221.聖王国の異変
あからさまに反応したドゥシュアを横目に確認しつつ、ベリルはトリスメギストスに向き直った。
「⋯⋯おや、あまり驚いて居ない様だ」
「驚いてますよ。どちらかと言えば扇動が得意な国が、まさか扇動されたなんて⋯⋯笑えないですね」
「そうだな。本当に全く⋯⋯」
やれやれと苦笑する魔法使いだったが、その目は鋭くドゥシュアへと注がれていた。蛇としての本能なのか知らないが、ドゥシュアも危険を察知しているらしく、脂汗を流している。
(⋯⋯⋯⋯もう少し、素知らぬ振りをしろ⋯⋯!)
ベリルはトリスメギストスの注意を少しでも逸らす為、態とらしい咳払いをひとつした。
「少し、質問なのですけど」
「何だろうか?」
「聖女は如何しているか、ご存知でしょうか」
「⋯⋯聖女。ああ、ジークベルト殿の解呪の為か」
トリスメギストスは、ジークベルトの状態を思い出して納得した。
「一応、優秀な斥候達が幾人か潜入を果たしているが⋯⋯さて、今の所連絡は受けて居ない様だ」
「⋯⋯⋯⋯そうですか」
ベリルはそこで、ちょっとオーバーに憔悴してみせた。吐息を大きく響かせる少し態とらしい演技だったが、外見の良さで大概は騙される。トリスメギストスに通用するかは分からなかったが、付き合いが浅い為か気付いては居ない様だった。
ただ首を傾げ、ベリルの様子を気遣ったのだ。
「どうした?気になる事でも?」
「いいえ。扇動者が聖王国国内に居るとするなら、聖女の身に危険が有るのでは無いかと。聖女はあの国の指針、扇動者にとっては良いプロパガンダに成りますが、抵抗されれば邪魔でしかありませんので」
「⋯⋯⋯⋯成る程、それもそうだ」
「それに数ヶ月しか交流は有りませんでしたが、学術都市で共に学んだ学友です。無事で有れば良いと、感じたまでです」
「⋯⋯⋯⋯では、潜入者達には聖女の保護を優先させるとしようか」
「そうして頂けますか。ジーク様の為にも」
ベリルの本性を知るジークベルトや冒険者達は、呆れた様にベリルの三文芝居を鑑賞していた。ただ唯一、素直なミシェルだけは心優しい甥っ子の言葉に感動していた。
「⋯⋯⋯⋯でさ、ベリちゃんはどうするの?」
危険だと云う理由で、ベリル達が王都へ帰る事は無期限に延期され、完全にこの港街に滞在する事が決定した後。トリスメギストスとミシェルが、冒険者達に仕事の依頼をしたいとジョシュだけを連れて別室へ移動してから、サミュエルがベリルに尋ねた。
「具体的に何するか考えてるの?」
「⋯⋯いや、まだ固まって無い、けど⋯⋯」
ベリルは其処で、残っている面々を確認した。丁度、ベリルにとって都合の良いメンバーが残っている。問題が有るのはディーデリヒと子守り役のプペだ。ディーデリヒなら女性陣に頼んで言い包める事も可能だろうが、プペはどうだろうか。
「プペ。貴女はトリスメギストスの命令を絶対に遵守する存在なの?」
「いいえ。私は飽くまで子守りに徹します。それが子供にとって害悪ならば、マリオネッターの御命令でも効力は有りません」
成る程と、ベリルは納得した。確かに、精神の未熟な頭でっかちだと。
自身の行動が子供の害悪になっているにも関わらず、教本通りの行動しか出来ない上、其処を矯正しようとしたトリスメギストスの命令を無視したのだろう。
(⋯⋯だけどこれなら、幾らでも誤魔化せる)
ベリルはニヤリと笑った。
「実は、考えている事が有るんだ」
「へぇ?どんなの?」
「魔王やってみようと思うんだけど、どう思う?」
***
この計画、勿論ミシェルとトリスメギストスには話せる事では無い。だから、ベリルは2人が席を外した段階で、この話を暴露したのだ。
しかしはっきり言って、それはもう反対された。
まず拒否反応を示したのは、真面目なリジーだった。
「な、何を考えているんですかっ⁉︎ま、ま、魔王って⋯⋯狙われてるんですよね⁉︎聖王国って所に⋯⋯!」
「そうですね。でも、聖王国の狙いは飽くまで魔王。対する扇動者の狙いは王城です。使っている駒が自分の思い通りの場所へ行かないのは、相当腹が立つと思いませんか」
