ダメそうか?」
「ん〜〜〜〜…………あ、チャッピーなら?」
「チャッピー?」
「ツッキーと違って、レナッピにかなりマヂ惚れしてる奴なんだけど、もしかしてもしかしたらかも?」
「そいつはいつ来る?」
「確か明日の日曜来るかもって言ってたかもかも?」
「来たら教えてくれるか?」
「オケ、連絡先ちょーだい」
「恩に着る」
「ウェイウェイ」
連絡先を手渡し、今日何度したかのフィスト・バンプをする。
…………。
まさかただの会話でここまで疲労感を覚えるとは思わなかった……。
正直言ってちょっと疲れた。
16
同日の夕方頃。
塾を終えた水無月さんと合流し、公園の近くにある老舗の団子屋にて今日の成果を伝える。
一通りの報告を済ませたところで、水無月さんは言う。
「それなら明日は私も同行しますね!」
「塾は大丈夫なのか?」
「そちらに関しては大丈夫です!」
聞くと、両親には正直に仙導さんとのことを伝えたらしい。
初めての出逢いとこれまでの日々、そして彼女の謎の失踪。それを受けて水無月さんが今日までに行っていたことの全てを。
今は大切な友だちを探したい事を伝えた。
両親は最後まで話を聞いてくれ、そして水無月さんには理解を示し納得をした上で、絶対に無茶はしないことを約束させたそうだ――それとは別に、事前に相談もなく行動をした事と心配をさせた事を咎められ、ケジメとして今日の塾には行く事としたそうだが。
とはいえ、これにて水無月さんは正々堂々とこちらと行動を共にする事ができたわけだ。
まずは喜ぶ事としよう。
この団子屋名物の海苔付き団子を頬張っていると、
「あとそれとは別にですね。ひとつお伝えしたいことがあるんです」
そう言って水無月さんは話を切り替え、鞄からある物――前に聞いていた仙導さんの家計簿ノートを取り出した。
「何か分かったのか?」
「そこまでの大きな発見ではないのですが……」
ここを見て下さいとノートを広げてとあるページを見せる。
去年のちょうど今頃――3月から4月にかけての記載らしい。
「この頃に色々と出費が重なっているようで、貯金がほぼ無くなってしまってるようなんです」
「……」
そう言われてみると、確かに住んでいるアパートの更新料や病院の入院費やら、その他諸々の諸経費として出費されているのが確認できる。
「で、ここからなんですが」
そう言って夏頃までページが捲られる。
「この頃から本屋さんのお仕事とは別に違う収入の記録もあるんです」
言われて見ると、確かにそういった記載がされているのが確認できる。
よく観察すると、その月以降でも大体同程度の収入が入っているようだが、
「これが?」
未だに理解ができない俺に、水無月さんは教える。
「本屋での給与明細はちゃんと保管してあるのに、こちらの分の記録が見当たらないんです」
そこで俺もようやく意味を理解する。
だが、
「変だとは思うけど、別に最近は給与明細もデジタルになって、そもそも紙で手渡してるのをやめてるとこもあるって聞くぜ?」
「そうなんですが、でもここまでちゃんと書いてあるのにここだけ適当というのが違和感があるというか、レナちゃんから他のところで働いてるなんて聞いたことがなかったので……」
「友だちだからって別に全部のことを話さなきゃいけないってワケじゃないし、特に日雇いバイトみたいなやつは珍しくもないだろ」
「うーん……そうなんでしょうか……」
聞けば、持て余した短い時間を埋めるように職場を検索して、そこで少し働いて臨時収入を得るみたいな登録型のアプリなんてのもあるらしい。
現金で即日手渡しOK。令和の働き方スタイルは様々であるわけだ。
「とりあえず、水無月さんが不審に思うところはわかったけど、そのもう一つの職場に関する情報が少ない以上、これ以上探るのは難しそうだ」
「……ですね」
彼女の中では新たな発見だっただけに、特段役に立てる情報ではなかったためか少し肩を落とすが、それを見てひよりが横で頭を撫でている。
……そういえば――。
「――ひより、お前はなんか無いのか?」
「?」
「今のやり取りを聞いてさ」
前にあったようなことを期待して聞いてみる。
「んー……」
それを受けてひよりは、何処とも分からないような方向を見つめる。
「…………」
数秒間の沈黙。
そして、
「ない」
答える。
「無い?」
「ない」
「何も?」
「うん」
「なんも無いって事か?」
ひよりの眼を見ながら聞く。
曇り無い琥珀色の瞳。見つめる俺の顔が映るのみで、その眼は近くて遠くを見てるような或いは何処も見てないような、なんだか意図の読めない不思議な眼をしている。
「うーん……ちょっとわからない?」
「なんで疑問形なんだよ?」
「さあ?」
…………。
まあ、分からないなら仕方ないか……。
というか、手伝う約束の契約期間まで残り半分も切っちまった。
普段なら宿題とか課題とかの提出期限に一切動揺とかした事がないそういう気持ちとは無縁の俺の中に、焦燥感が少しばかり出てきたが、全力で無視を決め込むことにする。
17
人間には面白い能力があるらしい。
例えば、ある音を単独で聞いた際、その音を絶対的に認識して音名を言い当てる事ができる『絶対音感』というそうだ。
また他に例えれば、一瞬で見たものを細かい形状や文字、色や配置などを理解して覚える事ができる『瞬間記憶』というものもあるそうだ。
人はそれを特別な、特殊な能力だと言うそうだが、俺はそれを『珍しい特技』くらいの感覚で認識している――現に絶対音感は、年齢の小さい内に適切なトレーニングを受けていれば、誰でも習得する事ができるらしい。
俺もまた『珍しい特技』が一つある。
と、その説明の前に一つちょっとした自己紹介をしとこう――今更感も拭えないが、まあ聞いてほしい。
俺、王城ロイドは、イングランドのヨークシャー州生まれであるイギリス人の父ルイスと、埼玉県生まれである日本人の母日向との間に生まれたハーフであり、外見は完全完璧に外国人に見えるし間違えられるが、中身は完全完璧に日本生まれで日本育ちのペラペラの日本語しか喋れないため、初めて俺を見て会話をした人間は脳がバグること間違いなしの仕様となっている。
そんな俺のナリのおかげで、小さい頃から戸惑われ揶揄われ物珍しい感じに見られ続けた結果なのか、俺は特技として『視線』を感じ取れるようになった。
より正確に言うと調子が最高潮に良い日は、俺を見ている人間が何人いて、どこから見ているのかの方角が分かるし、なんだったらどういう感情で見ているのかも分かってしまうほどだ。
さて、なんだって急にこんな話をしたのか?
もう察している人もいるだろう。
俺を監視している奴がいる。
1人ではなく複数だ。
18
4月21日の日曜日。
調査9日目。
昼過ぎくらいにチョミさんから連絡が入った。
次の目的の人物であるチャッピーが来たそうだ。
俺は事務所からひよりと水無月さんと一緒に公園に行き、まずは合流してからチョミさんに水無月さんを紹介し、その後チャッピーのところに案内をしてもらった――水無月さんも最初はチョミさんの凄い見た目と激しいキャラの勢いに最初は気圧されていたが、短いながらも親しく話せるようになったようだ――この辺りはやはり水無月さんの人当たりの良さが出ている気がする。友だちが少ない俺には非常に羨ましいほどのコミュニケーション能力だ。
先に結論から言うと、件のチャッピーも大した成果はなかった。
チョミさんの言う通り、仙導さんにベタ惚れをしているのは本当で、色々とアプローチはしていたそうだが、ことごとくお断りをされていたそうな――可哀想だが同情はしない。
コイツもまた最後に会ったのは玉砕アタックを仕掛けた2ヶ月くらい前の話だそうだ――肝心の最近は見かけなかったそうだ。
そうして今の現状を突破できるような有力な手掛かりはなく話が終わり、チョミさんも申し訳なさからなのか、他の俺たちが話を聞けなかった人たちの紹介をしてくれて、それらに話を聞いていた時だった。
異変を感じたのは3組目を紹介されている時だ。
最初は気のせいだと思った。
不特定多数の群衆が大勢集まる公園だ。しかも今日は日曜で、時間だってそろそろピークと言って良い頃合いだろう。
俺が視線を集めるのは無理もないし、仕方のない事だとはわかってる――ひよりもまた同じように注目を集めているというのもあるが……。
とは言っても、普通なら最初に少し凝視をする程度で興味が終わって、視線を戻したり外したりする。
これだけだ、これで終わる。
だけど、今回は違った。
1人や2人じゃない、5人か6人くらいに見られてる。
様々な方向から一切の視線を戻すこともないし、外すこともない。
じっとこちらを観察している……違う、そうじゃない、ここまで来るともう『監視』をしている。
しかもその視線に含まれる感情は、実に穏やかじゃないものだ。
俺はこの感情を知っている。
何度か叔父の仕事を手伝った時にこの視線を浴びている。
何だったら前のバーでの大乱闘でもそうだ。
それは『敵意』『害意』『悪意』と呼ばれるものだ。
何故かは知らない。
なんでそんな目で見られなきゃいけないのかも、皆目見当もつかない。
だが一つハッキリしている事がある。
このままいけば恐らくは、いや確実に今日中に襲撃されるだろう――今は虎視眈々とその機会を伺っているというわけだ。
そうなると厄介だ。
テメー1人ならどうとでもなる。
伊達に修羅場を潜ってねえ、だが問題はひよりと水無月さんだ――残念ながら俺にはSPやボディガードみたいに誰かを守りながら戦うなんて器用な真似はできない。
2人を何とかこの場から遠ざけたいが、その先で襲われないとも限らない。
確実に、安全に移動させないといけない。
困った。
どうする? どうするロイド?
