7.ストレス発散に近かった
※ご注意ください
まず補助具とは何であるか、その説明からした方が良いだろう。
魔法というものが決して万能ではないのと同じ様に、魔術師個人も完璧では無い。
例えば個人差にもよるが、一つの魔法を完成させる為に必要な魔力を、無駄に練って霧散させてしまう事がある。体内魔力は無限に湧くものではないので、幾ら保有魔力量が強大でも散逸量が多ければ多い程、魔法の連続使用や大型魔法の発現なんて出来ないのだ。
そしてよく意外に思われるのだが、魔術師は魔法を放つ事が出来ない。遠方に打ち出せないと言った方が解り易いだろうか。魔力を腕の様に伸ばせば、伸びた分まで魔法を届かせる事は可能であるが、魔力の散逸量が半端ではなく大量で、非常に非効率であるのは否めない。
そこで魔術師達は補助具を持つ。
補助具とは時に魔力の散逸を防ぎ、魔力を貯蓄する。そして時に魔法を打ち出す為のスコープと砲になる。
勿論、エルフや人魚等の体組織に魔力が多く含まれる一族や、賢者や魔女の称号を冠する魔法使いは補助具を必要とはしないらしい。
余談ではあるが、補助具とは非常に高価な代物である。魔力は金属や鉱物、特に宝石との親和性が高いので、必然とも言える。
高価なものはエメラルドやルビーと言った貴石で象られ、安価なものとなると銅や錫、拾って来た石を削っただけなんてものも在るらしい。
国や民間の魔法兵に配布される補助具となると、値の張る宝石も効果が眉唾な石も配る訳にはいかないので、名工ドワーフの造り出した合金を採用しているそうだ。
合金ならば警棒や防具にも加工しやすいと云うのも、採用理由になっているらしい。それでも安価な品とは云えないので、魔法兵に採用されるのは、個人での補助具を所有している貴族や裕福な商家の出身者が多いと云う。
そして今、ベリルの手には合金の中でも最上級に位置する、魔法合金で作られた元背嚢があった。簡易改造が施されたそれは、もう背嚢とは呼べない代物であるが。
因みにだが、ベリルは補助具を所持していなかった。高価と云うのもあるが、元々の保有魔力量が膨大な上、細々とした魔法しか使う予定が無いので所持する必要性を感じなかったのだ。魔力を利用した身体操作も体内で完結する為、体外に魔力が流出する事もない。
第一にそんなものに金を掛けるならば、全て食費に注ぎ込んでいる。
そんな補助具未経験のベリルだったが、今目の前に居る「なにか」にはその必要性をひしひしと感じていた。
逃げようにも蛇特性の素早さによって動きを封じられるし、殴ろうにも呪術師である以上接触するのは危険である。
ベリルにとって、この元背嚢が今この手に在る事が奇跡であった。
「ベリル⋯⋯なんか、魔力流してない?」
「流してます」
「⋯⋯顔が怖いぞ〜?あは、ははは、はは⋯⋯」
不必要と断じていたベリルだったが、矢張り新しい道具を試す事と云うのは自然と気分が高揚するものである。咥えて、ここまで事態を拗らせてくれた、この「なにか」をぶちのめせる可能性に歓喜していた。
誰よりも上品で可愛らしいベリルだが、実は下層暮らしの経験から非常に荒っぽい。端々に出る暴言はその名残りだ。キレた時はその天使の様な美しい顔で微笑み、放心した相手の顔面に容赦無く拳を叩き込んで来た。時には足だったり、平手だったりしたかもしれないが、そこには性別も年齢も、貴賎すらない。
そんな弟子の一面を知るジークベルトは、元背嚢の袋に詰まったまま震えていた。ベリルは元々表情豊かな方では無い。そんなベリルが微笑むどころか、神々しい迄の満面の笑顔で魔力を練り続けている。
その魔力の練り込み先に詰まっているジークベルトは、呪術師の女よりも満面笑顔のベリルに恐ろしさを感じていた。
「そ、その、こ、これから出ても、いい?」
「⋯⋯駄目ですよ?錘が無いと、上手く飛びませんから」
刹那。
ジークベルトは高速で飛んだ。
実際はベリルが握り締めていた背嚢のストラップをしならせて、ジークベルトごと背嚢の袋を振るっただけである。
ベリルの背に揺られた時の優しい浮遊感と違い、強烈な遠心力が掛かった酷いものだ。
「おぼぼぼ⁉︎」
「ぎゃん⁉︎」
ジークベルトは流れ星になったかの様な勢いで、襲い掛かって来ていた「なにか」と衝突した。幸いと言って良いのか、自身が施した魔方陣の効果のお陰で、激突の衝撃は無かった。またベリルのストラップ捌きが絶妙で、背嚢部分のみを「なにか」にぶつけた事も大きい。
「お前、お前ぇ!私の顔にっ⋯⋯!⋯⋯ジークベルト様を寄越せぇ‼︎」
「黙ってろ」
気炎を吐く「なにか」は俊敏にベリルに襲い掛かるが、ベリルは天使の笑顔のまま高速でストラップを振るい、容赦無く女の顔を叩き落とす。
ベリルが背嚢に流した魔力は「強化」。自身に掛ける身体強化の延長で、ただ背嚢の強度を上げただけでなく、魔力を神経の様に張り巡らして、精密に動く様に調整されていた。運動エネルギー(手動)は必要だが、魔力に因って思いの侭に動く背嚢は、正に第三の腕と言って差し支えない。その凶悪な拳で以って女の顔面を痛打し続けているのだ。
だが、限界は訪れるものである。
「けろっ、ろろろろろ」
「あ」
ジークベルトが吐いた。
朝食べたきりだったので、吐き出された物は胃液だけではあったが、ベリルの動きを止めるには充分だった。
「なにか」の射程範囲外まで慌てて跳びすさり、背嚢袋をその腕で受け止めた。
「すみませんジーク様、つい⋯⋯」
「⋯⋯ゔん⋯⋯いいんだけろ⋯⋯ベリルが見た目よりずっと短気って、知ってたけろ⋯⋯」
あまりの気持ちの悪さで、ジークベルトはけろけろと謎の語尾が付いて止まらなくなってしまった。
「それより、あいつけろ。ベリル、私はいいけろ」
「暫くは大丈夫です、ジーク様」
「けろ?」
「その、ジーク様のアレに、此処では言うに憚る様な事をしています」
「おげろっ⁉︎」
ジークベルトはまた吐いた。今度は悍ましさで。




