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Ⅶ.自我の発露

ずーっと誰かの真似をしてました。


(私は、どうすれば良いんだ⋯⋯)


 ミシェルにとって、1番上の兄は憧れだった。

 強く、優しく、賢い。魔力も高く、何よりも魔力で作り出した鳥は王家の烏。それも初代様が作ったとされる白い烏。

 欠点なんて無い。次期王に相応しいのは、この人だ。

 しかし母である王妃とその父である祖父は、認めようとはしなかった。事ある毎に双子の兄のルキウスと共にミシェルを呼び出して、こう言うのだ。


「王になるのは、お前達のどちらかだ」


 そんな馬鹿なとは思ったが、何度も聞かされる度に「そうなのか」と、ミシェルは思い込む様になっていった。もし王になるならば、頭の良いルキウスが成るのが順当だな。とも考えた。

 子供だった。子供過ぎた。そう云う事態になると云うのが、どう云う事なのか分かっていなかった。

 兄が亡くなったと聞き、母は喜んだ。祖父は珍しく笑顔で、秘密だと言いながら祝いの言葉を吐いた。あまりの醜さに、ミシェルは愕然とした。既に立太子した兄が王に成らないと云う事は、兄が取り返しの付かない失敗をしたか、亡くなってしまったかのどちらかなのだ。

 ルキウスは、分かっていたのだろう。祖父から「王に成れ」と言われて、今まで見た事が無いくらいに泣き叫んで暴れたのだから。

 しかし今回の事件が有って、祖父はルキウスを切り捨てる考えを顕にした。だが、そもそもルキウスには国王で居る意志なんて最初から無かったのだから、何の痛痒も覚えていないに違い無い。

 それに、ルキウスは()の存在を知っていたからこそ、あの事件を起こしたのだと今なら分かる。呪われたジークベルトの為だけで無く、正統な者を王へ。事件を起こしたルキウスは勿論、事務能力に乏しいミシェルを落とす為に。


(⋯⋯確かに、私は王には向かない)


 今王都では、王城で起こった事件の処理と宰相のスキャンダル、そして()の存在が明るみになる事で混乱が起きている。公爵家当主達は勿論、各家の発言権を持つ者や、文官達が総出で処理に当たっているが、ミシェルは何もする事が無かった。

 能力が無いと言ってしまえばそれまでだが、全てをルキウスと祖父に丸投げして来たツケが回って来たのだ。武力を示す場面では無いし、ミシェルが動かしていた軍は今は祖父が動かしている。文官達は信頼の無いミシェルの言う事なんて聞かない。


 何も無かった。









 そして居た堪れなくなったミシェルは、ある貴族の護送へくっ付いて行く事にした。護送先はヴェスディ公爵の遺体が在ると云うので、ミシェルが向かうのも一応の理由は有った。

 王都に居てもやる事は無いし、自分が「無能」だと突き付けられるのも苦痛でしか無かった。今も()に、貴族の誰かが王位を仄めかしていると考えると、可笑しくなりそうだ。向いていないと自覚しているのに、執着している自分も嫌だった。


(⋯⋯こうやって王都から離れている間に、元通りになっていないだろうか)


 そう考え、何処までが元なのだろうかと思った。今回の事件が起こる前か、兄が亡くなる前か。それともジークベルトが出て行く前、兄の母⋯⋯前の王妃が亡くなる前か。

 そんな詮無い事をぐるぐると考え続け、護送先の街へとやって来たミシェルだったが、其処でも彼はやる事が無かった。

 その侯爵家は兎に角忙しいらしく、誰もミシェルを相手にはしない。ミシェルとしても、名乗り出るつもりにもならなかったのでそれは良い。だが、今までそんな扱いをされた事の無いミシェルからすれば、その対応は新鮮であり、皮肉であった。


(まるで透明人間だな)


 透明人間ならば気にせず街をふらふらしていても問題無かろうと、ミシェルは街に繰り出す事にした。そう云えば、ミシェルは街歩きなんてした事が無かった事に思い至った。ミシェルはルキウスとは違い、祖父と母の言いなりだったのだから当たり前である。

 そうしてただふらふらと、波間を漂う海月の様に歩いていたミシェルだったが、背後から誰かに声を掛けられた。


「⋯⋯⋯⋯何してんですか、陛下」


 「陛下」と呼ばれた事で、自分は透明では無かったと思い出したミシェルは慌てて振り向いた。そこに立っていたのは木箱を抱えたサミュエルだった。


「⋯⋯サミュエル、この街に来ていたのか」

「ええ、まあ。そう云う陛下は?王都から離れるなんて、軍事演習ですか?」

「いや、私は⋯⋯やる事を探しに⋯⋯⋯⋯いや、私の事は良いだろう。お前は何をしているんだ?その箱は何だ?」


 サミュエルが抱えた木箱はありふれたもので、細かな傷が付いた使い古しだった。何故か上面には花が置かれている。

 まるで小さな棺だと思ったミシェルだったが、本当に棺であると知り驚いた。


「と、言っても猫の棺です。出来れば景色の良い所に埋めてあげようと思いまして」

「そう、か⋯⋯しかし、お前が何故そんな事を⋯⋯?」

「この猫、僕の⋯⋯いや、僕達の命の恩人なんですよ」


 猫が恩人とはどういう事かと思ったが、詳しく話を聞くと成る程と思えた。確かに侯爵家の屋敷はとんでもない有様だったし、何が有ったのかと思っていたが、まさかそんな事件が有ったとは。


(しかし、此処にも()が居たのか⋯⋯)


 偶然なのか、必然なのか、ミシェルはその時は純粋に、彼が無事で良かったと思えた。だが、まさか彼が猫に助けられたとは思いもしなかった。あの兄の息子が、小さな猫に救われたなんて。それがなんだか可笑しくて、ミシェルは笑ってしまった。

 おまけにサミュエルは愉快な事を言い続ける。


「楽しかったですよ。棺の彼には申し訳無いですけど、キッチンワゴンにアヴァールも一緒に3人で乗ったんです」

「待て待て、聞けば聞く程どう云う状況なんだ⋯⋯?」

「言ったじゃないですか。猛スピードで蜘蛛を追い回してたんですって」


 本当に訳が分からないが、兎に角荒唐無稽の楽しい話だ。ミシェルは久々に心から笑った。笑い過ぎて腹が痛くなるくらいだった。


(ああ、生きてる)


 自分の意思で笑っている。初めて呼吸をする様に、肺に入る酸素の何と爽やかな事か。

 思えば、ミシェルには自由が無かった。自分で何かしようなんて考えた事もない。勉強は言われるままにやったし、剣は祖父が当たり前の様に握らせた。ペンより剣を選んで握ったのだって、母がそうしろと言ったからである。

 考えれば、猫ですら命を懸けた選択をしているのに。


(私も選びたい。透明じゃない、確かな自分が欲しい)


 他人に言われるままでは無く、自分から王になりたいと思いたい。そして、それに見合った能力が欲しい。


「⋯⋯そうだ、折角だし猫君は蜘蛛が死んだ辺りに埋めてあげようかな」

「おい、その猫を殺した相手が蜘蛛なんだろう?」

「いえ、結局は猫君が退治した様なものですから。英雄ですよ、猫君」

「ふ、ふく⋯⋯くくっ⋯⋯そ、そうだな」


 今は、甥を助けてくれた猫の墓を作りたい。

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