今思い返すと、この一件の中で一番使わない頭をフル回転大回転していた気がする。
とにかく一個言わせてくれ。
クソが。
19
彼らはロイドを監視していた。
公園なので比較的にラフな格好で、ある者は1人でゲームをしながら、またある者たちは2人で友だちのように日常的な会話を楽しみながら、周りから不審がられずに目立たないように、自然に景色に溶け込むようにしていた。
その内に定期的な指示のメールが届く。
使い捨て携帯電話を開き、内容を確認する。
『続行』
彼らが事前に受けていた命令は三つ。
一つ目、『男を監視しろ』
二つ目、『合図をしたら襲え』
三つ目、『殺すな』
この三つ目の指示は、基本的には病院送りにしろということで、つまりは徹底的に痛めつけて半殺しにしろということだ。
彼らは少しばかり血の気の多い連中のため、久々の暴れられる状況に期待を胸に膨らませていた。
今か今かと『その時』を待っていた。
ようやく事態が動いたのは、午後6時過ぎのことだ。
公園での聞き込みを終えたのか、駅に戻ってロイドたちはファミレスで食事をし、その後は女子供(事前の報告では水無月とひよりと言っていたか、さして興味は無い)としばらく話をしてタクシーに乗せて走らせたかと思うと、乗り場にロイドが1人だけが残る形になった――元々、彼らが受けていた命令はロイドの監視のみであり、もしも二手に別れた場合は、一方は無視していいとなっていたので、特に動揺は無い。
タクシーが離れたのを確認し、ロイドはそのまま繁華街の方に歩き出した。
彼らもそれに合わせて跡を追う。
ここは空巻駅近くの繁華街ということもあり、普段から仕事終わりの会社員がこの通りで呑み食いをするのだが、日曜でも労働をされている人々もいるようで、今日もまたそんな大勢の人々とそれに声を掛ける客引きたちが賑わっているため、尾行はなかなかに困難ではあった。
コンビニに寄ったり、ゲームセンターに寄ったり、ロイドは気の向くままに散策を楽しんでいるといった感じだ。
そんな感じで少しして、ロイドは喧騒な通りから距離を取るように、奥の方へと進んでいく。
このまま更に進むと、人通りが少なくなり、街灯の光もまばらな感じとなっているため、地元の人間なら薄気味が悪いので夜間は避けるところだ。
つまりは彼らには実に好都合なルートなわけだ。
当のロイドはこちらを気にする事なく、前を向いて歩いている。
そちらに気取られないようにしながら、彼らの1人が指示役に報告をする。
今なら実行しても問題ない事を伝える。
返信はすぐに来た。
待ち望んでいた『実行』の2文字。
彼らは互いに目配せをして合図をする――各々がリュックや鞄から目出し帽と伸縮式警棒を取り出して準備をする。
それぞれが整え終え、指示役に報告をした者が、1人の目を見て頷く。
『やれ』
それを受けた1人は10メートル先にいるロイドを見つめ、ゆっくりと歩き出し、少し足早に、距離感を測りながらここぞというタイミングで走り出す。
狙うは頭。人体にとって弱点であり、保護するべき箇所、後頭部。そこを目掛けて警棒を振り上げ、そして振り下ろす瞬間――
――そのタイミングに完璧に合わせた形になる。
突如としてロイドが振り向き、振り下ろした方の手首を掴み、拳を真っ直ぐに男の眉間に突っ込み、そのまま後ろから地面に叩き込んだ。
突然のことに動揺しているのか、続こうとした2人の動きが止まる。
対するロイドは不敵な笑みを浮かべ、不気味に狂気染みたブルーの瞳は爛々と輝いており、彼らを見つめている。
「よお、遅かったな?」
彼らはこの後、身を持って知ることになる。
自分たちが『監視』をして襲ったのではない、逆だ、自分たちが『監視』をされて襲われていたのだ。
20
今日のロイドさんは何だかいつもと少し様子が違いました。
どこが? と言われれば即答するのが難しく、よく考えてもただ何となく違うかも? と疑問符を付けて返すしかできないほどなのです。
ぼーっとするわけでもなく、ちゃんと話を聞いていました。急に黙ったりとかではなく、こちらから聞けば返してくれました。
いつもと同じ反応はあります。
でも小さな違和感は感じていました。
何時から? と問われれば、思い当たる節は私の中ではひとつ。それはチャッピーさんにお話を聞いていた時はいつも通りだったのですが、その後のチョミさんに紹介してもらった方たちとお話をして以降からのような気がします。
でも分かったのはそれだけで、それからは私もレナちゃんのために集中しなきゃとなったので、気のせいだろうと思って聞き込みを続けたのです。
その後、午後6時ごろになったところで、チョミさんもそろそろ帰らなきゃとなってしまい、今日はそこまでとなってしまいました。
私たちはチョミさんにお礼を言ってその場を離れ、夕飯時も兼ねて駅の方に戻ってファミレスで食事をする事にしました。
確認と分析と共有。
格好付けてこんな風に言ってますが、実際は『今日も何も分からなかった』という事が分かっただけです。
もう既にロイドさんとの約束の2週間の半分が終わってしまいました。
先日、ひよりちゃんから『分からないけど、何か分かるかも』という言葉を信じて頑張ってきましたが、ここまでずっと進んでるように見えて何も進展していないのを意識してしまうと、気分が重くなります。
こんなただの子どもの自分では何もできないのだろうか、無力なのだろうか。
そんな事ばかり考えてしまいます。
でも、何もしないのは嫌です。
レナちゃんと会えないのは絶対に嫌です。
こうしてロイドさんやひよりちゃんに手伝ってもらって、今日知り合ったチョミさんも、何か分かったら教えてくれると言ってくれてます。
私が先に諦めるわけにはいかないのです。
そう心の中で決意を固めながら、食事が終わりました。ロイドさんが今日はこれ以上できることも無いだろうということで、事務所にも寄らずに解散しようとなりました。
基本的に、ロイドさんと行動を共にしている時は、私を自宅まで送り届けてくれていました――流石に申し訳がなかったので最初はお断りをしていたのですが、『叔父さんの手伝いをしてた時は、たまに依頼人を送迎してたんだ。これも仕事の一環だから気にしなくていい』とロイドさんに言われてしまって、それ以降は好意に甘えてしまっている状態でした。
だけど、今日はいつもと違いました。
普段なら、空巻駅からの場合は電車で帰路につくのに、ロイドさんは私とひよりちゃんにこう言ったのです。
『悪いが今日は2人で帰ってもらってもいいか?』
それを最初に聞いた時は、少し首を傾げました。
私が1人で帰るならともかく、ひよりちゃんもとはどういう事でしょう? と。
案の定、ひよりちゃんもその時は『なんで?』と当然の疑問を投げました。
その疑問に対してロイドさんは『それは……』と言いかけたところで言葉を止めました――その様子は、何と言ったらいいのか迷っている風でした。
元々、ロイドさんの今日の様子に違和感を感じていた私は、この時の言動と行動でモヤモヤを募らせていたので、思い切って尋ねようかとしていた時――
『――わかった……』
ひよりちゃんが了承しました。
えっ? と私が戸惑う間もなく、
『水無月さん』
『は、はい?』
『そういう事で頼めるか?』
『えっと……あの……』
『…………』
『分かりました……』
『悪いな』
『いえ……』
ロイドさんの真剣な眼差しに気圧され、よく分からないままに了承をしました。
そこからは言われるがまま、流されるがままにタクシー乗り場の方まで行き、私たちを乗せてから、ロイドさんは財布から適当にお金を運転手さんに手渡して言いました。
『すんません、ちょっとこれでこの周辺をちょろっと走らせてから、最初にここの住所と次にこっちの住所に行ってもらってもいいですか?』
運転手さんもあまり慣れない依頼だったのか、最初は生返事で不審感を隠さない態度でしたが、ロイドさんの握らせたお金の額を見て、まあいいかといった感じで面倒ながらも引き受けた感じでした。
最後、ロイドさんはドアを閉める直前に、
『あぁそうだ、水無月さん、明日は事務所来れる?』
『はい、大丈夫です』
そう聞かれたので私は返事をすると、
『オケ、じゃあ家に着いたらメールでいいから連絡ちょうだい、また明日』
そう言って運転手に声を掛けてドアを閉めてもらい、私たちを乗せたタクシーが出発すると、お互いに見えなくなる距離まで離れるまで彼はこちらを見続けていました。
そうして見えなくなったところで、
『じゃあすいませんけど、ちょっと走らせますんでよろしくお願いします』
『あ、はい、お願いします』
運転手さんの言葉に私も返事をしました。
……。
一体何があったのでしょうか?
