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44.穴の空いた風船にはテープ


 あの体育教師から日傘っ子を助けた時もそうだったのだが、この子は基本的に誰かと言い合ってばかりいる。


(実はこの子が喧嘩売ってるんじゃない?)


 一回痛い目見ないと分からないのでは無いだろうか?しかし、見放すのも座りが悪い。それに何故だか、チンピラ2人に違和感があるのだ。顔色が悪いと言うか、なんと言うか⋯⋯


(そうだ、魔法を使ってる訳じゃないのに、魔力を放出してるんだ)


 微弱な魔力が、チンピラ2人からずーっと流れ出ているのだ。一応、ぱっと見て魔法を使っている様に見えない場合もある。例えばベリルが得意な身体強化魔法がその典型だが、あれは全て体内で完結出来る魔法だ。魔力が垂れ流される事は無い。とは云っても、この周囲で魔力によって起こされた事象は見当たらない。

 つまり、このチンピラ達はただただ無為に魔力を捨てているのだ。


(どう云う事があって、そんな危険な状態になってるんだ⋯⋯?)


 例え魔法が使えなくても、例え微々たる保有量だとしても、魔力とは絶対に備わっているものだ。フレデリカと云う例外もあるが、あれは特殊な事例である。

 魔力とは生命エネルギーに近いものである。魔法を使っていないのに、魔力が放出されている状態とは、言い換えれば命を捨てているのだ。

 しかしどうしてそんな状態になっているのか。原因を考えても、ベリルには見当も付かない。エルフやマーメイドなんかは魔臓と云うものがあるらしいので、その臓器が傷付いているのだと考えられるのだが、人間にはそんなものは備わっていない。


「ですから、わたしは貴方がたのエクトスが漏れ出ていましたので、お声掛けをしたのです⋯⋯!」

「えくと⋯⋯なんじゃそりゃ」

「貴方がたに分かりやすく言いますと、魔力の事です。本当に危険なのですよ!」


 日傘っ子も、頻りにチンピラ達の魔力に対して言い募っていた。しかし面白い、聖王国では、魔力の事を「エクトス」と呼称するのか。

 だがチンピラ達は魔力に詳しく無いのだろう、日傘っ子に対して怒り出した。


「何言ってやがる、オレ達は魔法なんざ使えねぇのに、魔力が漏れてるとかふざけてんのか⁉︎」

「オレ達が落ちこぼれだからって馬鹿にしやがって!」

「馬鹿になんてしてません!本当に危険なんです!」


 日傘っ子は未だに、魔力漏れの危険を言い続けている。このままでは暴力を振るわれるだろう。


(しょうがないか⋯⋯)


 あまり気乗りはしないが、チンピラ達の魔力漏れの原因も気になる。ベリルは普通に声を掛けた。


「少し良いですか?」

「な、何だ⁉︎」

「ガキか⋯⋯今度こそ客か?」

(客?)


 よく分からないが、こいつらは何かを販売しているのだろう。だが、ベリルはそんな怪しい物を買うつもりは更々無いので、軽く流した。


「道をお聞きしたいんです。香辛料のチキンが美味しいお店、知りませんか?」

「⋯⋯はあ⁉︎」

「知り合いから美味しいって聞いたのに、場所を詳しく教えて貰うの忘れちゃったんですよね」

「知る訳無ぇよ、そんなもん!」


 ベリルは飽くまで友好的に道を聞いたのだが、チンピラ達は気に食わなかった様だ。大きな声を上げたと思ったら、拳を握り締めて此方に大きく振りかぶって来た。とは云っても、ベリルにとってはへろへろパンチなので、避けるのも去なすのも楽勝である。だが、それよりも、その拳に魔力が集中し出したのが気になった。

 魔法を使えないと言っていた以上、魔力を練る事もよく分かっていない筈なのだが⋯⋯


(⋯⋯これは、魔力が戦意に反応したのか⋯⋯?)


