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師匠(仮)〜唯一の技術持ってるのに獣になった〜  作者: 杞憂らくは
弟子のスカート生活〜師匠は嵐の夢を見るか〜
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27.目と目が合って気まずい

やっとあの人が出て来ます


「フレデリカ⋯⋯‼︎貴女って本当に⋯⋯すごいわ⋯⋯‼︎」


 デイジーに木剣を返そうと近付くと、彼女は目をまん丸にして、何とか言葉を搾り出した様だった。


「言ったでしょ?男の子にも負けた事無いって」


 実際喧嘩じゃ負け無しだ。何人束になろうと、身体強化魔法を使い、即効で相手を沈めて来た。

 負けたものと云えば、ジークベルトとのチェス、そして女性相手の口喧嘩だ。エレナには絶対に勝てる気がしない。


「⋯⋯ふふふっ!確かに!でも冗談だと思ったのよ」

「ま、そう思うわよねぇ」


 はっきり言って、魔法は喧嘩じゃ使えない。魔力を練る速度が速いと自負しているベリルでも、身体強化くらいしか使えないと思っていた。


(⋯⋯補助具(アミュレット)のお陰で、出来る事も増えたけど)


 だからこその補助具なのだが、どうあってもタイムラグが存在する。相当高価な補助具なら、息をする様に魔法が発動出来るのだろうが、ベリルが装備したものでは、やはり拳で殴った方が早い。

 公爵邸で試してそう言ったベリルに、ジークベルトもエレナも、「そんな訳無い」と否定したが、ベリルの所感は変わらない。唯一公爵が、「汎用性の高い補助具だから、魔力と合っていないだけだ」と言っていたが、個人の為に作られた補助具なら、また違うのだろうか。

 兎も角、折角の支給品だ。使わないのも勿体無いと考えたベリルは、何とか戦闘での利点を見付けようと、魔力を無駄に練ったり魔法を発動させたりした結果、ようやっと使えそうな特性を発見した。

 それは、単調で簡単な魔法なら速攻(クイック)で発動すると云う事だ。そう、目潰しで使った風魔法だ。

 下層での喧嘩でも目潰しはスタンダードな戦法だったが、一々砂を手に仕込んで置くか、倒れた時に掴み取るかしなくてはいけないのだ。その点風魔法なら、ちょっと蹴って土や砂を散らせば簡単に相手の目を潰せる。

 しかし、傍目には魔法を使ったとは思えないだろう。現に、聖女は納得行かないとベリルに食ってかかった。


「ちょ、ちょっと!貴女、反則よ‼︎」

「ええっと?どの辺ですか?」

「魔法使わなかったでしょ⁉︎」

「使いました」

「嘘おっしゃい‼︎」


 きいきい叫んだ聖女は、持っていた扇を思い切り振りかぶってベリルの左肩を打ち据えた。


(うっ⁉︎なんてもの持ち歩いてるんだ⁉︎)


 年下の少女の力だから大した威力は無いが、相当重さの有る扇の様だ。ベリルは鍛えているので何とも無いが、肉の柔い少女であったら痕が残るに違い無い。


「第一事前ルールも決めていませんので、魔法を未使用でも反則等にはならないと思うのですが」

「いいえ!この授業は魔法戦闘実技論よ!魔法を使う事が前提なのよ!」


 馬鹿かこいつ。なんて事は口には出さなかったが、顔には出たかもしれない。確かに「魔法」が前提の授業だが、それは「魔法」を如何に上手く使うか、「魔法」を如何に上手く対処するか、ではないのか。


「私は風の魔法を使いましたよ、聖女様」

「見えなかったわよ!魔法は、火とか、水とか、ぱっと出すでしょ⁉︎」

「それは分かり易いってだけですよ。私からすれば陽動にもなりませんね」


 多対一で最も大切なのは速度だ。適当に飛ばせる風魔法と違って、着弾先まで考えなければならない火球と水球は行程がひとつ増える。はっきり言って無駄なのだ。


「そ、そんな事ないわよ⋯⋯クインシーもジェラールも、レイモンドだって華麗に魔法を放ってたわ⋯⋯!」

「それは単純に多勢だったからでしょう?」


 ねぇ?とばかりにベリルが周囲に視線を巡らせば、遠巻きにしている生徒達も一様に首を縦に動かした。


「な、何よ⋯⋯!わたくしが間違ってるって言うの⋯⋯⁉︎」

(うん)


 正直授業の邪魔しかして来なかったのだろう。尊き聖女猊下であらせられたとしても、好意的な視線はひとつも無い。


「もういいわよ!」


 聖女はそう叫ぶと、腹立ち紛れに付き従っていた女子生徒を突き飛ばした。聖女は小柄な少女であるが、日傘を持っていたその女子生徒は輪を掛けて小さい。バランスを崩した少女は日傘の重さも相俟って、可笑しな体勢で倒れそうになった。


