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師匠(仮)〜唯一の技術持ってるのに獣になった〜  作者: 杞憂らくは
唯一の技術持ってるのに獣になってた〜純粋な天才は救いとなるのか
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256.これはボール⋯⋯

形は全然違うし、柔さも違う。


「おや、お帰り⋯⋯⋯⋯お嬢ちゃん、どうしたんだい?」


 宿の女将は、昼過ぎに戻って来た2人に驚いた。少年が貸した盥を片手で抱え、背中にぐったりとした少女を負ぶっていたからである。


「⋯⋯⋯⋯いえ、何でも無いです。ただ、その⋯⋯聖水作りに張り切り過ぎたみたいで。⋯⋯⋯⋯疲れて力が入らないみたいです」

「そうなのかい!⋯⋯その瓶、まさか全部聖水入りかい⁉︎」


 女将は少年が抱えていた盥の中に、キラキラ光る瓶が何本も並んでいる事に気付いて驚いた。確かにご近所が持って来た空瓶に見える。少年は珍しい鞄持ちで、空瓶を全てその中に入れて持って行ったのだ。


「はい。一応⋯⋯出来た分だけは此方に。まだお預かりした瓶が余っているのですが、もう少し待ってください」

「いやいや、これでも相当な数じゃないか。⋯⋯⋯⋯実はご近所連中がまた瓶を持って来てるんだけどね、もう持って来ない様に言っとくよ」


 食堂の一画にまたしても集められた空瓶を思い出し、女将は自分の独断でそう決めた。こんなに疲れ果てるんじゃ、家に何本も欲しいとか言ってる業突く共は諦めさせないといけない。


「済みません。今在る分だけは、滞在中に何とかするつもりだと本人も言ってましたから」

「その気持ちだけでもありがたいよ。⋯⋯こんなに作ってくれて、そりゃあ疲れたってもんだろう?」


 受付脇の床に盥ごと置いてくれたので、瓶を取りに来たご近所は各自で持って帰れば良い。その時、各家庭1本だと言っておけば、まあ良いだろう。文句はあるまい。

 そして少女を休ませると言って部屋へ向かう少年を見送った女将は、顔と体格に似合わず剛力な事に感嘆した。少女を背負った上で、盥に何本も水の入った瓶を入れて抱えていたのだから、それは魔物なんて簡単に倒せるくらい強い訳だ。

 ただ、矢張り重かったのか少し顔が赤かった気がする。飽くまで気がするだけなので、気の所為かもしれないが。










***







「───着いたよ」


 部屋に着き、ベリルはアデラをその背中から降ろす。

 アデラが背中から離れた瞬間、ベリルは知らず詰めていた息を吐いた。

 聖水を作る数を減らす為アデラの体調不良を演出した訳だが、矢張り背負うのはダメージが大きかった。盥を抱えて行かなければならなかったから仕様が無いのだが、それでも。


(これはボールこれはボールこれはボールこれはボールこれはボール)


 背中に当たる柔らかい弾力から気を逸らす為、脳内でずっとこう反芻していたのだ。

 体調の悪い演技をしている以上、身体を密着させなければならなかった訳だが。⋯⋯そう、どうしても密着している以上、仕方が無い、仕方が無い事だった。決して下心を持っていなかったとは言わないが、ベリルにとっては何とも悩ましい時間であった。


「あ、あんなに皆さん聖水を欲しがっているのに⋯⋯申し訳無いです」

(そもそも、どうして女性は胸が肥大するんだ)

【仕方が無かろう。傷を跡形も無く一瞬で治すなど、どんなに効能の高い薬でも有り得ぬ。どの程度の傷まで治せるのかは分からぬが、それこそ聖女の御業だけなのだろう?】

(重そうだし、意味無い。邪魔)

「そ、それは⋯⋯そう、ですけど」

(絶対筋肉の方が実用的だし、確かあれ脂肪じゃん⋯⋯脂肪の塊じゃん⋯⋯)

【しかしなあ、結局聖水の質はあのままであるし、使用した者達に騒がれる心配も考えねば】

(あれは脂肪あれは脂肪あれは脂肪あれは脂肪あれは脂肪)

