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師匠(仮)〜唯一の技術持ってるのに獣になった〜  作者: 杞憂らくは
齧れ、呑み干せ、腐っていても
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60.潜伏


 その日、中等部を駆け巡った衝撃は相当なものであった。


「嘘、あのセレスタイン様が?」

「信じられない⋯⋯!」

「でも、実際寮は裳抜けの殻だったって⋯⋯」


 今学術都市(パンテオン)に出回っている「マールム」と云う薬を作ったのが、サミュエルだと云う情報が出回ったのだ。それは何処から齎された情報なのかは分からないのだが、都市の警察もサミュエルを第一容疑者として見ていると云うのだ。

 確かに「マールム」は今年度に入ってから出回り出した薬で、サミュエルは今年度からの編入生である。それに薬学への造詣が深く、実家は魔法薬の大家であった。話を聞きに行った警察が寮へ赴くと、既に寮にはサミュエルの姿は無かったと云う。

 当初はそんな話を信じる事の無かった生徒達も、次第にサミュエルが犯人だと思い込む様になっていった。




***



「と、云う訳で。完全にウチの坊ちゃんは悪役です」

「酷い!僕は都市に来てから性転換薬の研究しかしてないのに!」


 サミュエルはソファに落ち着きながら、抱えたクッションを殴り付けた。

 未だにサミュエルの姿は華奢な偽少女で、クッションを抱える姿は愛らしいの一言に尽きる。


「いやあ、でも爆散した鼠の処理をしていなかったのは痛いですよ、坊ちゃん。あの死骸が大量に残っていた所為で、坊ちゃんは完全に危険人物ですからねぇ」

「あとで一気に片すつもりだったんだよなぁ⋯⋯ああ、してやられたぁ」


 3人は窓から寮を脱出した後、非常線の張られた都市内に潜伏していた。此処は繁華街から少し外れた煙草屋の3階である。目が悪く耳も悪く、おまけに口も悪いお婆さんが1人、1階で店番をしているだけだ。お婆さんの口喧しささえ我慢すれば、ここまで快適な隠れ家は無いだろう。


「しかし坊ちゃんの指名手配は速かったですね。これは前々から準備をしていたと言うより、都市側の上層部にグルーザ()()()と繋がってる人間が居ると考えた方が自然でしょうね」

「汚職は無いクリーンな都市って話なのに」

「そんなの建前ですよ。案外そいつ、グルーザ()()()の薬でかなり儲けてるんじゃないですかね?」


 ロビンがそう言い終わると同時に、バスルームの扉が開いた。


「⋯⋯⋯⋯すみません、鏡で確認しても今一良く見えないんですけど⋯⋯ちゃんと色変わってますか?」

「うん、変わってるよ。流石ベリル君、初めての色変えなのに上出来だ」


 それなら良かったと、ベリルは自身の頭髪を撫でた。今のベリルの頭髪はダークブラウンに変化していた。()()の達人である、ロビン直伝の魔法だ。流石に顔を変える事は不可能だが、髪色を変えるくらいは出来る。

 本当はこのまま学術都市を脱出する事も考えていたのだが、この世界でも特異な中立都市で犯罪を犯したなんて、不名誉どころか何処へ行っても逃げ場は無い。それならこのまま都市に潜伏してグルーザの尻尾を掴むと云う話で纏まったのだ。公爵に鳥を飛ばした結果、応援に数人の腕利きを寄越してくれると云う。

 情報を集めるプロであるロビンは学校へと忍び込み、ベリルは街へ、少女の姿になったサミュエルは煙草屋の手伝いをしながら情報を集める事になった。

 そう云う訳でベリルは目立たぬ様に髪色を変え、キャスケットを深く被って街をぶらついた。執拗に裏路地を選んで歩くのは、「マールム」を手に入れる為である。十中八九グルーザが配っている薬と路地で売られていると云う「マールム」は同じ薬なのだが、その確証が欲しかった。そして薬の胴元を辿る事が出来れば、サミュエルの疑いも晴れる。


(⋯⋯しかし、誰も居ないなぁ⋯⋯)


