02 転生? 転移?
「……ここはどこだ?」
俺が目を覚ますと、周囲の風景は一変していた。
一変していたのは風景だけではない。
季節、風の匂い。時刻も違う。
「魔王の作った空間とも、魔王城とも違う。何が起こった?」
魔王の作った空間から放り出されたのならば、魔王城に戻るはずだ。
だというのに、魔王城どころか室内ですらない。
俺はまばらに草の生えた平原に立っている。
しかも昼だったはずなのに、夜である。
それだけなら何時間か寝ていたのだろうと判断するのだが、季節が違う。
冬だったはずなのに、今は暑い。
「……魔王は? ……逃げられたということか?」
魔王の気配は周囲にはかけらもなかった。
魔王が最後に行使しようとした魔法は、明らかに逃亡のための魔法である。
俺は魔王を最後の最後で逃がしたということだろう。
「……本当に詰めが甘い」
反省してもしきれない。
油断、いや、驕りがあったのかもしれない。
史上最高の錬金術師、大賢者と称えられ、調子に乗っていたのだ。
「常に驕らないようにと心掛けていたつもりだったのだが……」
いつの間にか俺は驕っていたのだろう。
百八歳にもなって恥ずかしいことだ。
「まさか賢者の石を横から勝手に使われるとは……」
通常では考えられない事だ。
俺の支配下にある賢者の石を、プロテクトをこじ開けて横から強引に使うなど。
どのような術理を使ったのか。
さすがは魔族の王にして魔法の王。魔王である。
「賢者の石は錬金術の産物だが……」
賢者の石にかけていたプロテクト自体は錬金術ではなく魔法だ。
ならば、魔法の王である魔王が、錬金術師のプロテクトを食い破ってもおかしくはない。
そんなことにも気づかないとは。
「弱い魔導師ばかりを相手にしていたせいで、油断していたのかもしれない」
俺が出会った魔導師は、一流と呼ばれるものですら俺より魔法の下手な者ばかりだった。
だから、頭のどこかで、無意識に、魔法は錬金術の下であるとおごっていたのかもしれない。
これからは魔法にも一層敬意を払わねばなるまい。
俺は反省のあまり、思わず額に手をやった。
「……なん……だと?」
その時、初めて気が付いた。
肌の質感が違う。髪の毛もふさふさで、つやつやだ。
自分の身体を見た。なぜか全裸だった。気温が暖かくて良かった。
いや、そんなことはどうでもいい。
なぜか肉体が若々しい。まるで二十歳ころ、いや十代のころに戻ったかのようだ。
今の俺は百八歳。
衰えないよう鍛えたり、錬金術の秘薬で老いを遅らせようとはしてきた。
それでも歳には勝てなかった。
もちろん「お若いですね」とよく言われた。
だが、それは八十代にしか見えないとか、七十代かと思いましたとかそう言うレベルだ。
「これはどういうことだ?」
普通に考えたら、魔王の魔法による効果だろう。
だが、魔王が俺を魔法で若返らせるメリットは皆無だ。
「この状況は、もしや魔王にとっても想定外の事態なのか?」
頭をフル回転させて考える。
魔王が逃亡に使う魔法。そう考えると、最も可能性が高いのは転移魔法だ。
時空魔法を操った魔王ならば、転移魔法ぐらい使えるだろう。
「俺の肉体はともかく、季節と時刻が真逆ということは……」
星の裏側に転移させられていれば、時刻も季節も真逆になる。
だから、俺は天測して現在地を調べてみた。
「……おかしい。ここは魔王城の位置だな」
俺は天測の素人なのであまり正確ではない。
だから、さほど精度の高くない俺の天測による誤差は当然あるだろう。
とはいえ星の裏側ならばさすがにわかる。
天測だけでは不安なので、念のために改めて周囲の地形を注意深く観察する。
遠くに見える山の稜線には見覚えがあった。
俺の今いるこの場所は、魔王城の位置からそう遠くないようだ。
「とりあえず、情報を集めないといけないな」
魔王の術が成功した結果としてこうなったのか、失敗したせいでこうなったのか。
それもわからない。
「魔王がどうなったのかも気になる。とりあえず人里に向かって情報収集だな。だが……」
その前に大事なことがある。俺は全裸なのだ。
そこで俺は近くの森へと入り、草木から衣服を作ることにした。
賢者の石はなぜか消失していた。
賢者の石なしで【物質転換】を使うと魔力消費が大きすぎる。
念のためにやめておいた方がいいだろう。
近くに魔王がいるかもしれないのだ。
俺は魔力消費を抑えるために【形状変化】の術式を用いて衣服を作る。
