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師匠(仮)〜唯一の技術持ってるのに獣になった〜  作者: 杞憂らくは
自分の欲と感情が最優先。これがセレスタインだ!
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314.それはひたひたと、背後から


 もう何年前の話だろうか。

 とある男爵領にて、1人の魔女が退治された。その魔女はとある男爵領に20年程居座り、甚大な被害を齎した。その時使用された武器が、皇女の言う剣である。


(⋯⋯⋯⋯私も、断片的な記録しか確認していないが⋯⋯)


 ちらりと、キメリアの顔を窺う。当事者では無いが、近しい血縁者である。少なくとも昔話として聞いていたのか、キメリアにしては驚きが顔に表れていた。

 そしてもう1人、関わりの深い人物へと視線を遣ると、いつも以上にかなり渋い表情をしている事が分かる。神器と呼べる代物が悉く盗難被害に遭っていると云うのに、唯一所在が確かなものが、皇女が所望する剣なのだ。表に出す訳にはいかない。

 それに、信用の無い者にかの武器を貸し出そうとは思えないだろう。


「⋯⋯その武器で、呪いを掛けた呪術師を屠るお積もりか?」

「それさえあれば、如何に強力な魔法を扱おうと敵では無くなるのだろう?」

「⋯⋯ははぁ、成る程。誤解が有る様ですねぇ」


 フレーヌは神剣の管理者であるトリスメギストスに視線で同意を求めた。流石にトリスメギストスも黙っていられなかったのか、早口で皇女に意見を言う。


「神剣を扱えるのは魔力の無い人間だけだ」

「ああ、それならば我が国には魔法を扱えない者が大勢居るから、問題は無いな」

「魔力が無い事と魔法が扱えない事は、同義では無い」


 古代の武器である神剣だ。当時は純粋に魔力の無い者が大勢居たらしいが、現在は持つ者との交雑が進み魔力の無い()()()人間は何処にも居ないだろう。


「こ、この国でその武器が使用されたと聞き及んだのだが⁉︎」

「50年位前か。確かに1人の女性に貸し出したが、その女性は呪いによって魔力の一切を持たぬ身体にされていたからな」

「50年⋯⋯」


 その女性に頭を下げ、剣を振るって貰う事を考えたのだろうか。だが、常識的に考えても50年も経てばその女性はよぼよぼの老婆であるし、何より生死も分からないくらいの年月だ。

 現実として未だに現役のマッスル老婆なのだが、その事を言う必要は無い。


「それともうひとつ。剣があるから斬り伏せられる訳では無い。振るう者の身体能力も重要だ。魔法を掻い潜り、魔法使いに肉薄出来る様な、な」

「⋯⋯魔法無しで⋯⋯⋯⋯不可能だ」

(甘い姫様だね)


 剣を振るう者が魔力無しである事が重要なのであり、補助として魔法を使う者が何人居たとしても問題は無いのだが、皇女はそこには頭が回らないらしい。

 それに突き詰めれば、神剣を求めずとも術者を殺せば必然的に呪いは解ける。神剣だから楽に勝てると思った事が間違いなのだ。


「矢張りこのまま聖王国へ向かい、聖女に頼られた方が現実的でしょう」

「だが、風の噂では聖女への依頼には大金が掛かる上⋯⋯今は入国も難しいと聞いているのだ」


 面倒事をさっさと追い出してしまおうと思ったのに、それくらいの情報収集は出来ているらしい。思わず舌打ちをしそうになり、フレーヌは慌ててその衝動を抑えた。


「しかしですね、我々にはお力になれる事なんて御座いません故」

「ぐ⋯⋯」


 此処で術者と敵対する為に兵を貸して欲しいと、そう言わなかった事は評価に値する。情勢が不安定なトゥマーンに兵を送ると云う事は、魔法王国が外国へと侵略していると受け止められ兼ねない。勿論、そんな事を言われた所で手酷く断るつもりでいた。

 だが、不意に皇女は何かに気付いた様にニヤリと口の端を歪めた。嫌な予感がしたフレーヌは、皇女の視線をさっと確認した。その視線はジークベルトへと向かっている。


「⋯⋯⋯⋯そちらの、その方も呪われておいでだ」

「⋯⋯⋯⋯まあ、事故の様なものがありましてね」

「貴国でも、術者を殺す事は叶わなかったと云う事ですね。⋯⋯ならば、聖女に頼る他無いのでは?ねえ?」


 その通りであるが、フレーヌはその事を顔には出す事は無い。政治家として、それくらいの腹芸は出来る。しかしフレーヌが如何に感情を抑えたとしても、話し掛けられたと思ったジークベルトが、全てを台無しにしてくれる。


