38.そんな訳無いだろうと思っても、案外紙一重らしいですよ
最後ちょっと注意です。
穴⋯⋯と云うより、洞窟の中はじめじめして、黴臭かった。なんだか屎尿の臭いも漂って、獣になったジークベルトにとっては非常に厳しい環境である。キメリアが風魔法で鼻腔を護ってくれなければ、失神していただろう。
人相の悪い見張りが立っていた以上、想像に漏れず中は破落戸の溜まり場となっていて、3人は侵入者として強襲を受けた。
魔法を使わない、直接的な攻撃。破落戸達は弓矢と鉄剣で無謀な特攻を仕掛けて来たのだ。
「効く訳無いわね、眠ってなさい」
飛んで来た弓矢はキメリアの魔法で去なし、敵が近付く前にシャルールの魔法で夢を見せる。完璧なチームワークだ。
(⋯⋯私、本当に何で来たんだろう?)
キメリアに抱えられたまま、ジークベルトは自問自答した。
確かにこのお出掛け(?)は、ジークベルトの補助具を探すと云う名目の元なのだが、完全にお荷物である。
「しかし結構広いなぁ⋯⋯」
洞窟は一本道では無く、横道が幾つもあり、そして幾つもの部屋があった。部屋には御丁寧に扉が設けられていて、かなり凝っている。天然の洞窟に少し手を加えているみたいだった。
横道では何人も不意打ちを狙って待機している様だが、シャルールの幻惑の霧が容赦無く横道を満たして行く。御丁寧に扉の隙間にも霧を送り込んで、漏れなく全てを眠らせる念の入れようだ。
「此処、賊のアジト⋯⋯だよな?なんて云うか、違和感無いか?」
「そうね。出て来るのはみんな汚いんだけど、装備がしっかりし過ぎてるわ」
そうだ、確かに服は継ぎ接ぎで汚らしいのに、武器が矢鱈と高そうなのだ。装飾は一切無いが、刃毀れも古臭さも無い。
「ねえキメリア。その辺のドア開けまくってやりましょうよ」
そう言って、シャルールは言葉通りその辺の扉を開けた。扉の先は食糧庫の様だった。積み上げられた木箱には、ジークベルトがここ数年食べ飽きた馬鈴薯が詰まっていた。壁には大量の肉が干してある。続き部屋は厨房になっていて、排煙パイプが壁に刺さっていた。此処が一番外との境が薄いのだろう。改めて掘った場所なのかもしれない。
次に開いたのは寝室と思われる部屋、次に開いたのは武器庫、そしてまた寝室だった。
「⋯⋯臭いは篭もりやすいけど、なんだか小綺麗なのよね。整理整頓、されてるって云うか」
「そうか?寝室なんて汚らしいもんだったろ」
「パーソナルスペースはね。でも共有スペースはちゃんとしてたわ。見易いように揃えて有って、食糧は日付けが打ってあった。⋯⋯その日暮らしとは思えないわね、食糧が供給されてるのよ。そもそも賊がこの辺で出るなんて聞いた事ある?」
そう訊かれて、ジークベルトとキメリアは揃って首を振った。最下層区画ならまだしも、此処は農業区画の奥。山中とは云え、少し降りれば牧歌的な雰囲気の長閑な風景が広がるのだ。王都内でも随一の、犯罪発生率の低い区画である。起こる騒ぎと云えば、夫婦喧嘩くらいではなかろうか。
「どっか遠くで盗んだ物資って可能性は無いのか?」
「誰かが出資してるって事の方がしっくり来るわよ⋯⋯こんな所で何隠してるのかしらね?」
順次扉を開けて中を確認しつつ、洞窟の奥へと進み続けると、一際頑丈そうな扉に行き着いた。今まで開けていた扉は木製で隙間だらけだったのだが、その扉は鉄製の分厚い両開き、隙間も無くぴっちりと閉じられていた。おまけに中で鍵かつっかえ棒でもしてあるのか、びくともしない。
魔法で壊せれば良いのだろうが、シャルールもキメリアも破壊力のある魔法は不得手だ。爆烈魔法なら威力は申し分無いが、こんな場所で爆発なんてしたら全部崩れて生き埋めだ。
「⋯⋯今、切実にフレデリカが欲しいわ」
「ああ、あの妖怪ムキムキババアなら、この程度の扉なんてワンパンだろう」
ところが、キメリアは首を横に振った。
「流石に年が祟って力が衰えちゃったの?鬼の霍乱だわ⋯⋯」
「もしかして、ワンパンじゃなくてツーパンとか?」
しかしキメリアはまた首を横に振り、2人に見せる様に右手の人差し指を立てて、扉を突く真似をした。
「ま⋯⋯まさか、指突⁉︎」
「そんな⋯⋯⁉︎いや、あのババアなら有り得ない話じゃ無い!」
今度こそ、キメリアも首を縦に振った。
ジークベルトとシャルールの2人は知る由も無い話だが、ついひと月前お使いで祖父母に会いにセレスタイン家の領地へ行ったキメリアは、そこでフレデリカが最硬度を誇るダイヤモンドワームを手刀で斬り裂いているのを見てしまった。
討伐難度はチームでSランク。地下を縦横無尽に走り回るワームを、囮となるタンカーや剣士が決死の覚悟で地上まで誘き出し、魔法使いが究極レベルの破砕魔法で仕留めるのがセオリーだ。だが、フレデリカは単身大地を踏み鳴らしてワームを追いかけ、地面に素手を突き入れてワームを引き摺り出し、左手を振り抜いていた。どうかしている。