「ええ、ええ!そうでしょうけど、そうでしょうけどぉ!」
如何しても承服し兼ねるのか、リジーは頭を掻き毟った。そこでベリルは、優しい声と美しい笑顔をリジーに向けてやる。
「大丈夫、リジーさんはただ黙認してくだされば良いのです」
「も、黙認なんて⋯⋯そんな、そんな⋯⋯」
「貴女は何も聞いていない。だから、何も知らない。ただ真面目に日々を過ごしていれば宜しいのです。それならば事が露見したとしても、貴女には何の咎めも無いでしょう」
そんな筈は無いのだが、至近距離でベリルの渾身の笑顔を見てしまったリジーは、ただただ頷いた。後々悪魔の契約だと後悔するかもしれないが、沼に引き込んでしまえば問題では無い。
次に反対の声を上げたのは、ジークベルトだった。
ジークベルトは兎に角ベリルを危険に遭わせたく無い様で、頻りに「ダメ!」「お菓子買ってあげるから止めなさい!」と、ベリルの周囲をバタバタと暴れ回った。
だが、ベリルも伊達に長らくジークベルトと行動を共にしていた訳では無い。ジークベルトには如何云う対応をすれば良いか、しっかりと心得ていた。
「⋯⋯⋯⋯ジーク様、魔王にはミステリアスな右腕が必要だとは思いませんか?無口で顔を隠した、少し気障な振る舞いの男⋯⋯」
「うっ⋯⋯⁉︎そ、それは⋯⋯⁉︎」
「⋯⋯⋯⋯演じたくありませんか?モテそうな役⋯⋯今のジーク様なら、衣装やら何やらで餡子を詰めればそれなりの体型で演出出来ると思うんですよね」
普通の人間ならば、絶対に引っ掛からない。だが、ジークベルトは元々自己肯定感が高い。その上、この2年は獣の姿に甘んじて来たのだ。目立ちたい気持ちと女の子にちやほやされたい気持ちは人一倍持っていた。
暫く「あー」とか「うー」とか唸っていたが、最後には大きな声で「やりたぁい!」と、頷いていた。計算通りである。
そして意外にも、メンバーの中で真っ先に計画を承諾したのは、ナンナであった。
「⋯⋯それでぇ、魔王の衣装はわたしに用意させる気ねぇ?」
「あー⋯⋯うん、出来ればお願いしたいんだけど⋯⋯」
ベリルとナンナの関係は、飽くまで対等な友人同士。ナンナにだけは無理強いをするつもりは無かったが、ナンナはにっこりとベリルに向かって微笑んだ。
「良いじゃない?悪そうで偉そうな服作れば良いのよね?」
「⋯⋯良いの?」
「ドレスだけじゃ無くて、色んな服作ってみたいものぉ。メア先生には練習って言えば何も言われないと思うわぁ」
応接室に備え付けられていたメモ用紙を使い、ノリノリでデザイン画を描き出したナンナは、生き生きとしていた。学生時代、楽しい事を思い付くと真っ先に提案していたのは彼女だったので、その時の楽しさを思い出したのだろう。
1番大人しいお嬢様のナンナがやる気になったからか、今まで黙っていた冒険者達も悪ノリをし出した。
「ねーねーベリたん!あたしも悪の女幹部やりたぁい!」
「ま、まあ。お前がどうしてもって言うならやってやらない事も無いけどな⋯⋯」
「ダイス、そわそわしているぞ⋯⋯」
「僧兵って強いか?」
リジー以外の全員が、なんと魔王軍に入隊希望だ。取り残される事になるリジーが、おろおろと慌てている。
そして、今まで沈黙を保っていたサミュエルが徐に口を開いた。
「⋯⋯全員分の衣装作るなら、やっぱりアヴァールも抱き込んだ方が良いよ。一応商業ルートを抑えた一族の長なんだし」
サミュエルはサミュエルで、この計画の実現の為のシミュレートをしていた様だ。ベリルの適当な思い付きを、どう形にするか。問題点は多い。
先程の衣装問題もそうだが、他に協力者を募るべきか、何より誰にも気付かれる事無く此処からどうやって各地へ行くのか。こんな勝手をしては、各所にどれだけの迷惑を掛ける事になるか。
「⋯⋯まあ、此処からどう移動するかは何と無く考えてるんだよね」
「ふうん?」
サミュエルは納得していないのか難しい表情をしたままだ。
「それより問題は⋯⋯アヴァール様とこっちに戻って来る筈のテュエリーザ様かな?」
もしこの計画が漏れでもしたら。あの面倒なばあばは絶対に1枚噛もうとしてくるだろう。
フラグゥ(笑)