 身体強化魔法も、走る時は脚に、殴る時は拳に、頭突きの際は額に魔力を余分に流す。それは意図的と云うより反射行動である。しかし、チンピラの魔力は拳にのみ集中していた。その上、魔力が密に固まっている訳でもなく、散逸している無駄加減だ。

 それでも、この一撃は微々とは云え魔力が乗っている。それなりのダメージになるのは確実なので、ベリルはチンピラの手首を掴んで引っ張り、その勢いのまま横の壁に叩き付けてやった。


「きゃあ⁉︎」

「う、うぐぅっ⁉︎」


 顔面から壁に飛び込んだチンピラは鼻血を派手に吹き散らし、あまりの痛みに悶絶した。普段のベリルだったら、壁に激突させてから後頭部を掴んで壁に何度も叩き付けてやる所だが、あまりにも喧嘩慣れしていないチンピラを見て、そこは容赦してやった。


(それにしたってあのパンチングフォームは無いや)


 きっと学術都市(パンテオン)のチンピラは競合する相手が居ないので、どんなへっぽこでも成り立てるのだろうと考える事にしたのだ。


「くそ⋯⋯お前も馬鹿にしやがって⋯⋯!」


 もう1人、呆然と仲間が壁に叩き付けられるのを眺めていた方のチンピラが我に帰り、ベリルに威嚇をした。喧嘩慣れしていない者があんなのを見たら、戦意を喪失しそうなものなのだが、そのチンピラは勇敢にもナイフを取り出してベリルに向けた。


「どいつもこいつも、舐めるなよぉっ!」


 ナイフを構えて走るチンピラだが、やはりベリルからすれば無駄な動きが多いただの素人だった。ただ気になるのが、漏れた魔力がナイフに集中している事。漏れた魔力が身体を離れ、武器に移るとはどう云う事か。そのナイフが魔力が漏れる原因なのか。


(いや、金属に反応したか?)


 簡易的な補助具(アミュレット)になったのかもしれない。そのナイフをよく見る為、ベリルは迫るナイフの刀身を()()()()()()受け止めた。


「⋯⋯はぁ⁉︎な、なんなんだよ⋯⋯⁉︎」


 チンピラは狼狽えてナイフを押したり引いたりするが、ナイフはびくともしない。己がとんでもないものと対峙している事に気付き、額に脂汗が浮かび出す。

 一方のベリルは、ナイフを、詳細を言うと魔力を繁々と観察していた。

 ナイフは何処にでもあるバネ式のナイフであった。何かの細工がされている様には見えない。金属に反応していると思われた魔力は、チンピラの戦意が失われると共に、チンピラの全身に戻り、ゆらゆらと放出されて行く。


「す、すまない、ゆ、ゆる、ゆるしてくれ⋯⋯」


 微動だにしないベリルにとうとう限界が来たチンピラは、ナイフから手を離しその場で尻餅をついた。ベリルはそんなチンピラを一瞥し、何の変哲も無いナイフを放り捨てた。


「弱いなら、そうやって喧嘩売るの止めてね」


 とどめとばかりに、自身の魔力を(わざ)と塊にしてチンピラに叩き込んだ。魔力が低い者は、高い魔力を浴びるとすぐ失神してしまうのだ。恐らく、許容範囲以上の魔力に耐えられないのだろう。チンピラはぎゃあと叫ぶと、泡を吹いて倒れてしまった。勿論、フレデリカには効かない攻撃である。


「な、なんて事をしているんですか⋯⋯⁉︎」

「ん?」

「エクトスが抜けつつある方に、無理矢理エクトスを流し込むなんて!」


 叫んだのは日傘っ子だった。ベリルの脇を擦り抜けて、チンピラに駆け寄った日傘っ子は丁寧にチンピラを横向きに寝かせた。お優しい事だが、介抱してやるらしい。

 もしかしてと思い、ベリルが後ろを振り返ると、最初のチンピラがお行儀良く道の脇にもたれ掛かっていた。日傘っ子は顔面を強打したチンピラも介抱していた様だ。


「⋯⋯あれ」


 ところが、壁にもたれかかるチンピラは、あんなに漏れ出ていた魔力が跡形も無くなっていた。まさか殺してしまったのかと慌てたベリルは、チンピラの生死を確認した。しかし何の事は無い、チンピラは穏やかな寝息を立てていたのだ。


(⋯⋯気を失った事で魔力が正常化したのか?)


 それを確認するには、こいつを叩き起こすしか無いのだが、そんな事をすればあの日傘っ子がうるさそうである。ベリルは後ろを振り返り、日傘っ子の見てない隙を狙おうとした。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はぁ⁉︎」


 日傘っ子は、横向きに寝かせたチンピラの背中に手を宛てていた。そして不思議な事に、あんなに散逸していた魔力が渦を巻いてチンピラの体内に戻って行く。まるで手妻を見せられている心地で、ベリルは信じられない気持ちだった。


「⋯⋯君は、一体なにをしたんだ⋯⋯?」

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