…………。
考えど考えど、私の頭脳では疑問を晴らすことはできそうにありません。
こんな時は、
『ねえ、ひよりちゃん』
『うん?』
この子に聞くのが一番なのかもしれません。
ひよりちゃん、ロイドさんの妹でとても可愛くてとても不思議な子です。
『今日のロイドさんはどうしたのかな?』
『ん〜……』
首をちょこんと傾げて、まるで宝石のようなとても綺麗なアンバーの瞳が私を見つめます。
表情が変わらないため、感情が希薄そうに見えますが、どうもそうではなくて、その実は多感に溢れていて、単純に表情で自身の感情を表現するのをあまりしない子みたいです。
少し考えてひよりちゃんは口を開きます。
『もんだいがあったのかも』
『問題?』
『うん』
それでいて物事を多角的に捉えており、私が気付かないような、気にしないような事を考えて別の視点で見てるように話す事があるのです。
何と言っても彼女と一緒にレナちゃんの部屋で銀行の通帳を探していた時だって、この子が最初に当たりをつけて見つかったのですから、彼女の聡明さは年齢的に比較しても非常に秀でています。
『それってどんな?』
『ひよりたちとべつにかえらなきゃいけないくらい』
『わざわざ別れなきゃいけないほどって事かな?』
『そう』
『…………』
『なにがもんだいかはわからないけど』
とは言え、ひよりちゃんも全知全能なわけではありません。
見えている箇所が増えたから全てが分かるわけではないので、本人が知り得ない事があれば、そこで止まるのは当然です。
『タクシーで時間を過ごしてから帰らなきゃいけない問題……』
……。
今日の調査途中で起きた不自然な行動。
解散する流れからの言動。
まさしく奇行と言い換えてもいいでしょう。
とはいえです。
まだ1週間弱ほどですが、私から見たロイドさんは、意味の無い事をするような人ではありません――全てに意味があるとは言うつもりはありませんが、でも何らかの事情があるのは確かです。
私に明日は事務所に来れるのかを聞いたのもその一貫なのでしょう。
今日の事を説明してくれるのかもしれません。
ならば私は、それを信じて待つのが一番ベストな選択なのでしょう。
『りこおねぇちゃん?』
私の沈黙にひよりちゃんが心配そうに見つめます。
『ううん、大丈夫だよ』
その不安に笑顔で応えて頭を撫でます。
『ありがとう、ひよりちゃん』
『うん』
そこから数十分ほどは駅の周辺を適当に走ってもらい、そろそろ頃合いだろうということで、まずはひよりちゃんたちのお家の住所に向かいました。
私の自宅と同じような住宅街にある一軒家。
ひよりちゃんと一緒にチャイムを鳴らして、しばらくするとお母さん――日向さんに会いました。
黒髪のベリーショートで、切れ目が特徴的(若干ロイドさんに似てるような?)な綺麗な方でした。
挨拶をすると、どうもロイドさんから事前に事情とかは聞いていたみたいで、
『ウチの息子が迷惑掛けてない?』
と言われたので、慌てて私の方が逆に迷惑を掛けてしまってすいませんと頭を下げました。
『ただいま』
一方でひよりちゃんは日向さんの足元に近付くと、そのまま抱きついていきました。
『おう、お帰りひより』
慣れた感じに日向さんはワシャワシャとひよりちゃんを撫で回して、それに対してひよりちゃんは整った髪が乱されながらも満足そうに微笑みます。
今度は私の方の自宅に向かわなくてはならないのでタクシーの運転手さんを待たせてもいけないと思い、そこそこで挨拶を済ませて車に戻りました。
するとひよりちゃんを抱っこしながら日向さんが窓をノックしたので、私はそれを開けると、
『あの子はちょっとスカした感じだとは思うけど、馬鹿じゃ無いからさ、水無月さんの役には立つとは思うから充分に使ってやってよ』
そう言って笑みを浮かべて、
『大変だとは思うけど、見つかるといいね』
と言ってくれました。
私はありがとうございますとお礼を返して、出発をしました。
……。
なんというか、こうして素直に家族以外に頑張ってと応援してもらえたのが、私は少し気恥ずかしくも嬉しく思いました。
明日もレナちゃんのために頑張ろう。
そう思って私は帰路につきました。
21
4月22日の月曜日。
調査10日目。
学校が終わった後の夕方5時半頃。
事務所にて――メンバーは俺、ひより、水無月さんのいつもの3人である。
「襲われた!?」
おそらくはじめて聞いたであろう水無月さんの大声は、事務所内を大いに響かせた。
「あぁ、そうだよ」
「大丈夫なんですか!?」
「モチのロン、ご覧のとおりだろ?」
「そ、それはそうですけど……」
事務所に来た水無月さんは、来て早々開口一番に『昨日は何があったんですか?』と詰め寄り、俺も最初は何から言ったものかと考えたが、とりあえずは結論というかその何がを言ったらいいかと思い、襲撃の事を話したらこうなった。
「一体何が起きたんです?」
その疑問はもっともだろう。
だから俺は昨日の午後過ぎ――公園にて聞き込みをしていた時から、複数の連中に監視されて尾行されていたところから説明し、俺からひよりと水無月さんを安全に引き離すためにタクシーに乗ってもらってから、その間に俺が監視者たちを人気の無いところまで誘き出して、そして出てきたところを捕まえようとしたのだと話す。
実際に博打の賭けは俺の勝ちだった。
ひよりと水無月さんは無事に家に帰れたようだし、こっちの方はちゃんと釣れて姿を見せてくれたってわけだ。
俺の説明に戸惑いながらも、水無月さんは困惑した顔つきで言う。
「昨日の事は分かりましたけど、結局その人たちはなんだったのですか?」
そっちの疑問ももっともだ。
だが……。
「わからん」
「えっ?」
「奴らを全員ボコボコにしてやったまでは良かったんだけどね……」
肝心の話を聞こうとしたところで警察が駆けつけて来てしまったのだ。
「俺も含めて全員拘束、引き離されちまった」
「でも警察が来てくれたなら、事情聴取されて相手の事が分かったのでは?」
「いや」
そう上手くはいかなかった。
「奴ら全員、口揃えて『俺の見た目が気に食わなくてちょっかいを掛けるつもりで襲った』んだとさ」
「そんなことって……」
「目出し帽と警棒を準備しての襲撃でだぜ? そんなのありえねぇだろ?」
「……はい」
警察だって馬鹿じゃない、そんな妄言を信じるつもりはなくて詰め寄ったそうだが、
「結局連中は全員ダンマリを決め込んでるそうだ」
「そんな……」
黙秘権ってのはこういう時に便利というわけだ。
余計な事を話さずに済むんだから。
そこまで話して、水無月さんはふと口を開く。
「レナちゃんの件と関係があるんですかね?」
「……」
それが最大の疑問だろう。
元々、俺の外見は確かにトラブルを招いてはいた。
それは否定しない。
もしかしたら俺のこれまでの積み重ねから、色んな連中から恨みを買った結果、昨日の事件に繋がったのかもしれない。
だが、いくら何でもこのタイミングはあり得ないだろ。
「無関係じゃないだろうな……」
「それなら、その事を警察に伝えたら……」
「……俺も最初はそれを考えたが」
上手くいけば警察が話を聞いてくれて、仙導さんの行方を追ってくれるかもしれない。
だけどだ。
「やめた」
俺は言わなかった。
「どうして?」
「俺らが勝手にそう考えてるだけだ。仙導さんと襲撃者が繋がってる証拠がねえし、連中も黙ったままだからあれ以上の進展は難しいだろう」
「でも――」
「――とにかく、俺たちはかなりの厄介事に巻き込まれたぞ」
「……どういう事ですか?」
水無月さんは訳がわからないと言った様子で俺を見つめる。
「一旦、話を整理しようか」
俺はホワイトボードを引っ張ってきて、これまでに書かれていた面の反対側にする。
最初に『仙導レナ=襲撃者』と記入した。
「さっきは繋がる証拠は無いと言ったが、今はそれを無視して、『仙導さんと襲撃者には何らかの関係がある』を前提にして話を進める。オーケー?」
2人は黙って頷く。
「よし、まずは『襲撃者は何者か?』からだ」
「あの、それはまだ何も分からないのでは?」
「俺が言いたいのは相手の正体じゃなくて、もっと単純な話だよ。善良な人間を陰でコソコソ監視して、尾行して、背後から襲うような連中をなんて喩える?」
「えっと……」
「……ひより?」
「わるいひと?」
「正解」
『襲撃者=悪党』と記入する。
「じゃあ次だ。この悪党共は『何で俺を襲った?』」
「レナちゃんと襲った人が関係している……そもそも私たちはレナちゃんを探していて……レナちゃんを探していたから……探しているのを知ったから? 知ってしまったから……私たちを疎ましく思ったからですか?」
「つまり?」
「これ以上探させないように襲った?」
「正解」
ようは『脅し』だ。
『仙導レナを探すな』というメッセージ。
痛い目に合わせて、これ以上首を突っ込んでこないように自己防衛したわけだ――やり方はとんでもなく『過剰防衛』に寄ってるわけだが……。
ところが、
「その結果はどうなった?」
「ロイドさんが襲った人たちを逆に倒して、警察に捕まりました」
「その通り」
奴らは見事に失敗したわけだ。
「いや――」
――正確には半分といったところか。
何せ俺は、そいつらから詳しい情報は手に入れられなかったのだから。
「まあいい。次、『警察を呼んだのは誰か?』」
「通りすがりの人とかではないのですか?」
「俺はワザと人通りの無い道を選んだんだ。その可能性は低い」
「でも零では無いですよね? 偶々そこを通りがかった方が目撃して通報してしまったのかもしれませんし……」
「だとしたらタイミングが良すぎる」
奴らを制圧した際、そんなに時間を掛けたつもりは無い。どちらかと言えば普段通り――叔父さんの仕事を手伝っていた時のようにスムーズに進んでいたはずだった。
もちろん駅には交番があるわけで、そこに警察官が待機していたとしても、そこから普通に通報を受けて現場に駆けつけるまでには余裕があったはずだ。
そいつらを俺なりのやり方で尋問する時間が。
それなのに、実際はこの有様だ。
そう説明して、水無月さんは未だに納得のいかない顔つきで言う。
「つまり、ロイドさんは『誰が』警察に通報したと考えてるのですか?」
……。
俺は通報してない、目撃していた第三者の可能性は低い、だとするなら、
「順当に消去法でいくならコイツらだろうな」
ホワイトボードに記入するためのペンで俺は『悪党』の部分をコツンと突いた。
「襲った人たちが警察に通報したのですか?」
俺は頷く。
「でも何故です?」
「つまりはこうさ」
俺を襲った悪党共は、2つの役割に分かれていた。
監視し尾行し襲撃する『実行役』と、報告を受け判断し指令する『指示役』に、ようは手下とリーダーってわけだ。
そのリーダーは、襲撃が始まった瞬間にはもう警察に通報をしていた。
理由は2つ。
1つ目は、襲撃が上手くいったとして、俺を手下たちが間違って殺さないようにするため。万が一にも殺人事件になったら警察が本気で捜査をするからだ。
2つ目は、襲撃が失敗した時、手下たちが口を滑らせて余計なことを喋らせないための口封じのため。
どう転んでもいいようにしていたわけだ。
確実にこっちに脅しだけが伝わるように。
「……そこまで考えてるのでしょうか?」
「俺はそこまで頭のキレるヤツだと踏んでる」
そう言ってもう一度『悪党』の部分を突く。
「さて、ここで話を一旦戻して、悪党共の正体について少し考えようか」
「正体ですか?」
「具体的にはもう一歩踏み込んで考える感じだ」
「……」
「相手の悪党は狡猾なリーダーと、人を平気で傷つける指示に対して忠実に従う手下たちの集団だ。そんなヤバい連中を、水無月さんはここまで聞いてなんて言う?」
「……犯罪組織、とかって事ですか……?」
「まあそこまで言っても差し支えないな」
「…………」
そう言うと水無月さんは信じられないといった風に口を噤んでしまった。
「で、ここまで状況を整理して改めて仙導さんの事を含めて考えると――」
