01 最強の錬金術師vs魔王
アーススター大賞で入賞した後、改稿したものになります。
現在発売中の書籍は、さらに少し改稿していますが、大体同じです。
web版と書籍版を見比べてどこが変わったのかみてみるのも面白いかも知れません。
「さっさと終わらせてもらおうか。お前と違ってこっちは老い先短いんだ」
俺は老骨にむち打って、史上最強と名高い魔王と対峙していた。
周囲に俺の味方は誰もいない。
味方は敵に破れて脱落したわけではない。
最初から俺は一人だった。
破れて死ぬならば、老い先短い俺だけで充分だ。
「……たった一人で、我が配下を、……四天王を倒し……我の前に立つとは」
「お前如き、俺一人で充分だ」
強がってはいるが、手はこわばり、目はかすみ、ひざと腰も痛い。
(歳には勝てんな)
俺の年齢は百を越えている。
俺は余裕のある振りをして、手に持った薬を飲んだ。
自作の錬金薬である。
一口飲むだけで全身の痛みが引いていく。目のかすみも取れ、小さな音もよく聞こえるようになった。
俺は魔導師でも剣士でもない。錬金術師だ。
錬金術師の本業は、治療薬を作り、武具防具に適した素材を強化することである。
だが、錬金術を極めれば、魔導師より圧倒的な戦闘力を手に入れることができるのだ。
魔王が苛烈な攻撃を開始し、それを俺は錬金術を駆使して防いでいった。
「……化け物が」
「お前には言われたくないな」
魔王は体長十メトルを超える巨大な竜だ。
力強い四肢に大きな二枚の羽。深紅に輝く鱗に覆われている。
体中に強大な魔力が満ち満ちていた。
「たかが老いぼれ薬師風情が、調子に乗るなよ?」
巨体を振るわせて魔王が咆哮する。
「薬師ではない。錬金術師だ」
「我は知っておるぞ。お主ら錬金術師は確かに最強だろう。だが素材がなければ何もできぬはずだ!」
俺と魔王がいる場所は魔王城の最奥だ。
壁や床、天井、玉座、床に敷かれた赤い布など、様々な物に囲まれている。
錬金術でそれらを変化させて、俺は魔王を攻撃し、魔王からの攻撃を防いでいた。
(薬の効果で互角以上に戦えているが、そう長くは持たないな)
薬が切れれば、今のようには戦えないだろう。
魔力は若い頃よりある。技術もある。
だが、体力が無い。すぐに息切れし、指先も足も思うように動かなくなるのだ。
(短期決戦しかないな)
そうやって、幹部も四天王も倒してきた。
俺が攻勢に転じた瞬間、魔王の攻撃も一層苛烈になった。
「これならば、どうだ?」
魔王は口から強力な火炎を放つ。
俺が床に敷詰められた石材を変化させて、壁を作り火炎を防ぐと、
「さて、どうする? 錬金術師」
魔王がそう叫ぶと同時に、周囲の風景が一変する
あらゆる調度品も、壁も床も天井もない。
星も月も雲も、何も無い夜空の中に、俺と魔王だけがいた。
重力もない。ふわふわとして気持ちが悪い。
赤く輝く魔王だけが光源だ。
「時空魔法か?」
俺が錬金術を極めた賢者ならば、魔王は魔法を極めた魔法王なのだ。
誰も実践したことのない、理論上の存在に過ぎなかった時空魔法を操るとは。
「ほう。賢者は魔法にも造詣が深いらしい。一目で時空魔法と見抜くか」
「転移。いや、違うな。お前、新たな時空を作ったな」
「そこまでわかるか。やはり、賢者と呼ばれるだけのことはある」
魔王は無策で俺を迎えたわけではないらしい。
錬金術師は、素材を自在に操り魔導師を圧倒する。
そうして、俺は魔王軍の幹部や四天王を屠ってきたのだ。
「素材をなくせば俺に勝てると考えたか」
「錬金術封じだ。お前は魔法も人族の割には得意なようだが……我には勝てまい?」
「確かにな。魔法勝負で、魔法王たるお前に勝てるとは思わんよ」
俺のその言葉を敗北宣言だと捉えたのか、魔王は表情を緩めた。
「お前を殺すのは惜しいな」
「それはどうも。光栄な限りだ」
「どうだ? 残り少ない老い先を、我に仕えて過ごしてみぬか? 世界の半分をやってもよい」
「非常に魅力的な提案だがお断りしよう」
「どうして、そう死に急ぐ」
「死に急いではいない。俺はまだお前に負けるとは思っていないのだからな」
「強がりを」
「魔王。お前は錬金術の理解が浅い」
俺が強がりやはったりで言っているのでは無いとわかったのか、魔王は俺をじっと見る。
「常に俺たちは素材に囲まれている。それはこのお前の作った世界でも同じだ」
「何を言っている?」
魔王は顔をしかめた。
「どうして、俺たちは会話出来ていると思う?」
「それがどうした?」
魔王は音が伝播する仕組みを知らないらしい。
空気が振るえることで、伝わるのだ。
だから、会話出来ている時点で周囲は空気で満たされている。
