05 熊の後始末
護衛たちの驚きには気にせず、俺は呼びかける。
「魔熊はの死骸どうする?」
「……どうするっていうと?」
「ほら、毛皮とか、肝とか、内臓とか取らなくて良いのか?」
「君が無力化したんだ。賞金も含めて魔熊の全ては君のものだ。全部任せるさ」
「討伐の依頼とか受けてないのか?」
「ああ。配慮ありがたい。だがな、俺たちが受けているのは護衛の依頼だ」
そういうことならば、遠慮しなくてもいいだろう。
一文無しだから、賞金がもらえるのもありがたい。
それに魔熊の毛皮や魔石は売れる。加えて肝などは錬金術の素材にできる。
だが、肝は腐りやすいから、保管が難しい。
錬金術で作った魔法の鞄があれば、腐らせずに持ち運びできるのだが、ないものは仕方が無い。
魔法の鞄とは、見た目以上に大量の物が入り、重い物を入れても重さが変わらず、中に入れた物の時間が流れないという夢のような装備である。
「では、お言葉に甘えさせてもらおう。解体用のナイフとか貸してくれないか?」
「もちろんいいぞ」
俺は薬草を地面に置いてから、護衛のリーダーからナイフを借りると解体をはじめる。
解体も二十年ぶりかもしれない。
二十年前。
ちょうど俺が魔法の鞄の作成に成功したころである。
魔法の鞄を手に入れてからは、死骸はそのまま鞄に入れて街に戻った後に、解体の専門家に依頼していた。
「解体も楽しいもんだな」
「そうか?」
護衛のリーダーが、おかしなことを言う奴だといいたそうに、俺を見ていた。
「久しぶりの解体だからな」
魔法の鞄を作成したから解体しなくなったのではない。
解体時は屈む動作が必要になる。腰とひざが痛くなるのだ。
解体が辛くなったから、魔法の鞄を作成したと言っても過言ではない。
もちろん、解体だけでなく、肉体が衰えて重い装備を持ち運ぶのが辛くなったというのもある。
「聞きたいんだが、その肩に乗っている小さな竜はなんだ?」
「リアだ。先ほど保護したんだ」
「りゃ」
「そ、そうか。すごいな」
そのとき、護衛たちが怪我人の治療に動いているのが見えた。
「ん? 怪我人か? 手伝おうか?」
解体より、怪我人の治療の方が優先である。
「ああ、問題ない。医療の心得がある者もいるし。それに……」
護衛のリーダーは口ごもったが、何を言いたいのかはわかった。
俺の恰好が不衛生過ぎて、怪我人に近づけたくないのだろう。
気持ちはわかる。
「そうか。薬を作るも得意だから、何かあったら言ってくれ」
「お、おう? まあそのときは頼むよ。そういえば、名乗ってなかったな。俺はトマソンという」
「これはどうも、ご丁寧に。俺はルードヴィヒだ。ルードと呼んでくれ」
そんなことを話ながら、俺は解体を進めつつ、怪我人の様子をうかがった。
倒れている者たちは軽い怪我ではない。
だが命に係わるほどの怪我でもなさそうだ。
一般的な傷薬を塗って、包帯でも巻いておけば充分だ。
安心して解体を続けていると、トマソンが語りかけてきた。
「……もの凄い魔法の冴えだった。長年冒険者をやってきたが、見たことねえレベルだ」
「そうか? それはどうも」
「しかも無詠唱とは」
「詠唱は戦闘時にはじゃまだからな」
「……ルードはものすごく高位の魔導師だったんだな」
トマソンは尊敬のまなざしで俺を見る。
魔導師ではなく錬金術師だと言いたいところだが、誤解されても仕方がない。
俺は今のところ錬金術でしか出来ないことはやっていないのだ。
「俺が使ったのは、魔法ではなく錬金術なんだ」
「……れん、……きん?」
トマソンはきょとんとする。