「ひゃ⁉︎」

「あっ危ない⋯⋯!」


 咄嗟に駆け寄り日傘ごと抱え込んだが、その日傘はどう考えても少女が一人で持つ重量では無かった。


「ふん、相変わらず鈍臭いったら⋯⋯わたくしもう帰るから!」

「ド、ドルセーラ様!」

(そういやそんな名前だったっけ⋯⋯)


 接近対象だったにも関わらず、聖女の名前すら失念していた。皆一様に「聖女」としか呼ばないので、本名なんて全く気にしていなかった。

 日傘の少女は慌てて聖女の名前を呼んだが、聖女はそんな彼女を無視してさっさと木立ちの奥へ消えてしまった。


「⋯⋯あの、大丈夫?」

「えっ⁉︎あっ!す、すみません!」


 聖女に置いて行かれて肩を落としていた少女だったが、ベリルに声を掛けられると慌てて謝罪した。そのままベリルの腕から抜け出した少女は、ふらつきながらも日傘を折り畳み、そのまま周囲に向かってぺこぺこと謝り出した。


「皆様も、申し訳ありません⋯⋯!本当に申し訳ありません!」

「いつも言ってるけど⋯⋯君に謝ってもらっても⋯⋯なぁ?」

「うん⋯⋯」

(いつも謝ってんの?この子)


 立場的には従者か、お目付役と云った所か。あんな聖女に付き従っている以上、苦労は絶えないだろう。毛先のぱさつきはストレスの証か。

 周囲に一頻り謝り倒した少女は、もう一度ベリルの許に走り寄り、またベリルに頭を下げた。


「先程は助けていただき、ありがとうございました」

「え、ああ、気にしないで」

「それと、本当に申し訳ありません!」

(結局謝るんかい)

「ドルセーラ⋯⋯聖女様が貴女に暴力を⋯⋯」


 少女が気にしたのは、聖女が扇で叩いた事だった。あれは確かに強烈な痛打だった。ベリルには痛くも痒くも無いが。

 そんな事は知らない彼女はベリルの右手を両手で握り込み、許しを乞う様に謝り倒した。


「え⁉︎手⋯⋯⁉︎」

「女性を()()扇子で叩くなんて⋯⋯!」

「ちょ、ちょっと⋯⋯!大丈夫だから!」

「申し訳ありません、申し訳ありません‼︎」

「そ、その、聖女様を追いかけなくて良いの?」

「あっ!ドルセーラ様!」


 悪意の欠片も無く謝られ、流石のベリルも閉口してしまった。なんとか小さな手を解き、聖女の事を話題に出すと、少女は慌てた様に聖女を追いかけて行った。


(⋯⋯上がアレだと苦労するんだなぁ)


 ポンコツとは云え、ジークベルトは良い師匠である。己の幸運を噛み締めつつ溜め息を吐いたベリルに、再びデイジーが近寄って来た。聖女が突進して来た時点で、彼女はベリルから離れたのだ。


「ご、ごめんなさいフレデリカ⋯⋯」

「気にしないわ。もう大丈夫、恐かったでしょ?」


 実際、権力関係無しにあの聖女相手じゃ気弱なデイジーでは逆らえないだろう。本当に気に留めていないので、にっこり微笑んだらデイジーは頬を真っ赤に染めた。


「⋯⋯貴女、男の子だったら絶対にモテてるわ」

(⋯⋯男です。モテた事無いです)


 その点は師弟で変わらないのだ。なんだか虚しくて笑えてしまう。



***


 その後すぐエグマ教師が戻り、魔法実戦実技論の授業は解散となった。もう授業もホームルームも無いので、そのまま修練場で居残り練習をする生徒が殆どらしい。


「是非、是非!この授業を検討してくれ!」


 自身がいない間に起こった事を聞き、エグマ教師はベリルにそう懇願した。あの聖女の権力に靡かず、且つやり込めたのだ。再び手を握られる事態には辟易したが、授業内容は非常に気になるし、聖女もいるし、前向きに検討するつもりだ。


「それで、フレデリカすごかったの!」

「そ、それは話を盛ってるから」


 荷物を取りにデイジーと教室へ向かう最中、ナンナと合流したのだが、デイジーは興奮した様にベリルが授業でやらかした事を説明し続けた。正直脚色されてて恥ずかしい。


「うぅん⋯⋯これは、演劇部も黙っていないわねぇ?」

「キールの所の?どうして?」

「理想の王子様だったからよぉ」


 ベリルはあの女子生徒達の血走った眼球を思い出し、身震いした。どんなに懇願されても、あの集団のいる場所には行かない。

 教室棟の直線廊下を3人で歩いていると、E組から誰か出て来る所を目撃した。最初は、3人と同じ様に荷物を取りに来た生徒だと思ったのだが⋯⋯


「あ⋯⋯⋯⋯⁉︎」

「え、君⋯⋯⋯⋯⁉︎」


 あれだけ会いたくないと願っていた、セレスタイン家嫡男のサミュエルが、そこに立っていた。

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