26.喧嘩師ベリル
これって、ざまあ⋯⋯?
「何なんだ!君は我々3人を馬鹿にして何がしたいんだ!」
「あら、私、事実を言っただけですけれど?」
(大体もうみんなに馬鹿にされてると思うぞ、バーカ)
ベリルが狙ったのは、簡単な話ただの時間切れだ。
聖女の人間性が解らない以上、「模擬戦してみる?」が冗談なのか本気なのかも判らない。デイジーの慌てふためき様、本気なのでは?と、勘繰ってしまう。とは云え、男が女の子相手に暴力を振るう訳には行かない。
そこで考えたのが、顔も声もうるさい「クインシー君」を煽って、この場を混乱させまくって時間を稼ぐ作戦である。
流石の聖女も、まさか女子生徒と男子生徒を立ち合わせ様とは思わないだろうし、時間さえ経てばエグマ教師が医務室から戻って来るだろう。
(まあ、僕はやり合ってもいいけどね?)
この世の中、女が男に暴力を振るうより、男が女に暴力を振るう方が、圧倒的に外聞が悪く出来ている。この目の前の馬鹿も、流石に己の地位がガタ落ちし兼ねない状況だと判っているだろう。「ふざけるな」「謝罪しろ」と、騒ぎ立てるだけで、一向に手は出さない。
それでも、空気を読めない人間とは居るものだ。
「⋯⋯面白いわ。クインシー、そこの彼女に付き合ってあげなさい」
「聖女様⁉︎」
「⋯⋯貴方の名誉が穢されて、わたくしは怒っているのよ?ジェラールとレイモンドも、彼女には分からせてやらないといけないわ」
「し、しかし」
「流石に、女子には⋯⋯」
話を振られた、デイジーに絡んで来ていたジェラールと、レイモンドと思われる気弱そうな男子生徒も戸惑いの色を浮かべた。
「彼女、わたくしの騎士である貴方達3人を侮辱したのよ?これはもうわたくしへの侮辱と変わらないわ。徹底的に思い知らせないと」
(この3人、聖王国出身なの?見えないけど)
ベリルは知る由もないが、彼等3人の国籍はバラバラだ。ただ聖女が学園都市で適当に見繕った生徒をそう呼んでいるだけだ。
しかし選び方も巧みだった。気が弱いが見目の良いレイモンド、それなりに腕が立ち野心的なジェラール、そして聖女の事ならば盲信的になるクインシー。
聖女の言葉に真っ先に頷いたのは、やはりクインシーだった。
「私達の為に⋯⋯!なんとお優しいことか!不肖クインシー、聖女様の御為ならば、そこの小娘を懲らしめて御覧にいれます!」
(小娘って)
まさか1つしか年の違わぬ男から小娘呼ばわりとは。それなら聖女は更に年下だし、クインシーとベリルはそこまで身長差は無いし、そもそもベリルは男だしと、小娘はかなり無理がある呼び方だ。
いや、それよりも、クインシーが他の2人にも声を掛けて煽っている事の方が問題なのだ。
「良いのか2人とも!何も知らぬ小娘に、聖女様の御心が乱されているのだぞ!我々の手であの小娘を成敗し、我々の力を見せ付けなくては!」
「う、ううん⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯聖女様の覚えの為にも⋯⋯」
気の弱いレイモンドはただ流されて、野心の強いジェラールは打算が働いた。結局、この2人もベリルとの模擬戦を承知したのである。
(うーん、まさかの1対3かぁ)
1対1程度だと思っていたので驚きである。聖女と云う名の免罪符のお陰で、罪悪感なんて無いのかもしれない。もし怪我をさせても、聖女が癒しの魔法を掛けるとでも考えていそうだ。
(掛けないぞぉ、この聖女は)
癒しの魔法を親切に掛ける球なら、先程のシャルダン君にも掛けてやってる筈だ。それが解っているから、エグマ教師もさっさと医務室に運んだに違い無い。
「では聖女様、模擬戦の為に友人の木剣を借りて来ても宜しいでしょうか?」
「ああ、そうね。いいわよ?」
ずっとカーテシーをしていたベリルは、此処でやっと直立姿勢に戻れた。目上の人間が許すまで顔を上げてはいけないと、片脚を引いた無茶な姿勢で居続けていたにも関わらず、全くふらつかないベリルに「おやっ?」と思った人間はこの場には居なかった。
