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師匠(仮)〜唯一の技術持ってるのに獣になった〜  作者: 杞憂らくは
弟子のスカート生活〜師匠は嵐の夢を見るか〜
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30.暴虐の血族

今回はお留守番組。

やっと名前だけは出て来てたあの人を出す事が出来ました⋯⋯


「うっ⋯⋯⁉︎」


 その日、午睡から急に目覚めたジークベルトは、なんとも言い難い腹のむかつきを味わっていた。日当たりの良い中庭のガゼボは風通しも良く、転寝(うたたね)にはもってこいの場所なのだが⋯⋯


(⋯⋯何だ?何か、嫌な予感が⋯⋯⁉︎)


 全身の毛が逆立ち、何よりもひげがぴんと張り詰める感覚。これは人間の時には味わった事が無い感覚で、言葉にするのは難しい。


(フレーヌが何か⋯⋯?いや、あいつは今解剖中だ。暫くはこっちに来る筈が無い)


 あの解剖狂いのセレスタイン公爵は、解剖し出すと寝食も忘れるのだ。そんな彼が、解剖室から出てジークベルトにちょっかいを出すとは考えられなかった。

 ジークベルトは寝そべっていたベンチから起き上がり、ガゼボから出た。どうしてもこの嫌な予感が拭えなくて、一つの場所に留まる気持ちが起きなかったからだ。


(⋯⋯一体何なんだ?もしかして、隕石でも降って来る?)


 中庭を歩きながら、ジークベルトは上を見上げた。美しい青空と、可愛らしい小鳥が飛んで行く光景が広がるばかりだ。


(⋯⋯じゃあ何だ?⋯⋯⋯⋯猛獣でもこの庭に入って来る⋯⋯とか?)


 その時、ジークベルトのすぐ傍にある茂みが激しく揺れた。


「ひっ⁉︎」


 ジークベルトは思わず飛び退った(つもりだったが、長年の運動不足が獣に成っても発揮され、ちょっと飛び跳ねただけだった)。


「な、何だ来るなら来いっ!⋯⋯いや、やっぱ来ないで‼︎」


 情け無い声を茂みに向けて出し、美味しいものを咀嚼するしか出来ない歯を剥き出しにして威嚇をしてみるが、茂みがそれ以上揺れる事は無かった。


「⋯⋯き、気の所為だったのか?」


 猫でも入り込んでいたのだろう、そう思って踵を返したジークベルトを、頭上から何かが襲い掛かった。


「――ぎゃああああ‼︎⁇」



***



 それは何とも不思議なものだった。


「はは、すごいな⋯⋯ふふふっ⋯⋯」


 ジークベルトを襲った呪術具使用者を解剖している訳だが、フレーヌは笑いが止まらなかった。基本的に解剖中はこんなもんだが、何時も以上に興奮しているのがフレーヌ自身でも解る。


「⋯⋯⋯⋯」

「あれっ?キメリア?」


 いつの間にか、解剖室にキメリアが入って来ていた。キメリアは基本的に喋らない男だ。それでもちゃんと意思表示はするし、非常によく気が利き、おまけに冷静沈着なので、フレーヌは重宝していた。

 幼い時から知っている事もあり、顔を見れば何を伝えたいか判るのだが、今のキメリアはなんだかとても慌てている様だ。


「どうかした?あ、キメリアもコレの中身が気になって?」


 フレーヌは今現在開いていた()()をキメリアに見せる為、体を態々ずらした。キメリアは首を横に振っていたが、フレーヌは自分の感動を共有したい、所謂興奮状態のオタク心理を発揮し、キメリアの反応なんて無視して、説明をし出した。


「いやぁ、こっちははっきり言って人体の頭部とそこまで遜色無かったよ。脳の重さも変わらない、ただ肌に鱗が生えて、歯の形状が鋸になってるくらい。鱗は蛇鱗で歯は鮫みたいなんて、すごいちぐはぐだよねぇ」


