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14.番外編②

 母から手紙と共に召喚術の教本が届いた。


 母には事前に砦の番犬の方とお付き合いし始めた旨を手紙で伝えてある為、もうお見合いを勧めてくる事もない。

 それどころか、娘の恋人が気になって仕方がないらしく、やれどんな人かだの、やれいずれご挨拶したいだの、やれ結婚はいつになるのかだのと、手紙のやり取りを繰り返す度に話が飛躍していっている。母、娘の初カレに浮かれすぎ。


 恋人(ラドルファス様)が召喚術を習いたいのだと伝えれば、快く教本を送ってくれた。

 しかも母からの餞別として、教本には魔法陣の描かれた布が挟まっていた。

 それはかつて母が使用していたものだと手紙には書かれていた。


 召喚術において、魔法陣というのは非常に重要なものである。

 線が歪んだり、魔法陣内の文字を書き間違えたり、描いた図形の辺の長さが違ったりという事があってはならない。

 何も召喚されないだけならまだしも、もはや『魔物』の枠にすら当てはまらぬ、得体の知れない禍々しい存在を喚び出しかねないのである。

 ゆえにプロ召喚士の繊細で美しい、安全な魔法陣を使うに越した事はないのだ。ありがたく使わせてもらうとしよう。


 ラドルファス様はこれまで傷の治癒にしか魔力を使ってこなかったゆえ、魔法として魔力を外に放出する事に少しずつ慣れていっていただく為にも、まずは簡単な召喚術から徐々に高度な召喚術に挑戦していくのが良いだろう。


 最終目標は勿論、最上級召喚術である精霊召喚である。


 という事で、まずは初心者向けの召喚術である動物型の魔物の召喚から始める。


 動物型の魔物は最も簡単に召喚でき、儀式に必要なものは魔法陣と呪文の詠唱のみである。

 砦の外の地面に魔法陣の描かれた布を広げ、教本に綴られた召喚用の呪文をラドルファス様に唱えていただく。彼が読めない字は事前に私がルビを振っておいたので、準備は万端。


「えーと、『我、ラドルファスの名において(メー)ず。我が喚び声に応えし者よ、従属(ジューゾク)盟約(メーヤク)を結ばん』……?」


 すっごい棒読み。


 まあ呪文自体は合っているので大丈夫だろう。多分。


 すると魔法陣が小さく輝きだし、瞬く間にそれは強烈な光へと変わった。


 眩しさに思わず目を瞑り、光が収まるのを待つ。徐々に光が弱まっていき、ゆっくりと瞼を開く。するとそこには。


「あ、【猫又】だ! かわいいー!」


「猫……!?」


 私とラドルファス様がほぼ同時に声を上げる。


 魔法陣の上にちょこんと座っているのは三毛猫──否、ただの三毛猫ではない。尻尾が二又に分かれているのである。


「……この魔物、セリアは見た事あんのか? 俺は初めて見るが……」


「ええ、図鑑で見ただけですけどね。この魔物は猫又と言って、年老いた猫が魔境の魔力に触れて魔物化したものと言われています。主に東の国の魔境に生息しています」


 東の国の魔境には化け猫と呼ばれる魔物がおり、化け猫と普通の猫との交雑種、及びその子孫が魔境の魔力に触れた際に猫又になりやすいとされているが、実際のところはよくわかっていない。

 魔物化した事により普通の猫よりも寿命が延びているが、それでも人間と比べればやはり短い。ゆえにこの召喚に応じたのだろう。


「あー、成る程な。俺は東の国には行った事ねーからなぁ」


 東の国はその呼び名の通りに極東にある上、海に囲まれた島国である。徒歩やせいぜい馬車で旅をしてきたラドルファス様が訪れた事がなくとも不思議ではない。


「んじゃ、こいつははるばる東の国から召喚されてきたって事か?」


「うーん、どうでしょう。東の国から他国へと連れてこられた猫、もしくはその子孫が現地の魔境で猫又化する事もあると聞きますし、この子も東の国以外の魔境に棲んでいた可能性はありますね」


