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298.バ○ェラーか?

観た事無いけど。


 アデラの作った聖水は、ベリルが思っていた以上の効能だった様だ。


(⋯⋯⋯⋯やっぱり僕の作った水とか、関係無かったじゃん⋯⋯)


 少し現実逃避気味に息を吐くと、フレーヌはベリルが居なくなった後如何なったのか、手紙の内容を教えてくれた。


「王都の貴婦人達の間では、聖水を美容の為に使用する傾向が有りまして。疲労回復の効果も有りますので、妻も常飲していたのです」

「⋯⋯美容?嘘でしょう?」

「女性の美に対する執着って凄いよなぁ。疲労回復の為に文官達も飲んではいたけど、ご婦人達はこのご時世で未だ飲んでるらしいよ」

「⋯⋯⋯⋯お言葉ですが、妻は領地経営の仕事をしているので美容よりも疲労回復の効果を見込んで居ります」


 少し話が脱線したので、そこでフレーヌは仕切り直す様に咳払いをした。


「妻は聖水の効果を認めると、この事は他言無用と箝口令を敷きました。少なくとも領地で聖水を飲むなんて事をしていたのは妻だけです。作成された聖水は領兵と各屯所へと回し、残りは溜め池と井戸に蒔く方向で行くと」

「それは良いな。生活圏に聖水の効果があるなら、魔物も絶対に近付きはしない」

「ええ、非常に有要な人材です。殿下が振られたとしても、国で雇い入れたい。⋯⋯⋯⋯しかし殿下、本当に彼女はただの神官なのでしょうか?」

「⋯⋯⋯⋯いいえ、絶対に違うと思います」


 アデラ自身は否定しているが、如何考えても聖女と何か関係しているに違い無い。


「僕は他の神官の聖水をよく知りません。少なくとも傷は治せないし、魔物を撃退する事も不可能でしょう」

「ああ、それはその通りだよ」

「聖水の作成速度が異常に速い事も無いでしょう?」

「速度?」


 藪蛇だったかと少し後悔したが、何れ知られる事でもある。ベリルは意を決してアデラの聖水作成風景を話した。


「⋯⋯⋯⋯私は聖水が作られる所なんて知らないけれど、その話が本当ならとんでもないね?祈るだけで、魔力は使わないだって?」

「妻の手紙ではその様な事は書かれていませんが⋯⋯忠告はしておくべきでしょうね。1ヶ月と云う雇用期間を待たずに領内から魔物が消えて、他領どころか他国、件の東方人から不審の目で見られそうです」


 ベリルも頷いた。アデラ個人にも手紙で知らせておかなくてはいけないだろう。


「しかし凄腕の聖水作成者か⋯⋯⋯⋯しかも可愛いんだっけ?」

「⋯⋯⋯⋯何ですか、急に」


 唐突に呻く様に呟き出したルキウスに嫌な予感を覚えながら、ベリルはジロリと睨みながらも返答した。無視しても良かったのだが、仮にも国王。渋々視線を向けると、ルキウスはぱっと満面の笑みを見せて爆弾を投下した。


「もしベリルが振られたら、この国の独身男性集めて口説かせよう」

「⋯⋯⋯⋯はっ⁉︎」

「私もみーちゃんも独身だし、アヴァールもいい歳して恋人居ないし丁度良い。全員お前とは違うタイプだし、1人くらいは食指が動くんじゃないかな」

「それは良いですね。⋯⋯うちのサミュエルも在りもしない初恋にしがみ付いてまして⋯⋯この機会にその女性神官に出会わせましょう」

「はぁ‼︎⁉︎」

「何を騒いでいるんだい?お前が振られたら、だよ?そうだ、ジークベルト兄上にもお声掛けしなくちゃ。ディーデリヒも母親が必要じゃないかな」

「───ぜ、絶対に止めてください‼︎」


 思わず叫んだベリルだったが、すぐに揶揄われただけなのだと気が付いた。アデラが絡むと如何も上手く行かない。

 項垂れたベリルを後目にルキウスは声を上げて笑い、フレーヌは柔らかく微笑んだ。


「⋯⋯まあ、殿下の恋路は殿下ご自身に頑張って貰うとして⋯⋯今は今後の行動を如何するか考えましょう」

「そうだな。ベリル、大蜘蛛は地上に運び出したのだっけ?何処に安置した?」

「⋯⋯⋯⋯セレスタイン公爵邸です」


 あの後、フレデリカを従えて再び聖域(シオン)に潜ったベリルは、死んだ事で“ぎゅっ”と小さく丸まった大蜘蛛を即興で縫い合わせたカーテンで包み、秘密裏に公爵邸へと運んで貰ったのだ。

