間話:そっちのけぷんぷん
子供の言葉遣いって難しいですね
パステルカラーで纏めた内装、ピンク色のソファーには、星型やマカロン型のクッションが敷き詰められている。至る所にぬいぐるみが飾られて、どこからどう見ても少女の為の部屋である。
この公爵家に御息女はいないのだが、今は実家に帰ってしまった奥方が、「絶対娘が欲しいから」と言って用意していた部屋である。
そんな夢の様な、妙に現実的で悲しい空間の中、ザレンほっぺたをぱんぱんに膨らませていた。
「なんで、なんで、なんででしゅか!」
目の前にあるのは蜂蜜たっぷりのパンケーキ。バターは多めで、ふわふわと甘い匂いが鼻をくすぐる。
「なんでザレンだけなかまはじゅれなんでしゅか‼︎」
ザレンは逆手でフォークを握り、大きく振りかぶってパンケーキにぶっ刺した。ナイフで切り取りながら食べるのがマナーだが、置いて行かれた悔しさで、ザレンはパンケーキを丸のまま齧る。
いつもなら立派な淑女としてマナーは完璧なのだが、今だけはマナーに厳しい母も姉も祖母も居ない。居るのは誰よりも大きくて厳しい、伯父のベノワだけだ。
「べにょわおじしゃん!なんでザレンだけおるしゅばんなんでしゅか⁉︎」
「⋯⋯危ないからな」
「ザレンつよいのでしゅ‼︎さいきょーでしゅ‼︎」
パンケーキが刺さったままのフォークを振り回すので、ザレンの服も手も蜂蜜とバターでびっちゃびちゃになっていた。飛び散った蜂蜜は、頭の上にも降り注いでいる。着替えの用意をしなくては。それと、ランドリーメイドには謝っておかなくてはいけない。
いつものザレンはこまっしゃくれた4歳児だが、今はその皮も剥がれていた。
「ザレンは強いな、うん。伯父さんは知ってるぞ」
「しょうでしゅ!おばあしゃまにはかてないけど、じみにいしゃまにはらくしょうでしゅ!」
「うん、そうだな」
実際、ザレンに「キライ」「きもちわるい」「くさい」なんて言われたら、ベノワは気を失う自信がある。キメリアも同じだろう。「地味」呼ばわりされて抜け殻になったのだ。あいつは本当に死ぬかもしれない。
「でも、ザレンが怪我したら困るだろう?痛いの嫌いって言ってたじゃないか」
「そうだけど、けど⋯⋯!」
むぐむぐむぐと、ザレンは口を引き結んでベノワを睨んだ。それだけで、ベノワは胸にダメージを食らった気分だ。痛い。
まんまるお目目から、今にもぶわっと涙が溢れ出そうだ。つらい。
「おかあしゃま、おなかあかちゃんいるからあしょんでくれないし、おとうしゃま、おしごとでかえってこないし」
「⋯⋯パパの仕事が少しでも軽くなる様に、伯父さんが言っとこう」
「おねえしゃまにあいたいのに、いないし、おばあしゃまはザレンより、どぶねずみばっかり⋯⋯!」
「⋯⋯あ、あれは溝鼠じゃなくてだな⋯⋯」
「みんなもっとザレンにかまってほしいのでしゅーっ‼︎」
「あ」
ザレンは魂の叫びと共に、パンケーキが刺さったままのフォークを一際大きく振りかぶった。その振り回した反動で、フォークから食べかけのパンケーキはすぽんと抜けた。パンケーキはそのまま大きく空中に弧を描いて、窓から飛び出して行ってしまった。
「あ⋯⋯あ⋯⋯⋯⋯⋯⋯ふええええええええん!」
「⁉︎あ、あ、な、泣いちゃいけないぞ⁉︎」
「ぱんけえきいいいい‼︎」
「大丈夫だ!伯父さんが拾って来るから!」
そう言ってベノワは部屋を飛び出した。
外に飛んでったパンケーキなんて、汚くって食べられたものじゃないのだが、そんな事を言ってくれる誰かが居る訳でもなく。
泣き叫ぶザレンに気付いたシャルールが、メイドに言って新しいパンケーキを用意させる事になった。
ちなみに飛んでったパンケーキは、公爵家近辺に棲息していた野鼠が美味しく平らげた様である。