そもそも、空気がなければ、俺は窒息して死んでしまう。
魔王、いや竜が窒息するか調べたことはないが、呼吸している以上きっと窒息するのだろう。
「錬金術を見せてやろう」
変化させる物質が何も無ければ錬金術は何もできない。
だが、真空状態でもなければ、そこに何か、例えば空気などがあるのだ。
その何かを利用すれば何とでもなる。
俺は魔力を操り、空気中の水分を氷の槍へと変化させた。
「なに? なぜ、錬金術を使えるのだ!」
「言っただろう。俺たちの周りには物質に満ちていると」
俺の繰り出した氷の槍は、並みのドラゴンなら一撃で倒せる攻撃だった。
だが、魔王には全く通じない。
「さすが魔王」
魔王は魔法で障壁を展開し、氷の槍を弾くと、同時に強力な火炎ブレスを一気に吐く。
大きく見事な羽を羽ばたかせ、上下のない暗闇の空間を縦横無尽に高速で動き回る。
俺は重量のない世界で、バランスを崩しながらも、錬金術で空気中のちりを使って壁を作って防いだ。
そうしながら、大量の氷の槍を魔王に放つ。
「我を舐めるな!」
魔王は障壁すら使わず、尻尾で氷の槍を薙ぎ払った。
「それは失礼。流石に魔王には小手先の術は通用しないか」
今まで見せたのは【形態変化】の術式に過ぎない。
気体を、液体や固体に、液体を気体や固体に。固体を気体や液体に変化させるだけの術。
まだ錬金術の初歩の初歩。工夫すれば魔導師でもできる範囲のことしかやっていない。
「出し惜しみをして、すまなかった。ここからが真の錬金術だ」
そうはいったものの、いつものように周囲に多様な素材が存在しているわけではない。
あるのは空気ぐらいである。
多様かつ高威力な攻撃をするのは不可能ではないが、いつもよりは難しい。
「魔王。覚悟しろ」
俺は懐から賢者の石を取り出した。
そして極めて少量の空気中の原子をエネルギーへと転換する。
原子そのものをいじる【物質転換】の術式だ。
極小の質量だが、その全てをエネルギーに転換すれば、凄まじい威力を発揮する。
その巨大なエネルギーを魔王に対する指向性の爆発とした。
咄嗟に魔王は、心臓をかばうように身体をひねり、右側面をこちらに向けた。
「GRRRRRRRRRRR!」
一撃で魔王の鱗を砕き肉を深くえぐる。
いくら強大なる魔王でも致命傷だ。
跡形もなく消し飛ばすつもりの一撃だったのに、魔王にはまだ息があった。
「魔王。お前本当にすごいな」
魔王は敵だ。
だが、敵ながら魔法を極めし魔王を、俺は認めている。
いたずらに苦痛を長引かせたくはない。
俺が魔王にとどめを刺そうと、再度錬金術の術理を用いようとしたとき、
「……人族の錬金術師が賢者の石の錬成に成功したというのは、まことだったようだな」
魔王が俺のすぐ横。空中に浮かぶ賢者の石を見てそうつぶやいた。
賢者の石とは錬金術の究極の到達点。
賢者の石を手にしたものは、自在に黄金を手に入れることができると言われている。
だが、賢者の石の正体は、ただの触媒に過ぎない。
素人が持ってもどうにもならない。熟練の錬金術師が使ってはじめてその真価を発揮する。
賢者の石を用いれば、【物質転換】に必要な膨大な魔力を大幅に軽減することができるのだ。
「GRRRRR……。やはり、貴様とやりあうのは分が悪そうだ。……――……」」
魔王は、とても小さな声で呪文を紡ぎ始めた。
恐らく神代語だとは思うが、よく聞き取れない。
声がとても小さいだけでなく、アクセントや発音が人族の魔導師の神代語とは違うからだ。
恐らく人族の発音より、魔王の発音の方が正しいのだろう。
とはいえ、この状況だ。何のための呪文かは推測できる。
魔王は逃亡するつもりだろう。
「逃がすわけがないだろう!」
「……――…………――」
俺は呪文を紡ぎ続ける魔王に、賢者の石を使った錬金術でとどめを刺そうとした。
だが、その瞬間、魔王の眼がカッと開かれる。
同時に賢者の石が、俺の意思に反して怪しく輝く。
「まさか、賢者の石を!」
魔王は、俺が賢者の石を使おうとした瞬間を狙っていたのだ。
俺の支配下にある賢者の石を、まさか勝手に横から使えるものがいるとは思わなかった。
「…………――――、…………――」
魔王がにやりと笑い、術が発動しかける。
「させるか!」
俺は賢者の石の支配権を取り戻そうとした。
だが、その直後、魔王の魔法が発動する。
強烈な光で視界が真っ白となり、平衡感覚がぐにゃりぐにゃりとゆがむ。
そして、直後に俺は気を失った。
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