08 過去のこと
ヨナは俺が何を任せてくれと言ったのか分からなかったようだ。
「……といいますと? どういうことでしょう」
「言葉で説明するより、やって見せた方が早いな。ついてきてくれ」
俺は先頭の荷馬車のもとへと向かう。
そして、【物質移動】で車輪が嵌っている泥濘の、ちょうど車輪の下の地面に含まれる水分を移動させる。
これで車輪の周囲は泥濘ではなくなった。
「まだ、車輪がめり込んだままだな」
車輪は地面に深くめり込んでしまっている。
俺は馬車に【物質移動】を発動させて、地面の土を移動させ盛り上げる。
それにより、地面にめり込んでいた車輪は持ち上がった。
軽い物より、重い物を動かす方が魔力消費は大きい。
だが、所詮は【物質移動】。魔力消費量はたかが知れている。
「す、凄い魔法ですね。まさか、重力魔法? なのですか?」
「重力魔法なんて、見たことも聞いたこともありませんよ! 宮廷魔導師長だって無理に決まってます」
ヨナとトマソンがそんなことを言っている。
「いや重力魔法じゃないぞ。錬金術だ。それも初歩の【物質移動】だぞ。まあ普通の錬金術師には難しいかもしれないが……」
俺がしたこと、それ自体の難度は高くない。
だが、馬車は重いし、四輪全てを同時にとなると、並の錬金術師には難しいかもしれない。
だから、ヨナもトマソンも錬金術だと思わなかったのだろう。
「このまま走ったら、また泥濘にはまるかもしれないからな。ヨナ、馬車の車輪を改造していいか?」
「構いませんが、改造ですか? それならば、太陽が昇ってからのほうが……」
「大丈夫。俺は車輪の改造も得意だからな。車輪の幅を太くして泥濘にはまりにくくしよう」
俺は近く生えていた木を伐採して素材を集める。
【物質移動】を使えば、苦労せず伐採できる。
「錬金術師は大工の下請けだからな」
「…………」
「りゃ?」
錬金術師界隈で、定番のネタを言ったのだが、ヨナはまったく反応しなかった。
リアだけが、反応して首をかしげている。
すべったみたいになって、恥ずかしい。
「いや、冗談とかじゃなく、本当に……」
実際、新人錬金術師は大工の仕事を手伝うことは珍しくない。
土木工事の手伝いもする。そうやって学費を稼ぐ錬金術の学生はとても多い。
「……さてと」
俺は何事もなかったかのように、車輪の幅を広げていく。
車輪の幅を広げるには、物体の形を変える術式である【形状変化】が最適だ。
【物質変換】を使って、分子構造をいじり、伐採した木と車輪を分子的に結合するのが一番だが、魔力消費が高すぎる。
だから【形状変化】で車輪と伐採した木の形を変え、寄せ木のように組み合わせて結合するのだ。
「……見事だ」
「お、トマソン、わかるか? この寄せ木のように木材を組み合わせるのは難しいんだ」
【形状変化】の術式自体は、錬金術でも簡単な部類に入る。
だが、継ぎ目がわからないぐらい、まるで最初から一つの物だったかのように見えるほど精度を高めるのは難しいのだ。
「何の魔法なのですか?」
「ヨナ、だから錬金術だぞ」
そういいながら俺は、全部の馬車の車輪の幅を広げていった。
「これでよしっと。もう動き出せると思うぞ。馬次第だがな」
馬も夜は眠たいのだ。
無理にたたき起こしてはかわいそうだ。
「…………」
俺がヨナを見ると、ヨナは何も言わずにぼーっとしていた。
「ヨナ?」
「はっ、ありがとうございます! 馬たちならば大丈夫です。魔獣の馬なので。どちらかというとお昼寝の方が大事ですから」
魔獣の馬、つまり魔馬は、魔獣にしては大人しく、人の言うことも聞きやすい。
魔獣使いの従魔となって、馬車を曳くことも珍しくないのだ。
それからのヨナの動きは素早かった。
部下たちに指示を次々に出して、数分で荷馬車の列は動き出した。
俺も荷馬車に乗せてもらう。
同乗者は、魔獣使いの御者の他にヨナとトマソン、それに俺が治療した重傷者三人だ。
他の護衛たちや商会の従業員たちは別の荷馬車に乗っている。
大きな荷馬車だが、七人乗ったうえで荷物まで載っているのでさすがに狭い。
馬車が走り出してしばらくすると、リアは眠った。
赤ちゃんなので疲れたのだろう。
そんなリアを撫でながら、俺は改めて尋ねる。
「今日って何年の何月何日なんだ?」
俺と魔王の戦いは冬だった。だが今は夏。
