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師匠(仮)〜唯一の技術持ってるのに獣になった〜  作者: 杞憂らくは
弟子のスカート生活〜師匠は嵐の夢を見るか〜
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間話:エレナのビスケット


 寮室に案内されたエレナは、当てが外れた気分だった。


(⋯⋯いいえ、本来ならこれで十分なのです⋯⋯いいえ、寧ろ与えられ過ぎていると言っても良い⋯⋯)


 はっきり言って、寮室は非常に豪華である。主家の令嬢の寝む寝室、仕える使用人の寝室、シャワールーム、簡易キッチン。内装はシンプルでも機能面は完璧である。

 それでも、どうしてもここだけは気になってしまった。


「⋯⋯オーブンくらい、あっても良いではありませんか⋯⋯!」


 魔導オーブンならば、場所にも困らないではないか⋯⋯!

 心から叫んでも、実際にあるのは小さな魔導コンロと魔導水道。エレナとてわかってる。ただ火が出るコンロとただ水が出る水道、それに対して、複雑な機構と魔力調整が必要なオーブンの価格には、天地の差が有ると。


(困りましたわ⋯⋯!)


 エレナの脳内に有るのは、勿論一緒にこの学術都市(パンテオン)に来た、絶世のトンデモ腹ペコ美少年である。

 あの美少年は見た目の細さに反して、とんでもない食事量である。そしてとんでもなく意地汚い。基本食事量は通常の3倍、本来の胃袋容量は未知数。


(そう、少女の姿をしている以上、寮で出る食事ではベリルさんの胃袋を満たせはしないのです⋯⋯!)


 部屋にキッチンがあると知った時は、「良かった!」と思った。朝夕で追加の食事を仕込めるからだ。

 しかし、問題は日中の事。校内での食事の事だ。

 まさか特大の弁当を持たせる訳にも行かない。頬いっぱいに何かを食べている、美少女に扮した美少年なんてエレナにとっては垂涎ものだが、世間一般のイメージにはどうだろうか。

 そこで捻り出したのが焼き菓子である。糖分も高く、お腹にも溜まりやすい。野菜をすりおろして混ぜれば栄養価も高いし、食べている所を目撃されても、「ああ、美少女がお菓子を食べてるなぁ」としか思われない。なんて素敵アイテム。

 それなのに、部屋にオーブンが無い。


(⋯⋯⋯⋯そう云えば、共同キッチンがあるって話が⋯⋯もしや、そこにオーブンが?)


 エレナは部屋から飛び出した。

 そして光の様な速さで共同キッチンに辿り着いたエレナは、確かにそこでオーブンを発見した。だが。


(⋯⋯⋯⋯だ、大人気ではありませんの⋯⋯⁉︎)


 共同キッチンでは、貴賤関係無く少女達が入り混じって何か作っていた。そこには生徒ではなく、エレナの様な使用人も。

 女子である以上、それこそ甘いお菓子は欠かせないものだ。勉強の途中に、友達と喋りながら、そして眠る前についつい⋯⋯

 しかし此処でエレナが混ざって菓子作りをするのは、問題であった。何せ作ろうとしている量がとんでもない。「店でもやるの?」「誰かに配るの?」そんな質問待った無しだ。


(⋯⋯違うんですのよ、たった1人がそれを一瞬で食べますの⋯⋯!)


 そんな言い訳出来る筈があろうか?まず間違いなく世の女性全てが敵になる。


 エレナの選択は、もう数少ない。



**



 夜も明けぬ早朝、人参色に染まったビスケット生地をみっつ抱えたエレナは、人気の無い共同キッチンへこそこそと忍び入った。


(⋯⋯流石に、誰も居りませんね)


 エレナの選択はなんて事も無い。部屋で出来る作業は部屋で、共同キッチンでしか出来ない作業は、誰も居ない時間にする。そんなシンプルなものである。

 それでも、いつ誰が入って来るか判らない。エレナは急いでオーブンに火を入れ、持って来た生地を伸ばした。生地を伸ばして改めて、とんでもない量である事がわかる。


(⋯⋯いつもなら、ちゃんと型を取りますけど⋯⋯)


 時間短縮も兼ねて、ナイフで切るだけに留めた。それでも綺麗な長方形になる様に心掛けて、オーブンの天板に並べていく。


(オーブンも温まってますし、まずは第一弾)


 焼いてる間にはまた別の生地を伸ばして成形し、焼き上がったビスケットと入れ替えてまた焼いていく。

 そのサイクルを繰り返し、なんとか全ての生地を焼き上げた。


(ああ⋯⋯なんでしょうか、この達成感⋯⋯)


 長方形にならなかった端っこは、エレナの味見する部分だ。焼き立てを味わえるのは制作者の特権である。


(ふふ⋯⋯美味しいです。きっとベリルさんも満足してくださいますわね⋯⋯)


 エレナは作業をやり終えた達成感だと思っているが、ただ疲れが突き抜けて変なテンションになっているだけであった。




**



 エレナのビスケットは、勿論ベリルにとても喜んでもらえた訳である。だが。


「エレナさん、オーブンも無いのにどうやってビスケット焼いたんですか?それに僕、エレナさんがビスケット作ってたなんて知らないんですけど」


 そんな疑問から、たったの初日でエレナの徹夜作業は看破された。

 自分の事だからと、夜の内にベリルが生地を作り、早朝にエレナがオーブンへ走る事になったのだが、


「えっ⋯⋯⁉︎野菜すりおろすの速くありませんか⁉︎」

「も、もう生地が固まってる⋯⋯!そんな一気に捏ねてるのに⁉︎」


 身体強化魔法を最大限に駆使したベリルは、ビスケット生地をあっという間に作り終えてしまった。


「エレナさんのビスケット、美味しかったから明日も楽しみです。それじゃあおやすみなさい」


 ただ焼くだけなのに、果たしてそれはエレナのビスケットと呼べるのだろうか。もうそれはベリルのビスケットではないだろうか。


「⋯⋯と、兎に角、夜眠れる時間が出来た事を喜ぶ事にしましょう」


 焼き立てを味わえる特権は、捨てずに済みそうだ。そう、特権はビスケットを焼く人間に有るのだから。

美少年の腕力はゴリラ(笑)

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