 三毛猫は東の国ではポピュラーらしいが、それ以外の国ではわりと珍しい柄である。他国の愛好家達が買い求める事も多いと聞く。


 私達が会話をしている間、猫又はこちらをじっと見つめ、たまにあくびをしたりしている。「早く話終わらないかなぁ」とでも言いたげである。


「で、この後どうすりゃいいんだ?」


「召喚獣に名前を付け、召喚獣がそれに応じれば契約成立となります」


「名前……猫の名前っつーと『トラ』とか『クロ』とかか……?」


「三毛猫なのでそこはせめて『ミケ』かと……」


 しかし目の前の二又尻尾にゃんこに反応はない。どうやらこれらの名前はお気に召さなかったようだ。

 召喚獣が気に入るような名前を思い付けるかどうかも召喚士の腕の見せ所なのである。


「これ、このままずっと名前を気に入ってもらえなかったらどうなるんだ……?」


「召喚獣側がもう待てないと判断した場合、勝手に帰ってしまいます。そうなれば当然、契約は不成立となります」


「マ、マジかよ……」


 ラドルファス様のお顔には見るからに焦りが浮かんでいる。

 まあ無理もない。折角念願の猫の召喚獣がやって来てくれたのだ、そりゃあここで逃したくはあるまい。


 私もラドルファス様も色々な名前を挙げてみたが、猫又は耳一つ動かさない。

 だが香箱座りを始めた事から、わりとリラックスしているようだ。結構人懐こい子なのかもしれない。


 だんだんと名前が思い浮かばなくなり、見た目から何か着想を得られないかと猫又の全身をまじまじと見つめる。

 すると腰の辺りに何やら特徴的な模様を発見した。


「あ、この黒い模様、なんか四つ葉のクローバーみたいですね」


 私が指差した先には、黒いハートのような模様が四つ合わさり、さらにそこから細い線が一本出ていた。


 しかも一瞬、私の言葉に猫又の耳がぴくりと動いたような……?


「んじゃ『クローバー』はどうだ? ……駄目か。それじゃ、『ヨツバ』は……?」


「んにゃー」


「! おい、今……!?」


「はい、返事しました! 『ヨツバ』に反応しました!」


「んにゃー」


 また反応した。これはもう間違いない。


「よし、今日からお前は『ヨツバ』だ!」


 ラドルファス様は猫又──ヨツバと目線を合わせるようにしゃがみ込む。

 人間、ましてや長身の彼では実際に目線が合う事はないが、それでもヨツバは嬉しそうに「んにゃーん」と鳴き、ラドルファス様の足にすり寄って来た。


「……! 俺、猫には大抵怖がられて逃げられるのに……!」


 感動に打ち震えていらっしゃる。


 きっと猫達にとって、ラドルファス様はなんかでっかくて怖い奴にしか見えなかったのだろう。こんなにも猫好きなのに、おいたわしや。


「では猫ちゃんと触れ合うのはこれが初めてですか?」


「いや、俺がうんとガキの頃には猫が近くにいたらしい。あんま覚えてねーけどよ」


 成る程、幼い頃に猫が身近にいたから猫好きになった訳か。

 その猫もヨツバ並みに人懐こかったのか、はたまたラドルファス様がまだ最強生物の一角と化していない時期だったから怖がられなかっただけなのかは定かではないが。


 ……もしかしたらこの子も昔は飼い猫で、それこそかつてもヨツバという名前だったのかもしれない。それならば他の名前を断固として拒否し続けてきたのにも頷ける。

 猫は自分の死期を悟ると姿をくらますと言うし、命が尽きる前に飼い主の元を去り、魔境へと足を踏み入れて魔物と化したのかもしれない。まああくまで私の想像でしかないけれども。


 人の言葉を解す魔物は非常に稀であるが、召喚獣は契約で結ばれた召喚士の命令ならば本能的に理解出来るという。とはいえ、「行け」、「待て」、「攻撃しろ」、「取ってこい」、「お手」等の簡単なものだけらしいが。


