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師匠(仮)〜唯一の技術持ってるのに獣になった〜  作者: 杞憂らくは
弟子のスカート生活〜師匠は嵐の夢を見るか〜
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17.思春期男子はちょろい


 学術都市(パンテオン)の中等部。

 そこの学長室において、一人の老人が震え上がっていた。


「ひっ⋯⋯ひいいいい!」


 悲鳴を上げた老人の前には、一枚の紙⋯⋯編入手続きの書類があった。


「学長、一体何事ですか?」

「あ、ああっモンテ君!」


 秘書の男性が、学長のあまりの狼狽ぶりに耳を咎めて声を掛けた。

 学長は震える手で、モンテに一枚の編入手続きの書類を差し出した。モンテは書類を受け取り、書類に書かれた日付けと暦を確認して納得した。


「ああ、そう言えば今日でしたか。二年生の編入者」


 少しずれた編入生。ついひと月程前に新年度が始まったばかりだったし、その数日後には全学年で爆発的に編入希望者で膨れ上がった。

 なんだか流行の波に乗り遅れた様なその子に、モンテは不思議と微笑ましさを覚えたものだ。

 ところが、学長は違うらしい。


「し、知らなかった!私は知らなかったぞ!」

「ご存知だったではないですか」

「名前までは知らなかったっ‼︎」


 学長は八つ当たりの様に、デスクに両拳を叩き付けた。その子供の様なみっともない姿、常の学長ならば考えられない醜態である。


「編入者の名前、ですか?はて⋯⋯何か問題のある名前だったか⋯⋯」


 モンテは用紙に再び目を落とし、編入者の名前を確認した。


「⋯⋯はあ、何も無い、ただの14歳の少女じゃないのですか?」


 何の事はない、田舎男爵家の令嬢である。特筆すべき事はタロス王国のセレスタイン公爵家の傍系で、推薦者の名前に公爵家当主の名が書かれていると云うだけだ。


「君は、君は若いから知らないのだ!あの嵐の暴君を‼︎」

「はあ」


 モンテは呆れるばかりである。

 嵐の暴君と云うのは、学園で囁かれている伝説なのだが、

 曰く、魔力を持たぬ少女が素手で魔術師を凌駕した、

 曰く、魔力を持たぬ少女が剣で以って最強生物ドラゴンの首を刎ねた、

 曰く、魔力を持たぬ少女が弓で以って遥か彼方を飛ぶ大鷲の眉間を射抜いた、

等と、非常に眉唾な話なのだ。


 所が、学長とその世代の教員は、揃って震え出すのだ。一部の生徒は本当の話なのでは?と疑うのだが、その少女の名前すら解らないのだから、真実を求め様にも手の打ちようが無い。

 学長達に尋ねようにも⋯⋯⋯⋯


「まさかと思いますけど、同姓同名なんですか?この――」

「止めろっ!その名前だけは言うんじゃない!」


 この調子である。

 モンテは肩を竦め、震える学長を後目に時計を確認した。

 もうすぐ登校時間だ。じきに編入生も来るだろう。




***




 寮から校舎までは、歩いて10分と云った所だろうか。


(走れば1分もかからない⋯⋯かな?)


 窓の外に見える校舎へと延びる道は、早朝故人影は無い。

 一人で制服に着替えたベリルは、その景色を眺めて溜め息が漏れた。

 これから全くどうなるか判らない学生生活が始まるのだ。男である筈の自分が、スカートを穿いて女子生徒に扮装し、あそこに通うのだ。

 もし男である事がバレたらどうなるのか⋯⋯変態の烙印を捺されるのはまず間違いない。


 ベリルが一人悶々としていると、エレナがノックも無しに入室して来た。彼女はノックをしない主義なのだ、時間の無駄を省いているだけに違いない。


「ベリルさん、ご準備は宜しいですか?」

「⋯⋯一応⋯⋯あの、やっぱりエレナさんが通っても良いと思うんですよね。ちょっと大人っぽいって言えば通りますよ」

「私、もう大人ですの。19歳のレディが中等部のお子ちゃま方に紛れるなんて無理ですわ」

(14歳の男が女子生徒に紛れるのも、やっぱり無理だと思うんだけど)