魔導師でも錬金術師でもない者が、術を見分けられなくても仕方がない。
氷の槍は魔法でも錬金術でも出せるのだから。
そんなことを考えながら俺ははがした魔熊の毛皮を水で洗い流す。
使ったのは【物質移動】の術式だ。
「やはり、魔熊は虫が凄いよな。……面倒だが駆虫薬を作るか」
錬金薬を作るなら、それなりの道具が欲しい。
その方が楽だからだ。
だが、なにも道具がないので、仕方が無い。
俺は採集したレルミ草の根を使い、駆虫薬を錬成していく。
沼地から水だけを【物質移動】させて、空中に保持する。
そうしてから、レルミ草の根の有効成分だけを【物質移動】で混ぜ込んでいく。
駆虫薬の錬成は、錬金薬の中でも簡単だ。
先ほどリアを治療したヒールポーションの練成の方がずっと難しい。
「……ルード、何をやっているんだ?」
「駆虫薬の錬成だよ」
「え? 錬成?」
「めずらしいか? まあ道具を使わず薬を錬成するのは難しいからな」
駆虫薬が簡単といっても、道具を使わずに錬成するのは並の錬金術師には無理だろう。
トマソンが見たことなくても不思議はない。
「これでよしっと」
錬成した駆虫薬で、魔熊の毛皮に付いた大量のノミやダニ洗い流す。
泥などは錬金術の【物質移動】で除去できるが、生き物は錬金術の対象外なのだ。
「毛皮はこれでいいとして、魔石も取ったし……。内臓は腐るから今回はいいか。トマソン、必要な物はあるか?」
「…………」
「トマソン?」
「え? あ、ああ、必要な物はないぞ?」
「あ、賞金って、死骸を持っていかないとダメなのか?」
「魔石があれば、大丈夫だ」
「それは助かる」
魔法の鞄なしに大きな魔熊の死骸を運ぶのは大変だ。
魔石で済むなら、それに越したことはない。
俺は錬金術を使って魔熊の死骸を燃やした。
魔熊の死骸から水分を取り除いてカラカラに乾かす。
それから、魔熊の周囲にある空気を圧縮し、高温にして発火させた。
水分を取り除いたのも、空気を圧縮するのも【物質移動】だ。
【物質移動】は、錬金術におけるもっとも基本の術式ではあるが、応用の幅も広い。
非常に有用な術式なのだ。
「え? なんか火が付いたんだが……火炎魔法を使ったのか?」
「いや、これも錬金術で……」
俺が魔熊を燃やした術式について、トマソンに説明しようとしたそのとき、
「おい! しっかりしろ!」
治療していた者たちの叫ぶような声が聞こえた。
「急にどうしたんだ!」
「トマソンさん! それが!」
怪我をして倒れていた護衛たちの容態が急変したようだった。
「ルード、すまない!」
トマソンは怪我人たちのもとへと走って行く。
俺も燃える魔熊の死骸を放置し、採集した薬草を抱えて一緒に走った。
「これは……」
近くで改めて見ても、負傷者たちの傷は命にかかわるものではない。
適切に治療すれば助かるだろう。いや、助かっただろう。
だが、その治療が良くない。
ほとんど効き目のない薬もどきを塗って包帯を巻いていた。
そこまではまだいい。
だが、傷口を洗う水も包帯も不衛生なものだった。
このままでは傷口から化膿して死にかねない。
だからといって、それだけで容態が急変するとは思えない。
「しっかりしろ!」
「ぐはっ」
治療されていた護衛の一人が口から血を吐いた。
「死ぬな! 今度子供が生まれるんだろう!」
「……俺は……もうダメだ」
治療している者たちも絶望しているのか、涙を流していた。
「りゃぁ……」
それをみて悲しそうにリアが鳴く。
「俺が治療しよう」
「ルードが?」
護衛たちが一斉に俺の方をひきつった顔で見た。