245.笑い方に癖が有る耽美系小説家、フランシーヌ
フランシーヌの名前は、腐乱から来てます。
「萎えたぁ⋯⋯萎えたよぉ⋯⋯」
絶叫したかと思うと、瓶底眼鏡の大作家先生はひっくり返り、スカートが捲り上がって膝が丸見えになっている事にも厭わず嘆き始めた。
「ノマカプとか、1番つまんねぇじゃんよぉ⋯⋯百合も美味しいけど、あたしゃホモが好きなんだっつーのぉ」
「フランシーヌ、“ほも”じゃなぐて“びーのえる”じゃ無がっだっぺ?」
「印象が違うだけよー、ポプラァ。男同士でちゅっちゅするのは変わんねーもん」
(露骨ゥ⋯⋯⁉︎)
うら若き女性が表現するには、あんまりにも明け透けな言い方である。
フランシーヌは一頻り嘆いた後、床の上で横向きになる様ごろごろと体勢を変え、大凡客に対する様な態度では無い対応をして来た。
「そんでー?何ですかー?男女正カプがこのしがない耽美系小説家を笑いにでも来たんですかー?」
「あ、あの⋯⋯耽美系ってなんですか?」
「ありゃっ?知らないのっ?お客なのに?」
アデラが聞き慣れない“耽美系”と云うものが気になったらしく、恐る恐るベリルの陰からフランシーヌに質問をした。フランシーヌはその質問が意外だったのか、怠惰に寝転んだ体勢から勢いよく起き上がる。
「違うっぺ。フランシーヌの客じゃなぐて、おらの客だっぺ」
「ん?そうなん?⋯⋯⋯⋯⋯⋯なーんだ」
自分で勝手に盛り上がっておいて、いざ自分とは関わりが無いと知ると一気に興味を無くすタイプらしい。再びごろりと床に寝転がり、枝毛探しを始めた。
「改めで、おらに何の用事だっぺ?ご覧の通り今のおら、靴なんで作っでねぇど?」
「⋯⋯そ、その様ですね」
店の惨状からして、今このレプラコーンの女性、ポプラは“耽美系小説家”のアシスタントをしているのだろう。一体何がどうなってこんな事をしているのは分からないが、他人には理解出来ない紆余曲折があったのだろう。
「取り敢えず、靴の注文に来た訳では無いです。今大陸で起きていると思われている状況は」
「今の状況っづーど、魔法使え無ぐなったアレか?」
ポプラは棚から煤けた菓子箱を取り出しながら街で見た状況を口にした。魔法王国と違い魔法に依存していないので、そこまで騒動にはなっていない様だが、流石にドワーフの魔法具が使えないと云う事で支配階級はそれなりに慌てているらしい。
「それなんですが、レプラコーンの魔法具はしっかりと機能していますよね?」
ベリルは証拠として、腰に着けていた魔法鞄を外し、女性に見せた。ポプラは「ごらええ鞄だっぺ」と、感嘆の溜め息を吐きながら繁々と鞄をあらゆる角度から眺めた。確かに、魔法王国でも指折りの職人が作ったと聞いているので、同種族の中でも一級の代物だろう。
「僕は何故、レプラコーンの魔法具が機能しているのかが知りたいのです。⋯⋯ドワーフと魔法具の作り方がどう違うのか、教えてくださいませんか」
「しょんなら簡単だっぺ。おらたぢ、道具作る時な⋯⋯⋯⋯」
ベリルの問い掛けに、ポプラはにっこりと微笑んでくれた。すんなりと魔法具の秘密を教えて貰えて良かったと、ベリルが身体の力を抜き掛けた時、そこに待ったが掛けられたのである。
「ん待て待てぇ?そう簡単に教えて良いものなのかね、ポプラちゃんよ!」
「なじょ?困っでるっぺよ?別に隠しどる訳でも無じ、教えでも問題無いっぺ」
ポプラは何故止められたのか、心底不思議そうに止めたフランシーヌを見上げた。その止めたフランシーヌはと云うと、「ぬああ、うちのポプラたんが尊しいいい」と、まるで光を浴びたヴァンパイアのポーズを取った。
「違う、違うよ、今のご時世タダで教えちゃいかんのよ。タダより高いもんは無え、対価は貰っとけって事だよ」
「⋯⋯⋯⋯つまり、貴女は金銭を要求していると?」
ベリルからしても、「タダより高いものは無い」事には納得だ。なので、持っていた魔法鞄に手を突っ込み、少し心許無い財布を取り出す。ミノタウロスの素材を優遇して貰える様なので今後の憂いは無いものの、それでも此処での出費は痛い。