 土壇場でベリルは無様に抗ってみたが、やはり聞き入れられる事は無かった。


(取り敢えず目立たない様に過ごそう)


 学園生活はまず、目立たない。これに尽きる。


「そうそう、おぼっちゃまのクラスは覚えてらっしゃいますか?A組だそうですわ」

「はい、わかりました」

「学園内で何か有りましたら、おぼっちゃまに頼られればなんとかなりますわよ」


 腐っても公爵家の嫡男、大抵のトラブルは権力で何とかしてくれるだろう。


(絶対A組には近付かない)


 ベリルは己の学園規律に新しい条項を書き加えた。

 知り合いにこんな姿を見られるのは屈辱だ。何があっても頼らない。あっちはあっちで動いておいてくれればそれで良い。


そして、何よりも気を付けなければならない事があった。


「あ、そうだ。なるべくもう本名の方では呼ばないでください。偽名に慣れておかないと」

「そうですわね。ふふ、でもなんだか不思議ですわね。お婆さまの名前でベリルさんを呼ぶなんて」

「違いますよ⋯⋯僕、いえ、私の名前はフレデリカ。フレデリカ・ウラガンです」

「あら、うっかり。申し訳ありません、フレデリカ様」


 フレデリカ・ウラガンと云うのは旧姓で、現在フレデリカ・シュエットと名乗っているらしい女性は、正真正銘エレナの祖母君なのだそうだ。

 当初、ベリルは本名で何処かの家名を借りるだけだと思っていたのだが、「この名前なら色々都合が良いから、借りておきなさい」と、公爵から言われ、拝借する事にしたのである。

 完全な女性名で違和感はあるが、知り合いにバレにくくなったと考えれば、メリットしかない。


「あ、それじゃあ、もう時間ですし、私もう行きますね」

「ああ、少しお待ちください」


 約束の時間が迫っているのに気付き、鞄を持ち上げて外へ出ようとするベリルを、エレナが押し留めた。

 エレナは使用人の為の続き部屋へ一度入り、白薔薇が刺繍された群青の布に包まれた何かを手渡した。


「え?何ですかこの⋯⋯包み。何かの雑誌ですか?」


 (おもむろ)にエレナが手渡して来た包みは、巨大な長方体の平べったい物だった。


「ビスケットですわ」

「び、びすけっと!」

「お腹持ちが良い様に作りましたので、少々堅めですけれど」


 お腹が空いたら少しずつお摘みなさいねと、エレナは言った。

 寮室は簡易キッチンしか無いが、共同のキッチンがあったのは僥倖であった。日も昇らぬ早朝にそこに乗り込んだエレナが、一人小麦粉を捏ねまくった結果である。

 平べったい包みになったのは、鞄に大量に入れる為に他ならない。


「ありがとうございます!これで今日をなんとか乗り切れる!」

「大袈裟ですわ」

「いいえ、本当に!切実に!」


 実は、先程食堂で朝食を貰ったベリルだったのだが、非常に、非常に量が足らなかったのだ。おまけに見ず知らずのベリルが珍しいのか、周囲からじろじろと見られて、食べた心地がしなかった。

 幸いにも誰もベリルに話しかけて来なかったので、男とはバレなかった筈である。因みに着ていたのは、水色のワンピースだった。

 この食事量が暫く続くのか、と絶望していた中での天の助けである。

 ベリルはいそいそとビスケットの包みを鞄に詰めて(その際、まだ空きがあるのを確認して)、部屋を出発した。エレナの呟きが後ろから聞こえた気がしたが、ビスケットの事で頭がいっぱいのベリルには些末な事である。


「⋯⋯ちょろいですわぁ⋯⋯」


 あんなビスケットで機嫌が治るのだから、ベリルもまだ幼気(いたいけ)な少年なのだ。

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