 そもそも蛇は口内に歯が無いので、その時点で可笑しいのだ。有っても牙程度の物だ。


「頭部から伸びる脊椎も、人間の型だね。個数が違うから、増殖したんだと思う」


 そう言って、フレーヌはトングを使って骨を掴み上げた。呪術に侵されている以上、素手で触れるのは危険である為だ。魔法絶縁体で出来た特製の手袋を嵌め、もしもの時も万全である。


「それよりも、やっぱりコレだよ、コレ!」


 フレーヌが何よりも注目したのが、鱗まみれの球体だ。今は萎んでぺちゃんこな上、フレーヌの手によって丁寧に開かれた、()球体である。


「最初は一種の発音器官かと思ったんだ。ほら、尻尾の先に赤ちゃんをあやすガラガラみたいなの付けてるやつ、いるでしょ?そう云うものかと思ったんだけど、全く別物だったんだよ!見てよ!」


 キメリアは決して、そんな事は一言も頼んでいない(そもそも彼は中々喋ろうとしない)のだが、フレーヌは嬉々として鉗子(かんし)で球体の肉を広げてみせた。

 球体の中には、幾つもの袋が房の様に連なっていた。


「卵だよ。この球体は、子供を育てて増やす為の器官なんだ。子供の見た目は人間に似てるね」


 卵を開いた中には、人間の胎児と呼べなくも無いものが詰まっていた。

 ジークベルトとベリルの話では、人体の頭部に齧り付いて血液を搾り取った様に見えた、と云う話だが、フレーヌの所見としては脳を吸っていたと云うのが正しい。胎児にとって必要な栄養素を考えれば、血液だけでは栄養を補えるものでは無い。


「⋯⋯信じられないが、これが呪術具なんじゃないかな?これが、呪術具の作り方⋯⋯いや、増やし方なんだよ、きっと」


 なんて悪趣味な増産方法なのか、自身が悪趣味である事を自覚しているフレーヌですら、嫌悪感でいっぱいである。哀れなこの女性は、寄生されて呪術を使える様になったと考えられるのだ。

 問題はどの様に寄生されるのか、寄生先の性別は関係有るのか、⋯⋯⋯⋯ジークベルトは既に寄生されているのか。


「まっ、ジークベルトには一応虫下しでも飲ませとこうか。球体の卵が孵化した感じも無いし、大丈夫だとは思うんだけど⋯⋯⋯⋯ん?」


 今、卵のひとつが震えた。


「あ」


 にゅるりと難なく卵から孵った胎児⋯⋯嬰児は、ギョロリと一つ目を動かし、フレーヌへと飛び上がった。

 まずい、と、思いはしたが、フレーヌは咄嗟には動けなかった。それでも魔法を発動したが、魔力の練りが甘くて嬰児を貫くには至らず、脚を掠めて吹き飛ばしただけであった。それでも勢いは殺せず、嬰児はもう顔面に貼りつこうとしていた。範囲魔法なら勝機が掴めるかもしれないが、いかんせんあれは周囲の被害が甚大だ。


(私、武闘派じゃ無いからなあ。戦闘用の魔法レパートリー少ないんだよね)


 武闘派であるキメリアも、これの対処は出来まい⋯⋯何より彼の射線上にはフレーヌがいるのだ。得意のナイフを出しているのだろうが、ワンステップ必要な時点で手遅れだ。

 意外と余裕に思考するじゃないか、と思われたかもしれないが、これは死の淵にあるとよく起こる不思議な時間である。実際の時間は瞬き程のものだ。

 せめて寄生される瞬間は記録しておきたいなぁ、と、覚悟を決めた時だ。


「ぎちゅっ」


 嬰児が潰れた様な音を出して、横に吹き飛んで行った。


「ええ⋯⋯?」


 折角寄生されるのを見越して、ペンを取る為に胸ポケットに手を当てたと云うのに。一体何だと、嬰児が吹き飛んで行った先を見遣れば、女性ものの簪によって、壁に突き立てられていた。


