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師匠(仮)〜唯一の技術持ってるのに獣になった〜  作者: 杞憂らくは
弟子のスカート生活〜師匠は嵐の夢を見るか〜
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34.やっぱりこわい


 結論から言うと、その日の授業は全て無くなった。


 教室に戻ったベリルを待っていたのは、気遣う同級生達と、泣きそうな三人娘、そして慌てふためいて眼鏡がズレた担任教師(リスト・グルーザ)であった。

 グルーザはそれはそれは申し訳無さそうに、ベリルに話しかけた。


「あの、ミス・ウラガン」

「何でしょう、グルーザ先生」

「そのですね、お話を伺いたいんです。⋯⋯宜しいですか?」

「構いません。此処でですか?」

「いえ、その⋯⋯」


 後ろめたいのか、汗だくだ。心做(こころな)し同級生達が殺気立っている様にも見える。

 話が進まないのはベリルとしても、もどかしいものである。溜め息をひとつ吐き、ベリルはグルーザに尋ねた。


「それで?どちらでお話しすれば良いのでしょうか?」

「⋯⋯理事室です⋯⋯」

「⋯⋯理事?」


 ベリルは知る由も無かった事だが、ヒルバリー・ノックスは末端とは云え都市に融資して来た一族であり、縁故採用でこの学術都市に来た人間である。理事が出て来ても可笑しい話では無いのだ。


「⋯⋯わかりました。先生、ご一緒して頂けますか?」

「⋯⋯⋯⋯はい⋯⋯」


 再びベリルの脳内に「退学」と云う二文字が駆け巡ったが、此処で逃げる訳にも行かない。グルーザを促して教室から出た。

 本当はグルーザこそ逃げ出したかったに違いない。クラス全員の殺気と、何よりベリルから放たれる殺意に震えながら、ドナドナと理事室へ向かうのだから。



***



 ヒルバリー・ノックスと云う教師の起こした今回の事件は波紋を呼び、この短時間で学術都市の理事団体までが乗り出す事になった。

 ベリルとグルーザが理事室に入室すると、部屋に居たのは2人。70代と思われる老人が、学長と対面する様にソファに座っていた。老人は背筋をぴんと伸ばし、杖を垂直に立てた状態だった。その姿は、まるで一介の騎士を彷彿とさせる。

 ベリルの姿を目に留めた老人は、表情を固くしてフレデリカとしての名前を確認した。


「⋯⋯君が、フレデリカ・ウラガンかね?」

「ええ、そうです」

「そうか⋯⋯私はステュアート・ノックス。この学校の理事をしている一人だ。そして、問題を起こしたヒルバリー・ノックスの血縁者でもある」


 ステュアートと名前を名乗った老人は、杖を突きながらソファから立ち上がった。脚が悪いのだろう、ゆっくりと一歩一歩を確かめながらベリルの目の前まで歩んで来たステュアートは、ベリルの真正面で歩を止めた。


「⋯⋯あの変質者のご親族だなんて、同情します」


 親族として、あの変質者の顔面をぺちゃんこにした文句を言いに来たのだと考えたベリルは、軽いジャブとして嫌味を言った。こう云う下町喧嘩スタイルが抜け切らないのが、ベリルの悪い所だ。横に立っているグルーザなど、ベリルの言葉で顔から更に汗が噴き出した。

 ところがステュアートは気難しい表情を更に歪め、ベリルの言葉を肯定した。


「⋯⋯全くだ」


 そう小さく呟いたステュアートは、持っていた杖を急に手放した。重い金属音を響かせて転がった杖には、これまた高価そうなグリーン・トルマリンが嵌っていた。老人の脚として在るのと同じく、補助具(アミュレット)としての役割を担っているのだ。

 しかし、武器とも呼べるその杖を手放すとはどう云う事か。そうベリルが思っていると、ステュアートはベリルが思ってもいなかった行動に出た。


「えっ⁉︎」


 ステュアートはその場で膝を付き、絨毯に深く(ぬか)ずいたのだ。所謂(いわゆる)、土下座だ。


「⋯⋯申し訳無かった!」

「⋯⋯⁉︎」


 まさかこんなに偉そうな人間が、こんな小娘(違う)に頭を下げるとは。床にはふかふかの絨毯が敷いてあるとは云え、地べたに顔を擦り付けているのだ。ベリルは信じられなかった。

 だが、ステュアートがその後に言い放った言葉にもっと驚いた。


「私に出来る償いなら、何でもする!」

「な、なんでも⁉︎」

「そうだ!金でも物でも良い。ヒルバリーを罪に問いたいならば、地獄を見せる事を誓おう!」

「いや、そこまでは⋯⋯⋯⋯」


 その(なり)振り構わぬ姿勢に、一抹の恐怖を覚える。「なら死ね」と言ったら死にそうなのだ。

 何故そこまで必死なのか、その理由は以下の言葉の通りである。


「だから、君の大伯母上に告げ口するのは止めてくれ!」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」

「何なら君の靴を舐める!頭を踏み付けてくれても構わない!だからどうか、フレデリカ・ウラガンには言わないでくれえええ‼︎」


 とんでもない発言だった。訳も分からず、未だソファに座り続けている学長に目を向けると、学長は顔を真っ白にして震え続けていた。説明もしてくれ無さそうである。グルーザは最初から宛にしていない。


(役立たねぇな⋯⋯!)


