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211.おくるもの

そろそろこの章も締めます⋯⋯長過ぎました。レヴィアタン倒した辺りで区切っとけば良かったと今更後悔してます。


 それからは、あっという間だった様に思う。

 魔法王国とティンニカンズは友好同盟及び通商条約を結び、国内外に向けてそれを発信した。これで益々、ティンニカンズは東大陸の重要拠点としての地位を確立したと言って良い。

 その利益を見込んだ結果なのかは分からないが、サウサン王とナンナの婚約は無事解消された。その上、ナンナは1度諦めたドレスデザイナーの道を歩むべく、このままシャルールに弟子入りする事となったのだ。

 勿論、ナンナが王族に嫁がない事での損失は有ったらしく、彼女の親戚連中は特に騒ぎ立てたが、彼女の両親からすれば、「あんな変態王族なんかに娘を渡さずに済んだ」と喜ばしい事の様である。正式に婚約解消したその日に、神殿に滞在しているベリルの所まで頭を下げに来たくらいだった。

 対する国王サウサンはと云うと、随分とティユール・フォン・グラスター侯爵夫人にやり込められた様で、女性に対する考えを変化させつつある。とは云え、それでも下半身で動く事はそうそう止められないらしく、「これ以上妻を娶るのは止めよう」と思える様になっただけで御の字だろう。


「あの子。サウサンは、私の夫⋯⋯初代国王にそっくりなのよ」


 始祖姫はそう言って困った様に微笑んだ。


「顔⋯⋯そう、顔も似ているけれど、1番よく似ているのは⋯⋯女性の扱い方」


 初代国王は表面上、女性に対して非常に優しかったのだと云う。その癖、裏では道具の様に考えて駒の様に動かす。そんな性悪な男だった。元が海賊だと云うので、表面上でも優しいだけマシな男ではあったのかもしれない。


「まあ、あの子の場合はあの人よりも自身の欲望に忠実でしたけれど。それに、少なくとも男性を相手にする事は無かった筈ですし」


 これも、平和な時代だからなのかしら?それとも、あの子の特殊性なのかしら?

 そんな風に笑う始祖姫は、本日付で正真正銘神殿の最高責任者となった。神殿長だったナビール一派は完全に一掃され、これからの神殿は弱き者の為の健全なものとなるだろう。

 そしてその栄えある日に、魔法王国使節団は帰国の途に着く。


「姫様、本当に残られるのですか?」

「はい、ベリル先生⋯⋯外の世界も気になりますけれど、やっぱり私はこの国の者ですから。やりたい事も出来ましたし」


 始祖姫はこの広大な神殿の一部を開放し、学校を始めたいのだ。対象は女性や子供達。教師役は神官達が持ち回りで行うと話がついているらしいので、実現まではそう遠くは無い。いずれ職業訓練みたいな場所も提供したいと希望しているが、問題は生徒が来てくれるかである。


「姫様が同級生になると銘打てば、それこそ身分問わずに希望者が来ると思いますよ」

「それならば良いのですけれど⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯どうしました?」


 言葉を詰まらせた始祖姫に、ベリルは首を傾げた。恐らくこうして会話をするのは最後になるだろう。

 何か言いたい事が有るならば解決した方が良いと考えたベリルは、始祖姫の視線が左肩に集中している事に気が付いた。


「⋯⋯こいつが気になりますか」

「⋯⋯はい。先生、その蜥蜴は⋯⋯あの夜竜になりました」


 始祖姫の瞳は揺れていた。己以外の竜。しかも言葉を解していて、一方的ではあったが、確かにあの夜対話をしたのだ。気にならない方が可笑しいと云うものだ。

 引き篭もっていた1ヶ月、どうして話題にならなかったのかと云えば、フェルニゲシュが頑なに始祖姫の居る家に行きたがらなかったからである。

 今もフェルニゲシュは、始祖姫から隠れる様にベリルの首の後ろへ回って誰にも聞こえない様に声を潜めて、更に耳許で神託を降ろした。


「⋯⋯え?今更神託とか⋯⋯⋯⋯ええ⋯⋯?自分で言えば良いのに⋯⋯仕方無いなぁ⋯⋯」

「⋯⋯先生、蜥蜴は⋯⋯何と?」


 傍から見れば、ベリルは独り言ちている様にしか見えない。それでも、始祖姫は蜥蜴と会話しているのだと信じ込んだ。

 ベリルは面倒そうに白けた眼差しをフェルニゲシュに向けたものの、1度態とらしい咳払いをして改めて始祖姫に向き直った。


「⋯⋯神託が降りました」

「は、はい」


 もう天使と云うのが、サウサン王が仕掛けた嘘だと知っている筈なのだが、始祖姫は思わず背筋を伸ばした。


「姫様は、どうやらご両親から贈られる筈のものを受け取りそびれている様です。こちらの使徒はその事を非常に、ずーっっと、しつこーく気にして居られた様でして⋯⋯痛っ!噛むな!」