魔王との戦いからどのくらい時間が経過したのか、それを知りたかった。
「王国歴三二五年の七月十日ですよ」
ヨナのいう王国歴が何か俺はわからなかった。
俺と魔法の戦いが起こったのは、ミアス帝国歴二五八年の十二月だった。
「常識かもしれないが教えてくれ。記憶がないんだ」
「はい。なんでも尋ねてください」
「王国歴? というものについて聞きたいのだが……」
「王国歴は、正式にはウドー王国歴といいます。ウドー王国成立を元年として――」
ヨナは丁寧に説明してくれる。
だが、やはり俺の知らない暦だった。そもそもウドー王国すら俺は知らない。
「ミアス帝国歴二五八年というのは、今から何年前かわかるだろうか?」
「……随分と古い暦について聞かれますね」
ヨナは少し困惑していた。だが真剣な表情で考えてくれる。
「……ミアス帝国歴元年が千二八八年前だから、ミアス帝国歴二五八年は千三十年前ですね」
「千三十年前だと?」
一瞬、ヨナが嘘か冗談を言っているのではと思った。
だが、ヨナは嘘を言っているようにも冗談を言っているようには見えなかった。
「……そうか。そうだったのか」
どうやら俺が魔王が戦ったあの日から、千年以上経っていたらしい。
とても驚いた。
と、同時に千年前と言われて、色々と腑に落ちた。
千年経てば、街の位置が変わって、廃墟になってもおかしくはない。
衝撃の事実を受け入れるため、俺は色々考える。
そんな俺の様子を気付くこともなくトマソンが言う。
「さすが、ヨナの旦那。教養がありますね」
「小さいころは商人ではなく歴史学者になりたかったんですよ」
ヨナは照れながら笑っている。
どうやら、ヨナは歴史に詳しいようだ。
いまの俺にとっては非常にありがたいことだ。
魔王戦の後、俺が意識を失ってからどうなったのか、ぜひ聞いてみたい。
特に魔王がどうなったのかは絶対に知りたい。
「千三十年前に魔王と錬金術師が戦ったと思うのだが、歴史には何か残っていたりするか?」
「ルードさんも歴史にお詳しいのですね。ですが魔王と戦ったのは大賢者ですね」
どうやら、歴史にはそう記されているらしい。
錬金術師ではなく大賢者というのが少し引っかかる。
だが、俺は賢者の石の錬成に成功したため、大賢者と呼ばれたりもしていた。
だから間違いとも言えない。
「戦いの結果はどう伝わっているんだ?」
「激しい戦闘の果てに、双方相討ちになったと伝わっています」
「なるほど。相討ち……。死体は見つかったのか?」
「いえ、両者の遺骸は跡形もなく消え去ったと伝えられてますね」
俺だけでなく魔王の転移も成功していたのなら両者とも消えることになる。
後から状況を見て判断すれば、死体も残らないほど激しい戦いだったと思うだろう。
そうなれば相討ちと歴史に残ることになる。
「魔王と大賢者が相討ちになった後、魔王の勢力との戦いはどうなったんだ?」
「その後は魔王の勢力は大きく荒れました」
後継者の地位をめぐって血みどろの争いが繰り広げられたのだという。
当然そのような状態で人族勢力に、魔王勢力が勝てるわけがない。
もちろん人族勢力も無傷だったわけでもない。
人族側から魔王側に与するものなども現れたりもしたという。
だが、数年も持たずに魔王勢力は滅亡したとのことだ。
それから人族側も数度の王朝変更を経て、今はウドー王国がこの地の覇者となっている。
「……結果的に魔王の勢力が滅びたのならよかった」
「?」
ヨナは「何を言っているのだろうか」と聞きたそうな顔をしている。
トマソンは俺とヨナの会話を興味深そうに聞いていた。
さらに俺はヨナに尋ねる。
「その後魔王が出現したりしたことは?」
「ありませんね」
魔王が千年の間に時空転移していれば、再び勢力を築いたはずだ。
つまり魔王の出現がなかったということは、これまでの時代に魔王は時空転移していない。
未来に転移しているのか、時空転移に失敗したのか。
それはわからない。
そんなことを俺が考えているとトマソンが言う。
「魔王と言えば、不穏な噂があったな」
「噂?」
「ああ。魔王が復活するとかなんとか……」
トマソンが非常に気になることを言い出した。
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