302.描けないけど論評は書けるタイプ
お待たせしております。
「⋯⋯盛り上がってる所申し訳無いのですが、不味い事になりました」
傍迷惑にもベリルの事を揶揄って酒の肴にしていたのだが、その輪にフレーヌが飛び込んで来た。
連日の激務や毒の影響を受けているとは云え、フレーヌは傍目にも顔色が悪い。しかしそんなフレーヌも、今日1日の休暇と解剖対象を貰った事で血色が良くなって居た筈である。その事を知って居たベリルは、首を傾げながらフレーヌに尋ねた。
「閣下、何故王城に?本日は休暇だったのでは?」
「⋯⋯殿下。私と致しましても、今日くらいは屋敷の中でメスを振るって居たかったです。まだ蜘蛛の腹を開いただけなのですからね。しかしそう云う訳にも参りません」
苦渋の決断だったのだと顔を顰めたフレーヌは、庭園の入り口で立つ青髪の魔法使いを見遣る。その魔法使い、トリスメギストスの後ろには、幼い少年が俯いて立って居た。
「⋯⋯⋯⋯ディーデリヒ?」
ディーデリヒは涙を流したのか目を真っ赤に腫らし、茸のぬいぐるみを抱き締めて唇を噛み締めていた。ベリルが眉を顰めて従弟の名前を呼ぶと、ディーデリヒは細い肩をびくりと反応させてぶるぶると震え出し、掠れる声を搾り出した。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯わるくないもん⋯⋯」
「は?」
「ぼくわるくないもん⋯⋯!つれてってくれないトリーがわるいの⋯⋯‼︎」
「⋯⋯何の話ですか?」
訳が分からず、話が通じそうなトリスメギストスとフレーヌに視線を流す。するとフレーヌは深刻そうに溜め息を吐き、トリスメギストスはばつが悪そうに目を逸らした。
そんな2人の反応に、本当に良くない事が起こっているのだと、ベリルは居住まいを正して説明をしてくれそうなフレーヌを見詰めた。
「閣下」
「⋯⋯お待ちください、ああ面倒臭い⋯⋯」
頭が痛いとばかりに額に拳を宛てたフレーヌは、本音をポロリと溢しながら初手で核心を突く事を言い放つ。
「⋯⋯ジークベルトが風に飛ばされたそうです」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はぁ?あの人そんなに軽く無いでしょう?」
何を世迷言をと、ベリルは鼻で笑い飛ばそうとして、トリスメギストスが全く笑っていない事に気が付いた。少なくともそれは真実であり、当事者はフレーヌでは無くディーデリヒとトリスメギストスだと云う事も、察する事が出来た。
「⋯⋯あの人、何をやらかしました?」
「⋯⋯⋯⋯空を飛ぶ魔導具を、ディーデリヒと共に作り上げた」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯魔導具?」
国中の魔法具は活動を停止したが、魔導具だけは利用する事が出来たらしい。国外の地方都市や田舎を歩いていたベリルでは気付けない事だった。国外での魔導具の流通は、あからさまに特権階級のみに偏っている。
いや、それよりも。
「⋯⋯あの人は、今魔導錬金術を使えないのでは?」
「⋯⋯その通りだ。だが、ディーデリヒが使える様になったのだ」
「⋯⋯ディーデリヒが?」
「そうだ、こいつも⋯⋯」
「あっ⋯⋯ベニー‼︎」
トリスメギストスはディーデリヒが抱えていたぬいぐるみを無理矢理取り上げた。ぬいぐるみの腹(?)には赤黒い塗料で不可思議な紋様が描かれている。
そして「まさか」と目を見開いたベリルの視界には、手脚を自らばたつかせる茸のぬいぐるみが居た。動く事も驚く事だったが、更にそのぬいぐるみは口も無いのに喋り始めたのである。
「放さんかい!この○○○野郎が‼︎」
「そう云う言葉を幼児の前で言うな」
「じゃかしいわ!坊ちゃんが泣いとるじゃろうが‼︎ワシがお慰めせんでどうするっちゅーんじゃ‼︎」
ぬいぐるみは傘の部分を鷲掴みにされながら、口汚くトリスメギストスを罵った。しかしトリスメギストスは言われ慣れて居るとでも云うのか、けろっとした顔でぬいぐるみを縦に押し潰す。
「この国の王子の御前だ。ある意味ではこの国の誰よりも尊い方だぞ」
ある意味と云う部分に皮肉を感じ、ベリルは思わずトリスメギストスを睨む。そんなベリルの視線を感じたのか、トリスメギストスはちらりと眼差しを向けるが、再びつと逸らす。そして居た堪れないとでも云うのか、ぬいぐるみを指先で揉み込みながら顔(?)をベリルへと向けさせた。ぬいぐるみは目玉をぱちくりとさせながら、目の前にある顔を見てばたつかせていた手脚をだらりと弛緩させる。
「⋯⋯⋯⋯おうじ?ほんまか?」
「そうだ」