「――レナちゃんが行方不明なのは、その犯罪組織のトラブルに巻き込まれているって事ですか?」
「……」
俺の無言を肯定と捉えたのか、水無月さんは慌てて立ち上がり、
「じゃあ! なおさら警察にちゃんと言わないとじゃないですか!?」
そう言ってポケットからスマホを取り出したところで俺は手で制す。
「待てよ」
「待てません! 一刻を争うんです! 早くレナちゃんを探してもらわないと!」
無理もないが聞く耳持たずか……冷静さを欠いてしまっている。
仕方ない。
「仙導さんは無関係なのか?」
「…………は?」
俺の一言に、水無月さんは動きを止め声を漏らす。
「以前に言ったよな? 仙導さんが記入していた家計簿に、本屋のバイトとは別に不明の収入が書かれていたって」
「でもそれは、ロイドさんが日雇いのバイトじゃないかって言ってたじゃないですか……」
「実はそうじゃなくて、犯罪組織に関係のある金だったとしたら?」
「そ、そんな証拠なんてないじゃ無いですか……?」
「別にその証拠もゼロじゃ無いだろ?」
「……」
「それにお次は、仙導さんとの接触がありそうな公園で聞き込み調査を開始してからの襲撃だ。俺たちは自分たちが思っているより仙導さんに近づいてるのかもしれない」
「……何が言いたいんですか……?」
先ほどの事務所内を響かせた大声とは違う、静かだが威圧するような声と、俺の目を真っ直ぐに睨みつけて拳を強く握り締めている。
どう聞いても、どう見ても、それは明らかに怒気を孕んでいる。
俺はそんなのは気にせずに淡々と告げる。
「三段論法って知ってるか? 正確に合ってるかはわかんねえけど、『A=B』で『B=C』である時、『A=C』であるってやつ――」
――無論当たり前だが、言葉を続けることはできなかった。
何たって俺の左頬に強烈な一撃をもらったのだから、
「――ッ!!」
避けずに受け入れた平手打ちは、正直な話かなり痛かった。
「…………」
俺は黙って彼女を見る。
水無月さんは今にも泣き出しそうにしながらも、グッと堪えているようだ。涙が溢れないように俺を必死に睨む。
ひよりはというと、ただ黙って静観している。
こうなる事を予期していたようにじっと見つめていた。
俺が口を開こうとした瞬間、水無月さんは顔を逸らして荷物を纏める。
そしてそのまま事務所を出て行ってしまった。
…………。
静寂。
「……」
ひよりと目が合う。
その視線の感情は『呆れ』。
「わかってるよ……今のは俺が悪い……」
だけど、
「あそこまで強く引っ叩くか?」
「ぐーじゃないだけましじゃない?」
「……」
ぐうの音も出ない。
「ろいどはもうちょっと、はなすじゅんばんといいかたをかんがえてからつたえましょう」
「わかってるなら早く言えよ」
「わかってるとおもってた」
「…………」
彼女とメールアドレスを交換しといて良かったとつくづく思う。
まず初めは決まってる。
22
『悪かった』
『別に仙導さんが犯罪者と言いたいわけじゃない』
『でも、可能性の話をしたかったんだ』
『正確には今後の方針を決めたかった』
『聞いてほしい』
『もしかしたら、仙導さんは旅行に出掛けてて、旅先でスマホを失くして連絡が取れないだけかもしれない』
『もしかしたら、仙導さんはただの家出をしてるのかもしれない』
『もしかしたら、仙導さんは何か大きな悩みを抱えていて、それに耐えられなくてどこか遠くで自らの命を絶っているのかもしれない』
『もしかしたら、仙導さんは悪い奴らからトラブルに巻き込まれて監禁されているのかもしれない』
『もしかしたら、仙導さんは悪い奴らのリーダー格で俺たちに行方を探して欲しく無いのかもしれない』
『もっとおかしな事を言おうか?』
『もしかしたら、仙導さんは世界を股にかける正義の味方で、悪の組織と対決する為に身を隠しているのかもしれない』
『わかるか?』
『どれもがイチでも無いし、ゼロでも無い話だ』
『だけど、どれもがイチでも有るし、ゼロでも有る話なんだよ』
『意味がわからないかもしれないが、何となくわかるだろ?』
『この中の……いやこの中のどれでもない結末が、正体が仙導さんなのかもしれない』
『俺たちは仙導さんの全てを知る』
『本人が知ってほしくない全てを知る』
『いつだったか叔父が言ってた』
『『人探しは余計な扉を開く時がある』って』
『正直言って舐めてた』
『楽観視してたんだ』
『すまない』
『だからこれは俺の決意表明だ』
『俺は普通の人間だ』
『普通に嘘を吐くし』
『普通に君の力になりたいと思って手伝いをするし』
『普通に喧嘩を売られたらそれを買う人間だ』
『俺は、俺のできることで、どんな仙導さんでも見つける』
『水無月さんはどうする?』
『君は依頼人だ』
『最終決定は君自身が決めろ』
『警察に言ってもいい』
『今まで通り調査を続けてもいい』
『やめてもいい』
『水無月さんは仙導さんを知りたいか?』
『知るべきことを知りたいか?』
『知りたくないことを知りたいか?』
『任せる』
『焦らせるつもりはないが、時間が無いから今日中に考えてくれ』
『明日、事務所で待ってる』
23
どうやって家に帰ったのか覚えていません。
思わず事務所を飛び出して、無我夢中で帰っている途中も、家に着いてすぐさま自室に戻り、お布団の中にこもっている時も、ロイドさんに言われたことが頭の中をグルグルと回っていました。
レナちゃんが犯罪組織の関係者――悪い人なのかもしれないと。
最初は怒りました。
頭に血が昇り、身体が勝手に動いてしまい、初めて人に暴力を振るってしまいました。
次に悲しさでした。
いくら何でもそんな酷いことを言う人だなんて思わなくて、涙が出そうになりましたが、必死に堪えて我慢して、睨みつけるので精一杯でした。
最後は悔しさでした。
本当はすぐにでも、レナちゃんはそんな子じゃありません!! って強く否定するはずでした――変なことを言わないでくださいと叱責するはずだったのです。
でも、できませんでした。
ロイドさんが私の否定の言葉に対して、どういう反論の答えをするのかが怖くて聞けませんでした。
万が一にも、その説明に納得してしまうかもしれないと思ったら、背筋が凍り、恐怖で体が震えて立っていられなかったかもしれません。
勿論、今でもレナちゃんが犯罪組織と関わりがあるなんてあり得ないし、断じて信じてません。
でもです。
もしも、
もしも本当に、関係が無いとは言えなかったら?
どうしよう……。
私はどうしたらいいのでしょう?
だってレナちゃんは私と話す時は、お出掛けしている時は、遊んでいる時は、普通だったんです。
そんな怪しげな素振りなんて、一度だって見たことも聞いたことも話したこともありません。
でもそれが全て嘘だったら?
誤魔化すためだったら?
騙すためだったら?
私とのこれまでは偽りだったら?
わかりません。
色々と考え込んでしまって、頭の中が混乱して、落ち着きたいのに一向に落ち着かなくて、心の中も忙しなくごちゃごちゃとしてしまって、気分がすごく悪くなって、気付いたら疲れてしまったのか、そのまま眠りに落ちてしまっていました。
そこから少しして、ママが部屋をノックする音で目が覚めました。
夜ご飯が冷めちゃうから、早く食べなさいと言われたので、私は心配をさせないようにいつも通りな感じで返事をしました。
そこで学校の制服のまま寝てしまった事に気付いて、まずは部屋着に着替えようとした時です。
スマホの通知欄にロイドさんから連絡が来ていました。
最初は無視をしようかと思いましたが、眠ったおかげか幾分落ち着きを取り戻したので、少し怖くはありましたが確認をします。
そこには最初に謝罪と、これからについて書かれていました。
私自身がどうしたいのかと言う内容でした。
今日中に考えて決めてほしいと。
正直な話、見なければよかったと後悔しました。
夜ご飯を食べている(できるだけ平静に装って、不審に思われないように)時も、その後の家族でリビングでテレビを観ながら団欒している(表情を取り繕って、作り笑いを浮かべながら)時も、私はずっと考えていました。
でもどうするか決まらなくて、自室以外で1人になれるお風呂の中でも迷いました。
ロイドさんが送ったメールの内容を思い起こして、改めて思考します。
『旅行中かもしれない』
これは良いです。
だっていずれは帰ってくるわけですから。
『ただの家出かもしれない』
これもまだ良いでしょう。
探して、見つけて、会って話せば良いですから。
『自らの命を絶っているのかもしれない』
最悪です。
レナちゃんに二度と会えないなんて、それも自殺だなんて考えたくありません。
『トラブルに巻き込まれて捕まってるかもしれない』
これも最悪です。
私たちの手に負える事態ではありません。すぐにでも警察の方に相談して救出してもらわなくてはいけません。
『犯罪組織の関係者かもしれない』
最悪の最悪です。
本当に本当なのだとしたら、私はもう何も考えられません――考えたくないと言った方がより正確かもしれません。
『正義の味方で、悪の組織が云々』
……。
これもある意味では良いのかもしれません。
危険ではありますが……。
しかし、これはあり得ません。
無理があり過ぎます。
でもロイドさんは真面目に言っているのでしょう。
『誰かを探すことは、その人の秘密を暴く事になる』
それは私の知りたいこと以外の、知らなくてもいいような、知って欲しくないようなもの全てを含めて、知ってしまうかもしれないと。
思えば、私がレナちゃんの家族の方とお話しした時もそうです。
レナちゃんはレナちゃん自身の家族の事を話しませんでした――話したがりませんでした。
あえて自分から話題を避けていました。
触れようともしませんでした。
なのに私は知ってしまいました。
彼女の家族の実情を。
知られたくなかったであろう秘密を。
暴いたのです。
でも今後はその比ではありません。
ここまで言われれば、私でもわかります。ロイドさんは私に覚悟を問うているのでしょう。
『レナちゃんの正体を知りたいか?』
『レナちゃんの本性を知りたいか?』
『レナちゃんの秘密を知りたいか?』
『私にその全てを知る覚悟はあるか?』
…………。
どうしてこうなったのでしょう。
私はただ友だちの行方が知りたかっただけなのに。
ロイドさんと2週間の契約をして、気付けばもう10日も過ぎてしまって時間が無いと焦っていたのに。
今ではもう一年くらい経過しているように感じられます。
一体どうすればいいのでしょう。
ロイドさんは最終決定を下せと言っていました。
『警察に通報する』
本格的に捜査してもらえれば、レナちゃんが見つかるかもしれません。
普通に見つかるかもしれないし、遺体で見つかるかもしれないし、最悪は逮捕されるかもしれませんが。
とはいえ、警察に動いてもらえるだけの証拠があるわけではないので、そもそも話を聞くだけで終わるかもしれません――私が最初に警察署に相談しに行ったときのように……。
『調査を続ける』
昨日の襲撃の件から全てが繋がっていて、レナちゃんを見つけることができるかもしれません。
とは言っても、そもそも無関係かもしれないし、ただ時間を浪費してるだけで、見つからないのかもしれません。
『やめる』
このまま行動を続ければ、脅しでは済まないかもしれません。この辺りで大人しく警告に従うというのも大事なのかもしれません。
ただただ、レナちゃんからの連絡をひたすらに待つ事になります。
……。
…………。
………………。
長時間悩み、迷い、考え込んだ末、私は遂に決断をして、湯船から出ました。
ロイドさんにはちゃんと伝えなくてはいけません。
私の覚悟を。
24
4月23日の火曜日。
調査11日目。
空巻駅東口から徒歩で約10分、十数年経過された古びた雑居ビル、エレベーターがない最上階である4階にある王城探偵事務所。
