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11.赤狼は苦悩する

 セリアの言葉に、ラドルファスは頭が真っ白になった。


 いつもは刃のように鋭い目をめいっぱい見開き、健康的だった顔は今や青ざめている。


 セリアが他の男の元に行ってしまう……?


 そう考えるだけで目眩がした。

 心臓を貫かれたように胸がズキリと痛む。


 何故こんなにも苦しいのだろう。


 妹のように感じている相手が嫁に行ってしまうのが寂しいから?


 ──いや、違う。何かが違う。


 兄達の結婚は多少の寂しさはあれど、心から祝福する事が出来た。それなのに。


 彼女の結婚だけは祝福出来ない。我慢出来ない。


 何故なのだろう。何故──……。


(ああ、そうか。俺は……セリアの事が──……)


 この時、ラドルファスはようやく心の奥底に眠っていた自分の本心に気が付いたのだった。


「お、落ち着いてください! まだお見合いすると決まった訳ではありませんので! あくまで母に勧められただけですから!」


 顔面蒼白のラドルファスにセリアは面食らい、慌てて付け加える。


 まだ決定ではないという言葉にラドルファスは少しだけ安堵する。


「そ、そうか……。で、そのオミアイとやら、あんたは……その……したいのか……? も、もし嫌なんだったら無理にしなくてもいいんじゃねーの……!?」


 そんなものするな。


 他の奴と結婚なんかするな。


 そう言いたいのに。


 素直になれないこの悪癖が邪魔をする。


「ええ、今回は(・・・)見送らせていただこうと思います。今度母に断りの手紙を送っておきますね」


 彼女の言葉にラドルファスはほっとし──そうになったが、慌てて心の中で(かぶり)を振る。


 今回は(・・・)

