47.酸っぱいだけのリンゴンベリー
この世界は年度変更を秋始まりにしてます。
大体10月くらいなんだなぁと、思っててください。
結局、チーズクリームのデザートまで食べたベリルだったのだが、なんと店の厚意でそのデザートまで無料にして貰えた。良い店だ。
他の客からも、「良いもの見れた」「奇跡だった」と肩を叩かれて、ベリルはよく分からない状態でアデラと街を歩いている。
そんなアデラは、何故かベリルの胃袋を心配していた。
「本当に、大丈夫なんですか?」
「平気だけど⋯⋯」
「あ、あんなに食べたんですよ?お腹を壊してませんか?」
「⋯⋯確かに、いつもよりは少し食べちゃったかなぁ」
「す、少しって量じゃありませんよね⋯⋯⁉︎」
そうかなぁと、ベリルは考えた。まだ少し入る余裕があるのだが。
「それより、君はちゃんと食べられたの?あんな皿一枚しか食べてないでしょう」
「え、ええ⋯⋯?普通に軽く食べてますけど⋯⋯」
やっぱり軽くしか食べられていなかった。自分だけあんなに食べて、非常に申し訳ない。
そこでふと、ベリルはアイスクリームワゴンが道に出ているのに気付いた。
パエリアは腹持ちが良い上に、口の中に脂が残る。アイスクリームでさっぱりさせるのも良いかもしれない。ベリルはアデラにアイスクリームを食べようと誘った。
「ま、まだ食べられるんですか⋯⋯?」
「食べられるよ?」
何を言っているんだとベリルはアデラの顔を見詰めた。アデラは前髪の隙間からでも分かるくらい、目を大きく開いてベリルを見返していた。失礼な話だが、その目はまるで珍獣を見る様な眼差しだったので、ベリルは軽く頬を引っ張ってやった。
「ひ、ひにょい⋯⋯」
「人をそんな目で見るからだ」
頬から手を離したベリルは、今度はアデラの手を取って引っ張った。
「ひゃ⁉︎ベ、ベリル君⋯⋯⁉︎」
「いいから、アイスクリーム食べよう」
ベリルの口は、もうアイスクリームになっているのだ。アデラの手を引き、ベリルはアイスクリームワゴンの列に並んだ。
「うん、やっぱりカップよりコーンだよね。どうしよう、トリプルにしたいけど⋯⋯ダブルで我慢かな?」
「た、食べ過ぎ⋯⋯」
「アイスは溶けるから、食べ物じゃないよ」
ベリルは堂々と屁理屈を捏ねて、コーンに何を乗せるか考えた。此処は定番と季節ものをダブルにするのが正しい。定番はミルクかチョコ、レモンが良い。季節ものなら、栗か南瓜、甘薯も美味しい。
「そう云えば、コケモモも季節ものか⋯⋯」
「コケモモ、ですか?」
「クランベリーアイスってあるだろ?それで思い出したんだ」
確かあの事件の時、アデラの口に一粒放り込んでやった。流石にアデラはあの木の実が何の実であったのか分からなかったに違いない。
因みに、クランベリーとコケモモは似ているが、厳密には別の果実である。種族としては同じツツジ科だが、コケモモは別名でリンゴンベリーと呼ばれ、クランベリーはツルコケモモ亜属に分類される。
「⋯⋯流石にコケモモのアイスは無いな」
あってもどうせジャムかなんかで加工した後だし、旬ものでは無いだろう。このクランベリーだって昨年取れたものに違いない。
「しょうがない、コーンでダブル、レモンと栗で⋯⋯君は?」
「え、えっと⋯⋯こ、この、クランベリー⋯⋯コーン?で⋯⋯」
シングルで良いなんて、女の子の胃袋は本当に小さいんだなあ。だなんて考えながら、ベリルは2人分のアイスクリームの代金を支払った。思っていた以上に昼食で使わずに済んだので、その礼も兼ねていた。
ワゴンの青年に、「彼女に買ってあげるなんて、優しいね」なんて揶揄われたが、ベリルとしては「ああ、服装さえ合ってれば男に見えるんだなぁ」と、男装の有り難さを再認識しただけである。
それにアデラも全くそのからかい文句に気付いた風がない。女なのだから、「ガールフレンド」と呼ばれるのは当たり前なのだ。
しかし、周囲の人々はそんな2人の考えがわかる訳でも無く、生暖かい眼差しで見るだけだ。「照れてしまっているぞ」、と。
2人はそんな周囲の思惑にも気付かずアイスクリームを受け取り、少し歩いた先にあるベンチで食べる事にした。
ベリルはまずレモンアイスを口にし、脂でこってりしていた口内をすっきりさせてから栗のアイスを食べた。裏漉しした栗が滑らかだ。栗の風味も強いし、ベリルとしてはあと3つは美味しく食べられそうである。
アデラも木のスプーンでアイスを掬い取り、口に運んだ。その冷たさと甘さに、彼女は思わず「ほわぁ⋯⋯」と声を溢した。
「クランベリーって、酸っぱいけど思っていたよりも甘いんですね」
「ん?それは、アイスクリームだからじゃないの?」
アデラがアイスクリームを3口程食べた頃、ぽつりと不思議な感想を口にした。因みに、ベリルはもうコーンを齧る段階に来ていた。
