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師匠(仮)〜唯一の技術持ってるのに獣になった〜  作者: 杞憂らくは
齧れ、呑み干せ、腐っていても
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69.ブラムシュタットからの業者です


 黒縁の大きな伊達眼鏡、血色が悪く見える様に頬と唇に白粉をはたく。身に纏うのは砂色の作業服(ツナギ)。髪は魔法で黒く染め、ワークキャップに三つ編みを押し込めば地味な少年作業員の完成である。


「それでも十分⋯⋯いや、止めとこう⋯⋯」

「何、父さん」

「いいや、こんな息子を持てて父さんは幸せだなぁ」


 そんな訳で、ベリルはロビンと共に、親子の業者として中等部に潜入した。因みに、サミュエルは煙草屋で留守番である。舞台設置の力仕事なんて、男の姿であっても出来ないからだ。

 これも全ては『演劇評論』のベアトリーチェ・ディリゲント公爵令嬢の計らいである。


「2月の公演に向けてシナリオの補填の為にも学内の至る所で小芝居をしたいんですの。雰囲気のある場所で、その場限りの演目ですわ。人の目に留まれば本公演にも興味を持って戴けますでしょう?」


 そう言って学長を説き伏せた令嬢は、まんまとブラムシュタットから大量に業者を呼び付けて学内に小舞台を設置させているのである。

 勿論、件の裏庭にも舞台は設置される。ベリルはロビンと共にそちらの設営メンバーに潜り込み、暫く黙々と作業を手伝った。

 身体強化魔法を使える親子は重い資材も1人で優々と運ぶので、他の作業員から非常に重宝された。

 作業中、ロビンは他の作業員に「金さえ有れば、息子をこんな学校に入れてやりたかったよ」と、暇さえ有れば愚痴のように語り、その度にベリルが「父さん、恥ずかしいから止めろよ⋯⋯しょうがないだろ」と、ロビンを引き戻した。

 お陰で作業員の間では、学校に通わせたかった親と学校に行きたくとも行けなかった息子になった。

 そして作業がひと段落着こうと云う頃、作業員の1人がベリルに、「学校を見学させて貰ったらどうか」と提案して来たのだ。その提案は作業が終わってからロビンがする手筈になっていたので、有り難いものであった。


「良いじゃないか、行って来い」

「でも、父さん」

「ここの作業もそろそろ終いだ。もうすぐ放課後だし、迷惑にゃならんだろ」


 そう云う訳で、ベリルは校内を悠々と歩いている。来賓用の玄関に回り、受付に一声掛けてから堂々と校舎内へと入った。

 校舎内にも舞台を設置している筈なので、作業員は中にも居る。黙々と設置作業を続ける人員と、装飾を取り付ける人員が忙しなく動き回っていた。


(⋯⋯取り敢えず、外から見た壁はただの白レンガだったな⋯⋯)


 ベリルとロビンはただ作業をしていた訳ではなく、しっかり壁を確認していた。外から見るだけでは材質が違う何の変哲も無い外壁だった。元々外からでは何も分からないだろうとは思っていたので、それは良い。出入り口は無い方だし、グルーザは滅多に校舎外には出ない。何かが有るとするなら校舎内なのだ。

 ベリルはふらふらと校内のあちらこちらを歩くふりをしながら、教室棟の1階奥を目指して進んだ。白レンガは1階と2階にかけて広がっていたのだ。

 教室棟へと続く通路へ差し掛かった時、授業終了のベルが鳴り響いた。教室からは帰寮しようとする1年生達が出て来て、作業服姿のベリルに首を傾げた。ベリルは念の為ワークキャップの鍔を摘んで会釈をするポーズをしながら廊下を進む。

 廊下の端を目立たぬ様に歩いていたベリルだったが、教室から勢い良く飛び出して来た女生徒に驚いて思わず足を止めてしまった。

 金色の巻き毛、年齢にそぐわない化粧。聖女だ。その聖女を追い掛ける様に、アデラも教室を飛び出して来た。


「待って、()()()()!」

「うるさいわね、来ないでよ!もううんざりなの!」


 聖女はそう叫ぶと、校舎の奥へと走って行った。生徒達が壁となっていたが、「退きなさい!」と一声で生徒達を掻き分ける。

 対してアデラはそんな事が出来る筈もなく、生徒達の流れを逆流する事も出来ず、簡単に弾かれてしまった。


「わわっ⁉︎⋯⋯ま、まっ⋯⋯待って!」


 アデラは受け身を取る事も出来ず頭からひっくり返りそうになっていたので、ベリルは急いで駆け寄って身体を支えてやった。


「あ⋯⋯すみま⋯⋯⋯⋯えっ?」

「⋯⋯⋯⋯それじゃ、これで⋯⋯」


 流石にこの至近距離、何度も顔を合わせているアデラには目が合っただけで気付かれてしまった様である。

 ベリルは此処で名前を言われては堪らないと、アデラの身体を離して校舎の奥を目指す。ところが、アデラも聖女を追い掛ける為に奥へ進みたいのだ。ちゃっかりとベリルを防波堤にして後に続いた。