事務所内には、少年――王城ロイドが叔父の愛用するチェアに腰掛けながら、録画された刑事ドラマを眺め。来客用のソファには、黙々とアプリのパズルゲームに勤しんでいる幼女――王城ひよりの姿があった。
本来ならばそこにもう1人の少女――水無月璃子がいるはずなのだが、未だに現れてはいない。
ロイドは壁掛けの時計で時刻を確認する。
午後5時を軽く過ぎたところ――いつもなら彼女はとっくに事務所に来ている時間帯だ。
まあ無理もないだろう、と思う。
昨日、ロイドは彼女の友人――仙導レナを侮辱(いくら落ち着かせるためとは言え)するようなことを言ったのだから。
そのあとはメールとは言え謝罪をして、事情とか真意を伝えたとしても、彼女には到底受け入れられないことを立て続けに言われれば混乱もするだろう。
とはいえ、これは大事な事だ。
ロイド本人はそう捉えている。
自分たちは既に後戻りができないところまで首を突っ込んでしまったのだと自覚している。
だからこそロイドは璃子に覚悟を問うた。
流されるままただ進むのではなく、自らの意思で判断し、自らの意志で決断して前に一歩進まなければならないのだと。
だがそれは酷な話だ。
ひよりは当然として、ロイドや璃子だってただの子どもだ。本来ならこんな事は大人が介入しなければならない事態だ。
それを無理やり全てを背負おうとしているのだ。
無茶苦茶な話だろう。
誰だってそう思う。
だからこそロイドはここだと考える。
ここが肝心であると判断している。
改めて歩き出すためにも……。
あとは彼女の覚悟を、真意を確認するだけだ。
とはいえ、時刻も刻一刻と無為に過ぎているのも事実である。
もしかしたら、彼女はもうここには来ないかもしれない……。
そう思い始めて、ひよりと共に事務所を閉めようかと考えていた時――
「――すみません! 学校の用事で遅れてしまいました!!」
事務所に駆け込んでの開口一番と共に彼女はやって来たのだった。
25
「ほいコーヒー、砂糖1つでミルク多めだったよな?」
「はい、ありがとうございます……」
「ろいど、ひよりも」
「お前は嫌いだろ?」
「ちゃれんじ」
「……砂糖3つとミルクたっぷりでいいか?」
「うん……」
水無月さんが来て早々、まあまずはいつも通り一旦落ち着こうということで、ソファに座り一服することにした。
変わり映えしないブラックコーヒーを一口飲み、いつもの苦味を確認して、カップを置く。
「さて……」
人心地が付いたところで、口を開く。
「回りくどいのも苦手だし、早速本題……に、入る前にだが……」
俺は深く頭を下げると、
「すまん、悪かった」
と言った。
「あ、いえ、私も手を上げてしまってすみませんでした……」
咄嗟に彼女も意味を理解して頭を上げてくださいと言われてしまった。
ここからは少しだけ互いに謝罪タイム。
言い過ぎた。
痛かったですよね?
少しだけ。
本当にごめんなさい!
いや、そもそも俺が悪いから……。
でも……。
だいじょうぶ、ろいどがわるいから。
……な?
いえでも……。
etcetc。
…………。
最終的に水無月さんからのお互いに悪かったということで、という御言葉でこの場は取り成すこととなった。
そうしてようやく落ち着いたところで、
「覚悟は決まったか?」
俺は一番に聞きたかったことを尋ねた。
「いいえ、覚悟はできてません」
俺の問いに対して、迷いの無い返答に彼女――水無月さんの眼を見つめる。
昨日とは違い、一切の揺らぎがない瞳だ。
正直な話、こう答えるのは予想していた。
10日弱とはいえ、ここまでの付き合いだ。
水無月さんの人間性はそれなりに理解できている自覚はある。
「じゃあやめるか?」
「やめません」
これも予想通り。
「警察に言うのか?」
「言いません」
……。
「じゃあどうする?」
「探して見つけます」
…………。
ここまでは全て予想通りだ。
だが、ここからは予想外になる。
「見つけてどうする?」
俺はてっきり、彼女の性分というか、善性というか仙導さんを見つけられたとして、説得とかをするのかと考えていた。
然るべき処置をするか、促すのかと思っていた。
だけど違った。
「その時に考えます」
まさかの俺と同じことを考えていた。
「理由は?」
「理由なんかありません。でもまずは探さないと話がはじまりません。見つけて直接事情を訊かなきゃはじまりません。ロイドさんだってそうでしょう?」
「……」
「どんなに受け入れ難い真実だって、対処なんてその時に考えればいいです」
「……」
「でも確実に一つだけ言えることがあります」
「それは何だ?」
「待つのだけはクソ喰らえです」
……。
…………。
………………ワオ。
「ハハッ!!」
思わず笑っちまった。
ど真ん中。
ドンピシャ。
なんたって俺の大好きな答えだからだ。
「良いね」
「えっ?」
「クソ喰らえって話さ」
俺は身を乗り出して右手を差し出す。
「改めてだ。もう日数も少ないけど、仙導さんを探そう。そんで見つけて、全部意味がわかったらそん時にどうするか考えよう」
「……!! はい!!」
俺の言葉に水無月さんの瞳には力強い光が宿り、固い握手を交わした。
26
さて、改めてお互いに目標を再認識し、目的を定めたわけであるが、実際の今後の方針はというとやる事は変わらない。
言わずもがな、からまき公園の聞き込みの継続だ。
もちろん、これは襲ってきた相手連中に対する挑発行為だ――脅しには屈しない、気にしてないというアピールが目的だ。
とはいえ、そんな事をすればまた前みたいに襲撃されるのは高確率にあり得るわけで、3人一緒に行動するのはリスクがともなう。
前回の誘き出しが上手くいったから、今回も上手くいく保証は無い。そして何より、俺は俺以外を守れる自信がない。
俺としては1人で行動したいのだが、ひよりと水無月さんから断固拒否をされてしまった――まあ確かにあんだけ覚悟を問うておいて、よしじゃあお前らはお留守番したらなんてのは白けるってものだろう。それに、この事務所で待機してもらったからと言って安全とは限らない訳でもあるわけで。
かと言って、何も対策しないのはおかしいわけで、お互いに妥協点、譲歩策を話し合った結果……。
「……ど、どうです……?」
あら不思議。
なんということでしょう。
清楚系の女学院に通うお嬢様が、ド派手なロックテイストのファッションに身を包み、ウェーブの入ったパープルヘアのレディースにビフォーアフター。
水無月ロックンロール璃子の誕生の瞬間だ。
対してウチの天然兼不思議系の妹様は、その容姿を最大限に活かしたロリータ&ゴシックスタイルのワンピースやら小道具を使った結果、吸血鬼……小悪魔系? って言えばいいのか? とにかく、ドールハウスに売られてるようなマジモンの人形そのものな格好になったわけだ。
王城ゴスロリひよりの誕生である。
「いぇい」
気に入ったのか恥ずかしそうにする水無月さんとは対照的に、余裕のあるピースをかますひより。
ちなみに、水無月さんの服装は仙導さんからの家から少しばかり拝借し、髪色に関してはウチの事務所内にあった叔父愛用の自称『探偵七つ道具・変装BOX』からウィッグを借り受けて完成したものであり、ひよりもまた同じくその箱から『ひより専用』と書かれていたものから使用させていただいている――探している過程で、俺と叔父用のメンズのゴスロリファッションも見つけてしまったが、そこは全力で見ないフリをしておいた。
「本当にこんな格好で行かなきゃダメですか?」
「あの場所なら他の連中も似たような格好してるし、『木を隠すなら森の中』って言うだろ?」
「えぇ……学校の友だちに見られたらどうしよう……」
「メイクもしてるし大丈夫だろ」
「本当ですか? 私ってわかりません?」
「いや分かんねえ分かんねえ、マジで間近でちゃんとジロジロ見ないと水無月さんって認識できないくらいには別人に見えるよ」
「うぅ……それならまあ……」
「ホントホント、俺も本能で逃げ出すくらいにはヤバイ格好だから大丈夫だよ」
「それダメですよねぇ!?」
これは次善の策、自己防衛の一環だ。
流石に一緒に行動はできない、かと言って離れることもできないなら、ほんの少し距離を取り俺の監視をしてもらう方がいいだろう。
より正確に言うなら、『俺を不自然に見つめている不審な者たちを見つけてもらう』のが目的だ。
すでに水無月さんには襲撃があった時の話をした際に俺の珍しい特技の話をした――その事前の説明もあって、水無月さんからは少し離れたところで俺と俺を見てくる連中を見つけてくれないかと言った時は、それは本当に必要なのかと当然の疑問をぶつけられたが、俺は実は説明していなかったこの能力の弱点を伝えた。
特に難しい話でもない単純な話。俺のこの珍しい特技は環境だってそうだが、俺自身の体調に激しく作用されてしまう、影響を受けている能力だからだ。
この前の襲撃される前に監視を気付けたのは、その日の体調が絶好調に良かったから把握できたものだからだ――つまりはその逆、体調が悪かったり、身体に問題はなくても精神、気分的に乗らない日があれば、まったく役に立たない能力なのである。
更に言うとフラット、極々普通の調子だと、普通の人間より視線に聡くなるくらいのものだ――感覚的にたとえると、あ〜俺今見られてるわ〜、どこからだろう? 後ろ? いや〜、もうちょい離れたところかな? くらいの感じだ。
要はもっと言うと、異能力バトル漫画みたいな常時とか無意識に発動型みたいな便利なものではないわけで、そんなに当てにするような能力でもない。
だからこそ、水無月さんとひよりに俺を見ていてもらうのは大事になるわけだ。
そこまで力説してようやく水無月さんは理解をして納得をしてくれた。
さてと……準備はできた……。
「んじゃまあ行くか?」
「……はい!」
「おー……」
はてさて、鬼が出るか蛇が出るか……。
まあ、相手がどう出たところで、コッチはそれなりの対応をしてやるだけだ。
27
同日。
時刻は夜の7時過ぎ。
俺たちは当初の打ち合わせ通り、からまき公園にて行動を開始した。
俺はいつもの聞き込みをし、水無月さんとひよりには少し離れたところから俺を見てもらう。
チョミさんや月島の仲介無しで適当に声を掛けていく。
別に成果は期待してない。
あくまでもこれはどこかで見てるかもしれない連中への猛烈なアピールのためだ。
すぐに反応するかはわからないが、かと言って警戒は緩めず、神経を尖らせながら注意して、でも外見は呑気ないつも通りな感じを装いながら振る舞う。
1時間、2時間と経過する。
定期的に水無月さんたちと連絡を取り合いながら目を光らせているが、特に異常は無さそうだ。
まあここまで俺の姿は晒したんだ。
十分だろう。
俺は公園から離れて、人気の無い通りまで進んで水無月さんたちと合流してから、解散することにした。
水無月さんを自宅に送り届けてから、俺たちも帰宅する。
家に無事に辿り着いたところで、緊張の糸が切れたのか、どっと疲れが押し寄せてきやがった。
待ってはいたが、特に無いなら仕方ないし、良かったとも思う。
おそらくは明日か明後日が勝負だろう。
叔父との探偵助手としての手伝いで培われた経験則から来る直感が告げている。
今日以上に気合を入れてやるとしよう。
28
4月24日の水曜日。
調査12日目。
時刻は午後6時過ぎ。
場所はからまき公園。
メンバーは俺、ひよりと水無月さん。
やることは昨日と一緒だ。俺1人がこれ見よがしに聞き込みをし、変装したひよりと水無月さんが俺とその周囲を見張る。
そんな時である。
俺のスマホに着信が入った。
表示された登録名を見て、若干の警戒心を抱く。
『月島』
浅黒グラサンロン毛のコイツにはチョミさんを紹介してもらった以降から、一度も連絡や直接のやり取りはしていなかった。
それが急に襲撃の後で向こうから来るか……。
怪しさはあるが出ない訳にもいかない。
俺は極力冷静に努めて電話に出る。
「……もしもし?」
『hey 兄弟! 元気か?』
……探ってんのか?
