52 宰相
騎士たちだけではない。周囲の建物には隠れてこちらを窺っている者たちが沢山居る。
そいつらもグレゴールの惨めな姿を見るべきなのだ。
俺はグレゴールを吊り上げたまま、大声で叫ぶ。
「おい、宰相。近くで見ているんだろう? 出てこなければグレゴールを殺すぞ?」
出てこなければそれでいい。
グレゴールを始末して、宮廷魔導師長を始末すればそれで終わりだ。
少し待つと、五十代ぐらいに見える男が正面の建物の二階の窓から顔を出した。
白い髭と豪華な服がよく目立つ。
「宰相です」
カタリナがぼそっと呟いた。
「おい、宰相! お前は魔王軍に通じる裏切り者か? それとも現状を把握出来ない馬鹿か?」
「なにをいう。私はウドー王国と陛下のために」
「片腹痛い。お前のやったことは国力を落とし魔王軍に利することのみ!」
「何を馬鹿なことを!」
宰相は顔を赤くし、わめき始める!
「近衛騎士たちよ! 摂政殿下をお救いせよ!」
「宰相は、王と尚書に毒を盛った謀反人だ!」
俺は宰相の声にかぶせるように、騎士たちに向けて叫ぶ。
「……」
近衛騎士たちは動かない。
近衛騎士たちも宰相と宮廷魔導師長が毒を盛ったと薄々気付いているのだ。
「なにをしておる! 王を守ることは、近衛騎士たるお前たちの役目だろう!」
近衛騎士の一人が「ギリっ」と、悔しそうに歯をかみしめた。
王を守れなかったという思いと、人質を取られているから従わなければならないという思い。
そして、王に毒を盛った証拠がない以上、第一王子は護衛の対象でもあるのだ。
「ん? やるか? 俺は構わんぞ」
俺は近衛騎士たちに微笑みかける。
「お前たちにも立場はあるだろう。いいぞ。本気で掛かってこい」
「…………」
近衛騎士たちが、苦しげな表情で剣の柄に手をかける。
「ルードヴィヒさま。お待ちを」
カタリナが俺の横を通り過ぎて、前に出る。
「陛下に忠誠を誓い、国を思う騎士たちよ。そなたたちの立場と苦悩は理解する」
ゆっくりと騎士たちの前にカタリナは進み出る。
「だが、国が滅びて王家は無い。王家のために国があるのでは無いのだ」
そしてカタリナはすらりと剣を抜く。
「それでも忠誠ゆえに、そして、大切な者がいるゆえに、そなたたちは動けまい。だから、私が相手をしよう。ルードヴィヒさまを相手にしては、お前たちは骨も残らぬゆえな」
優しく微笑んだ。
第一王子に捕えられた際に、わざと乱暴に切られた髪はボサボサだ。
そのうえ、ボサボサの髪も、顔も、鎧も泥と妖魔の返り血でべったりと汚れている。
妖魔の血と脂由来の悪臭を漂わせ、それでも、カタリナは美しかった。
「やろう!」
戦わなければ、宰相に近衛騎士たちの大切な者が殺されかねない。
だから、カタリナは笑顔で言う。
「私から一本取って見せろ」
まるで普段の稽古をするかのように、カタリナは気楽に言った。
「殿下。お願いします」
一歩前に出たのは近衛騎士の中でも年かさの男だ。
きっと、隊長格の騎士だろう。
「うむ。かかってくるがよい」
そして、カタリナと騎士の一騎打ちが始った。
二人とも、訓練された良い動きだ。
「ええい! 何をしている! 全員で掛かるのだ! おい! お前、弓を放て! 魔法で全て焼き尽くせ!」
宰相がわめく。
宰相の側にいた者たちが、カタリナを目がけて矢が射かける。
魔道騎士らしき者たちが魔法を放つ。
近衛騎士にあたることを気にせずに、広い範囲に矢と魔法が降り注ぐ。
「危ないな?」
俺はグレゴールの頭から手を離し、足をもって振り回す。
それで、矢と魔法を受けきった。
「ぐぎゃああ!」
魔法と矢がグレゴールに直撃する。
至る所に矢が刺さり、血を流し、あまりの痛さにグレゴールは気を失った。
「宰相! お前、摂政殿下になんてことを」
「言うに事欠いて、貴様!」
「ついさっきもドミニクで似たようなことをやったと思うけどな。学習能力がないのか?」
「許さぬ!」
一騎打ちをするカタリナと騎士よりも、宰相の意識は俺に向いた。
「あの錬金術師を殺せ! 近衛騎士ども! カタリナは後回しだ!」
だが、近衛騎士たちは動かない。
「ええい! 貴様らの仕事は摂政殿下を守ることであろうが!」
俺が宰相が二階にいる建物ごと破壊しようと準備をし始めたとき、
「黙れ。近衛騎士の仕事は、朕を護衛することである」
太い声が響く。
「即座に戦いをやめよ。稽古ならば後にするがよい」
次の瞬間、カタリナと近衛騎士たち、全員がその場で跪いた。
後ろに目をやると、グルルの更に後方、建物の中から老人が一人歩いてきた。
グルルとメニルの横を通るとき、
「ぐる?」
「だめ、大人しくして」
「ぐる~」
グルルが老人の臭いを嗅ぎに行こうとして、メニルに止められていた。
そのメニルも深く跪いている。
そんなグルルをちらりと見て、ふふんと微笑むと、老人は足を止めず、こちらに来る。
宰相は「え? あ? え?」と言葉を発して、立ちすくんでいる。
「頭が高いぞ、宰相。いつまで朕を見下ろしておる」
「も、もうしわけ、申し訳ございませぬ」
その場で宰相は跪いた。そのせいで窓枠に隠れて見えなくなった。
「見えぬでは無いか。そこの。宰相を窓から落とせ」
その老人は宰相の隣にいた魔道騎士に命じる。
「え? ですが」
「はやくせよ」
老人には有無を言わさぬ威圧感があった。
「は、はい」
「や、やめ、やめるのだ……あああぁぁあ」
宰相は二階の窓から放り投げられて、地面に無様に転がった。
受け身を失敗したようで、腕があらぬ方向に曲がっている
「ふぐあああ」
「耳障りだ。黙るが良い。」
宰相を怒鳴りつけ、老人はゆっくり歩いてくる。
その後ろには髪の短い太った若い男が付いてきており、その更に後ろにギルバートとエイナがいた。
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