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1-2

彼を見つめたまま、瞼をゆっくりと閉じて開けた。

「大丈夫」だと、伝わっただろうか。


「そうか、良かった。」


益々細められた瞳。うん、伝わったらしい。


普段から表情をあまり表に出さないのだろう。瞳や口元が僅かに動くのみで、ジッと見つめていないとその反応も見逃しそうだ。

次の瞬間には無表情になっていた。


「よく耐えたものだ。一体誰から…。」


傷の事だろうか。向けられた視線の先は特定出来なかった。それ程多くの傷を負っているのかと疑問に思ったが、でも確かに、この痛みは全身から来ている。


一旦切られた言葉を濁すと、彼は小さく咳払いをした。まだ全快とは程遠い彼女の状態を見てこの質問は無意味だと悟ったらしい。


それから彼女の髪へ手を伸ばし一房を弄んだ。


「直ぐに治してやれん事も無いが…お前の傷は未知数過ぎる。」


僅かに迷いを含んだ瞳が泳ぎ、それからぴたりと合った視線。熱を含んだそれは、また緩やかに細められた。


…なにこれ。


心臓が煩い。直接肌に触れられている訳では無いのに、全身が熱い。

今も尚、髪が指の間を滑り落ちる感覚を楽しむ彼。


視線が伏し目がちになったおかげで堂々と様子を伺えるのだが、彼女は後悔する事となった。


自身の髪と絡まった指先は男性の手そのもので、黒の手袋の上からでもくっきりと男性らしい骨張った形が見て取れる。さらにコートの隙間から垣間見える二の腕は程良く引き締まっており、日焼けした肌と黒髪と相まって更に逞しさを際立たせていた。


今までの記憶は定かでは無いのだが、こんな美青年を間近で見て、しかも触れられる経験は無かったように思う。

そのせいか、はたまた彼の独特な雰囲気に呑まれたせいか、頭がぐらつく。体温も上昇し、どうしようもなく落ち着かない。


そして彼の最大の特徴、瞳だ。

ふと向けられたルビーの瞳は熱と共に勝ち誇ったような、好戦的な色を含んでいた。


「どうした?」


今度は今まで自身の髪に触れていた手が離れ、彼女の頰を撫でる。僅かに片方の口端を上げると首を傾げた。


「俺の顔に何か付いているのか?」


挑発的な眼差しを向けられる。動揺は筒抜けらしく、頰を人撫でする度に震える彼女の睫毛を見ては口端を吊り上げた。



けれどそれは、彼が動きを止めた事で唐突に終わった。



「あら、お邪魔だったかしら。」


何とも言い難い空気が僅かに揺らぐ。その原因であろう人物が、視界の奥で微かに開いた扉から顔を覗かせていた。


「クレアか。」


彼は小さく舌打ちすると彼女から数歩距離を置く。


……この人がクレアなのか。

手が離れた事で、彼女は内心で安堵の溜息を付いた。体温も幾分か下がった気がする。


名残惜しむ様な彼の視線には悪いのだか、彼女は再び内心で嘆息しクレアに感謝した。



クレアは白髪の、初老の女性だった。想像していた人物像より背が低いが、朗らかな声色に似つかわしくおっとりした動作だ。くるぶし丈まであるスカートの裾をゆっくりと揺らしながら近付いてくる。


そして、くすくすと笑った。


「ふふ、貴方が慌てて走って来る姿なんて初めて見たわよ。」


「…忘れろ。それに慌てた事など無い。」


普段とは違う動きをしたらしい彼は、視線を逸らした。クレアは尚も珍しいものを見れた、と肩を揺らしている。


益々顔をしかめる彼に、そこまで必死に動いてくれたのかと、内心でお礼を告げた。

自然と笑みになっていた彼女の様子に、彼は今度は大きく視線を逸らす。眉間に何本も皺が立っているが、不思議と威圧感を感じない。

という事は、照れ隠しなのだろうか。

クレアが一層肩を震わせた事で肯定と取った。


「あら、貴方。ようやく反応を返せるようになったのね。」


そして、彼女の表情を見て朗らかに笑う。


「ようやく反応を返せる様になった、とは?」


「あら、気付いて無かったの?」


今度はわざとらしくパチクリと瞳を大きく開く。肩は相変わらず震えたままだ。

茶目っ気たっぷりの態度に大きく息をついた彼は、努めて平静を装っている様に見えた。


「…悪いか。」


さらに何か言おうと口を開いたが、閉じた。楯突いても無駄だろうと踏んだらしい。

なるほどこうして見ればクレアは中々強者の様だ。今までに何度か聞いた彼等とのやり取りを思い浮かべる。

性格が多様過ぎる彼等と、そんな彼等を難なく束ねる彼女の様子はいつ思い起こしても微笑ましい。


そして噂をすれば何とやら。


「ほら、早く!もう遅いよフェン、しっかり自分で歩いてよう!」


「…無理。」


「早く会いたいなあ、きっと見目麗しいに違いない。」


「全くお前は。女性なら誰でも構わないのでは無いか?」


「そんな事は無いよ。彼女は特別だ。」


「はあ、どうだか。」


複数の足音が近付いて来た。

皆を呼びに部屋を飛び出したもう1人が、首尾良く連れてきたらしい。

扉の向こう側でも聞こえて来る声は嵐の前触れでは無いかと錯覚してしまう程、騒がしい。


目の前に居る彼とクレアは揃って片眉を釣り上げた。



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