人間とか妖怪とか魔物とかの区分では無くて、最早「兵器」と云う種族なのでは無いかと考えているキメリアなのである。
とは云え、どんなに「兵器」が欲しくとも、今此処には居ないのが現実だ。
暫く扉をガチャガチャやっていたシャルールだったが、徐に顔を上げて横の壁に目を向けた。
「⋯⋯あの壁にあるの、空気穴よね」
「そうだろうな。こんな穴蔵で換気出来ないと窒息する」
横の壁に、金網で区切られた穴が開いていた。両脇に二つずつ、直系15cm程の穴が。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ジークベルト、貴方行って鍵開けて来てよ」
「えっ⁉︎」
「だってこんな穴、私がどれだけスリムでも通れないもの」
シャルールは自身のウエストを誇示する様に撫でた。確かに男の割には腰が細い。最近腹回りが気になっていたジークベルトとは違う。
公爵家の美食にお世話になってから、ただでさえ丸々した鼠だったのに、益々ぽっこりして来た今日この頃。腹ペコが見たら食糧扱いして来るのは必至だ。
「いや、私だってキツイぞ。この姿になってからぷくぷくして来ちゃったから。それに大体そう云うのには、」
「ぐだぐだ言わない!キメリア!」
キメリアは何を言われる訳でも無く、ひとつの穴から金網を引き剥がした。
「だ、誰かいるかも!」
「安心なさい、この穴から私の魔法を送り込んだわ。フレデリカでも無い限り、この魔法からは逃れられないわよ」
「ひぇっ!」
にたりと悪い顔で笑ったシャルールは、逃げようと後退っていたジークベルトの首根っこを掴んで持ち上げた。常に女の格好をしているが、シャルールも本来は男性である。ぽよぽよのジークベルトくらいなら軽々と持ち上げて見せた。
「い、いやだ、そう云う穴には気持ち悪い虫がうじゃうじゃ居るんだ!百足とか蜘蛛とかゲジゲジとか!」
「居ないかもしれないじゃない」
「居たらどうするんだ⁉︎お前だってそう云うの嫌いじゃないか!」
「私が入る訳じゃ無いし、被毛のあるジークベルトならまず刺されないわよ」
「ひ、酷い!私が毛むくじゃらだからって!ぴぎゃ⁉︎」
シャルールは無情にも、ジークベルトを穴に突っ込んだ。何故か尻から。
「ぎゃあ!怖い!見えないから余計怖い!」
「え?見えない方が気持ち悪くないし、良くない?」
「そもそも入りたくないんだって!」
ジークベルトはこれ以上入ってなるものかと踏ん張ったが、シャルールは容赦無くジークベルトを穴に詰めようとした。予想通り腹肉が支えたが、それも無視してぎゅうぎゅうと押し込んで行く。
「帰ったらダイエットよジークベルト!いいえ、今痩せなさい!」
「いたっいだだっ!」
「その脂を削ぎ落とすのよ!この穴の狭さを利用して、ぎゅうっと!」
「や、やだ、搾られる⋯⋯このドS!」
「失礼ね!」
シャルールは一際強くジークベルトを押し込めた。
「勘違いしないで⋯⋯!私は⋯⋯Mよ!」
「う、嘘付けえええ⁉︎」
ジークベルトが信じられないと思い切り叫んだ事で、身体に溜まっていた空気が抜けた。空気分だけ少しスリムになったお陰か、「ぽんっ」と間抜けな音と共にジークベルトは穴の向こうへ飛び出した。
「ぬぺっ⁉︎」
窮屈な空間から抜け出す事の出来たジークベルトは尻から床に落ち、バウンドしながら転がって行った。
「い⋯⋯い、た、いぃ⋯⋯!似非Mの真正ドS野郎めえぇ⋯⋯!」
尻を打った衝撃で、ジークベルトは患部を押さえて蹲った。獣になったお陰なのか、人間の時よりは受け身がマシである。それでも痛いものは痛い。ジークベルトはぎゅっと目を瞑って尻の痛みを逃した。
その痛みがやんわりと引いて行き、ジークベルトは涙目になりながらゆっくりと目を開ける事が出来た。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ひぇっ⁉︎」
この空間は、先程まで覗いて来た部屋の10倍は広いだろう。内装は、異様の一言に尽きる。
ジークベルトは目を開けてまず、セレスタイン家にある標本部屋を思い出した。フレーヌの解剖部屋のすぐ隣、趣味部屋の集大成だ。
グロテスクな生物の、グロテスクな臓器、筋肉、皮⋯⋯それらをホルマリンに漬けて、壜に詰めて壁一面に飾っているのだ。
この部屋も壁にグロテスクな、何か分からない生物の皮がべたべたと貼り付いていた。そして、部屋の奥⋯⋯無骨な椅子に、パイプとチューブで繋がれた子供⋯⋯その子を目にして、ジークベルトは動けなくなった。
貫頭衣を身に纏ったその子供は痩せ細り、虚ろな眼差しを前に向けていた。頭部上半分をぱっくり開き、空っぽになったそこからは真っ白な口だけの蜥蜴が、だらりと力無く垂れ下がっていた。
「ぎゃわわわわああああ‼︎⁇」
その蜥蜴の首には、見覚えのある黒い石がゴテゴテした装飾のブレスレットが嵌まっていた。
まだM描写無いですね。
今のところ完全にドSなシャルール。




