23 魔人
俺が手を離すと、魔人は力尽きたようにひざから崩れ落ちた。
「りゃあ」
リアは背中から俺の肩の上に戻って小さい声で鳴く。
「リア、怪我はないか?」
リアを抱き上げて、身体を調べる。
「りゃりゃあ」
どうやら怪我はしていないらしい。
俺はリアを優しく撫でて肩に乗せると、地面に倒れている魔人を見る。
あれほど雷を食らわせたというのに、魔人にはまだ息があった。
「魔王が復活すると、お前らは信じているそうだな」
「…………」
魔人は答えない。
「どういう仕組みだ?
転生か? 転移か? 転生だとすると、魔王は魂の所在と性質を掴んでいたと言うことか?
転移ならば時空魔法。魔王は時空魔法が得意だったはず。可能性は高いか?
いや、時空魔法で移動させただけでは説明がつかない。
若返り、いや、肉体の時間遡行は果たして可能なのか?
可能だとしたら、どういう仕組みだ?」
「………………その竜の子が魔王かどうかは知りたくないのか?」
「ん? 術式がわかれば、自ずとわかるだろう?」
「……魔王ならば、赤子のうちに殺そうとは思わぬのか?」
「思わないが?」
思うわけがない。
転生ならば、現世のリアはまだ何も悪いことをしていない。
前世の罪を裁こうとは、俺は思わない。
転移だとしても、リアは力と記憶を失っている。
そんなリアを殺そうとは思わない。
「そもそも、俺は転生じゃないかと思っているん――」
言葉の途中で俺は大きく飛び退いた。
――ダァァァァン
その直後、俺の立っていた地面が爆発した。
「もう一匹、魔人がいやがったのか」
気配を消した魔人が、直上から俺を目掛けて突っ込んできた。
いや、空から落ちてきたと言った方が正確だろう。
今度の魔人は体表が赤かった。
最初に戦った青黒い魔人よりも、二割ぐらい身体は大きく、角も大きくて太かった。
「空から見ていたが、人族風情に何を後れを取っているのだ」
「……返す言葉もございませぬ」
どうやら赤い魔人には空から見られていたらしい。
赤い魔人は俺の方は見ずに、俺が瀕死にした青黒い魔人を睨みつけた。
「余計なことをべらべらとしゃべるな」
「もうしわけありませぬ」
「こんな仕事も出来ぬとは、魔人の面汚し――」
――ゴオオオオオ
会話の途中で、俺は赤い魔人を燃え上がらせた。
錬金術で熱を発生させたのだ。
【形状変化】と【形態変化】の合わせ技だ。
熱発生は魔力消費も控えめで威力も高い。なかなか戦闘向きの錬金術だ。
生物に直接錬金術を発動させることはできない。
だが、身体の周囲の空気を超高温にすることはできる。
空気中の水分を取り除くことも、酸素濃度を高めることもできるのだ。
超高温にして乾燥させ、酸素濃度を高めてやれば、火をつけることは難しくはない。
「俺を無視するとはいい度胸だ」
赤い魔人の体表は黒焦げになった。だが、死んではいない。
「これで死なないとは、魔人の割には強いな」
「……舐めるな。人族風情が」
そういうと赤い魔人の焼け焦げた皮膚がバリバリと音を立ててはがれ始める。
はがれた皮膚の中からは健康な、綺麗な赤い皮膚が表れた。
まったくの無傷に見える。
「人族が我を傷つけられるなどと思わぬことだ」
そういうと、赤い魔人は、
「とりあえず、この人族を殺すぞ」
「はっ」
倒れていた青黒い魔人が起き上がる。
「お前もまだ動けるとはな」
「……魔人を、舐めるな、劣等人種が」
そういうと、赤い魔人と青黒い魔人が連携して襲いかかってきた。
二人の攻撃を錬金術で防ごうとした瞬間、
「なっ!」
真後ろに新たな魔人の気配を感じた。
その距離はたった二メトル。
隙を見せた瞬間に、俺の首をはねに来るだろう。
二メトルにまで近づかれるとは、通常ではありえない。
俺は探査魔法を発動していたのだから。
隠蔽魔法に全魔力を費やしていたのだろう。
「とはいえだ」
俺に捕捉された時点で魔人の作戦は失敗だ。
俺は赤い魔人の攻撃に集中して対処する振りをする。
その瞬間、背後の魔人が音もなく腕をふるった。
魔人の爪は鋭い。腕力も強い。
あたりさえすれば、俺の首ぐらい容易くはねとばすだろう。
俺は背後に空気の壁を作りつつ、熱攻撃を準備しながら振り返った。
「な……、んだと……」
超至近距離に驚愕の表情を顔を張り付かせている魔人がいた。
魔人の爪は俺の作った壁に阻まれている。
そして、魔人の首には斜め後ろから、先ほどの魔狼が食らいついていた。
「お前……まさか、俺をかばおうと……」
「ガアアアウガウガアウガガウウ」
先ほど、ご飯をあげた魔狼が必死に魔人の首に食らいついている。
「こ、この獣風情が! 我の身体に触れるなどと!」
魔人は首から血を噴出させ、怒りの形相を浮かべている。
魔人は完全に虚を突かれたのだろう。
魔力を総動員して魔法で存在を隠ぺいし、ゆっくりと俺の背後に忍び寄っていたのだ。
それには繊細な魔力操作が必要なはずだ。
集中力を全てつぎ込み、細心の注意を払いつつ近寄っていた。
逆に自分の背後から魔狼が近づいているとは、思いもよらなかったに違いない。
折角、魔狼が作ってくれた大きな隙である。
利用しない手はない。
俺は即座に自作の剣を抜き、魔人の心臓を一気に貫いた。
「人族が……ぁ」
「お前。隠ぺい特化だから、戦闘力は大したことないんだろう?」
「ふざけるなぁああ」
魔人は咆哮すると同時に、一瞬で自分の身体を燃え盛る炎へと変化させる。
炎を纏ったのではない。魔人の肉体自体が炎になったのだ。