 王城では敵の誰かが潜んでいる可能性も有ったし、大蜘蛛が本当にテイの仲間かドゥシュアに確認して貰いたかったのだ。間の悪い事に“魔王様ごっこ”の最中だったらしく、不在だった様だが。


「⋯⋯ベリルは公爵邸に行ってないの?」

「⋯⋯行ってません。聖域の事もありますし、ひいおばあ様に遭遇したら最後、暫く外出不可になりそうで」

「成る程納得」


 なので公爵邸に向かうのは、精霊達の我儘を聞いてからと決めている。ベリルの主張にルキウスもフレーヌも否は無く、得心した様に頷いた。


「まあ⋯⋯確認が済んだら蜘蛛は⋯⋯⋯⋯宰相、働き過ぎだったし後で休暇をあげよう」

「有難う御座います‼︎」

(返事速っ⋯⋯)


 言外に解剖して良いと云うお許しだ。宰相に着任してから、大型動物の解剖が出来ていなかったフレーヌは、歓喜で震えた。特に精霊界との隔たりが出来てからは小動物の解剖すら行えなかった為、サンドイッチ(多忙な為カトラリーを使わないものばかり食べていた)をバラバラに解体して食すと云う、非常に不健全でマナーの悪い事をしていたのである。

 フレーヌの趣味とは云え、大蜘蛛の死骸は調べるべき事だ。如何様にして姿を変えていたのか、分裂していたのか。脳は破損してしまった訳だが、それでも分かる事はあるだろう。


「ベリルはこの後また下へ行くのだろう?」

「はい。精霊はまだ魔力を求めてますので」

「うん。それなら、“魔王軍”には帰還次第城に来て貰う様に言伝てよう」


 魔王不在なのによく機能しているなと、ベリルは首を傾げた。しかし深く考えずとも戦略はアルベルトが担当だ。別にベリルが居なくても成り立つのかもしれない。


「未だに僧兵はこの周辺に居るのですか?」

「いや、王都周囲に居る僧兵達は大体捕縛出来ているんだ。最近は魔物の方が問題なんだよ」


 国軍も必死になっているが、魔物は一体何処から湧き出すのかどんどん増加しているらしく、場合によっては僧兵達が襲われているなんて事もあるそうだ。


「⋯⋯奴等の狙いは飽くまでこの国の混乱であって、僧兵達が如何なっても良いと云う事ですね」

「そう云う事です。利用するだけ利用して、人の命なんて毛程も思ってません。それだけでも化け物としか思えません」


 合理主義者や利己主義者だとしても、一定の倫理観と云うものは存在する。大体それは人命がボーダーラインとなるのだが、今回の顛末を見ているとその倫理観が欠落しているとしか思えない。もしかしたら、全く違う方向でボーダーラインが設置されているだけなのかもしれないが、それこそ相容れない考えを持った集団と云う事である。

 そう考えると、ドゥシュアは本当に話の解る者だ。きっと以前の集団では馴染めなかったに違いない。


「あまり詳しく聞いていませんでしたが、ドゥシュアからもう少し例の集団の事を聞いた方が良いかもしれませんね」

「それが宜しいかと」


 ある程度の予定を立てて、3人はひと段落着いたと身体を緩ませた。だが、ふとルキウスが思い出した疑問に再び頭を悩ませる事になる。


「⋯⋯⋯⋯そう云えば、兄上は見付かったのか?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯公爵邸に居るのでは?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯いいえ、ジークベルトは魔導錬金術を広める為に城に詰めて⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 ルキウスが倒れた事による政策の停滞、大蜘蛛の死骸を隠す事、それらの混乱で失念していた。確か親子で姿が見えないと云う話では無かっただろうか。


「「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」」」


 自由にさせ過ぎた。その一言に尽きる。

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