「⋯⋯危ない所でしたねぇ、フレーヌちゃま」

「え、そ、その声⋯⋯」


 フレーヌは後ろを振り返った。いつの間にか解剖室の扉は開かれ、そこには大柄な老女が立っていた。

 年の頃は70代半ば、真っ白になった頭髪を後ろで括り、簡素な黒の在り来りなワンピースを纏っていた。それでも特筆すべきはその体格である。身長はフレーヌと大して変わらないが、筋骨隆々としているのが服を着ていても解る。

 彼女の名前は、


「⋯⋯⋯⋯フレデリカ⋯⋯」


 フレデリカ・シュエット。旧姓はウラガン。

 正真正銘、今現在ベリルが名前を借りている人物である。そして、エレナとそこで土下座をしているキメリアの祖母君だ。


「ええ、ええ。フレデリカで御座いますよ。御免なさいねぇ、フレーヌちゃまの大切なお部屋に入ってしまって」

「うん、それは良いんだ。⋯⋯フレデリカが助けてくれたんだよね?」

「左様で御座いますよ。私が間に合ってよう御座いましたこと」


 位置関係を考えたら絶対に有り得ないのだが、この妖怪ババアなら有り得ぬ話でも無い。魔力の欠片も無いのに、見えない死角は心眼、当たらぬ場所に当てるのは回転、だなんて言い出すのは目に見えていた。

 それよりも、何故フレデリカがこの公爵邸に居るのか。彼女は五年程前に現役を退き、フレーヌの祖父母の居る領地に夫婦で引っ込んだ筈だ。

 フレーヌがその事を尋ねると、フレデリカは困った様な顔をした。


「そうなのですよ。シレーヌ、今妊娠してますでしょう?」

「えっ⁉︎そうなんだ、知らなかったよ!」

「エレナちゃんたら、報告もしていなかったのかしら?」

「うーん、私が聞いてなかった可能性の方が高いね」


 シレーヌとはエレナの母親で、フレデリカの娘だ。フレデリカの遺伝子を欠片も感じない、涼やかで小柄な美女だ。


「それでまだ下の子が小さいから、私達夫婦が面倒を見る事になりましてね。⋯⋯でもあの子、寂しくなってしまったみたいで。「お姉ちゃまに会いたい」って言うものですから」

「それは仕方ないねぇ。小さいのだもの」


 フレーヌも、自身の息子を思った。あの子が小さい時、仕事にかまけ、あの子に寂しい思いを⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯全くさせていなかった。フレーヌ自身は仕事より趣味の解剖に走り、サミュエルは己の興味事に没頭していた。奇行の目立つ夫と息子に嫌気が差して実家に帰った細君にこそ、同情せねばならない。


「それでエレナに会わせる為に、うちに来たのかい?」

「左様で御座います。でもあの子ったら、エレナちゃんを探す為に走り出してしまって」


 その時、ジークベルトの絶叫が聞こえてきた。


「なんだ?」


 ゴキブリでも出たのだろうか?ちょっと興味が出たので、キメリアに卵の氷結を任せ(丸投げとも言う)、声のした方へ向かった。

 ジークベルトの居る場所はすぐに分かった。未だにぎゃあぎゃあ騒いでいたからだ。

 使用人の人集りが出来た中庭の真ん中で、ジークベルトはのし掛かられていた。ふりふりのワンピースを着た、小さな女の子に。


「あっ、おばあしゃま!みてくだしゃい!おおきなどぶねずみでしゅ!ばっちいから、しゃわってないのでしゅよ!」


 その子は、身の丈に合わない刺股(さすまた)でジークベルトを抑え込んでいた。

これで当初予定してたヒロイン(?)が全員揃いました。

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