I.食い扶持の宛て
ここから7章です。
章立てはしてますが、間話みたいなものだと思ってください。なので、カウントの仕方も変えてます。
身体強化魔法を使って夜通し線路沿いを走り、日が昇ってから1番安い客室の鉄道切符を買って鉄道へ乗り込んだベリルとフェルニゲシュは、安くて狭いコンパートメントから窓の外の景色を見つつ悩んでいた。
「⋯⋯取り敢えず、何処行こうかな?」
【何だ?行き先も考えずに飛び出したのか?】
「⋯⋯⋯⋯兎に角まずは遠くに行こうと思ったんだよ」
朝食代わりに駅で買った塩味がきついソーセージを齧りながら、ベリルはもう途方に暮れていた。
別に当て所ない旅に不安が無いとは言わないし、まだ子供の年齢であるベリルからすれば、他者からどんな目で見られるのかも理解している。だが、何よりも問題なのは。
「⋯⋯⋯⋯ひもじい」
【は?】
「こんな量じゃ食べた気しない」
ベリルはあっという間に手の中から消えたソーセージを探した。残念だが全て口の中⋯⋯では無く、胃袋の中である。
この半年で、ただでさえ大きい胃袋が更に大きくなった気がするのだ。頭を抱えながらベリルは呻いた。
「ある程度の小遣いは持って来た。普通に食べるなら1週間は余裕で保つ。でも、僕が本気出して食べたら最後⋯⋯一瞬で消える」
【阿呆め。節制するのだな】
「それは勿論⋯⋯だけど、出来るなら金策も考えないと⋯⋯」
【と、云うと?】
「旅をしながら、働けるなら良いよな⋯⋯」
旅をしながらベリルが出来る仕事なんて、日雇いの荷運びくらいしか思い付かない。しかし未成年のベリルがそんな日雇いをするとなると、どう考えても斡旋業者や雇い主から賃金をピンハネされるだろう。何処かに定住するなら、もう少しマシな仕事も見付かるだろうが、大陸でも力の強いタロス魔法王国から逃げ切るのだ。出来れば定住はしたくない。
せめて身体が大きければ年齢を誤魔化せるだろうが、生憎ベリルは見た目だけは華奢なのだ。
【それなら、アレしか無いではないか】
「えっ、何か有るのか?」
流石長く生きているだけはあると、ベリルは目を輝かせてフェルニゲシュを見詰めた。
【体を売れ。男娼ならば男でも女でも買い手が居るだろうし、貴様なら高値で買われるだろう】
ベリルは無言のまま、フェルニゲシュの尻尾を窓際の手摺りに結び付けて窓を全開に開け放った。
大きいとは云え、矮小な蜥蜴の身体は風に煽られて呆気なく外へと飛び立ってしまう。命綱は結び付けられた尻尾だけである。その命綱も、細い糸を「ぎゅっ」と結んだものでは無いので見る間に解けそうであった。
【ぎょえええええ‼︎⁇】
「⋯⋯⋯⋯出来れば、僕の技能を活かせれば良いよねー⋯⋯郵便配達とか⋯⋯あ、でもその地域にはもうそう云うの居るから邪魔に思われるかな⋯⋯」
【すまんすまんすまん‼︎本当にすまなんだ‼︎ほ、解ける!解ける故、許してくれぇ‼︎】
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ちっ」
思っていたよりも謝罪が早かったので、ベリルは舌打ちをしながらフェルニゲシュを引き上げて窓を閉めた。
出会った当初に比べて、この古竜はプライドが低くなったなぁと、ベリルは染み染み思う。実は此方が素で、傲慢に見せていたのは態とだったのかもしれない。これも仲が深まったと云う事なのだろうか。
「⋯⋯もうちょっとマシな仕事、思い付いてから発言してね?」
【う⋯⋯うむ⋯⋯それなのだが⋯⋯少々危険な仕事になら心当たりがあるぞ】
じゃあ男娼は危険じゃ無いのか?と、ベリルは考えるが、恐らく危険のベクトルが違う。
「⋯⋯どんな仕事?」
【ああ、我が洞窟で1匹引き篭もっていた時にな⋯⋯冒険者の者達が来た事があるのだ】
「⋯⋯冒険⋯⋯?何それ?」
魔法王国では聞かない職業に、ベリルは目を瞬かせた。
【魔物を狩る者達だ。我はその者どもを何とか蹴散らし、その情報を聞き出す事に成功したのだが⋯⋯面倒臭い事に巻き込まれとう無くてさっさと塒を変えたのだ】
丁度その頃サエフと出会ったのだと、フェルニゲシュは続けて言った。ならば、そこまで昔の話では無さそうである。
それに今居る魔法王国のある大陸では、魔物を間引くのは基本的に領地を預かる貴族の仕事である。時々現れる強力な魔物は各国で連携して倒す事になっている。なので、恐らくフェルニゲシュの云う冒険者とか云うのは魔法王国とは遠く離れた国に存在しているのだ。
(⋯⋯願わくば、この線路の向いてる方向にその職業が有れば、ってやつか)
取り敢えず鉄道で行ける所まで行って、その冒険者と云うものは何か、情報を集めながら進むしか無い。何とも先行きの見えない無計画な旅なのかと、自分で始めた事なのだが頭痛がして来る思いだった。
(⋯⋯⋯⋯⋯⋯もし、金銭的に困ったら⋯⋯本当に体を売るしか無いかもしれない⋯⋯)
ソーセージ1本では足らないと、鳴りそうになる腹を摩りながら、ベリルはそんな事にならない様に祈るだけだった。