「バリバリ元気だ」
『そうか。そいつは何よりだ』
「何か用か?」
『レーちゃんは見つかったか?』
煽ってんのかコイツ……。
口調的に悪気は無さそうだが、
「まだだ」
『そうか……まだか……』
心底残念そうに、それでいて心配をしているって感じだが、これがもし演技ならコイツはかの名優トム・ハンクスを超えた大俳優になれるだろう。
とても今回の件に関わっているようには思えない。
「用が無いなら切るぞ?」
『あっと忘れてた! お前今公園か?』
「あぁ」
『オケ、ちょうどいいな』
「ちょうどいい?」
『合流できるか? こっち来て欲しいんだけどよ』
「どういう事だ?」
話が全く見えて来ない。
俺は結論を急かす。
そうして次に出た月島の言葉は、
『お前以外にレーちゃんを探してるヤツがいる』
事態を少し変な方向に導く事になった。
「はあ?」
29
「よお」
「おう兄弟、来たか」
「……アイツか?」
「おう、知ってるか?」
「知らねえ、お前は?」
「いや俺も知らねえ」
「一体どういう流れでこうなった?」
「お前にチョミさんを紹介したろ? で、あの後俺も少しレーちゃんの事気になっちまったからな。チョミさんほどじゃねぇけど、俺もまあそこそこ顔見知りがいるからさ。色々と声をかけてたのよ」
「……」
「まぁ上手くいかなかったけどな」
「それで?」
「でも一つだけ分かった事があった。ひと月くらい前にレーちゃんはこの公園で演奏をしてて、男に話しかけられてたそうだ」
「それがあの男か?」
「YES」
「……で?」
「どんな内容かは知らねえ、でもまぁ揉めてる感じもなかったそうだ。それでしばらくして、一昨日の月曜にあのオッサンがまた現れてレーちゃんのことを聞いて回ってるって訳だ」
「なんで仙導さんを探してるって分かる?」
「聞いてきた特徴がまんまレーちゃんだったからさ」
「……」
「バカな俺でも怪しいって思ったから、次に現れたら真っ先にお前に言おうと思ってな。アンテナを張ってたらビンゴ、ご覧の通りってわけよ」
「なるほどな」
「どうよ?」
「ごめん、ありがとう」
「なんで謝罪とお礼?」
「気にしないでくれ」
「……お、おん?」
30
男性。
年齢は50代前半から後半。
白髪混じりだが、整髪料でキチンと整えており、安物じゃないそこそこの一級品――ビジネス用のグレースーツに身を包み、身だしなみをちゃんと意識した格好と言ったところか。
『先日の襲撃の関係者でしょうか?』
「どうだかな……」
月島から突然呼び出され、一応警戒も兼ねて水無月さんとひよりには遠くから監視を続けてもらい、俺は1人で月島に合流した。
そこで謎の男の存在を教えてもらい、そこから後は俺が引き継ぐことを伝えて月島とは別れた――どう転ぶか分からなかったため、そして万が一にも関係無関係に関わらず、念のための防衛策だ。
そうして俺が謎の男を監視しながら、俺を水無月さんとひよりにさらに遠くから監視をする構図を、定期連絡の時に指示をする。
これはそんな通話中の会話だ。
『話し掛けないのですか?』
「ここで声を掛けて急にとぼけるか逃げられても困るし、それに折角のチャンスだ。できればアイツのこれから行く先を確認したい」
『私たちも合流しますか?』
「……罠の可能性もあるし、それはやめとこう」
『分かりました……』
「ちなみにそっちはどうだ?」
『私が見る限りでは、ロイドさんを見ている怪しい人は見掛けません』
「ひよりの方はどうだ?」
『『いない』だそうです』
「分かった。もしあっちが移動したら、とりあえず俺の後を追ってくれればいい。何かあったらこっちから連絡か合図をする」
『はい』
ここで通話を切り、監視を続ける。
向こうさんはこっちに気付く様子は無い。
片っ端から声を掛けているが、俺たちほど相手にされている感じはしない。
上手くいってるようには見えない。
……。
本当に気付いてないのか、それとも俺と同じように誘い込もうとしているのか。それとも、これを餌に月島が俺を嵌めようとしているのか……。
いや、さっきも直接会って話してみたが、悪意や害意を感じはしなかった。
白寄りのグレーってところか。
どちらかというと黒に近いのは――
――ここに来て謎の男が動き出した。
向こうの結果は上手くいかなかったようだ。
少し項垂れてから、首を振って気を取り直したのか、そのまま駅の方に向かっていった。
尾行開始だ。
叔父から教わった尾行のコツを思い出しながら追跡する。
『基本的には付かず離れず、10メートルから20メートルぐらいかな? それぐらいが尾行における最適な距離だ』
駅に着いて改札に入り電車に乗るようだ。
『一瞬くらいなら目を離してもいいが、出来る限りは視界に絶対に入るようにはしとけよ? 見失うのが一番アウトだからな』
この方向は東京に向かうのか?
『バスとか電車とかの密閉空間なら、逆に近くに行ってもいい。分かってるとは思うけど、その時はジロジロ見るなよ?』
電車に揺られて小1時間ほど、今度は蒲田駅に到着して私鉄――東急多摩川線に乗り換えるようだ。
『万が一、向こうが振り向くなりして目が合っちまったら、逆に睨むくらいみてやれ『なんだテメェ』って感じでな。そうすると向こうはヤバイって思って見なくなるから』
すぐの矢口渡駅に到着。
どうもここは東京都大田区の矢口と言うところらしい。
『あとアレだな、もし追いつきそう、追いついちまったら追い越してもいい。ピッタリ後ろから尾行しなきゃいけないってわけじゃないからな』
徒歩で10分ほど歩いたところの、ウチの雑居ビルとどっこいどっこいのような古びた建物に入っていった――エレベーターが無いのか、階段で上に上がり、どうも2階に行ったようだ。
エントランスの郵便受けを確認すると『究極プロダクション』と表示されている――ネットで検索してみたが該当は無し。
『色々と矛盾してないかって? 違う違う、そう言うのを臨機応変って言うのよ。フレキシブルってやつ、お分かり?』
……。
何というか、特にアドバイスを思い出してみたが役に立った気がしないなコレ。
兎にも角にも、人生初かつ俺主導の『はじめての尾行』はとりあえず成功に終わったようだ。やったね。
俺は一度ビルを出て周囲の安全を確認し、水無月さんたちに連絡を取る。
向こうも特に問題はなかったようだ。
その事に安心しながらも、俺はこのまま1人で乗り込む事を伝える。
もちろん2人に猛反対されたが、改めてこれが罠で襲われでもしたら守れない事を言い、とにかく10分経っても俺から連絡が無く、反応が無いようなら警察に通報してくれとお願いをする。
そんな説得に渋々といった感じで了承してもらい、通話を切ってから俺は改めてビルの方を向く。
もしかしたらここが最終局面の大舞台かもしれない……。
なんて思ってはみたが、別段不安や緊張しているわけでは無いし、特段気が昂っているわけでも無い。
警戒はしているが、心配しているわけではない。
冷静。
平静。
前のバーでの叔父の救出の時と同じだ。
フラットに行く。
何が来ても、何が出ても関係ない。
相応に対処する。
それだけだ。
「行くか」
意識を切り替えて再びビル内に入る。
階段を上がり、2階へ。
何も起きず普通にドアの前に辿り着いた。
ドアには先ほどの郵便受けと同じく『究極プロダクション』と印字されている。
辺りを観察するが、インターホンのようなものはなさそうだ。
……。
とりあえずノックを2回。
……。
反応無し。
まあいい、筋は通した。
ドアを開けて中に入る――ウチよりもっと古いのか、それとも立て付けが悪いのかドアの開閉音が凄く、内部の方に響いてしまった。
……。
誰もいないのか?