 また、猫又は炎を操る魔物であり、二又の尻尾の先にそれぞれ火の玉を宿し、敵に放つ。

 戦闘において、ヨツバはラドルファス様となかなかに息が合っており、彼の指示に従いながら火球によるサポートをおこなっている。


「ヨツバはほんとお利口さんだよなー!」


 そう言ってラドルファス様は戦闘後にはいつもヨツバの頭を撫でる。しかも相手が嫌がらぬよう、毛並みに沿って優しく。ヨツバもまた嬉しそうに喉を鳴らしている。


 まさに猫可愛がり。


 ちなみに猫又であるヨツバの主食は魔物の肉であるが、特に空気の中を泳ぐ魚型の魔物が好物のようだ。

 その為、魚型の魔物が現れる度にラドルファス様はそれを食材として回収してくる。

 特に群れで現れた時などはもはや『大漁』という表現がよく似合い、陸にいるのにラドルファス様が海の漢に見えてくる。

 そしてしばらくの間、我々人間の食卓も魚料理一色と化す。


 ……ラドルファス様にこんなにも溺愛されているヨツバが、ほんのちょっぴりだけ羨ましい。


 とはいえ相手は猫である。

 私は猫に嫉妬の炎を燃え上がらせるような大人げない女ではない。


 何より、ヨツバが可愛いのは事実である。


 人類は等しくお猫様の下僕であるからして、ラドルファス様がヨツバにメロメロなのは当然の事であり、勿論私もメロメロである。

 ……あれ、もしかして私とラドルファス様、わりと似た者同士だったりする……?


 そんなとある日の夜の事、私がリビングの椅子でいつものようにラドルファス様の服を繕っていると。


「んにゃー」


 ヨツバが私の足元にやってきた。

 するとなんと、「んにゃっ」という掛け声と共に私の膝の上に乗ってきたではないか。


 ヨツバは私にもよく懐いているが、やはり召喚主であるラドルファス様により懐いている。ゆえに人の膝に乗る時はいつもラドルファス様のお膝であった。


 猫が膝に乗ってくれるというのはこんなにも多幸感に包まれるものなのか……! と胸が熱くなる反面。


(でもこの光景、ラドルファス様がご覧になったら機嫌を損ねてしまうかも……)


 自分に一番懐いていると思っていた召喚獣(愛猫)が他の人間と浮気(?)している現場を目撃してしまったら、きっと心穏やかではいられなくなるだろう。

 幸い、今ここにラドルファス様はいない。

 丁度普段使い用のナイフ(セルフナイフ断髪に使おうとしていたやつ)の手入れ用の油を切らしてしまった為、ストックがないか食糧庫に探しに行っている。恐らく他の日用品と共に転移魔法陣で送られてきているはずだ。


 お猫様や、ラドルファス様がお戻りになる前にここから降りてくださりませぬか。


 そんな念を飛ばしながらヨツバの背中をちょんちょんとつついてみたけれど、微動だにしない。「ここはあたしの場所よ!」とでも言わんばかりに私の膝を陣取り、しまいには眠り始めてしまった。


 私、他にもまだ仕事あるんだけどな……。

 でも無理矢理どかすなんて可哀想な事は私には出来な──


「おい」

「ひぃ!?」


「ヨツバ、あんたの膝の上で随分気持ち良さそうに眠ってやがんなぁ……!」


 後ろから聞こえてくる地を揺るがすような低い声は、明らかに怒気を孕んでいる。


 赤鬼、再臨。


 ここに東の国の二大魔物タッグが誕生した。そしてそこにサンドされる私。


 怖すぎて後ろを振り向けない。彼は今、どんな顔をしているのだろう……。


「こ、これはですね、その……! ほ、ほら、猫は気まぐれって言いますし! 今日はたまたま私の膝に乗りたい気分になっちゃっただけで、一番は勿論ラドルファス様のお膝──きゃっ!?」


 突然、重量感のある逞しい何かが私の肩を包み込んだ。

 それがラドルファス様の腕だと気付くのに少しばかり時間を要した。


「え、えっと……?」


 そ、そりゃまあ恋人同士なのだからたまにはハグくらいするけども、するけども……!!


 思いがけない展開に心臓のバクバクが止まらない。


「ずりーぞヨツバ。セリアの膝は俺のなのに……」


 ──え、そっち!?


