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154.木偶


 問い掛けたフレーヌに、ドゥヴァンに扮した人物は明らかに動揺した様子を見せた。

 まさか、他人に成り済まして居るとは誰も思わないだろうが、セレスタイン家にはロビンと云う存在が居た。個を偽る彼の前例を知っているので、他家よりもそう云う事には柔軟である。


「⋯⋯イザベラなんだね?丁度良い、聞きたい事が⋯⋯」

「くっ⋯⋯!」


 フレーヌの問い掛けに、イザベラは左手に握っていたバケツの水を撒く事で応えた。撒かれた水は、イザベラの魔法によって白い蒸気に変わり部屋と廊下に一気に立ち込めたのだ。

 しかし、例え目眩しを出したとしてもキメリアに手を掴まれている以上は逃げ出せないと考えたフレーヌだったが、横手のキメリアから息を呑む気配を感じた。


「⋯⋯っ⁉︎」


 何事が起こっているのかも分からない、フレーヌは魔力で突風を起こして蒸気を一気に吹き飛ばした。


「あっ⋯⋯⁉︎」


 視界が開けた途端、風に煽られて靡く、「べろり」としたものが目に入った。それは、人間の皮だ。キメリアがその皮の手首と思しき部分を、ぎゅうと握り締めて立ち尽くしていた。

 フレーヌは棚引く皮に手で触れ、その感触を確認した。


「⋯⋯⋯⋯人間の生皮だね」

「⋯⋯矢張りドゥヴァンの⋯⋯⁉︎」


 ベノワが顔の部分を伸ばし、皮の人相を確認して青褪めた。ロビンの変身とは違い、イザベラの変身は殺した者の皮を剥ぎ取り、その身に被るものの様だ。なんとも悍ましい、悪魔の所業だった。


「ベノワとエレナは被害者をこれ以上出さない様に、急いで屋敷に居る使用人達を一箇所に集めろ。フレデリカは一刻も早く裏門へ向かえ。イザベラが外の技術を手に入れているとしても、報告を聞く限り屋敷の柵を乗り越えられる程の運動能力と魔法技術は無い筈だ」

「畏まりました」


 フレーヌがそう命じると、シャルールとキメリアをその場に残し、ベノワ達3人はその場から走り出した。


「兄上はデボラの所に行ってくれる?」


 シャルールにそう頼んだのは、デボラと共にルキウスとジークベルトが居る筈だからだ。ミシェルはネフティア公爵と王城の機能を立て直しに行っているが、当事者であるルキウスの立ち位置が微妙である為、セレスタイン家で大人しくしているのだ。

 今回のイザベラの凶行に対する、圧倒的な戦力が欲しい所なのだ。それに、ルキウスは戦闘経験こそ浅いものの、その卓越した戦闘能力からうってつけの人材だった。


「⋯⋯良いけど、あんたが行った方が良いんじゃない?」

「いや、私は表門に向かうよ。無いとは思うけど、逃走経路は一刻も早く潰しておかないと。キメリア、行くよ」


 キメリアを促し、フレーヌは走り出した。しかし、運動不足やら元々の運動機能の所為なのか。彼の走る速度はそこまで速いものではなかった。

 残されるシャルールと追い掛けるキメリアは、イザベラの足もそこまで速く無い事を祈るだけである。






***




(ああ、ああ、しまった⋯⋯まさか、ただの下男だと思ったのに⋯⋯!)


 屋敷の廊下をめちゃくちゃに走り、適当な物陰に隠れて、その辺の部屋に飛び込んだイザベラは、息も絶え絶えだった。

 誰も来ない裏庭で草毟りなんてしていたから、屋敷の中枢には入り込まない者だと思ったのである。罰掃除だとしても、あんな場所に配されるなんて、使用人の中でも相当低いのだと。それがまさか、使用人の中心であるシュエットと言葉を交わす者だったとは。


(⋯⋯どうするか⋯⋯しかし、フレーヌの側に()()()()()()の姿は無かった⋯⋯ならば、これ以上この屋敷に留まる必要は無い⋯⋯)


 目的の人物は、恐らくセレスタインが何処かに隠してしまったのだろう。それよりもイザベラの脳内には、如何にこの屋敷から抜け出すか、幾つもの経路が浮かんでは消えていった。


(裏門から逃げるか、表門から逃げるか⋯⋯)


 通常ならば、人通りの少ない裏門を選択する。だが、そんな事はあちらとて百も承知だろう。


(⋯⋯それならば、裏門から逃げると思わせて、いっそ表門から堂々と出て行って差し上げましょう⋯⋯!)


 イザベラは懐から形代を取り出した。自身の血を塗り付け、指で印を組み、呪を唱える。すると、自身の姿と瓜二つの存在が目の前に組み上がった。

 この形代で出来た木偶を裏門へと走らせ、自身は堂々と表門へと向かうのだ。木偶はこっくりとイザベラに対して頷くと、部屋を出て裏門へと走り出す。木偶である以上、本物のイザベラと違い、速度の低下や息切れとは無縁の存在である。上手く行けば誰にも捕まる事無く裏門へと走り切るだろう。


(⋯⋯それに、先程の生皮を残して来ましたからね⋯⋯迂闊に私に触れようとする者など居ない筈)


 正直に言って、あの術は不意打ちだからこそ成功した様なものだ。だが、少しでも考える頭が有るならばイザベラを捕獲しようとはしないだろう。

 もし捕まえるならば、近付かずに一撃で沈める必要がある。

 戦い慣れていないとは云え、魔法と道術を同時併用出来るイザベラを捕らえる事が可能なのは、そんな事が出来るのは、フレーヌかシュエットの誰かのみ。


(⋯⋯もし、あのそれらしき人物が出て来るならば⋯⋯苦労はしないのですけれどね)


 木偶が他人の目に留まったのだろう。屋敷内が(にわか)に騒がしくなり出した。イザベラは屋敷の状態を確認し、潜んでいた部屋から堂々と廊下へと出た。

 堂々と出たとは云え、他人の気配のする場所には近寄らない。他人と鉢合わせる事が無い様、イザベラは隠れ、回り道をし、それでいて堂々と表玄関から屋外へと出た。あとはこのまま表門へと進むだけだ。

 しかし、そう考えたイザベラの目にフレーヌと、その従者の後ろ姿が目に入った。あの2人はイザベラの木偶に惑わされる事無く、真っ直ぐに此方へ来たと云う事だ。思わず舌打ちしつつ、イザベラは咄嗟に傍の茂みへと身を隠した。


(もう一体木偶を展開して、注意を逸らすのも手ですが⋯⋯それだと、裏門へ向かっているのも偽物だと云うのも知られてしまいますね⋯⋯それよりも、あの2人が何処かへ行くのを待つか⋯⋯)


 つらつらと思考を展開していたイザベラだったが、フレーヌ達が誰か別の者と話し込んでいる事に気付いた。いや、あのフレーヌがやけに大きな声で誰かを追い返そうと怒鳴り付けているのだ。


(いえ、怒鳴ると云うよりも⋯⋯必死に言い募っている様で⋯⋯)


 少しの好奇心が頭を(もた)げ、イザベラは少し移動し、茂みから顔を出してその誰かを確認しようと試みた。


「──あ」


 その一瞬、イザベラは少女だった時を思い出す。

 まだ何も知らず、無邪気に恋に憧れていた頃を。


 そしてすぐに思い至る。

 叶わなかった故に、自身で砕いてしまった事を。

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