「お幾ら支払えば宜しいでしょうか?⋯⋯出来れば今後の事が有るので、御容赦頂けると助かるのですが⋯⋯」
「違う違う、違わないけどそうじゃないぃ‼︎」
フランシーヌは奇声を上げながら、ぶんぶんと両腕を振り回した。
「では、現物で?⋯⋯魔物素材なら、幾らでも狩り獲れますけど⋯⋯」
「血生臭いぞ美少年!」
ベリルの提案に顔を真っ青にして身体を震わせながらも、フランシーヌは果敢に指を突き付けながら、条件を提示した。
「その身体で払って貰おうか!」
「帰ります。お邪魔しました」
「ぎにえええ⁉︎待て、行くなぁあ‼︎」
さっと身を翻したベリルのコートの裾に、がばりとフランシーヌがしがみ付いた。フランシーヌの体重により、コートに負荷が掛かって伸び出した。
「言葉のアヤだよぉ!いくらあたしがホモスキーでも、ノンケにホモホモして来いなんて言わねーよぉ‼︎」
「⋯⋯⋯⋯本当でしょうね?」
「ホントホント、ただちょーっと?あたしの新作作りに協力してくれるだけで良いからさー?ねっ?ねっ?」
さあさ、お茶どうぞ。と、フランシーヌはアルコールランプを使って、茶葉の量もお湯の温度も煮出し時間も適当な紅茶を速攻で淹れ、自身がテーブル代わりにしていた木箱の上に置いた。紅茶の色は黒く、香りは薄い。手を付ける気にはなれず、ベリルはそのカップを一先ず無視する。
「⋯⋯⋯⋯まずはお話を詳しく聞きましょう」
「損はさせない!この条件はそっちにも都合が良い筈だもんね!直にポプラが魔法使う所が見れるんだもんね!」
「魔法を?魔法具を作る所を実際に見せて頂けると?」
確かに、その条件ならばお釣りが来る。ただ口頭で教示されるよりも、実際に目で見た方がマルトーに伝え易いからだ。それに何より、ベリル自身がレプラコーンの魔法に興味が有ったと云うのも大きい。
それならば、受けるのは有りだなと考えていると、ポプラが奥からちゃんとした紅茶を淹れて来てくれた。有難い事に、フランシーヌの淹れた汚水は盆の上に下げられて行った。
「危険な事は無いのですか?」
「無いよ。美少年にはちょっと身体を張って貰うかもしれないけど」
「⋯⋯その身体を張るのが、不安なんです。魔法が掛けられるとかじゃ無いんですね?」
「もちのロンロン!」
随分と適当な返事だったが、それならばとベリルは頷いた。少し怪しく感じるが、如何してもレプラコーンの魔法を見ておきたいと思ったからである。
「おらの魔法っづ事は、アレやるのが?」
「そう。いつも有難いんだけど⋯⋯最近マンネリじゃない?新作もせっつかれてるし、此処らでマジモンの美少年使った人形劇でアイディアの泉を刺激しよーってコト!」
ポプラは納得したと頷いたが、“人形劇”と聞いてベリルは不思議と背筋が寒くなって来た。
「⋯⋯人形って」
「あー、大丈夫。ちょっとくっ付いて撫で摩るくらいで、ヤバい所は触らんから」
「ヤバい所⁉︎」
それが一体何処なのか、詳細を聞かないまでも理解出来てしまった。
思わず中腰になったベリルに対して、フランシーヌはニンマリと笑みを向ける。
「⋯⋯さっき、やるって言ったよにゃあ?げひぇひぇひぇひぇ⋯⋯」
口約束でも、有効だからなぁ?と、フランシーヌはジリジリと近付いて来る。
「安心しにゃあ?人形作りにはすこぉし時間が掛かるから⋯⋯それまで心の準備をしておくんだにゃぁ⋯⋯!ぎにゃぁはははぁはは‼︎」
矢鱈と耳に残る笑い声を残し、フランシーヌは奥へと走り込んで行った。
(⋯⋯早まったかもしれない⋯⋯⋯⋯!)
此処でバックれて良いだろうかと考えたベリルだったが、じいっと此方を見詰めるポプラの目線に空恐ろしさを覚えて、動く事は出来なかった。
ポプラの方言は北関東と南東北(特に茨城)を考えてます。⋯⋯標準語しか分からんので、生温かく見てください。