 生徒の波が弱まった頃、アデラはベリルの横に並んで小さな声で控え目にベリルに尋ねた。


「⋯⋯あの、その格好は?」

「⋯⋯『演劇評論』の授業で校内各所に舞台を立ててるんだ。僕はその業者」

「業者⋯⋯?⋯⋯あ、スパーダ様の」


 案外ベアトリーチェ達は女子の間では有名なのかもしれない。ベリルが知らなかったのは当事者だからだろう。

 ベリルもアデラに気になる事を尋ねる事にした。


「あの聖女様、どうしたの?元々癇癪持ちみたいだったけど」

「別にドルセーラ様は癇癪なんて持ってません!⋯⋯ただ、わたしが体練の授業に出ている間に、その⋯⋯」

「その、何?」


 アデラが言い淀んだので、ベリルはアデラの横顔をじっと見詰めた。季節柄か、唇が切れて血が滲んでいた。


「⋯⋯薬学の先生に会ったみたいで」

「⋯⋯グルーザに?」

「多分⋯⋯名前までは教えて貰えませんでしたけど⋯⋯随分親切にしてもらったみたいなんです。エクトスが漏れてるなんて事は無いですけど、なんだか上の空って言うか、気持ちが不安定と言うか⋯⋯」


 それは絶対にグルーザだろう。ベリルは確証も無いのにそう感じた。クリステアの精神状態はあの薬の影響では無いらしいので、他の方法を使ったと思える。


「魔力が漏れてる訳じゃ無いと云う事は、薬は渡して無いんだな⋯⋯聖女に何をさせるつもりだ?」

「きっとグルーザ先生の居る2-Eに向かったんです⋯⋯ベリル君、一緒に来てくれませんか?」

「⋯⋯僕は他にやる事が⋯⋯いや、でもグルーザの動向か⋯⋯」


 目的地をちょっと通り過ぎるだけだし、ちょっと教室を覗いて何をしているのか確認してから壁を見に行っても問題は無い筈だ。それに聖女と接触したのがとても気になった。

 聖女はこの世界で唯一無二の存在だ。治癒魔法だけでなく浄化魔法を扱えるのは聖女だけなのだ。

 それにベリルには打算が有った。此処で聖女に恩を売れば、ジークベルトの呪いを解いて貰う為に魔法王国に招待する事も可能になるかもしれない。


「うん、行こう!」

「ありがとう⋯⋯!」


 アデラはお礼を言って満面の笑みを浮かべた。よく分からない人を相手にするのだから、1人で行くのは不安だったらしい。

 聖女を追い掛けるならこんなにだらだら歩いて行く訳にはいかない。何せこれから向かう場所には危険な薬を生徒にばら撒いている人物である。

 聖女に危害を加えられたら堪らないので、ベリルはアデラの手を掴んで歩く速度を上げた。アデラの速度では何もかも間に合わなくなるかもしれない。ベリルは速歩きだが、アデラは小走りでベリルを追い掛けた。


「め、目立ってますよ⋯⋯⁉︎」

「しょうがない。聖女様の無事の方が大切だ!」


 ベリルは廊下を歩く生徒を掻き分け、教室棟の奥へと辿り着いた。奥の壁をちらっと見る限り、何の変哲も無い壁だ。


(後でよく調べないとな)


 そう思いながら廊下の角を曲がって階段を昇ろうと上を見ると、聖女とグルーザが踊り場で向かい合う様に立っていた。


「ドルセーラ様!」


 アデラが聖女の名前を呼ぶと、聖女ではなくグルーザが振り返った。


「ああ、聖女様。貴女の従者が来ましたが⋯⋯宜しいですよね」

「⋯⋯ええ、いいわ。もう振り回されるのはたくさんなのよ」


 畏まりましたとグルーザは踊り場の壁に触れて、有る筈の無いドアノブを回した。

 もしドアがそこに有るとしても開いた先は裏庭の筈なのだが、開いたドアの向こうはベリルの知らない何処かの庭園の様で有る。


「待て!」


 アデラの手を離し、ベリルは階段を一足で跳び上がった。踊り場の床を一度踏み切り、グルーザの肩を掴もうと手を伸ばす。


「おっと」

「うっ⁉︎」


 そんなベリルにグルーザは何かの薬品をぶつけた。カプセル状の薬はベリルに当たった瞬間に弾け、煙が巻き上がる。予備動作も無い投擲、その思わぬ攻撃にベリルは思わず咳き込んだ。ただの煙玉では無く、身体の力が抜けると云うおまけ付きだ。

 カプセルが当たった拍子にワークキャップと眼鏡が外れ、ベリルの顔が露わになり、涙目のベリルとグルーザの目がかち合った。


「げほっ⋯⋯!」

「⋯⋯君、ベリル君だっけ?惜しかったね?」


 いつものぽんやりとした笑みでは無く、酷薄な笑い方をした男は既に扉の向こう側。聖女を連れて今正に扉が閉まる所であった。


「くそっ!×××野郎が!」


 思わず下層のスラングを叫び、ベリルは根性だけで身体を動かして扉が閉まる瞬間残っていたドアノブを掴んだ。


「×××」の部分は皆様のお好きな罵倒を入れてください。


明日はクリスマスイブなので特別編の予定。こんなに良い所なのにね。

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