 つまり次回は見合いを受け入れるかもしれないという事だ。


 セリアを他の男に渡したくない。

 その為には、まずは自分のこの気持ちを伝えねばなるまい。

 だがその為の言葉を紡ぐ事が出来ない。

 自分はなんて不甲斐ないのだろう。


 どんな凶悪な魔物にだって臆する事なく立ち向かえるくせに、“恋”という強敵にはこんなにも尻込みしてしまうものなのか──……。



 それからの数日間、彼の苦悩は続いた。


 まず、この恋心に気付いた今、セリアにどう接したら良いのかわからなくなってしまった。


 数日かけてようやくこれまで通りに会話出来るようになったものの、最初の内はちょっとした会話をするだけでも内心ドギマギし、気を抜くと声が上擦ってしまい大変だった。

 また、彼女が服装を直してくれたり、髪を梳かしてくれようものなら顔面が沸騰するんじゃないかと思うくらいに顔が真っ赤に染まってしまうのである。


 セリアと距離が近いのは嬉しい。

 触れられるのも嬉しい。

 だがこのままでは心臓がもたない。


 その結果、彼は出来る限り自分で身だしなみを整えるようになっていった。


 それにセリアにだらしない姿を見せたくないというのもある。──ご主人様には常に格好良くあって欲しいと、彼女は前に言っていたから。


 そんなラドルファスの突然の変化にセリアは首を傾げていたものの、よもや自分達が両片想いの状態にあるなどとは、夢にも思っていなかった。


 彼が自分に恋愛感情を抱く事などない。


 その先入観にセリアはすっかり囚われてしまっていたのである。


 ラドルファスが自分に向ける感情は、あくまで主から使用人に対してのもの──いや、厳密に言えば、兄から妹に対して向けられるものだ、と彼女は考えていた。


 心配性で、たまにちょっぴりいじわるで、でもやっぱり優しくて。


 セリアにも兄がいる。ゆえに既視感があるのだ。


 ラドルファスのセリアへの接し方は、兄とよく似ている、と。


 それゆえ彼のこの変化も、兄として、妹の前でみっともない姿を晒したくないという思いが芽生え始めたからではないか、とセリアは考えたのだった。

 見合い話にショックを受けていたのも、たった一人の使用人であり、妹でもある自分が嫁に行ってしまうのが寂しいからだろう、と。

 事実、これまでのラドルファスはセリアの事を妹のように思っていた。彼女もそれを無意識に感じ取っていたのだろう。

 結果としてこのすれ違いを生む原因となってしまった訳だが……。



 そんなある日の事、砦に冒険者の一団がやってきた。

 その中心にいたのは眼鏡を掛けた利発そうな青年であった。彼は魔境に生息する魔物の研究をしている学者であるらしい。

 魔境探索の為に組んだパーティーメンバーと共に魔境入りする前に、休憩がてらこの砦に立ち寄ったのだという。


 砦は魔境に赴く者、及び魔境から帰還した者の為の休息地点の役割も担っている為、別にそれ自体は何ら問題はない──のだが。


 なんと、彼はセリアと同じ魔法学園の卒業生だというではないか。


 彼は魔法使いの中でも魔導師の位を持つ、いわゆるエリートであった。しかし本人は魔法よりも魔物の生態に興味があり、会得した魔法は専ら魔境探索に利用しているという。


 彼はセリアよりも六つ年上であり、セリアが入学した時には彼はもう卒業した後だった。

 まだあの先生は在籍しているのかだの、学食のあのメニューは美味しかっただのと、実に話が弾んでいる。


「学園七不思議なんてものもあったなあ。えーと確か、『走るユニコーン像』、『目が光る絵画』、『一段増える階段』、『あの世に通じる鏡』、『魔法訓練場に出る老婆の霊』、『斬りかかってくる甲冑』、『無人のお手洗いからすすり泣きが聞こえてくるという、レスティさんの噂』……だったかな?」


「え、『走る学園長像』、『視線が動く絵画』、『一段減る階段』、『異世界転移する鏡』、『調合室に出る若い女性の霊』、『噛みついてくる魔獣の剥製』、『お手洗いに現れて「私と遊びましょ? あなたボールね」と言って相手の首を切り落としてボールにしてしまう、首狩り少女レスティさんの噂』……じゃないんですか!?」


「いや、たった数年で内容変わりすぎでしょ。レスティさんめちゃくちゃ殺意高くなってるじゃん」


 どっと笑い出す二人。


 ──彼らの会話が何一つ理解出来ない。なんだレスティさんって。


 同じ学舎出身者というのは母校の話だけでこんなにも盛り上がれるものなのか。

 ……学校というものに通った事のないラドルファスには、彼らの気持ちも、話の内容も、きっと永遠にわからない。


 談笑する二人の姿に胸がチリチリと焦がれる。


 おまけに周りの冒険者達からは「リーダーがあんなに楽しそうに話してるの初めて見た」、「普段はあんまり喋らない人なのにね」、「あの二人、なんかいい雰囲気だな」、なんて声まで聞こえてくる始末。


 このままではあの学者の青年にセリアを取られてしまうかもしれない。


 ……焦りばかりが募ってゆく。



 その後、学者の一団は予定通り魔境へと旅立っていった。

 彼らの調査は何日か、場合によっては何十日もかかるという。


 彼らが魔物の調査を終えて再びこの砦に戻ってきたら、またあの青年とセリアは楽しそうに語り合うのだろうか。

 いや、それどころか、「ずっと君の事が忘れられなかったんだ」などと言ってセリアに愛の告白でもするのではあるまいか。

 もしくはセリアのほうがあの青年に惚れ込んでしまっている可能性もあるのではないか……!?


 様々な憶測と妄想が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。


 セリアがもし本当にあの青年の事が好きであるならば、自分は潔く身を引こう──身を引きたい──身を引くべき──身を引かなければ──。


(いや、やっぱ無理だ……!!)


 やはり彼女の事を諦めきれない。

 自分はこんなにも狭量な男だったのかと、自分自身が嫌になる。


 それでも、それでもである。


 この年まで恋というものを知らなかったラドルファスにとって、ようやく芽吹き、瞬く間に満開を迎えた恋の花だ。

 そう簡単に散らしてなるものか。


 それにまだセリアがあの青年の事を好きだと決まった訳ではないのだ。

 まずは何としてでも自分のこの想いを伝え、そして彼女の気持ちを確認するのだ──……!



 ラドルファスは頭を使うのが苦手である。

 苦手だが、必死に考えた。

 魔物達をバッタバッタと斬り倒している間もひたすら考えた。


 自分のこの口は筋金入りの天邪鬼。

 告白の言葉を紡ごうとしたところで、心とは裏腹な事を口走りかねない。……我ながら情けない話ではあるけれども。


 どうすれば嘘偽りのない、自分のありのままの気持ちを伝える事が出来るのか──……。


 その時ふと、先日セリアが言っていた言葉が頭をよぎった。


『口では言いにくい事も──』


(──そうか、その手があったか……!)


 今まで(もや)が掛かったように陰鬱としていた視界が、一気に開けた気がした。


 それと同時に、魔物の最後の一体の首を景気良く刎ね飛ばす。


 宙に舞った首が地面に落ちるまでの間すら惜しいと言わんばかりに、それを見届ける事なく、砦へと一直線に駆け出した。


 砦の扉を開けるや否や、言い放つ。


「セリア! 俺に文字を教えてくれ!」

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