間話:嫌な遺伝子を感じてしまった
「⋯⋯⋯⋯わあ、なんて事を⋯⋯」
エレナから鳥が飛ばされて来たので、何の話だと手紙を開いたフレーヌは、頭を抱えたくなった。
「あら、どうしたのフレーヌ」
「ああ、兄上」
「お姉さまでしょ!⋯⋯お手紙?」
シャルールは後ろから、フレーヌが読んでいた手紙を覗き込んだ。
「ええと⋯⋯⋯⋯⋯⋯あらやだ」
「⋯⋯そう。もう何してるんだろうね、うちの愚息は」
エレナの手紙では、サミュエルがベリルに愛を囁いている事が書かれていた。校内で堂々と求愛スピーチを行い、休憩時間、安息日はスライムの如く貼り付き、選択授業すらベリルに合わせて変更したらしい。
内容を読む限り、校内では既に公認カップルの態を為しており、ベリルは非常に迷惑しているらしい。
「ベリル君て、ジークベルトのお弟子さんよねぇ?私の記憶だと、男の子だったと思ったんだけど⋯⋯?」
「私の記憶でも、男の子だった筈だよ。今女の子の格好してるけど」
「何よそれ。男が女の格好なんて、私くらいじゃないと若かろうと目も当てられないわよ」
「そこは問題無いね。絶世の美少年だから」
だからって同性に求愛するだろうか。おまけに2人は5年程の付き合いがあった筈で、結構仲が良かったと思うのだが。まさか、性別を知らなかった訳でも⋯⋯
(あるな。うちの子人の話聞かない所あるし)
ベリルもここ最近ではやっと少年らしくなって来たのだが、その前はどんな男臭い格好をしていようとあどけない美少女であった。長年の勘違いと云うものは、ありそうである。
「⋯⋯でもいいわよねぇ、恋♡」
「何、どうしたの兄上⋯⋯」
「恋をすると、色々変わるものよ」
「そう、そうだね⋯⋯?」
フレーヌは、兄シャルールが変化した切っ掛けを思い出していた。
20年程前、フレーヌに挨拶も無く留学して行ったシャルールだったのだが、数年後帰国した時には、もう女性の姿になってしまっていた。
確か、祖母のテュエリーザから家督の入れ替えを言い渡された時、「愛に破れた」とか言っていた様な気がするのだが。
(⋯⋯いや、でもねぇ。何で性別が変わっちゃうの?)
恋愛をすると変化があると云う事は、フレーヌでも理解が及ぶ事ではある。特に失恋なんてすれば、身も心も吹っ切れる為に今までの思考や習慣を変えたりもするだろう。だからと言って、今までの己を全て捨て去るとは。
当時、「私は繭から孵化した蝶なの!」と屋敷に戻って来たシャルールを見て、兄はフラれたショックで頭が逝かれちゃったんだなぁと思ったのも、今では良い思い出と呼べる。
「私もね、あの人の為に色々変わったのよ⋯⋯」
「へえ、そんなに?」
変化があったのは見た目だけで、中身はそこまで変わったとは思えない兄だが、何か努力したのだろうか。
そう云えば、兄が恋した相手を結局フレーヌは知らなかった。高位貴族である兄が叶わぬ相手だったのだから、きっと庶民の少女か、はたまた人妻であったのかもしれない。
ところが、シャルールは思っても見なかった事を教えてくれた。
「当たり前でしょ?だって私、あの人の為にこの姿になったんだもの!」
「⋯⋯んっ?」
「あの人、女の子しか愛せないって言うから⋯⋯これはね、操を立てたのよ」
その時、フレーヌは前提条件が間違っていた事を悟った。兄はフラれたから女になったのでは無く、恋をした為に女になったと云う事を。
「⋯⋯私は、兄上はフラれたって聞いたんだけど」
「フラれたわよ?それはもうすっぱりと。でも好きで居続けるのがいけない事?」
「⋯⋯そう云う事は無いと思うけど」
好きで居る為に性別を変えるのは、兄だけではないか?しかし、話を聞いている限り、兄が好きになった相手とは⋯⋯
「兄上が好きになったのって、誰?」
フレーヌは遂に面と向かってシャルールに尋ねた。20年前、祖母は「兄の名誉の為」教えてはくれなかったが、本人から聞く分には問題はあるまい。
現にシャルールはなんて事無い様に教えてくれた。
「ああ、エリオス殿下よ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯知りたくなかったなー⋯⋯」
既に亡くなっているが、元々この国の王太子だった。容姿端麗にして、文武両道。国中の乙女が憧れた人物だ。
フレーヌは同い年で、非常に親しかったのだが、まさか実の兄が恋慕しようとは⋯⋯。そして、今の今までフレーヌが知らずに済んでいたのはきっと、
(エリオスの優しさかぁ⋯⋯)
世が世なら、一族郎党不届き者の烙印を捺されていたのでは無かろうか。エリオスはフレーヌの為に黙っていてくれたのだろう。
「⋯⋯兄上はエリオスと私に感謝しといてね」
「ええ?エリオスは分かるけど、なんでフレーヌに?」
本当に分からないのだろうか。兄が出奔してくれたお陰で、あの性格がキツい年上の令嬢とフレーヌが結婚する事になった事を。確かに誰か好いた相手と云うのは居なかったが、あれの相手だけは嫌だったのだ。実家に戻ってくれた今が、1番の平和なのだから。
シャルールに今までの結婚生活の文句を言おうと思ったフレーヌだったが、ふと、シャルールとサミュエルの状況が似ている事に気付いてしまった。2人は同性を愛してしまっている。そしてもし、そのままサミュエルがシャルールと同じ道を辿るとするのなら。⋯⋯このままでは、セレスタイン家は断絶である。
「⋯⋯まさか私に新しく子供を儲けろと⋯⋯⁉︎」
「えっ⁉︎フレーヌったら、恋人でも出来たの⁉︎」
「そんな訳無いでしょう。これはもう、全部兄上の所為だよ、本当に!」
遠い地にいるベリルが上手い具合に断ってくれる事を祈りながら、フレーヌは祖母の言った事を反芻していた。
【情で左右される当主では、生き残れんからな。愛情を持たないお前が適任なのだ、フレーヌよ】
まさかこの事は関係していないだろうな、と、疑いながら。
おばあちゃんの言っていた事は、この事なのでしょうか⋯⋯?
占った当人は、忘れてそうです。迷惑ですね。
これで3章も区切りとさせて頂きます。
次ではとうとう事件が起こる予定⋯⋯なので、次の4章もよろしくお願いします。