「嘘じゃろ⋯⋯⁉︎こん⋯⋯こん別嬪が、男じゃとォ‼︎⁉︎」
とんでもなく失礼な事を叫んだ茸は、目玉をぎょろぎょろと動かした。どうやらベリルの顔面と体型を見比べているらしい。今のベリルはコートを脱いでいるので、シャツの上からでも骨格が良く分かる。時期に茸は力無く項垂れ、ほろほろと涙を流した。
「無情じゃぁ⋯⋯!神様は、なしてこん人をぼいんぼいんのおねーちゃんにしてくれんかったんじゃぁ⋯⋯‼︎」
「⋯⋯⋯⋯お前をボロボロの消し炭にならしてやれるよ?」
「ぎゅえっ」
思わず怒りで茸の顔面だと思われる傘部分を正面から鷲掴んだが、ベリルは同時に薄ら寒さをディーデリヒに覚えた。
ジークベルトも人形に魔導錬金術の魔法陣を打った事がある。よくある球体関節人形で、近所の女の子からのお願いだった筈だ。だが、仕上がりは精々瞬きをしたりカタカタと首を傾げたりする程度。間違っても会話を楽しむ事は無く、自我を持っている様な事は無かった。
(⋯⋯この茸、まるであの乳母人形みたいだ)
完全自律性の魔法人形。機構を詳しく見た訳では無いが、恐らく人格の主軸となる部品が組み込まれている筈だ。だが、このぬいぐるみは。
(確かおじい様の絵本を元に、シャルール様が作ったぬいぐるみ。中身はただの綿の筈⋯⋯⋯⋯つまり、ディーデリヒの描いた落書きの効力だけで動いてるんだ)
この時点で、父を超えたと云える。慄きながら小さな従弟を見下ろすと、なんとディーデリヒは敵意を剥き出しにしてベリルを睨み付けていたのだ。
「ベリルちゃんも、ぼくがわるいこっていうんでしょ」
「話が見えない。悪い事をしたの?」
「してない‼︎プペのところにいこうとしただけ‼︎」
「プペ?⋯⋯ああ」
例の乳母人形かと思い出し、そう云えば姿が見えない事に気付く。そして腑に落ちた。トリスメギストスが作った人形達は精霊界がずれた影響をまともに喰らって、悉く動かなくなったのだ。
恐らく動かなくなった時あの港街に滞在していたので、人形自体はその港街に安置しているか、トリスメギストスが自身の棲家に持って帰ったのかの何方かだろう。
「人形に会おうとしたのは、魔導錬金術を使う為か。だけど安置場所が遠くて、ディーデリヒは向かう事が出来ずに⋯⋯何故か空を飛んで行こうと考えた、と」
「⋯⋯まるで見て来たかの様に⋯⋯」
「そして実験段階か本番かは分かりませんが、上空で事故が有り、ジーク様⋯⋯叔父が1人風に飛ばされた。飛行部品、もしくは浮遊部品に身体が引っ掛かって居たのでしょうか?そうで無ければ行方が分からなくなる程、あの体重で風に流されるなんて考えられません」
ベリルは鞄の中からメモ用紙とペンを取り出し、未だに威嚇を続けるディーデリヒに向けた。
「覚えている限り、魔導具に描いた魔法陣を描け」
「う⋯⋯?」
「⋯⋯王子、どう云うつもりだ?」
「僕は魔法陣は描けませんけれど、少なくとも魔法陣がどう云う構造なのかは理解しているんです。短期間での魔導錬金術の修得から見て、ディーデリヒは叔父同様の超感覚派、説明はド下手でしょう?しかもこんなに非協力的じゃ無いですか」
ディーデリヒはもう睨んではいなかったが、唇を噛んで俯いていた。難しい言葉は解らなくとも、言われている内容は何と無く理解しているのだ。
「部品が浮遊力なのか、推進力なのか。それだけでも分かればある程度の着地位置なり予想が立てられます。⋯⋯宰相閣下も最初からそのおつもりだったでしょう?」
確かめる様にフレーヌを見ると、フレーヌは満足そうに頷いた。
「ああ、殿下は察してくださるので話が早い。説明が面倒だったので助かりました」
「⋯⋯まあ、貴方の性格も知ってますから。⋯⋯⋯⋯位置が分かったら捜索に行きますが、良いですね?」
フレーヌに言った事ではあるが、ベリルはドゥシュアを見ていた。移動するならば馬なんかよりドゥシュアの術の方が良い。特定の地点まで術で飛び、魔法で周辺を走り回って、そして見付けてパッと帰れば良い。そう思ったのだが、アルベルトはそう思わなかったらしい。
「それならベリル、ついでに魔王の格好で行っておいで」
「⋯⋯⋯⋯え、何故です」
物凄く嫌な表情をしている自覚はあったが、止められない。傍のドゥシュアとジョシュが酸っぱいものを食べたかの様な表情になっていたが、知った事では無い。だが、アルベルトも譲る気は無いらしい。
「聖域に魔力を注いだのだろう?その影響は少なからず表れる。あちらの化け物達の矛先が弱者に向く前に、派手に喧伝しておくべきだと思うんだが」
「⋯⋯⋯⋯魔王で釣れると?」
「少なくとも挑発にはなる。あちらの⋯⋯テイと云うのはお前を知ってる様だし、何かしら文句を言いに来るのではないかね?」




