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4.弟子の身体能力は異常


 玄関の扉を開きながらベリルは考えた。ジークベルトが本当に成したい改革は、下水工事だけでは終わらないだろう。そして、それが不可能である事も。

 この国は君主制国家だ。国の在り方を崩し、国民の意識が根底から覆った結果、何が起こるか。

 改革後の根回しが、ジークベルトに出来るとはどうしても思えない。改革を進めれば確実に国家は瓦解し、属国共々混乱に陥る。民衆蜂起なんて起これば目も当てられない。助け合う筈の人々が奪い合い、殺し合う。そしてその屍と生き残りを、呪術師達が攫っていくのだ。

 そもそも、貴族と庶民は違うのだ。ベリルとジークベルトは違うが、基本的に一般人に魔力は無い。あるとしても紙っぺらの薄さで、そんなものは何の意味も無い。吃驚するくらい脆弱なのだ、人間は。

 そして何よりも持っている知識が違う。改革などしても、無知で脆弱な者に王冠を授ける様なもの。意識だけ高めた所でただの張りぼて、更なる強者に食い荒らされるだけ。

 協力してくれている公爵家だって、こればかりは許さないだろう。


 かの家が魔導錬金術に肩入れするのは、利益が見込めるからだ。いくら長い付き合いがあるとしても、自身の既得権益を侵害される以上切り捨てられるだけに違いない。ベリルが知る公爵は、とても心の広い親切な御仁であるが、それだけでは無いと知っているから。


 王冠もガウンも、ただの暮らしには重く邪魔な代物だ。何れは王を廃し、市民の意識が政治に向く時代が来るだろうが、それは今では無いのだ。

 今はただ、上からの流れを流れやすく整える程度で良いのだ。自ずと下も住みやすくなる筈なのだから。だから、ベリルは改革なんて(どぶ)掃除程度で良いと思っている。


 とは云え、貴族と庶民には隔たりがあるのも事実。庶民の暮らす中級区画と、貴族の暮らす上級区画の間に隔壁があるように。繋がりは小さな門がひとつあるだけだ。実はもう一つ華美で大きな門があるが、そちらは庶民が通る様なものではない。全ては貴族の見栄と云うものが原因である、流れが凝る理由も此処にあるに違いない。

 孤児のベリルには、どうこう出来る問題でも無いと分かる。世間への影響力が有るジークベルトだって、階級は中流階級の庶民である。それどころか、今はただの獣のに過ぎない。

 そんな社会的弱者と呼ばれても不思議では無い二人は、これから大貴族に現状を泣き付きに行くのだ。それが「社会改革」をだなんて、矛盾だらけの夢物語も良いところである。


 それでも、この今という現実を変える為に、ベリルは外へと一歩踏み出した。満月が姿を現し始めた夜空は星が美しく煌めいて、体内の魔力が活性化する感覚がある。

 玄関の鍵を確りと施錠したベリルは、走り出す前に背中に背負ったジークベルトに声を掛けた。


「それじゃあ、上級区画の門まで最短経路で行きますよ」

「さ、最短経路⋯⋯⁉︎」

「大丈夫ですよ、下水道なんて通りませんか、らっ!」

「ひぇっ!!?」


 ベリルはそのまま、一息で屋根より高く上へ飛び上がった。ほんの少し魔力を練るだけで、異常な運動能力を発揮出来るのはベリルの強みである。

 元々の身体能力値の高さも関係しているが、他の魔術師でここまで自己の強化を行える者は居ない。聖王国にいる勇猛な僧兵達ですら及ばないだろう。


 空に高々と飛び上がったベリルは、猛禽の様に滑空しながら屋根伝いに走り出した。凄い速さで屋根の上を走っているにも関わらず、足音ひとつ立てずに滑る様に進んで行く。実際、屋根の下に居る住人達は人が走っているなんて誰一人として気付いていない。

 勿論ジークベルトも弟子の能力は把握していたが、まさか屋根を登るとは少しも考えていなかった。実際は軽い浮遊感とお尻がむずつく落下感しか感じはしない。だが、ただ背嚢(リュック)に詰まっただけだったので、非常に不安定に揺さぶられた。そこで咄嗟に体勢を安定させるべく、叫びながら弟子の長い三つ編みを手綱宜しく引っ張った。


「うおっ⁉︎うおおおおっっつ⁉︎」

「!ちょっと、髪を引っ張らないでくださいよ!」

「そっ、そそそそ、そうは言っても‼︎」

「痛いんですよ!ジーク様だけ下水道にぶち込みますよ!」

「⁉︎げしゅい‼︎」


 下水道と聞いてジークベルトは慌てて三つ編みを放り出し、今度は背中に貼り付くように服を掴んだ。

 頭皮の痛みから解放されたベリルは安堵し、再び空中で速度を上げた。


「べべべベリル!ああ危ないからっ、すぐに降りるんだっ!」

「降りません。このルートが一番速いんです」


 実際、ベリルは何度もこうやって各所を回っていた。

 少しでも食糧を安く仕入れようと遠くの農業区画へ走り、魔導具の資材費及び搬入費を少しでも浮かせようと工業区画へ走り。公爵家の御用聞きみたいな事もするので、上級区画までの屋根もしっかり把握していた。


 馬車を使っても一刻掛かる門がもう目の前に見えて来た。壁さえなければ公爵家まで一直線なのだが、門衛に身分証を提示しなければならない。


「本当は壁なんて、意味は無いのですけどね」


 本来なら上級区画の隔壁だって軽々と飛び越えられる。一度だけ飛び越えてみた事があるのだが、誰一人として気付かれる事もなく往復出来た。だが、余程の事で無い限りそこは規則を優先させるつもりだ。

 全く権力者の面子を潰さないようにするのは、大変な労苦である。


 少し離れた場所で屋根から飛び降りたベリルは、門衛を驚かせない為にゆっくりと門へと近づいて行く。門の向こうは呪術師の顧客の多い上級区画だ。相手もそうそう問題は起こせない筈である。ベリルはそう考え、少し力を抜いた。

 もう陽も落ちているので、通りは閑散としていた。居るのは仕事帰りの奉公人、そして街灯の下で誰かを待っている様な女性だけだ。

 その女性が妙に目に付いた。上級区画から帰って来る家族を待っているのだろうと思ったのだが、なんだか不可思議だ。女性は門には一切目を向けず、通り全体に気を配っている様に見えたからだ。

 まさかこんな場所で娼婦が客を取ろうとでもしているのだろうか。訝しく思い、その女性を眺めた。


「べ、ベリル!」


 ところが、背中に貼り付いていたジークベルトは緊張で身体を堅くし、弟子の名前を呼んだ。ついでとばかりに三つ編みを思い切り引っ張りながら。

 頭皮を思い切り引っ張られたものだから、ベリルは思わず小さくない悲鳴をあげてしまった。


「痛っ‼︎⋯⋯⋯⋯⋯⋯鍋にしてやる⋯⋯‼︎」

「ごめん!でもあいつ!」

「は?」

「私に術を掛けた女だ!」

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