 ヨツバを横取りした私にじゃなくて、私の膝を横取りしたヨツバに嫉妬してるの!?


 いつもは器の大きいラドルファス様だけれど、意外にも猫に嫉妬する大人げないところがあるらしい。


 とはいえラドルファス様もまた、今なお他人事のように眠り続けているヨツバを怒ったりどかしたりする気にはなれないらしい。

 ゆえにこのやり場のないもやもやとした気持ちを消化する為に、こうやって私に甘える事にしたのだろう。


 うーん、愛が重い。物理的に重い。


 ──……でも。


「──もう、猫ちゃんもわんちゃんも甘えん坊さんばかりなんですから……」


 そう言いながら、ラドルファス様の腕をギュッと抱く。


 ──なんだかんだ言っても、まんざらでもないと思ってしまう私がいるのだった。


 「だから、俺は番犬だが犬じゃねーっての……」と耳元で拗ねたように呟くところも愛おしく感じてしまうのである──……。



※※



 後日、再び動物型の魔物の召喚術をおこなった。

 すると現れたのはカラスに似た魔物、死神鳥であった。

 我々にとっては死骸の掃除屋としてお馴染みの存在である。


 召喚されたこの個体、見た目は他の死神鳥とさほど変わらない。強いて言えば少し痩せぎみなくらいか。

 しかし他の死神鳥がカラスのように「カーカー」とか「ガァガァ」と鳴くのに対し。


「ギャオギャオ」


 ……なんかちょっと違う。


 カラスは鳴き方の違いによって会話をすると言うけれど、鳴き声そのものが他と違うこの子は上手くコミュニケーションが取れなかったのではあるまいか。

 少し痩せぎみなのも群れに上手く馴染めず、餌を満足に食べられなかったからなのかもしれない。だからこそ召喚の喚び声に応え、ここにやって来たのだろうか。


 ラドルファス様はこの死神鳥に『ルトラ』と名付けた。


 真っ黒な姿が黒目黒髪の二番目の兄、ヴァルトラム氏を彷彿とさせるという事で、その名の一部を付けたらしい。


 ルトラは自身の名を即座に気に入り、「ギャオン」と返事してあっという間に契約成功。

 ヨツバのような長期戦にならなくて良かった。

 ……もしかしたらルトラとしては、召喚獣の契約を結べるのならば名前なんて何でも良いと考えていたのかもしれないけれど。


 死神鳥は魔物の骨を丸飲みに出来る程の消化器官を持ち、また肉を引き裂いたり、骨を飲み込める大きさにまで砕いたりする為、クチバシと足の爪の力も強力である。

 戦闘の際にはそれらを駆使する事で、空中からの攻撃による敵の撹乱を担当している。

 また日頃から砦の周囲や魔境付近を監視、偵察し、警報音が鳴る前に敵の位置を察知して知らせてくれたりもしている。


 狼とカラスは共生関係にあるとも言うし、なんだかその縮図を見ているかのようである。



 その次は中級の召喚術に挑戦した。

 喚び出される召喚獣は動物型よりも強力だが、その分契約を結ぶのは難しく、機嫌を損ねればこちらに危害を加えてくる事さえある危険な存在である。


 また中級以上の召喚術の際には、魔法陣と呪文の詠唱だけでなく、『供物』となるものが必要となってくる。


 魔境の魔物は魔物同士で食らい合っている事が多い為、当然ながら供物は魔物の肉である──いや、正確に言えば草食の魔物も存在するゆえ、そういった魔物を召喚したい場合は果物などを供物とするのだが、戦闘の役に立つ魔物を得たいならばやはり肉食の魔物に限るのである。


 という事で、様々な種類の魔物肉をひと塊ずつ魔法陣の前に捧げた。ここではとれたて新鮮な魔物の肉がいくらでも手に入るゆえ、供物には困らない。これだけあればどれかしらの肉が好物の魔物がやって来るだろう。