 うるさいと、フェルニゲシュが耳を噛んで来たのだ。茶化すのは止めるかと、ベリルは再び咳払いをし、先を続ける。


「それで使徒が仰るには、本来ならば使徒の御子様に渡す筈だったものを姫様に差し上げたいと⋯⋯」

「⋯⋯それは、私が受け取っても良いものなのですか?」

「良いと思います。こいつは頑なに認めませんけど、僕は貴女が()()だと思ってますから」






***





ツィルニトラ(黒いドラゴン)なんて良いと思うの。強そうでしょ?」

「⋯⋯待て、それは男の子だった場合ではないか」


 良い考えだと笑う女に、異形の夫は呆れた様に温かいスープを手渡した。雪の降る日はウォッカが良いのだろうが、妊婦である妻には毒である。


「でもね、貴方との子供ならこう云う名前じゃないといけないと思うのよ」

「だからと言って、女の子をそう呼ぶのは⋯⋯その子が不憫になるではないか」

「⋯⋯そう?私のマリノーフカ(駒鳥)よりは良いと思うんだけど⋯⋯」

「何故だ。可愛らしいであろう、マリノーフカ」


 本心から夫はそう言うと、妻は「こそばゆい」と言って、恥ずかしそうに笑った。妻が笑うと両頬に笑窪が出来て、それが本当に可愛らしいのだ。


「⋯⋯もういいわ。兎に角、男の子だったらツィルニトラ。これは譲らないわよ」

「⋯⋯女の子だったら?」

「それは貴方が考えて。夫婦なんだからちゃんと共同作業しなくちゃ」


 妻にそう言われて、夫は追々考えなくてはと暖炉前のロッキングチェアに腰掛けた。そうゆっくり考えようとしたのだが、妻は夫を急かす様に「考えた?」「どんな名前?」と尋ね続ける。


「⋯⋯急かすな。こう云うのは、じっくりと最適な名前をだな⋯⋯」

「何言ってるの?こう云うのは直感が良いのよ?よっぽど可笑しいものなら流石に私も止めるわ」

「⋯⋯はあ⋯⋯」


 妻が自分を曲げるとは思えないので、夫は何か無いかと周囲に視線を巡らせた。こう「ぴん」と来るアイディアを求めたのである。

 すると、夫は不意に妻の瞳の色が無性に気になった。妻は美しい黒髪(ブルネット)に、透き通る様な紫色の瞳をした美しい娘だ。

 夫は、妻を見初めた時を思い出す。今日の様な雪の日、銀世界に映える鮮やかな紫色。まるで春の雪解けを思わせる紫だった。






***





「⋯⋯⋯⋯⋯⋯別に、残っても良かったんだぞ?」


 ベリルは肩に乗ったフェルニゲシュに語り掛けていた。

 魔法王国の船は、ドワーフの手が入っているので非常に速く進む。つい先程出港したばかりだと云うのに、港はもうあんなに小さくなっていた。


【何、お前に付き合うと決めたからな。せめて結婚するまでは一緒に居てやろうぞ】

「⋯⋯⋯⋯僕に付き合ってついて来るより、()()と一緒に居た方が良いと思うんだけど」

【⋯⋯確証は無いから良いのだ】


 フェルニゲシュはそう言うものの、その鎌首はずっと離れた港を向いたままだ。


【⋯⋯それに、もし本当に娘だとしても⋯⋯あの娘はもう大人である。親が傍に居るべきでは無い】

「⋯⋯それは、親の勝手な気もするよ」


 ベリルの目には、始祖姫は未だ子供だった。何年⋯⋯何百年生きていたとしても、彼女はようやっと虚勢を張れる様になった子供だ。

 ベリルと同じ子供⋯⋯いや、それ以前にやっと産まれる事が出来た子供。


「⋯⋯やっと名前を貰って、生きているって実感している頃だよ、きっと」





***




「───決めた」

「決まった?どんなの?やっぱりかっこいいの?」


 急かす妻を、待て待てと夫はその身体を労わる様に制した。


「かっこよくは無い」

「⋯⋯ええ〜⋯⋯」

「女の子なんだから、可愛い名前が良い」

「それはね、父親のエゴと云うものよ」


 子供の名前なんて、他聞にして親のエゴであろうと夫は思ったが、妻の機嫌を損ねるのも嫌なので黙っておいた。


「それで⋯⋯肝心の名前は?」

「うむ⋯⋯では、聞いて貰おう」


 勿体ぶる様に咳払いをひとつ。







フィアールカ(スミレの花)。雪解けに咲く、春を齎す可憐な花だ」

最後は早足過ぎた気もします⋯⋯が、だらだら詳細を書くのもなぁと思ったので、これ以上の深掘りはいつも通り、後で上げる人物紹介でご確認ください。

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