表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

4.戦場の番犬は黙っていれば貴公子

「おはようございますラドルファス様」


「……おう」


 あれからさらに数日後。

 まだ眠気まなこのラドルファス様がのそのそとリビングまで起きてきた。

 警報音が鳴った時はまだ暗い早朝であろうともすぐさま飛び起きて戦場へと向かうくせに、それ以外の時はちょっぴり朝が弱いみたい。


 私は貴族の使用人という訳ではない為、ご主人様の着替えまで手伝ったりはしない。

 ある程度自分の事は自分でやっていただいているのだが──その結果、目の前の彼はシャツのボタンを見事に掛け違えてしまっている。

 はあ、と溜め息を吐きつつボタンを掛け直して差し上げる。


「もう、ちゃんと着ないと駄目じゃないですか」


「あんたが買ってきた服、どれも着るのが面倒くせーのばっかでかったりーんだよ」


 これまで彼は上からスポッと被れるタイプの服ばかり着ていた為、一つ一つボタンを留めていかなければならないような服は苦手であるらしい。

 まあ、悪態をつきなからもなんだかんだで毎回着てくれてはいるのだけれども。


 とはいえ次買い物に行く時はもっと着やすい服を選んで差し上げるとしようか。


「それに寝癖もついたままじゃないですか。梳かして差し上げますので、そこにお掛けください」


 そう言って半ば強引に彼を椅子に座らせる。


 ラドルファス様の御髪おぐしは剛毛である為、寝癖がつくとはねやすい。

 特に現在は今までのようなボサボサに伸び切った無造作ヘアーの時とは違い、髪が短くなった分さらにはねやすくなったように思える。


 そう、つい昨日、私は彼の長い髪を切って差し上げたのである。


 彼が今まで髪を伸ばしていたのは、単に砦内にハサミが見つからなかったからというだけの理由らしい。


 ちなみにハサミは厨房にある引き出しの奥にしまわれていた為、しっかりと探さなければまず見つけられないだろう。


 流石に伸びすぎていた為、そのうちナイフでばっさりと切り落とす予定だった、と彼はなかなかに豪快な事をおっしゃっていた。

 でもそれ下手したらおかっぱ頭(ボブヘアー)になってましたけど。


 という訳で、私が引き出しのハサミで彼の髪をお切りする事にしたのである。

 少なくともセルフナイフ断髪よりはずっとマシであろう。


 素人があまり短く切ってしまうと失敗した時に取り返しがつかなくなるので、肩に着くくらいの長さにし、前髪も邪魔にならない程度の長さにしておいた。


 我ながら違和感無く自然な感じに出来たと思う。

 もっとも、ラドルファス様自身は自分の髪型になどほとんど頓着していないようだが……。


 それでも髪が体に纏わりつかなくなった上に視界が開けた分、戦闘が楽になったと彼は嬉しそうにしていた。

 ──その姿を見て、長毛種の大型犬が毛を刈ってもらってはしゃいでいる姿が脳裏をよぎったのは秘密である。



 櫛で彼の寝癖を直しながら、そのうちリボンで一本に結んだりするのも良いかもしれないな、などと考えていると。


「別に見た目なんざ気にしなくたっていいだろうが。どうせ誰も見てねーんだしよ」


「私が見てますよ」


「あんたは俺の使用人なんだから別にいいじゃねーか」


「使用人としてはご主人様には常に格好良くあって欲しいものなんですよ。ラドルファス様は男前なんですから、ちゃんとしていないと勿体ないですよ」


「──知るかよ、んなもん……」


 彼はぼそりとそう呟いた後、そのまま静かに髪を梳かされていた。

 照れているのか、それとも単に喋るのが面倒臭くなっただけなのか、私にはわからないけれども。


 水の出し方を教わって以来、彼は毎日ちゃんとお風呂に入っており、特に戦闘で汚れている時は風呂場へ直行してくれている。──私が直行させているとも言うが。

 髪型や服装も小綺麗になり、全体的にさっぱりとした今の彼は騎士や武芸に秀でた貴公子に見えると言っても過言ではなかろう。


 そんな事を考えていると、ビービーといつもの警報音が鳴り響いた。


「ハッ! 朝メシ前の運動にゃ丁度いい。いっちょ暴れてくらぁ! ヒャハハハハ!」


 眠そうだった目が一瞬でギラリと剣呑な光を帯び、いつも通りの馬鹿笑いと共に彼は戦場へと赴いていった。


 ──本当に、黙っていれば貴公子なんだけどなあ──……。



 朝一番の戦闘が終わった後は魔物達からの急襲もなく、ラドルファス様は素振り等の訓練をしながら過ごしていた。

 そして午後、木陰で一休みしている彼に私は声を掛けた。


「ラドルファス様、お手すきでしょうか?」


「あぁ!? 『お手が好き』かだぁ!? 俺は番犬だが犬じゃねーぞ!」


「……手が空いているかって事です」


「だから難しい言葉使うなっての!」


「す、すみません……」


 彼にとってどこまでが『難しい言葉』に該当するのか、いまいち把握出来ない。


「……で、何の用だよ?」


「クッキーを焼いてみました。宜しければお召し上がりください」


 言いながら、私は手に持っていたバスケットを差し出した。

 中には私が焼いたごくごく平凡なプレーンクッキーが入っている。模様も無く、円形なだけの(むしろ若干いびつですらある)、面白味のないクッキーである。

 それでも味に関しては決して悪くはないはずなのだ。

 相変わらず家庭の味の域は出ないけれども、美味しいと呼べる範疇であると自負している。


「くっきぃ……? 美味いもんなのか? それ」


「世間一般的にはそうですね。あとはまあ、私の腕次第、でしょうか……」


 改めて美味しいのかと問われるとつい自信がなくなってしまう。

 というか、彼は今までお菓子の類をあまり食べてこなかっただろうなとは思っていたけれど、まさかクッキーの名前すら知らないとは……。


「ふーん、んじゃとりあえず一個食ってみっか」


 まずはクッキーと共に持参したおしぼりで手を拭っていただく。その後、彼はバスケットからクッキーを一枚取り出した。

 指でつまんで裏表をまじまじと観察した後、それを口の中へと放り込む。そしてサクサクと咀嚼した後、ごくりと飲み込む。


 無言のまま、暫しの間。


 ──はっ! もしや彼は甘い物が苦手だったのではあるまいか……!?