ウチの事務所と違い、キッチンというか給湯室みたいなエリアになっていた。
左手すぐがお手洗い、次が別室といった感じか。
明かりはついており、更に奥の方に続いている感じだが……。
「あれ? やっぱりどなたかいらっしゃったみたいですよ?」
その奥から女性の声。
「ふむ? しかし誰か訪ねる約束は無かったはずだが……」
続いて男性の声――謎の男か?
「やっぱりインターホンとか付けてもらった方がいいですよ〜」
「うむ、そこを失念していたな……」
「もう社長ったら、しっかりして下さいよ〜」
「ハッハッハッ、すまん」
「本当にもう……は〜い! 今出ます〜!」
そうして奥の方から若い女性が出てきた。
20代後半くらいか、格好を見るに事務員みたいな感じだが……。
しかし……覚悟して乗り込んだとはいえ、こんな風になるとは思わなかった。
呑気というか何というか……。
ちょっと気が緩みそうだ。
「えっと……は、はろー?」
それは向こうも同じみたいで、突然の来客に呆気に取られているようだ。
「えっと俺は――」
「――えっ、凄いタイプ」
「は?」
「あ、やだ私ったらはしたない」
あっ、違うわコレ、呆気じゃなくて見惚れてるだけだコレ――まあまあまあまあ、真正面から褒められて悪い気はしないが、しないけどよ……。
どうしたらいいか戸惑っていると、向こうが何かを察したのか、
「あぁ! 社長がスカウトされた方ですね!」
合点がいってくれたらしい。
「ほほほ、どおりで、なるほどなるほど。少々お待ちを〜」
流れるように奥に戻り、
「社長、スカウトされた方ですよ〜。外国の方です」
なんて声を掛けている。
……。
なんか激しいなぁこの人……。
「はて? 外国の方? そんな子に声を掛けた覚えは無いが……」
そうして入れ替わりに男性――目当ての謎の男が出てくる。
今度こそ本当の呆気に取られた顔だ――俺がさっきまで尾行していた事には気付いているような反応は無さそうだ。
「えっと……どちら様かな……? 誠に申し訳ないが何処かで声でも掛けたかな?」
ペースは乱されたが、問題ない。
今度はこっちの番と行こう。
「からまき公園で仙導レナさんを探してたな? ちょっと話をき――」
「――レナくん? レナくんと言ったかね!?」
さっきまでの呑気さはどこへやら、急に血相を変えて、俺の方に詰め寄って来た。
「彼女の行方を知ってるのかね?!」
「ちょ、待って、待ってくれ」
「しゃ、社長? 急にどうしたんですか? 相手の方が戸惑ってますよ!」
俺は謎の男に肩を激しく揺さぶられながら、何がどうなっているのか分からないが、確実に言えるのは事態がまたややこしくなったような気がした。
31
「粗茶ですが……」
「どうも」
「あ、ありがとうございます……」
「ありがとうございます」
ちょっとした一悶着の後、俺は軽く事情を説明――俺が探偵の助手であり、依頼を受けて仙導レナを探していること、その調査の最中で俺たち以外にも探していた人物を聞いて失礼ではあるが尾行をしたこと、そうしてここを訪れた事を――して、外で依頼人を待たせているのでここに呼んでも良いかを尋ねて了承をもらい、俺は2人を呼び出した。
別室――客間の方に通され、俺を挟むようにひよりと水無月さんが座り、対面には男性が1人座って向かい合い、お茶を出してくれた女性がその後ろに立って待機している状態だ。
最初、変装状態でやってきたひよりと水無月さんの2人を見て仰天していたが、俺は気にしないでくださいと言い切ってなんとか席に着いてもらった。
両者からジロジロと穴が空くほど見つめられ、水無月さんは赤面しながら、ひよりは特に気にするでもなく平然とする――とはいえ、これでは先に進まないので、俺も冷静に茶を啜った。
男性は大仰に咳払いをしてから言う。
「先ほどは取り乱してしまい失礼したね」
「……いえ、こちらも突然やってきて話し始めたのも非があるんで……」
「そう言ってもらえると助かるよ……さて……」
ここで仕切り直しを意味してなのか、ポン、と手を叩く。
「改めて自己紹介を。私はここ『究極プロダクション』の取締役社長兼プロデューサー兼マネージャーの権田原喜八郎という者だ。そして――」
「――こんばんは、私は社長秘書兼事務員の翼志津子です」
男性――権田原さんに促されて挨拶をしてお辞儀する女性――翼さん。
「どうもです。じゃあこちらも改めて、俺は王城ロイド。王城探偵事務所の助手です。で、こっちが妹のひよりで、この子が依頼人の水無月璃子さんです」
「ひよりです」
「水無月です……」
俺とひよりが軽く会釈、水無月さんがお辞儀をして応える。
「うむ……では互いに紹介もできたことだし、早速本題に入っても構わないかな? 仙導さんは――」
「――すみません、その前に一つだけ」
俺は相手の言葉に口を挟む。
失礼は承知だが、こっちもまずは目の前の疑問から解消しなくてはならない。
「何かな?」
「ここについてなんですが、さっきプロダクションとか権田原さん自身でプロデューサーとかマネージャーとか言ってましたけど、芸能関係の事務所ってことですか?」
「その通り、ここは芸能プロダクションだよ」
「実は事前にここの名前でネット検索をさせてもらったんですが、該当しなかったのは何故でしょう?」
「去年から起業したばかりでね、活動もまだ本格的にはしていない状態なんだ」
「……」
嘘をついてる様子は無さそうだし、説明に納得もできるが……。
訝しむ俺に翼さんが横から声を掛ける。
「こう見えても社長は芸能界では名前も顔も知らない人はいないんですよ」
「志津子くん……こう見えてもは余計じゃないかな……?」
権田原さんへのフォローと思いきや、まさか後ろから斬られるとは思わなかったのか、やや苦笑混じりの顔でツッコミを入れる。
「あー、すみません……。あまりそういうのは詳しくなくって……」
と、俺は詫びを入れる。
「うーむ……まぁ裏方の人間を知っているというのも中々コアだからね……」
そう言って一泊置いてから、
「『銀河小町』は知ってるかな?」
と聞いてきた。
「……サーセン」
「……?」
「パパが好きなアイドルグループ? がそんな名前だったような?」
俺、ひより、水無月さんの三者三様の渋い反応。
「で、では『Topaz』は……?」
「あー、あー?」
「…………?」
「確か男性バンドの方ですよね? 学校の友だちにファンの子がいたような……」
「……〜〜!!」
虚しい空気感が漂う。
ここにきて世代間の差に襲われるとは思わなかったのか、はたまた俺たちの知識・興味の無さが響いたのか、悲しみと苦悶に満ちた顔になる権田原さん。
「自惚れているつもりはないが……ここまで来ると少し傷つくなぁ……」
「あぁ、いや、もう大丈夫ですよ?」
実はこの会話の間に、片手でスマホを使って権田原喜八郎の名前でネット検索をしており、彼の顔と経歴を調べることができたからだ。
ネットは偉大である。
権田原喜八郎。
以前の職場、『HEYプロダクション』の敏腕プロデューサーにして副社長まで登り詰めた男。
平成最初期に大人気となったアイドルグループの銀河小町をデビューさせ、その後も様々な逸材を待つアーティストたちを世に送り出し続けた人。
まさしく、業界人たちからは『生ける伝説』と呼ばれた方がなんだってこんなところにいるのかは知らないが、裏が取れたのならばなんだって構わない。
こちらとしてはもう本題に入っても構わなかったが、どうも向こうはそうは問屋が卸さないらしい。
「むむむ……ならば……ならば……!!」
しばらく考え込んでから、ハッと思い付いたのか、
「『シヴァ』! シヴァはどうかね!?」
その名を告げた。
「あー……あぁ。あれだアレ、えっと……ネットのやつ、ネットのほら、アレ……」
「………………?」
「あっ、それ私も知ってます! えっと……一昨年くらいに、動画配信サイトのchutubeのやつで……そう! 『電子の歌姫』!!」
「そう。それだそれ。それですよね?」
ようやく俺たち(変わらず1人は反応が悪いがこの際無視して)の知ってる名前が出てきて盛り上がることができた。
その好調な反応に満足したのか、自信満々に胸を張って権田原さんは鼻高くして答える。
「その通り!! 何を隠そうシヴァを含め数々の才能ある者たちを華々しくデビューさせたのがこの私、権田原喜八郎というわけだよ!!」
「よっ、流石です社長!」
「おぉ……」
「わぁ……」
「わ、わぁ〜」
ぱち、ぱちぱち……ぱち。
権田原さんの勢いに呑まれ、翼さんに促されてまばらな拍手を送る。
「でもなんでこんなぼろぼろのじむしょにいるの?」
「うっ」
「コラひより」
余計な水差すな。
「い、いや構わないよ……」
指摘されては答えないわけにはいかない、そう言って彼は続ける。
「私は以前の職場で、今伝えたタレントたちを多く世に送り出したプロデューサーだった。その功績が認められて副社長にまで出世してしまった……」
「出世してしまった?」
俺の疑問に権田原は小さく笑う。
「私の目的は、生き甲斐は会社内の昇進や業界内の地位や名誉などではなく、才能ある者たち――ダイヤの原石を見つけ出し、必死に研磨して、立派なダイヤモンドとして輝かせてから世間に――世界の人々に注目してもらいたいのだ」
「……職人気質なんすね」
「ふふ、そこまでとは言わないがね……。だが、現場を愛していたのは事実。皮肉にも私自身の行いがまさかその現場を遠ざける形になるとは……夢にも思わなかったよ……」
「だから独立を?」
「その通り、私は安泰な将来よりも己の性を選んだ結果がこの事務所ということだよ」
「……」
「いかん、話が逸れまくってしまったな。そろそろ本題に入っても構わんかね? 恐らくこの先はレナくんに絡む事にもなるだろう」
「分かりました……」
こちらとしてもそろそろ話には入りたかったし、ちょうどいい頃合いだ。
「早速で悪いが、私はレナくんの現状を一切掴めていなくてね。話せる範囲で構わないので一から教えてもらえないだろうか?」
「……実は、4月4日の木曜から……」
俺は仙導レナが行方不明になったであろう日からの話や、実家先やバイト先やからまき公園の話――襲撃の件などの危険な話は除いてではあるが、ある種自分たちの整理も兼ねて事情を説明した。
そうして苦労の末、その過程でここに辿り着いたというオチを話す。
「ふむ……そんな事になっていたとは……」
こちらの説明に権田原さんの中でもいくつか合点がいっているのか、腕を組んで遠い目をする。
「あの……」
「ん?」
そうして水無月さんが小さく手を挙げる。
「レナちゃんとは一体いつからの関係なのですか?」
俺の聞きたかった疑問を尋ねてくれた。
「初めて話し掛けたのは3ヶ月くらい前のことだね」
「スカウトという事ですか?」
彼は頷く。
「うむ、最初は酷く警戒されてしまったが、私の事を調べてくれたようで、その後はちょくちょくと軽く話すようになっていったのだよ」
「……」
水無月さんは全く知らなかったという顔だ。
しかし、その話を聞いてみると……まさか……?