 そして。


 喚び出されたのはドラゴンだった。

 翡翠のような鱗に大きな翼、そして頭の二本の角とは別に、額にも角が一本生えている。

 この竜種は確か【トライホーン】というのだったか。額の角から雷を放つドラゴンである。

 ドラゴンの中では比較的大人しく、それゆえにめったに人前に現れぬ幻の竜種である。召喚士の中でもとりわけ竜騎士と呼ばれる者達は、この竜種と契約する事を夢見る者も多いと聞く。


 しかしこの竜種は本来、人が二、三人乗れるくらいの大きさがあるはずなのだが、目の前のドラゴンはせいぜい一人が乗れるかどうか程度の大きさしかない。おまけに身体中が生傷だらけである。


 ……きっとこの子はまだ子供か、もしくは弱い個体なのだろう。


 ドラゴンは人間よりも遥かに長い寿命を有する。

 では何の為に召喚に応じるのかと言うと、得た魔力をそのまま自身の身体の強化に使用するのである。

 ドラゴンはとにかく弱肉強食の本能が強い。弱き者はたちまち他のドラゴンに縄張りを追われ、喰われ、淘汰されてしまう。

 それゆえにこの子は強さを求め、召喚に応じたのであろう。


 強く立派なドラゴンになれるような何か良い名前はないか、とラドルファス様に問われた為、私は『強い』を意味する『フォルティス』はどうかと提案した。

 「お前は今日からフォルティスだ、いいか?」とラドルファス様が問えば、トライホーンは「グオン!」と元気に返事をし、無事契約完了。

 供物のお肉もあっという間に全て平らげてしまった。きっとお腹が空いていたのだろう。いっぱい食べて大きくなってね。


 全身の生傷の治療も兼ねて私が魔力石鹸で洗ってあげると、それがとても気持ちが良かったらしく、それ以来フォルティスは人に洗ってもらうのが大好きになった。

 特に自分の前足()が届かない背中側の鱗を磨いてあげるととても喜ぶ。


 いつかこの背に乗せてもらってお空の散歩にでも行ってみたいな。



 さらにその後しばらくして、上質なコカトリスの肉(鶏肉)が手に入り、上級召喚術に挑戦する事となった。


 上級召喚術にはそれに見合うような極上の供物が必要となる。

 例えばこのコカトリスはギルドが高ランク指定する危険度の高い魔物であり、かつ、その身は不味い事に定評のある魔物の肉とは思えぬ程美味である。


 コカトリスはニワトリのような体に蛇の尾を持つ魔物であり、目を合わせた者の体の自由を奪う能力を持つ。

 それだけで死ぬ事は無いし、しばらくすれば解除もされるが、身動きが取れぬ無防備な状態では解除される前になぶり殺しにされかねないのである。


 するとラドルファス様は。


「目ぇ見たら駄目っつーならよ、目ぇ瞑ってりゃいいだけの話じゃねーか!」


 そう言って目を瞑って戦いに赴いたラドルファス様は、なんと音と気配だけで敵の位置を察知し、一撃で屠ってしまった。


 ──ラドルファス様ったらそろそろ人間をご卒業なさるのかしら。


 ともあれ、まだ新鮮な内にコカトリスの肉を魔法陣の前に捧げ、呪文を唱える。


 やって来たのは青灰色の毛皮を持つ二足歩行の狼、人狼であった。

 しかもこの人狼、片言ではあるがなんと人語を話せるようだ。


「グルル……コイツ、仕留メタノ……オマエカ……?」


 人狼はコカトリスの肉とラドルファス様を交互に見た。


 どうやらコカトリスの肉を食べに来たというより、この強敵を倒した者を見定めにやって来た、といった感じらしい。


 ラドルファス様が「そうだ」と頷けば。


「オレ……強イ奴ニシカ、従ワナイ……オレト勝負……!」


 さすが上級召喚獣、そう簡単には契約を結んでくれぬらしい。


「いいぜ、受けて立ってやらぁ!」


 ラドルファス様も拳で語り合う気満々である。


 こうして、狼の異名を持つ者と本家狼、一人と一匹の戦いが今、幕を開けた──……!