まず殆どがカーテシーの辛さを知らぬ男であった事と、カーテシーなんて一切しない聖女と、目を伏せっぱなしの日傘の女生徒。そして唯一カーテシーをして、ベリルを視界に入れている女性のデイジーだが、彼女はこの事態に付いて行けず、頭がいっぱいいっぱいだった。
ベリルの身体能力に気付きそうなエグマ教師は、未だに戻って来そうな気配すら無い。
「⋯⋯フレデリカ!ああどうしよう!」
木剣を貸して貰おうとデイジーに近付くと、彼女は既に涙を流していた。
「ごめんなさい!やっぱりこんな授業に案内するんじゃなかった!」
「デイジーの所為じゃ無いから、泣かないで。ね?」
勿論、この事態は7割あの聖女と3馬鹿の所為である。よくこの1ヶ月問題が表面化せずいたものだとは思うが、何れ何処かで破綻した筈だ。もしかしたら今日が特別酷いだけで、今まではちょっと騒ぐ程度だったのかもしれない。
因みに3割は挑発したベリル自身の所為だ。エグマ教師が戻って来て止めてくれると思ってもいたが、此処から医務室までの距離を考えても遅い。シャルダン君の怪我が思っていた以上に酷いか、何処かで捕まっているのか。実は顔を上げてから、授業を受けていた数人が居なくなっているのに気付いた。この事態をエグマ教師に伝えに行ったか、探しに行ったかしたのだろう。
涙が止まらないデイジーにハンカチを押し付け、代わりに奪い取った木剣を持ち、ベリルは飽くまで優雅に見える様に修練場の真ん中に進み出た。
「お待たせしました」
「逃げなかった事は評価しよう⋯⋯!だが聖女様の為にも、容赦はせんぞ‼︎」
(そうかよ)
吠えれば吠える程小さな男にしか見えなくなるのだが、気付いてはいないのだろう。
3人はベリルから少し離れた位置で、ベリルの視界に入る所でばらけて木剣を構えていた。
(⋯⋯後ろに回り込もうって奴はいないかぁ。そこはお上品だなぁ)
そう考えたベリルは、木剣の構え方なんて全く分からないので、それを握った右手をだらりと下げたままだ。そんなベリルに苛々したクインシーがまた吠えた。
「⋯⋯構えろっ!」
「ああ、どうぞお気遣い無く。それとも、今更気付いてしまったとか?声が大きくて響くのは、お頭が空っぽだから響いているんだって」
「⋯⋯っこのぉ!」
クインシーが怒りの声が合図となった。真っ先に飛び出したクインシーを追う形で、ジェラールとレイモンドも木剣を構えたまま飛び出した。
3人から魔力の高まりを感じる。恐らくこのレベルなら拳大の火球程度だろう。牽制に使うのか、それとも決定打として使うのかは判らないが、如何せん魔力の練りが足らない。しかもさっさと打ち出さないのが、なんとももどかしい。
(甘いなぁ)
対してベリルは、慌てず右足で抉る様に地面の土を蹴り出した。ひと蹴りで上に巻き上げられた土は、風の魔法で正面に拡散されて、3人の目や口に容赦無く入り込んだ。
「ぐわっ⁉︎」
「おぇっ!」
「く、くそっ⁉︎」
クインシーとレイモンドは目と口に入った土に悶絶したが、ジェラールは目を押さえながらなんとか体勢を整えた。瞬間的に腕で顔を庇ったのだろう。
(でも、遅いなぁ)
一瞬でも目を逸らさせたら十分である。ベリルは目潰しの魔法を使ってから、向かって左にさっさと回り込んでいた。そこにいたのは、ベリルより身体が小さなレイモンドだ。
「よーいしょ」
「ひゃあ⁉︎」
「うわっ⁉︎」
目に入った土によって涙目になったレイモンドにした事は、ただ横から突き飛ばしてやっただけだ。身体強化魔法は使わずに。
3人の中では1番鍛え足りてないレイモンドは、面白いくらいに吹っ飛んだ。態々横のジェラールを巻き込んで。
「はい、ごめんねー」
「「うぐぅっ⁉︎」」
そして重なる様に倒れ込んだ2人を留めとばかりに踏み付けたベリルは、そのまま目を擦り続けるクインシーへと肉薄した。
「とうっ」
「うげっ⋯⋯⁉︎」
態と間抜けな掛け声を出して、木剣の先端でクインシーの腹を突いた。型も何もない、滅茶苦茶な突き方であるに関わらず、腹に宛てがわれたプロテクターを無視した威力。少し魔法で慣性を操作するだけで此処までの威力を出したのは、増やした筋トレの成果に違い無い。
「ほら、何程でも無い」
修練場の真ん中で、ベリルは誰にも聞こえない様に呟いた。