 甘いお菓子を作って差し上げれば彼に喜んでもらえるのではないか、と漠然と思い込んでいたが、それは私の勝手な想像に過ぎない。

 作る前にご主人様の好き嫌いを聞いておかないとは、使用人失格である。なんたる不覚。


「あの、お口に合わなければ無理なさらなくてもいいですからね……?」


 恐る恐る彼に問うと、やがて彼はおもむろに口を開いた。


「おい、これ……」


「は、はい……!?」


「まさか天上の神々の食い物とかじゃねーだろーな……!?」


「どんだけ大げさなんですか」


 戦慄の表情を浮かべているのを見るに、どうやら本気で言っているらしい。


 ド素人の私が作ったシンプルクッキーですらこれ程の反応なら、王室御用達の菓子職人が作った芸術品レベルの物を食べたらそのまま昇天してしまいそうである。


「少なくともこの国では庶民も食べているごく普通のお菓子ですよ。まだまだ沢山ありますので、好きなだけお召し上がりくださいませ」


 するとバスケットを差し出したままの私に、ラドルファス様は訝しげに首を傾げる。


「……あんたは食わねーの?」


「私は味見の際に少し頂きましたから。これはラドルファス様の為に焼いた物ですので、全てお召し上がりください」


「あんた、正気か……!? こんな美味いもん、取り合い奪い合いの血で血を洗う抗争が起きたっておかしくはねーんだぞ……!?」


「どんな無法地帯で育ったんですか貴方は」


 何の変哲もないただのクッキーで抗争勃発とは穏やかでない。


 しかしそのまま雑談タイムとなった事で、彼の生い立ちを聞き、色々な事がわかった。


 彼は孤児であり、約二十年前、赤ん坊の頃に廃教会前に捨てられていたところを三人兄弟の冒険者パーティーに拾われたそうだ。


 ゆえに幼い頃から幾多の土地を渡り歩き、様々な国を見てきた。


 多くの国はユタシアよりも国内の貧富の差が激しく、治安が悪い。

 スリや盗難は日常茶飯事であり、人目のつかない所に行こうものなら追い剥ぎやら人攫いやらに遭ってもおかしくはない。

 ましてや人前で高価な物、美味しそうな物を手にしていれば奪われても文句は言えないのだという。


 平穏なこの国に生まれて本当に良かったと改めて思う。


 そんな環境に常に身を置いていたせいで、彼は街というものに少々不信感を抱くようになってしまったらしい。


 ……成る程、それで私が街に買い物に行く時にあんなに渋っていたのか……。


 そんな危険な毎日だったからこそ、育ての親達はラドルファス様の事をそれはそれは大事に育ててくれたそうだ。

 自分達が生きていくだけでも大変だろうに、まるで我が子のように、本当の弟のように、可愛がってくれたのだという。


 ──彼が優しい良い人に育ったのは多分、優しい人達に拾われて愛情をいっぱい注いで貰ったからなのだろうな。……その分他者に対してちょっと心配性過ぎるところがあるけれども……。


 また、育ての親達は今はもう冒険者を引退しているそうで、ラドルファス様の愛用の大剣はその内の一人が使用していた物であり、引退の際に譲り受けたのだという。

 幼い頃のラドルファス様は大剣を振るう兄の姿に大層憧れていたとの事で、あの剣は彼の宝物なのだそうだ。

 ズボラな彼が毎晩欠かさず手入れをしている事からも、あの剣を非常に大事にしているのがよくわかる。


 ──それにしても、幼いラドルファス様が子犬のようにおめめをキラキラと輝かせて大剣を眺めている姿……想像すると何とも微笑ましい。つい口元が綻んでしまう。


「──おいあんた、なーに笑ってんだよ」


「や、やえへ(やめて)ふらはいよー(くださいよー)!」


 ラドルファス様にやんわりと頬をつねられてしまった。痛くはないが上手く喋れない。


「──んじゃ、あんたは?」


 頬から手を離した彼が私にぼそりと問う。


「え?」


「ガキの頃の事。オイタチっての? 俺が話したんだからあんたも話せよな!」


 彼が自分から話題を振って来るのは割と珍しい事だった。普段はせいぜい一言二言ちょっとした質問をしてくるくらいのものである。

 しかも私の生い立ちについて聞きたいというではないか。


 ──より一層打ち解けてきた感じがして、なんだか嬉しいな。


 私は話した。沢山話した。


 私には兄と弟がいる事。

 父はこの国のインフラ整備に携わる魔法使いなのだが、いわゆる平従業員である為、この国の基準においてごく平凡な家庭で育った事。

 母は元冒険者の召喚士である事。

 そしてそんな魔法系夫婦の間に生まれたにも関わらず、私の魔法学園での成績は芳しくなく、冒険者にもなれなければ父と同じ仕事にも就けず、使用人としての道を選んだ事。


 私の話を聞いている間、ラドルファス様は「ふーん」とか「へー」とか相槌を打ったり、わからない言葉が出てくると「だから難しい言葉使うなっての!」と、いつものようにギャンギャン吠えたりしていた。


 そんな穏やかな昼下がりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