「そうなんだ。聖女と如何接触するかが悩みで」

「ジークベルト」

「私の弟子がずっと頑張ってくれてるんだが、聖女を連れ出すまでは難しいらしくて」

「ジークベルト、黙って」


 急いでジークベルトの口を塞ごうとしたフレーヌだったが、それは無駄な行動となってしまう。獣の姿となったジークベルトのすかすかな脳と迂闊な舌は、いとも容易く情報をぺろりと吐き出した。


「お嬢さんに()()をしたのが()()なんだが、あれで頭も良ければ腕っ節も良い。魔法もそれはそれは達者でんむぎゅっ」

「ジークベルト‼︎」


 ジークベルトの顔面を慌てて鷲掴んだが、垂れ流した言葉が戻る事は無い。


「⋯⋯宰相殿。その者は、私に確かに無礼を働いた」

「⋯⋯⋯⋯それは、そちらが国境を侵したからと認識しておりますが?」

「だが、女を背後から押さえ付けたばかりか、卑劣にもこの細腕を捻ったのだ。⋯⋯役夫の分際で⋯⋯⋯⋯⋯⋯ああ、思い出しただけで右手が痛んで来た」


 口許を緩ませながら、皇女は痛い痛いと右手首を摩る。痛みが後々長引く様な(ヘマ)ベリル(喧嘩師)がやらかす筈が無いのだが、当事者である皇女が痛みを訴えている以上、突っ撥ねる事も出来ない。

 何よりジークベルトがその事を認めてしまった為、それ以上の否定も出来なかった。


(ああ⋯⋯ややこしい⋯⋯!)


 尤もベリルが王族とバレていない事が唯一の救いだろうか。それでもこの拗れた事態に、フレーヌは少しでも優位に立たねばならないと自身を奮い立たせた。


(⋯⋯でも、どうもベリル君に対する評価に違和感が有るな?)


 あの顔ならば、どんな格好でも役夫呼ばわりどころか埋もれる事も無い筈だ。







***







 書類仕事に目処が立ったので、執務室に居る面々は休憩モードに入った。お茶菓子を引っ張り出したり、机に伏して居眠りを始めたり。もう空には月が昇っているのだが、ここ暫く仕事が滞っているので全員帰宅はしないらしい。

 世間一般の労働環境としては最悪なのだが、それでも冒険者組合でのジョシュよりはマシだ。

 息を吐いたその中で、ジョシュはベリルが休まずに何かを書き付けているのを見付けた。


「何書いてんだ?」

「⋯⋯!」


 ちょっと上から覗き込む様にしただけなのだが、ベリルは珍しく肩を跳ね上げて驚き、さっと書いていたものを隠す。


「⋯⋯驚かせないでください」

「え、マジで何?」


 気になって注視するが、ベリルは執拗にそれを隠し続けた。まあジョシュは100を越えた大人であるので、無理に見ようとは思わない。だが、他の者はそうでも無い様だった。


「⋯⋯⋯⋯砂糖を吐きそうな文章だな」

「⋯⋯⋯⋯ちょっ⁉︎読まないでくれます⁉︎」


 ジョシュとは別の方向から、カピンが忍び寄って紙を奪い取ったのだ。内容を読み上げる様な悪趣味な事はしなかったが、その言葉から書いていたものが恋文なのだと簡単に思い至る。


「ああもしかして、昼にお前が言ってた⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯そうですよ!」


 カピンから手紙を奪い返したベリルは、少しやけくそ気味に怒鳴った。文面を覗く気は矢張り起きないが、読んだカピンは珍しくニヒルに笑っている。


「お前マメだねぇ。まさか毎日書くつもりじゃ無いだろうなぁ?」

「1ヶ月も会えないんですから、マメに手紙を書かないと忘れられるでしょう!」


 そんな事は有り得ないだろうと、ジョシュは麗し過ぎる顔面を見た。美人は3日で飽きると云うが、此処まで突出した美しさには当て嵌まらない格言である。愛を囁かれたが最後、他の異性(或いは同性も含む)なんて目に入らなくなるかもしれない。

 あと何故か、あちらでお茶菓子を用意しているドゥシュアが胸を押さえているが、どうかしたのだろうか。


「まあ、手紙は良いんじゃねぇの?その子の方がお前より不安だろうしな」

「僕より?」

「そりゃお前⋯⋯」


 本気で分かってなさそうな表情に、ジョシュは勿論カピンも呆れ果ててしまう。

 しかし2人とも、「お前の顔が(すこぶ)る良過ぎるから、色々引っ掛けそうで絶対不安になる」とは、口には出せなかった。


(⋯⋯まあ、幾ら顔が良くてもこの鈍感胃袋は異性の好意にゃ気付かねえか。身分もあるし)


 冒険者時代でも、異性関係のトラブルとは無縁だったのだから、面倒事は早々起こるまい。と、ジョシュは思い込んだ。

※魔女退治の話は『魔無し令嬢フレデリカ』をご参照ください。

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