214.強烈ばあばと可愛い曾孫
※じいじはまだ出ません。
初対面の女性を、血が繋がっているとしても、その服装からして高貴な身分だと云うのに、ばあばと。
「無理です」
「何故だ!曽祖母だぞ⁉︎」
馬上の女性は、理解が出来ないとばかりに大きな声で反駁した。
「可愛い曾孫ならば大人しく、私の事を“ばあば”と呼ぶのだ」
「可愛く無いのでお呼び出来ません」
「むむぅ⋯⋯可愛い顔をして、なんと強情なのだ!」
ベリルからすれば、強情なのはその女性の方である。
首を横に振ったベリルは、眉間に皺を寄せて「だから可愛くありません」と、反論した。
しかし、そんなベリルに女性は「いいや、可愛いね!」と、その顔に指を突き付けた。何故かそのまま可愛い、可愛くないと言い合いが始まり、それを見ていた群衆から困惑の声が上がり、遠巻きにしていた護衛達もどうすれば良いのか顔を見合わせた。
そんな収拾が付かない事態を収めたのは、ベリルの後を追ってタラップを降りて来たミシェルとフレデリカであった。
「何をしているんだ、大刀自殿は」
「テュエリーザ様、ヴェスディ公爵邸でお待ちになると云う話では?」
「⋯⋯最初はそうしようと考えていたのだが、それでは可愛い曾孫との劇的な対面にならないだろう?他の輩とは少し一線を画したかったのだ」
「⋯⋯⋯⋯劇的の演出で警備の壁を突破したのか」
確かに劇的だった。馬を操る技術も、パフォーマンスも、何より「ばあば」の破壊力たるや、ベリルの脳髄に刻まれた。だからと言って大人しく呼ぶものでは無いのだが。
「劇的でしたら、アルベルト様とご一緒になされば宜しかったのに」
「いや、アルベルトはアルベルトで曾孫を驚かせるものを独自に考えているらしいんだ。詳しくは言えないが、これはびっくりするぞ」
馬上のテュエリーザは、悪戯っぽくベリルに流し目をした。今回の事より、呆れる様なびっくりがあると云うのか。ベリルは遠い目をしてしまう。
「それより、あまり此処で立ち話も良くは無い。公爵邸では兄上達も待っているのだ」
「そうですわね。ジークちゃまの首が伸び切って抜けてしまいます」
そう2人に促されたので、ベリルは然り気無くミシェルとフレデリカを群衆からの盾になる様な位置で馬車へと乗り込んだ。そもそも、派手に登場したテュエリーザが居るので、ベリルに注目している者は居なかったかも知れない。
その際、テュエリーザから「後ろに乗ると良い」と誘われたのだが、勿論丁重にお断りをしておいた。
***
馬車は海辺の街道を暫く走ったと思うと、いつの間にか林道を走って小高い丘を登っていた。その先に在ったのが、豪邸と言って差し支えの無い、白亜の邸宅ヴェスディ公爵邸である。
しかもその屋敷は本邸と云う訳でも無く、ただの別邸に過ぎ無いと云うのだから、財力と云うものは有る所には有るのだ。
「今屋敷にはぐて⋯⋯弟が居る筈ですわ。歓迎の宴を準備していると思います」
馬車に同乗していたティユールが、その宴に出て来るであろう食事のメニューの話題を出してくれたので、ベリルも退屈をせずに済んだ。
「可愛いベリルは、食べる事が好きか?食べられない物は無いか?好物は?」
「可愛く無い僕は、とんでもないもので無いのならば大体食べます。肉系が特に好きです」
「肉か!私も肉は好きだな!可愛いベリルよ、今度ばあばが旨い肉を狩って来よう!」
ベリルの隣に座ったテュエリーザが、ニコニコと会話に加わる。どうしてもベリルを「可愛い」と呼びたいらしく、名前の上に「可愛い」と付け始めたのだ。対抗して「可愛く無い」と言い募っているものの、お互いの主張は完全に平行線。「ばあば」呼びも諦めていないので、今の所どちらかと云えばテュエリーザに軍配が上がるかもしれない。
おまけにテュエリーザは本来ベリルの隣に座る筈だったミシェルを馬車から引き摺り下ろし、その座席に納まったのだ。お陰でミシェルは国王と云う身分でありながら、単騎で馬車の横を走っている。因みに、他のメンバー⋯⋯シャルールとナンナ、ドゥシュアと冒険者達は後続の馬車で目的地に向かっているそうだ。本来ならフレデリカでは無くシャルールが座る筈だったのだろうが、弟子にしたナンナの面倒を見る為に席を譲ったのである。
ベリルが馬車の窓から外を走るミシェルの顔を見ると、ミシェルは何処か諦めた様に笑っていた。その顔は、「テュエリーザにだけは逆らうなよ」と、言っている様にしか思えず、ベリルとしては肌が粟立つ。
(⋯⋯これは、益々逃げ難くなったんじゃないか?)