「そうじゃなくてですね、フレデリカさんがわたしに木の実を食べさせてくれたって、言いましたよね?」
「⋯⋯そうだったっけ?」
確かに食べさせた記憶はあるが、アデラの口からそれを聞いただろうか。随分聞き流していたので、憶えていない。
「その時の木の実がすっごーく酸っぱくて!」
「へー」
「わたし思わず酸っぱいって言っちゃったんです!」
「ふーん」
「だからわたし、クランベリーもおんなじくらい酸っぱいと思ったんです」
「⋯⋯そのままなら酸っぱいかなぁ」
コケモモもクランベリーも同じくらい酸っぱい。そのまま食べるのは腹ペコ少年くらいでは無かろうか。
「⋯⋯⋯⋯あの時、酸っぱいって言ったわたしに、フレデリカさんジャムにしてくれるって言ったんです⋯⋯」
「あ」
それは確かに言った。
連日サミュエルの相手をしていたりして、ジャムを作るどころかコケモモの収穫にも行けていない。
(⋯⋯すっかり忘れてた⋯⋯)
「わかってるんです⋯⋯フレデリカさんお忙しいし⋯⋯恋人との時間が一番ですし⋯⋯」
「だから恋人じゃないから」
「わたしなんて、ちょっと目の端に引っ掛かっただけの綿埃なんです⋯⋯」
「大袈裟な⋯⋯」
「鈍臭いし、身長低いし」
「⋯⋯いや、ちょっと」
「ローブも返せてませんし」
(新しいの買ったから大丈夫)
アデラは完全に食べるのを忘れて、ぼんやりと自分が如何に駄目なのかを言い始めた。お陰で彼女のアイスクリームは側から見ても溶けかけていた。
「アイス溶けちゃうよ、食べなって」
「ううっ、ベリル君は優しいですね⋯⋯わたしがベリル君に優しくして、フレデリカさんへの心象を良くする作戦だったのに⋯⋯!」
「意外と打算が酷いな」
もうスプーンで掬うのも憚る程ドロドロになったアイスクリームを、アデラは口で直接舐めた。しかし食べるのが下手だ。口の周りはアイスクリームでベタベタである。
「うう、甘酸っぱい⋯⋯」
「⋯⋯クランベリーだからねぇ」
ベリルは手持ちのハンカチを魔法で濡らし、アデラに差し出してやった。
*
暫くは2人で古書店を覗いたりして街を歩いていたのだが、15時の鐘が鳴った時、アデラが「もう戻らないと」と、言ってきた。
「1人で大丈夫?迷わない?」
「さすがに平気です⋯⋯!」
しかし、実際なんとも頼りないのだ。ベリルの心配も強ち外れてはいないだろう。
「それじゃあベリル君、フレデリカさんにアデラはいい子だったと伝えてくださいね⋯⋯!」
「わかったわかった」
アデラはベリルの方を何度も振り返りながら、雑踏の中へと消えて行った。
(⋯⋯さて、部屋にレモンはあったかな⋯⋯?)
ベリルも思い出した以上、やる事が出来てしまった。
***
次の日、ベリルはバスケットを抱えて登校した。
そしていつもの3人に、手作りのジャムをプレゼントした。瓶には一つ一つ色違いのリボンが可愛らしく飾られていた。
「木苺のジャムなんだけど、良かったらどうぞ」
「あらぁ、いいのぉ?」
「可愛い〜!」
「木苺の時期って春じゃなかった?」
「今の時期でも取れたりするの。そんなに高くなかったわ」
昨日の内に、雑貨屋で瓶とリボン、食料品店で木苺と砂糖、そしてレモンを買い込んだベリルは、寮室でエレナに説教を受ける傍らジャム作りに勤しんだのである。
そして選択授業の時間、その時にもベリルはバスケットを持ち込んでいた。
自分への差し入れなのかと思い込んで、纏わり付くサミュエルを手で乱雑に追い払ったベリルは、真っ直ぐ聖女に声を掛けた。
「聖女様」
「な、なによ」
「ジャムを作りましたので、宜しければどうぞ。美容にも良い木苺を使いました」
初日での対応や、連日の態度の酷さに自覚があるのか、聖女はばつが悪そうに「要らないわよ!」と、そっぽを向いた。
「せっかくですので、従者の方にお渡し致しますね⋯⋯宜しかったら、貴女もどうぞ」
ベリルは瓶を引っ込める事なく、後ろに控えていたアデラに華やかな赤いリボンを巻いた瓶と、更に白いリボンを巻いた瓶を手渡した。
「あ⋯⋯」
「白い方は、少し酸っぱいかも。気を付けて」
聖女に渡そうとした赤いリボンの方は、皆と同じ木苺のジャムだが、白いリボンの方は買い物帰りの足で収穫に行った、コケモモのジャムである。
(⋯⋯約束は果たしたぞ⋯⋯)
これで使命は果たしたとばかり、ベリルはアデラに背を向けたので、彼女が一体どんな表情をしていたのかは知らない。
「ねえ、フレデリカ。僕にも何か無いのかな?」
「そうですか。では、役目を果たしたバスケットを差し上げましょう」
その締まりの無い顔に、ベリルはバスケットを被せてやったのである。
個人的にはジャムを食べないので、貰っても困ります。
そもそも嫌いなフルーツのジャムだったらどうするんですかね。パン食文化の設定だから、まあ良いのかな?