 目的の無い街歩きは失敗かもしれない。サミュエルを確保する為の非常線は、路地で怪しいものを販売する輩も警戒させてしまっている様だ。

 それならばと、ベリルは高等学校の周囲をふらつく事にした。新聞で読んだ限りでは、マールムによる死亡者は高等学生にも居る。ベリルは高等学校側のオープンカフェで珈琲を注文した。


(おお、早速)


 数人の高校生が門から出て来たのだが、その中の一人が魔力漏れの症状を起こしている。顔色は白く、具合が悪そうだ。

 珈琲を飲み干したベリルは、その高校生達の後を着ける事にした。後ろから会話を盗み聞く限り、彼等はこのまま大図書館へ行く様だ。


(⋯⋯そう云えば、大図書館ってまだ入った事無いや)


 飯屋やら古本屋やらには入ったが、大図書館は丸一日を犠牲にしても巡り切れないのが分かっていたから、後回しにしていたのだ。そもそも飯屋に比重を置き過ぎていたベリルが可笑しいだけである。

 高校生達は今回のレポート資料を探しに大図書館へ行くらしい。学校の図書館で事足りる中学生と違い、高校生とは大変なものの様だ。

 大図書館は入り口からして荘厳な建物だ。柱に象られたのは智慧の女神。そして知識と平和をを象徴するオリーブ。正に学問を冠する中立都市の建造物だ。

 中に入るとすぐに吹き抜けの巨大な円形ホールが広がっていた。そのホールは壁一面に本で埋め尽くされ、天井には世界中の神々が描かれている。


(⋯⋯圧巻だ⋯⋯)


 大図書館は3階建て、ホールからは他の建物に行ける様沢山の通路が伸びている。その通路にも壁一面に本が詰まっているのだから、本当に本の為の建造物だ。

 ベリルが大図書館に見入っていると、高校生達がその通路の一つに入って行く所であった。その先に彼等が求める資料が固まっているのだろう。

 見学に来た訳では無いと、ベリルは急いで彼等に着いて行った。通路の先は北棟へ続いていた。その北棟もエントランスホールと同様円形の吹き抜けで、やはり壁は本棚で埋められていた。だが、床には木材本来の色を利用した魔方陣が描かれていて、この北棟の本が魔法関連のものだと云う事が窺える。

 高校生達はそれぞれ本棚の前に行き、思い思いの本を物色し始めた。ベリルも適当な本を手に取り、読む振りをしながら然りげ無く魔力が抜けている生徒の近くへ寄った。その生徒はたった一人、本棚に寄る事も無く置かれていたベンチにぼうっと座り込んでいたのだ。体調が悪いのかもしれない。


(⋯⋯大丈夫か?友達も、資料漁りで全然気にしてないみたいだし)


 あまりにも動かないので流石に心配になって来たのだが、不意にその高校生が立ち上がった。そしてエントランスホールへ向かうのとは別の通路に入って行った。この北棟の書架室のひとつに向かう様である。

 すぐ追い掛けるべきかと逡巡したが、ベリルは結局そのまま追い掛ける事はせず、まずは読んでいた本を片付けた。(全てはジークベルトの教育の賜物である)

 しっかりと本を本棚に片付けたベリルは、今度こそ高校生が入って行った通路へと入った。


「⋯⋯あれ?」


 通路の先の書架室の扉を開き、中を覗いたベリルは困惑した。書架室の中にはあの高校生の姿が見当たらなかったからだ。ベリルは書架室の扉を閉め、もう一室の書架室の扉も開いた。だが、そちらの部屋にも姿が見えない。


(⋯⋯何処へ行った?)


 この通路はふた部屋分の書架室にしか繋がっていない筈である。入ったとするならばどちらかの書架室しか無い。出て来るまで通路で待つ事も考えたが、その通路は生憎と本棚は無く、利用客が居続けるのは不自然である。

 ベリルは仕方無く元いた吹き抜けに戻った。やはり高校生は戻って居らず、書架室のどちらかに居座っているのは間違い無い。

 更に暫く待つと、通路から高校生が出て来た。

 顔色は相変わらず悪い。だが、その顔は先程までの無表情では無く不気味な笑顔で歪んでいた。

 そしてその手には、赤い錠剤が詰まった瓶が握られていた。

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