フレデリカと云い、テュエリーザと云い、この2人は隙と云うものが見えないのだ。出来れば、テュエリーザから離れたい所であるが、この調子では暫く行動を共にしなくてはならないだろう。
そんな風にベリルはテュエリーザに苦手意識を抱いたのだが、どうやら周囲はそうは思わなかったらしく、向かいに座るフレデリカは「もうそんなに仲が良くなられて⋯⋯」と、溢れる涙をハンカチで拭い出す始末だ。
そんな混沌とした車内環境も、邸宅へ到着する事で終わりを迎えたのだが、苦痛と云うものは簡単に終わらない。ベリルは車内に居た唯一の男として、女性達の手を取って馬車の乗り降りを手伝う事なったのだが、何故かその時にベリルの結婚相手の話題がポロッと出て来た。
「⋯⋯こんなにスマートにエスコートが出来るのならば、どんな気位の高い姫君も文句は無かろうよ」
「まあまあ、テュエリーザ様。殿下のお相手はまだ決まっていないのでは?」
「そうだが、ある程度は絞っているんだ。国内より、国外との連携を密に取った方が良いと言われているし」
「国外で繋がる相手と云えば⋯⋯やはりソルジェンテでしょうか?確かあそこは公族に姫君がいらしましたし、貿易相手としても申し分ありません」
「流石はヴェスディ家出身の令嬢。良い勘をしている」
「あら、テュエリーザ様にそう言って頂けるなんて⋯⋯」
ベリルにとっては恐ろしい内容だったが、女性達はその場で立ち尽くして井戸端会議を始めた。身分問わず、女性とは立ち話をするものなのだなとベリルは途方に暮れたが、内容が全く以って恐ろしい。
その場で女性達を促す事も出来ずに居ると、馬を馬丁に引き渡したミシェルが近付いて来て、黙ってベリルの肩を押してくれた。先に中に入ろうと云う事だ。
「⋯⋯放っていて良いのでしょうか?」
「女性の会話に付き合うものじゃ無いぞ。⋯⋯⋯⋯関わらないのが1番だ」
そうして2人で並んでヴェスディ邸に足を踏み入れると、見覚えのある顔が2人を迎え入れた。
「ベリやん!⋯⋯⋯⋯と、陛下!おかえりィ!」
2年振りのアヴァールだった。彼は2年前の18歳でヴェスディ公爵家を継ぎ、艱難辛苦を舐めながらも周囲の協力を得ながらこの2年を何とか繋いで来ていた。
それでも、2年振りに再会したベリルにはその苦労を悟らせない、相変わらずの胡散臭い笑みを見せた。
「私はついでか」
「拗ねない拗ねない、しゃあないやん?皆でかい図体の陛下より可愛えぇベリやんに会いたいんやから」
「何だ、私は可愛くないか?」
「可愛いって言われたいんか?」
軽口を叩き合う2人は、2年前よりもずっと砕けて見えた。揶揄われて顰めっ面をしていたミシェルの肩の力が抜けていて、信頼し合っているのがよく分かる。
そんなアヴァールはミシェルからベリルに向き直り、やっぱり胡散臭い笑顔でベリルの肩を抱いた。
「はー!2年振りやからベリやんも大きゅうなったやん!」
「お、お久し振りです⋯⋯その節は⋯⋯」
「ええねん!それより、東の大陸の話よう聞かせてや!ええ儲け話もあるかもしれへん」
そう言って、アヴァールは強引にならない絶妙な力加減でベリルを奥へと招き入れた。
流石は商人畑のヴェスディ家とでも言えば良いのか、アヴァールはベリルが嫌がる話題を上手く嗅ぎ取って、口にはしなかった。内容は大概旅の事で、どんな文化か、此方の大陸出身から見てどうだったか、だった。時折可愛い女の子は居たかと聞くのは、純粋なアヴァールの興味だろう。
そうして屋敷の奥へと進んだベリルは、背後から聞き慣れた、懐かしい声に呼び掛けられた。一瞬気の所為かと思う程、弱々しい声だった。
2年前どうしても反発してしまい、絶対もう会わないと決めてしまった。それでも、会いたいと思っていた人の声。
ベリルはその場で振り返った。