「もしかして、あの公園で演奏してた人に声掛けてプロデビューしたっていう都市伝説は貴方が?」
今度は俺が代わりに質問する。
「いやいや! それは私ではなく同期のプロデューサーの話だよ!」
権田原さんは慌てて手を振って否定する――しかし、話自体は本当だったようだ。
「最初は何度かオーディションをしてみたんだが、これと言った子が見つからなくてね。ふと同期の公園での出来事を思い出して期待を抱いて訪ねた矢先というわけさ」
「仙導さんの反応は?」
「当初は警戒され、徐々に打ち解けるうちにスカウトをしたが断られた」
「何故?」
「『自分にはその資格が無い』と言っていたよ」
資格が無い? どういう事だ?
それを聞いたが首を振る。
「さあ、何の事かはよく分からんが私は言ってやった。『資格が無いのならば、これから手に入れればいい』とね。『過去、これまでに何も無いならば、これからの未来で資格を有するべきだ』と」
「その話はいつ?」
「1ヶ月ほど前だ」
……。
月島の話と一致はする。
「返事は?」
「これだ」
そう言って彼はスマホの画面をこちらに見せてくれた。水無月さんにも確認をしてもらって、間違いなくこれは仙導レナのメールアドレスであり、内容は『来週の金曜に事務所に行きます』となっていた。
着信の日付は4月4日木曜日、午後の15時過ぎ――恐らく本屋の仕事の休憩中に送ったのだろう。
「でも彼女は来なかった?」
「うむ。何度かこちらから連絡をしても返信は無し。居ても立っても居られず一昨日と今日で公園を訪ねたというわけだ……」
「とは言っても、返事をもらってから探し始めるのに1週間以上も間が空いてるのは? すぐに公園に来なかったのは何故です?」
「……いくら前の職場を辞めて独立したとはいえ、全くの自由というわけにはいかない。ちょっとした厄介な対応に追われて動けなかった……」
……嘘じゃ無さそうだ。
「あなたから見て、仙導さんの失踪に対して心当たりとかはありますか?」
とはいえ、そっちに首を突っ込むつもりはないので次に話を進める。
彼は静かに首を振る。
「いや……分からない……。だが……」
権田原さんの目が俺の目を見つめて言う。
「これまで原石探しのために様々な人間を見てきたし、話し合ってきたが、そんな中で彼女には何か……大きな秘密を抱えているように見えた……」
「秘密……」
これまでの実績に裏付けされた観察眼。
人を見る目は確かなのかもしれない。
「何で……」
ボソリと水無月さんが呟く。
「何でレナちゃんはスカウトの話を私に黙ってたのでしょうか……?」
そう誰に話してるのかも分からない小さな声で言う彼女は俯いており、表情は暗い。
昨日、仙導さんの秘密に対してその時に考えると決めたとはいえ、覚悟ができたわけじゃない。
これは良い秘密だ。
俺は興味ないが、アーティストとして芸能界にデビューできるなんて最高中の最高な話だろう。
そんな朗報を隠すのは何故か?
「金曜に話そうとしてたんだろ?」
「……えっ?」
「4月5日の金曜だよ」
《「璃子、今週の5日の金曜って暇?」
「金曜ですか? はい、その日は始業式なので、その後なら大丈夫ですよ」》
《「でもどうして?」
「あーいや、ちょっと話したい事があってさ……」》
《「その時じゃないと駄目なんですか?」
「そうだね……うん、その時なら全部終わってると思うし、その時に話すのが一番だと思うんだ」
「……わかりました……」》
「あっ……!」
「まぁ純粋に驚かせたかったんだろうな」
「……」
とはいえ、話のニュアンス的に他にも秘密はありそうだが……それらも一緒に話そうとしていたのか……。
「そっか……そうだったんですね……」
彼女の意図をひとつ読めたのか、水無月さんは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「なるほど……そうか……」
そしてそんな彼女の様子を見て、権田原さんは何か得心をいったように深く頷いていた。
「どうしたんです社長?」
すかさず翼さんが聞く。
「いやはや……璃子くん、と言ったかな?」
「はい……」
「最近、レナくんの歌を聴いたかね?」
「いえ……本人が恥ずかしいって言って聴かせてくれなくなっちゃったんです……」
「そうかそうか……」
「何か?」
「……私が惹かれた彼女の歌は、とてつもない力を感じた。『誰かの為に』その一心で込められた歌だと言っていいだろう。その『誰か』がどうにも分からなくてね。一度尋ねてみたのだが、恥ずかしそうに頰を掻いて『秘密だ』と言われてしまった。だが、今ようやく分かった」
そう言って彼は今度は優しげな目で水無月さんを見つめる。
「『君の為』だったんだね……」
32
「本当にいいんですか?」
「あぁ、今日はもう遅いしな。悪いがまた明日だ」
「ろいどもいっしょにかえらないの?」
「そうですよ」
「『前の事』もあるしな。警戒もかねて俺は別で一度事務所に戻ってから帰る」
「……」
「……」
「……何だよ?」
「だれかみてるの?」
「隠されるのは嫌です!」
「あくまでも念の為だ。特に誰も見てねーよ」
「…………」
「…………」
「……神に誓うか?」
「わかった……」
「わかりました……」
「頼むな」
話が一通り終わり、時刻は23時を過ぎようとしていた。
俺は以前のような襲撃に備えて、ひよりと水無月さんをタクシーに乗せて先に帰ってもらう事にした。
権田原さんたちの方では、権田原さんが車を所有しているため、それを使って翼さんを送り届けてから本人が帰宅するそうだ。
こんだけ離れているから大丈夫だろうとは思ってはいるが、油断をするわけにはいかない。
念には念を入れる。
先に水無月さんたちを見届けてから、次に権田原さんたちを見届けて、俺もまた来た時と同じように電車で帰路に着いた。
帰りの電車内で、権田原さんと最後に交わした会話を思い出す。
『こちらでも何か分かったら連絡しよう』
『よろしくお願いします』
『……』
『何か?』
『君は疑り深いのだね』
『……』
『私を完全には信用してないようだ。今なおジッと中を覗こうとしている……。違うかな?』
『……ホントに凄いですねソレ』
『だが、腹芸はあまり得意でないようだね。隠そうとしてるが警戒心が滲み出ている……もう少し親しみと平然を装って相手には接した方がいい』
『それアドバイスしていいんですか?』
『人を見る目は確かだよ。君は悪人じゃない』
『……どうも……』
『それはレナくんもだがね……』
『……』
『芸能界は綺麗事な世界ではない。私は極力触れないように努めたがね。だがどうしても見てしまえば聞こえてもしまう』
『どこだってそうでしょう?』
『確かにそれはそうだ』
『……』
『レナくんのしがらみがどれほどの大きさかは分からないが、私は彼女自身がそれを断ち切ろうとしている風に思えた』
『……』
『それが上手くいかなかったのかもしれん……』
『スカウトしたのは間違いだった?』
『まさか! 言ったろう? 問題はこれまでじゃなくこれから、この先の未来だよ』
『……』
『彼女に……レナくんに会ったら伝えてくれ。私はこの事務所で待つ、とね』
『わかりました』
『うむ!』
……。
…………。
………………。
まるでジグソーパズルをやってる気分だ。
どこまでが縁かも分からない、やればやるほどピースが増えていく。
絵であるのはわかるが、どこから埋めればいいかわからない。
そして埋めても埋めても、肝心の核心の部分が埋まってくれない。
最初はそう思ってた。
だが、動き続けた結果、必死に埋めていった結果、朧げながら全体的な縁が見えるようになった。
ど真ん中はまだポッカリと空いたままだが、そこに迫っているように思える。
絵が見えるようになってきた。
何の絵かはまだわからないが……。
だが完成できるはずだ。
そこまで来てるはずなんだ……。
そうこう考えてる内に、気付けば愛しの空巻市、空巻駅に着いていた。
見られてる感じはしなかった。
このまま事務所に戻っても問題は無さそうだろう。
特に寄り道もせず真っ直ぐに事務所に向かう。
歩き慣れた道、いつものビルに入り、階段を上がる。
事務所前に着き、鍵を開けてそして――
――ぶん殴られた。
入ってすぐの事務所内は暗く、いつものように電気を点けようとしたところで、その気配を感じるよりも前に腹に重い一撃。
「――がッ!?――」
幸いにもなのか、俺の身体は事前に危機を察知していたのか、反射的に咄嗟に半歩後ろに下がっていたおかげで、かろうじてここではまだ意識を保っていた。
クソッ! 痛えッ!!
誰とかそんな事はどうでもいい。
反撃しねぇと!!
攻勢の態勢を整えるよりも早く、今度は――
――後ろかよ!?
間抜けな話だ。前回の襲撃は複数人だったのだから、今回が1人だけなんてあり得ないだろうに。
とにかく手遅れだ。
背後から硬い棒状の物で後頭部をヤラレた――分かってるとは思うが、ナニではない。
衝撃。激痛。暗転。
後は糸の切れた人形。
両膝ついて、前にぶっ倒れる俺。
良い夢を。
33
どう思った?
俺の馬鹿だと思ったね。
どうしてそっちの可能性を考えなかったんだと責めてやりたかった。
監視の気配が無いから安心?
アホか。
尾行されてないから安全?
ボケが。
相手がこっちを知ってると思って警戒してたのに、何で事前に事務所を待ち伏せされていないと断言できるんだよ。
とはいえ、もう文句を言ってもしゃあない。
後悔先に立たず。
よく言うよ、本当にクソッタレだ……。
※後編に続く。
申し訳ございません。
こちらは前編となっておりまして、まだ続きの後編がございますので、宜しければ後編の方も読んでいただければと思います。