【形状変化】は物質の形を変えるだけだ。
【形態変化】と同じぐらいの少ない魔力消費で済む。
「ええっと、錬金術で服をつくるのは久しぶりだな」
木の皮から繊維を取り出し、編み込んで服にしていく。
服作りは五十年ぐらい前に一度やったきりだ。なかなか難しい。
あまりよい出来とは言えないが、何とか服と呼べるものを作り出して着用する。
服を着ると、俺は歩き出す。
あてもないので、探索魔法で人がいないか探りながら歩いていった。
二時間歩き、魔王城から最も近い街があった場所まで来る。
だが、そこには街はなく、ただの原野となっていた。
「……どういうことだ?」
注意深く見てみると、建物の基礎の名残や柱の後のようなものがところどころに残っている。
道の痕跡も、なんとなくわからなくもない。
それはそれとして、困惑することが多すぎて「どういうことだ?」が口癖になりかけている。
気を付けなければなるまい。
「……まるで街が滅んで数百年後のようだ」
そして俺は一つの可能性に思い至る。
今は魔王と戦ってから、数百年後なのではないだろうか。
もしかしたら魔王の発動した魔法は転移魔法ではなく転生魔法だったのではないだろうか。
それに巻き込まれて、俺も転生することになったのかもしれない。
「俺は数百年後の世界に転生したということか? いや、しかし……」
転生ならば現世の俺が生まれてから今までの記憶がないとおかしい。
「転生でも転移でもないのか? だが痕跡を見ると数百年は経っていそうだが……」
困惑しながら、再び俺は周囲を探索魔法で捜索しながら歩き出す。
「薬草が沢山生えている……。こっちはケルミ草。こっちはレルミ草か? おお」
これだけ良質な薬草が生えているのに手つかずだ。
冒険者や錬金術師たちは、この群生地に気付いていないのかもしれない。
非常に幸運と言っていいだろう。
今の俺は無一文。
魔王の行方を捜すにも、今の時代を調べるにも金は必要だ。
「薬草を採って薬を作れば、金を稼ぐことができるからな」
俺はどんどん薬草を採集していった。
藪をかき分けて、木の皮の服がボロボロになっても気にしない。
「ケルミ草もレルミ草も……茎も根もつかえるから、なるべく長い状態で採取して……」
若い身体で採集していると、どんどん楽しくなってくる。
俺も若い頃はよく採集していた。
だが、ここ数十年はまったく採集できていなかったのだ。
理由は簡単。腰痛のせいだ。
五十歳のころ、採集中にぎっくり腰になってから控えていた。
「錬金薬でましにはなるが……」
あの痛みは耐えがたい。
金を払えば、採集してもらえるならば、金を払おう。
そう思わされるには充分な痛みだった。
「薬草採集自体は楽しいんだが……」
蚊やアブが刺そうとしてくるのが、とてもうっとうしい。
蚊などは刺されたらかゆいだけではない。
病気を媒介することもある。非常に厄介だ。
俺は近くにあった沼地に移動し、虫よけのために全身に泥を塗る。
木の皮の服が汚れるが、どうせ使い捨て前提で作ったものだ。
構わず上から泥を塗りたくった。
そうして薬草採集に熱中していると、お腹が「ぐぅっ」となった。
夜空を見上げて時刻を確認すると、四時間ほど経っていた。
時間を忘れて薬草採集に熱中していたようだ。
お腹が空くのも当然である。
俺は食べられるものを探した。
川のほとりで蛇と蛙を見つけたので解体して焼いて食べる。
ナイフがないので硬めの石を砕いてナイフ代わりにしたのだ。
錬金術でナイフを作ってもいいのだが、魔力を節約することにした。
何が起こるかわからないからだ。
「あまり出来のいいナイフにならなかったな」
切れ味が悪いため、きれいに切れず返り血を浴びてしまったが仕方がない。
どうせ泥だらけなのだ。
「……うまい」
ただの蛇と蛙を焼いた物。塩もなければ調味料もない。
だが、美味しかった。こんなに美味しく感じたのは、数十年ぶりだろうか。
「若いからか?」
健康な身体で食べる食事が、これほどおいしいとは忘れていた。
お腹が膨れると、再び薬草採集に熱中する。
蛇の皮をベルト代わりに、蛙の皮を帽子代わりにして快適に採集を続けた。
人を探すため、広範囲に探知の魔法をかけながらだ。
「おや?」
そのとき、遠くに大きな魔力反応を見つけた。
俺は魔力反応のもとへと、ゆっくり歩いて向かう。
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