【特にあの忌々しき神父には注意せねば。のう、ベリルよ】

「あれは脂肪⋯⋯」

「⋯⋯し、しぼう?死亡⁉︎」

【流石に殺すのは、やり過ぎであるぞ⋯⋯⁉︎】

「あ、いや⋯⋯ごめん、心の声が⋯⋯」


 とんでもない事を考えていた為、とんでもない勘違いをさせてしまった。ベリルは咳払いをしつつ、話を聞いていなかった事はにっこりと微笑む事で誤魔化した。


【一体何を考えていたのだ、物騒な】

「嫌だな、誤解だよ」

【その笑顔、胡散臭いのである】


 アデラは笑顔に騙されてくれた様だが、流石にフェルニゲシュは胡乱気に睨んで来た。

 ともあれ、1人と1匹は誤魔化されたのか話を再開した。再開した話ならば、先程話を聞いていなかったベリルでも入る事が出来た。


【そもそも、聖水はどれくらいのレベルが一般的なのだ?】

「そうですね⋯⋯基本的に聖水はアンデッド対策に利用されます。聖水の清らかな気で浄化するんです」

「⋯⋯あのお祈り、本当に魔法では無いんだよね⋯⋯?」


 お祈りひとつで水をあそこまでのものに昇華させるのだから、とんでもない話なのだ。あのレベルで無いとしても、アンデッドに効果があると云うだけで可笑しなものである。

 そう思ったが、アデラは首を振った。


「1度のお祈りだけで聖水を作れる方は、居ません。⋯⋯わたしだって、何度も祈りますし⋯⋯きっとベリル君のお水が、お祈りが届き易いお水だったんです」

「水の違いで、そんなに差が出るもの?」

「はい。わたしも聞いただけですけれど⋯⋯水が悪いと中々お祈りが浸透せずに中々聖水が完成しないそうです。その時は何日も何日も水を月光に当てて、何度も何度もお祈りの言葉を捧げないとならないらしくて⋯⋯」

「⋯⋯何日も?そんなに効率の悪い場合もあるのか⋯⋯」


 しかしアデラは「水が」と、言うものの、ベリルが思うに祈る人間と云うのも重要な気がする。


(アデラは魔法では無いと考えているけれど、これはどう考えても魔法の類いだろ⋯⋯。多分、水に含まれる精霊と反応してるんだ。魔法で出した水の方が聖水として出来が良いのも、精霊が関わっているから⋯⋯それなら、術者の影響も十分に現れる筈だ)


 本人は認めないがつまり、アデラはかなり優秀な魔術師でもあると云う事である。


(もし、あの神父が大した事の無い術者だった場合⋯⋯先ず間違い無く、この聖水に目を付ける)


 その場合、神父はどんな行動を取るだろう。

 アデラから聖水を奪い取ろうとするか、攫って聖水を作らせるだろうか。


──それとも、いっそ殺しに来るだろうか。


(どちらにせよ、あの神父の動向は調べておいた方が良いな。⋯⋯⋯⋯動くなら、聖水の事が知られていない今か)


 今なら、アデラを1人で残して行く事も出来る。最悪フェルニゲシュを側に置いておけば、竜の姿になってアデラを護るだろう。⋯⋯昨日はギリギリまで我慢していた様だったが。


【そう云えば、ベリルは聖水を飲んで傷はどうだ?】

「⋯⋯傷?ああ、お前に血を渡す時に付けてるやつ⋯⋯」


 そう云えばどうなっているだろうと、コートを脱いで左の袖を捲れば、確かに傷痕は綺麗さっぱり無くなっていた。聖王国に飛ばされてから血液の譲渡はしていないので、ほぼほぼ治り掛けではあったが、それでも回復期間が短くなったと考えれば、凄い事である。


「⋯⋯古傷にも効果はあるのかな?」

【古傷⋯⋯と、云うと⋯⋯⋯⋯うぬぬ⋯⋯】


 ベリルの古傷と云えば、2年前フェルニゲシュとヴォルフヴのグルーザに付けられた、右肩の傷だ。流石に深い傷だったので、セレスタインの薬を以ってしても痛々しい痕が残ったのだ。実はフェルニゲシュはそれに負い目を感じているらしく、ベリルが着替えて傷が露わになる度に唸っているのだ。ベリルとしてはもう痛みも無いし、そんなに気にしないで貰いたいのである。

 取り敢えず、部屋に置いてある姿見の前に移動したベリルは、右肩が見える様にシャツを肌蹴させた。


「⋯⋯⋯⋯流石に、無理か」


 鏡に映ったのは見るも痛々しい傷痕だ。縫われたものの、虎の爪で削ぎ落とされる様に出来た傷は少し肉が足りないのか凹みが有る。うつ伏せの状態で出来た傷なので、前から見るよりも後ろから見る方が酷いとは、フェルニゲシュが言った事だったか。

 溜め息を吐いて鏡の傷を見ていると、いつの間にか隣にアデラが立っていて、同じく鏡の中を覗いていた。


「その傷、あの時の?」

「そうそう。フェルニゲシュが片棒担いだ時のやつ」

【ぐぎゃあ⁉︎】

「見た目はアレだけど、全然痛みは無いんだ。動かしても違和感無いし」

「⋯⋯そ、そう、なの⋯⋯?本当に⋯⋯?」


 此処にも負い目を感じてるのが居たよ。と、ベリルは苦笑いを浮かべてしまう。


「本当だよ。⋯⋯だから気にしないで欲しいんだよね」


 しかし、ベリルの言葉にアデラは眉間に皺を寄せた。少し考え込む様にしてから、思い付いた様に笑顔で手を叩いた。


「聖水、掛けましょう!」

「⋯⋯ん?」

「アンデッドに付けられた傷は、聖水で洗い流すのが1番だって聞きますし、古傷にも効果があるかもしれません!」


 さあ!と、アデラは大胆にもベリルのシャツを剥ぎ取り出した。釦が留まっているにも関わらずに引っ張るものだから、ベリルは必死にアデラを押し留める羽目になった。


「ちょ⋯⋯釦が引き千切れる‼︎」


 着の身着のまま飛ばされた為、持っているシャツはこの1枚だけなのだ。シャツを守る為に、ベリルは仕方無く自らシャツを脱ぐ事になった。

長くなるので、此処で区切りますね。

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