03 竜の赤ちゃん
竜のあかちゃんの登場タイミングは、web版との最初の大きな差違になります
そこには大きな岩の陰に隠れるようにして小さな竜がいた。
大きさは小型犬ぐらい。
二枚の羽と手足のあるタイプの竜だ。身体の割に尻尾は太い。
鱗は深紅で、とても綺麗だった。
「……竜の赤ちゃんかな」
竜はとても魔力の高い種族だ。
その竜の中でも、深紅の鱗を持つ竜は特に魔力が高い。
鱗も爪も、そして体内の魔石も非常に貴重な錬金術の材料だ。
特に赤ちゃんの鱗や内臓などは非常に強力な魔道具の材料となる。
「りゃあああああ!」
小さな竜は、俺を見るなり懸命に威嚇しはじめた。
翼をバサバサさせて身体を大きく見せている。
口を大きく開けて、出もしないブレスを吐く素振りをする。
なぜか、不自然に右半身を地面につけていた。
一生懸命な竜には悪いが、赤ちゃん竜に威嚇されても怖くはない。
むしろ、かわいいと思ってしまった。
こんなにかわいい竜を錬金術の素材にするなど、とんでもないことだ。
俺は周囲を改めて魔法を使って探索する。
親竜の気配は全くない。
「親とはぐれたのか?」
普通、赤ちゃん竜はある程度大きくなるまで親の巣で育てられる。
ここはどう見ても竜の巣ではない。そして親竜の痕跡もない。
そうなると親竜と何らかの理由ではぐれてしまったと考えるのが自然だ。
親竜とはぐれる場合には、主に二つの理由が考えられる。
一つは親竜が死んだ場合。
竜の寿命は果てしなく長い。だが不死ではない。
冒険者、他の竜、魔物などに倒される、不慮の事故、病気などが死因として考えられる。
もう一つは卵、もしくは赤ちゃん竜が親元から盗まれた場合だ。
盗まれた場合、親竜は当然のように怒り狂って追いかける。
親竜は赤ちゃん竜や卵の魔力をはるか遠くからでも感知するのだ。
「盗まれたのなら、この場に放置されているわけがないな
となると親竜が死んでいると考えた方がいいだろう。
野生の竜の子供にはむやみに触れない方がいい。
だが、親がいないのなら保護しないと死んでしまう。
俺は赤ちゃん竜の状態を調べることにした。
「キシャアアアアア!」
俺がゆっくりと手を伸ばすと、激しく威嚇しながら伸ばした手を噛もうとする。
「はいはい。痛いことはしないからね」
俺は噛めないよう口を押えてから抱き上げる。
怯えた赤ちゃん竜は大暴れだ。爪でひっかこうともがきまくる。
「む? お前、傷だらけだな」
それもかすり傷ではない。
かなり深い傷が右半身を中心にいくつも入っていた。
これはとても痛かろう。
それに血もまだ止まっていない。放置しておけば命に係わる。
「キシャキシャアアア!」
赤ちゃん竜は俺を警戒していた。
だから不自然に右半身を地面につけていたのだ。
怪我していることを俺に知られないように必死で隠していたのだろう。
「すぐに治してやるからな」
「キシャアアキシャアア!」
「いじめないから暴れないの」
俺は錬金術でヒールポーションを作り、赤ちゃん竜を治療することにした。
「安心しろ。俺は錬金術師。傷薬をつくるのは得意なんだ」
採集していたケルミ草が早速役に立つ。
暴れる赤ちゃん竜を左手で抱きかかえ、右手で練成を開始する。
大気中の水分を【形態変化】の術式を使い抽出し、空中に球形に保持する。
【形態変化】は錬金術の術式の中では、比較的簡単な部類に入る。
「次にケルミ草から有効成分を抽出して……」
有効成分の抽出は【物質移動】の術式を使う。
その名の通り、単に物質を移動させるだけの術式だ。
錬金術の術式の中でも最も簡単で、消費魔力の少ない術式である。
「えっと、有効成分をより効果的に変化させてっと。暴れるなって」
「シャアアア!」
暴れる赤ちゃん竜を抑えながら、有効成分に【物質変換】の術式をかける。
【物質変換】は少し高度な術式だ。分子構造をいじることができる。
「これでよしっと。はいはい、大人しくしなさい」
「キシャアア!」
「少ししみるけど我慢しなさい」
「ぎゃあああああ」
暴れまくる赤ちゃん竜の傷口に付いた汚れを【物質移動】の術式できれいにする。
そうしてから、ヒールポーションをかけていった。
見る見るうちに傷が癒えていく。
「よし、全快だな」
「……りゃあ」
痛みがなくなったからか、赤ちゃん竜は暴れるのをやめた。
逃げようともしない。
俺は念のために赤ちゃん竜を診察をする。
毒に侵されているわけでも、病気になっているわけでもなかった。
健康そのものだ。
「もう大丈夫だよ」
「りゃあぁ」
赤ちゃん竜は、静かに鳴くと俺の右手をぺろぺろと舐めてきた。
俺は右手を舐めさせたまま、左手で竜の子を撫でる。
「お礼を言ってくれているのかな?」
「りゃあああー」
しばらく撫でた後、俺は赤ちゃん竜に向かって言う。
「さて、俺はもう行くよ。お前はどうする?」
可愛いので一緒に行きたいが、赤ちゃんとはいえ、あくまでも野生の竜。
人と一緒に行動したくないかもしれない。
「りゃあ」
竜は両手で、一生懸命俺の右手に抱きついた。
その仕草は、この上なく可愛い。
「じゃあ、一緒に行こうか」
俺は竜を肩に乗せて歩き始める。
「りゃああ」
竜はとても嬉しそうに俺の頬に顔をすりすりとする。
ものすごく懐いてくれたようだ。
親と離れて寂しくて、心細かったのかもしれない。
傷だらけだったことから判断するに魔物に襲われたのかもしれない。
「そうだ、名前があったほうがいいな」
「りゃあ?」
俺は真面目に考える。
赤くて綺麗でとても小さな竜だ。
「うーん。リアでどうかな」
由来はりゃあという鳴き声からだ。
「りゃあ!」
竜の子は機嫌よく嬉しそうに鳴く。
単純すぎるかもと思ったがが、気に入ってくれたようでよかった。
「じゃあ、お前はこれからはリアだ」
「りゃっりゃ!」
「ちなみに俺はルードヴィヒと言う。よろしくな」
「りゃあ」
改めて自己紹介した後、俺は薬草採集しながら歩いていく。
途中で、蛇や蜥蜴を捕まえて、リアと一緒に食べたりもした。
大量の薬草を抱え、肩にリアを乗せて歩いて行く。
夜が白み始めたころ、やっと遠くに俺は複数の人がいることを探知できた。
「リア、人の気配だ!」
「りゃあ?」
俺は嬉しくなって走り出す。
だが、人のもとにたどり着いてみると、戦闘の真っ最中だった。