 一方、学長に目を向けている間に、ステュアートはベリルの靴目掛けて、這いながら(にじ)り寄っていた。顔を床に擦り付けながら動く様は正に芋虫、人間としての尊厳をかなぐり捨てた姿をしていた。


「止めてください!そんなの嬉しくないですから!」

「ならば如何すれば良いのだねっ⁉︎如何すればあの女に黙っていてくれるのだねっ⁉︎」

「黙ってます、黙ってますから‼︎」

「本当だね⁉︎本当なんだね⁉︎おじさん信じるからね⁉︎」


 ベリルの足下で勢い良く顔を上げたステュアートは、鼻水を垂らしながら涙を流すと云うなんとも汚い顔面をしていた。


(本当に、何者なんだ!フレデリカ・ウラガン!)


 正体は一度見たら絶対に忘れない、ムッキムキでバッキバキの老婆である。



***




「⋯⋯済まなかったね、つい、取り乱してしまって⋯⋯」


 (しっか)り服装と居住まいを正したステュアートは、何処から如何見ても上品な紳士であった。先程の靴を舐めると這いつくばっていた老人とは思えない。


「⋯⋯いいえ、お気になさらず。私自身は、大伯母様にお会いした事ありませんし」


 学長の隣に座ったベリルは、正直何が何だか分からない。フレデリカ・ウラガンと云う名前が周囲にどんな影響を及ぼすのか、全く知らなかったからだ。

 どうも隣に座る学長や目の前のステュアートは、不必要に「フレデリカ・ウラガン」を怖がっている様だ。今もベリルの顔を窺っているのが分かる。


「⋯⋯本当に、喋らないよね?」

「⋯⋯お菓子食べるかい?お茶も出すよ?」

(⋯⋯しつこいな、食べるけど)


 ベリルの機嫌を取ろうと、茶菓子まで持ち出して来た。普通は此処で食べないのだろうが、腹ペコベリルは遠慮無く頂いた。美味しいブラウニーケーキだ。チョコレートの存在感が良い歯応えになっている。


「あの〜、学長⋯⋯?」


 完全に外野となってしまったグルーザが、ベリルの座るソファの後ろから声を掛けて来た。空いている席はステュアートの隣だけなので、座る場所が無かったのだ。しかし何故床に正座しているのだろう?


「どうしたんだグルーザ君?」

「それで、その、どういう事になってるんですか?ミス・ウラガンの立場は⋯⋯?」

「彼女は被害者だ。だが被害内容を考える限り、この事件は公にするべきでは無いだろう⋯⋯あっ!」


 そう決然と答えていた学長は、そこで言葉を区切り、ベリルの顔色を窺いながら慌てて弁明をした。


「ち、違うよ?だからって君への補償をしないとか、ノックス君の罪を問わないとかでは、無いからね?あ、こっちのサブレも食べるかい?」

(分かってるよ、食べるけど)


 バターの香りと卵の旨味が際立つ、さくさくのサブレだ。学長が手づから淹れたミルクティーとよく合った。


「それでは、今回の事件は被害者(彼女)の為にも秘匿する、と云う事ですか?」

「そうだな⋯⋯⋯⋯その方が、良いと思うんだよ?私達は」

(逐一こっち見て確認するなよ)

「勿論、君が感じた不快感、嫌悪感、そしてその屈辱を考えれば、内密に処理なんてしない方が良いとは思うんだが⋯⋯その、女性として将来の(きず)になってしまう」


 ウラガン家は貴族だ。貴族は何よりも見栄と体面を重視する。もし、未婚の娘が男から無体な扱いを受けたなどと知られたら⋯⋯それが未遂であったとしても、その娘の将来は完全に閉ざされた様な物である。

 とは云え、ベリルは貴族でも無ければ女性でも無い。気遣われた所で瑕疵になる事など無い。寧ろ顔面を一方的に殴り潰した、ただの加害者である。


「私の要求は特に有りません。未遂でしたし、何より此方が手を出しています。ああ、でも⋯⋯」

「でも、なんだね?」

「随分と手慣れていたと思いまして。もしかしたら、他にも被害者が居るのではないかと」


 実際、あの教師は躊躇う素振りもなく日傘っ子のシャツを破き、それを目撃したベリルの服にも手を掛けようとしていた。きっと初犯ではあるまい。


「それは⋯⋯」

「なんて事だ⋯⋯」


 学長とグルーザの教育者二人は、言葉も出なかった。そして身内であるステュアートは両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。


「済まない⋯⋯私の首で済む筈が無い⋯⋯」

「⋯⋯秘密裏に調査をし、被害者を特定しなくてはいけませんね」

「⋯⋯益々他言出来る内容では無くなってしまった⋯⋯!」


 3人は深刻に話し合っている。ベリルとしては、これ以上被害者が増えず、日傘っ子の名誉が守られればそれで良い。もし断罪の材料が必要ならば、(ノーダメージだから)被害者として名乗り上げる事だって厭わない。


「⋯⋯しかし、ヒルバリー⋯⋯確かに粗暴な所も有ったが、女性に暴力を振るう男では無かったのに⋯⋯」

「ステュアート、しっかりするんだ⋯⋯」


 落ち込んだステュアートを学長が慰めた。ヒルバリーは相当猫を被っていた様だ。強者には(おもね)り、弱者には無理を強いる、そう云うタイプだっただけだろう。

 そうやって会話が進む内、軍人時代の素行も調査するべきだと云う内容になった。


(僕、帰っても良くない?)


 甘い茶菓子にも飽きて来た頃、理事室に急な来訪者が現れた。


「失礼します」


 ノック一つせず、無遠慮に理事室の扉を開けて入室して来たのは、サミュエル・フォン・セレスタインであった。

しかしなんか食べてばっかだな⋯⋯

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