 薄々予想はしていたが、ラドルファス様の圧勝であった。

 瞬殺と言ってもいい。死んでないけど。


 しかも相手は素手(爪はあるが)だからと、ラドルファス様も素手でのタイマンであった。


 学園にもいたな、やたら素手の喧嘩が強い人。確かああいう人の事を番長と呼ぶのだったか。


 とはいえ別にこの人狼が弱い訳ではなく、単にラドルファス様が規格外の強さをお持ちなだけである。


 ──あれ? もしかしてラドルファス様に重傷を負わせたあのマンティコアって災害レベルのとんでもなくやばい奴だったのでは……?


 もしこの砦にラドルファス様がいなかったらと思うとぞっとする。


「グル……オレ、負ケ……。オマエ、オレのアルジ……」


「おう、んじゃ名前付けさせてもらうけどよ、どんな名前がいいとかあるか?」


「名……短イノガ、イイ……」


 どうやらあまり長い名前はお気に召さないらしい。

 まあ確かに短い名前のほうが覚えやすいし、呼びやすいのは間違いない。それにあまり仰々しい名前だと気恥ずかしいというのもあるのかもしれない。


「んじゃ、ポチ」


「…………」


 あ、すっごく嫌そう。


 人間より遥かに表情筋が乏しいはずなのに、眉間に皺を寄せ、あからさまに渋い顔をしている。


「名……短クテ格好良イノガ、イイ……」


 訂正してきた。


「え、ええっと、それでは……『ロア』、なんていかがでしょうか……?」


「! ソレデ、イイ……。オレ、今日カラ『ロア』!」


 ほぼ音の響きだけで提案してしまったが、本()が気に入ったようなのでまあいいか。


 なお、コカトリスの肉は焼いて皆で分けて食べようという話になった。一人当たりの食べられる量は少なかったけれど、美味しかった。


 ロアはラドルファス様に非常に従順であり、そして戦闘面では普通に強い。

 やはりラドルファス様の戦闘力がずば抜けていただけのようである。

 また、素手でのタイマン勝負の時には使ってこなかったが、どうやら氷のブレスも吐けるらしい。

 敵を氷漬けにするだけでなく、食材の保存にも役立つので私としては非常に助かっている。



 そんな日々をしばらく過ごし、そしてついに。


 最上級召喚術──精霊召喚の儀を行う日がやって来た。


 精霊召喚の際の供物において最も重要な物、それは実体の無い彼らを宿す為の器──すなわち『依り代』である。


 これにはアルベルト様が生前愛用していたレイピアを使用する事になった。

 墓標として地面に刺さっていたレイピアを事前に回収しておき、そして出来るだけ錆を落とし、刃を研ぎ、当日まで大事に保管しておいた。


 他にも精霊の召喚には様々な供物や道具が必要であり、街で売っている物は私が買いに行き、また清らかな湧き水や十年に一度しか咲かない特殊な花など、自ら採取に赴かなければならない物はラドルファス様と召喚獣達が手分けして魔境付近まで探しに行ったりもした。


 こうして準備は整い、精霊召喚用の呪文を唱える。


「人の子に祝福をもたらす者よ、我、ラドルファスの名において、汝と盟友の契りを結ばん……!」


 今やすっかり棒読みではなくなった詠唱を唱え終えると同時に、魔法陣が閃光を放つ。それが収まると、魔法陣の上には──何もなかった。


 いや、よく見るとうっすらと青い光の球のようなものが浮かんでいる。


「──ああ、そうだな、久しぶりだな、アルベルト」


 ……どうやらラドルファス様はアルベルト様と何か話をしているようだが、私にはその声は聞こえない。

 ロアに尋ねてみたところ、ラドルファス様と契約している者同士だからか召喚獣達にもアルベルト様の声が聞こえるらしく、またその姿も青い光球ではなく、人の姿──すなわち生前の姿に見えているらしい。


 つまり私だけがアルベルト様の声と姿を認識出来ない。


 けれど。


「ああ、俺もお前に話してー事、沢山あるからよ……」


 穏やかな声音で語りかけるラドルファス様に応えるように、光球は柔らかな明滅を繰り返す。


 ──アルベルト様が朗らかに微笑んでいるように見えるのは、きっと気のせいなんかじゃないだろう──……。

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