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師匠(仮)〜唯一の技術持ってるのに獣になった〜  作者: 杞憂らくは
弟子のスカート生活〜師匠は嵐の夢を見るか〜
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16.それは違和感もなく、屈辱的


 悲しい話、ベリルは馬車に揺られていた。


 王都ロゴスから、大陸の中心にある学術都市(パンテオン)まで鉄道で移動し、都市に到着するや馬車に押し込まれた。これから寮へと向かうらしい。

 公爵家を出発した瞬間から、天気は快晴だが、ベリルの心は毒雨が降り続いている。


「まあ、ベリルさん。()()がそんなお顔をしてはいけませんのよ。常に柔らかな笑みを湛えておかなくては」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ソウデスネ」


 対面に座るエレナは、にこやかにうきうきしているが、ベリルの顔はかつて無いほど引き攣っているだろう。


***



 数日前、学術都市への編入について、エレナに聞いた時。ベリルは入学をすっぱり諦めた。

 別に絶対に生徒として、都市に向かわなくてはならない訳では無いのだ。都市内には生徒の為の飲食店も、日用雑貨店もあると聞くし、何処かで下宿でもしながら情報を拾って過ごせば良い。聖女との接触が困難になるが、そこは既に入学している()()()に頑張って貰えば問題は無い。


 ところが、他三名の反応は違った。


「⋯⋯女子⁉︎」

「女子だけ?なるほど」

「はい、女子寮ならば、空室があると」


 矢鱈に性別を連呼している。なんだか(うなじ)がぴりぴりしてきた。いやぁな空気だ。


「ですので私、女子の編入希望者が一名いると、伝えておきましたの!」



「はっ‼︎⁇」


 ベリルは生物学上、男性である。同い年の少年達の中では華奢な部類だが、流石に少女達の中に紛れる事なんて出来る筈がない。と、思う。

 エレナが通うのでは?と、考えた方もいるだろうが、エレナは19歳、聖女は13歳。通う校舎も入寮場所も違うのである。


「でかしたエレナ!」

「編入手続きは書類だっけ?早速送ろう」

「私、荷造りをして参ります!」


 当事者であろうベリルを差し置いて、三人はどんどんと話を進めていた。このままでは、何の予備準備も心の整理も無しに、学術都市に放り込まれてしまう。


「ちょっと!それ、僕に女の子の格好をしろって言ってますよね⁉︎」


 まず、抗議する様に強い口調で、事態の確認を試みた。


「うん。それが?」

「大丈夫だよ、誰も気付かないから」

「ベリルさん、髪を飾るおリボンは何色が宜しいかしら?」


「凄い大問題だし、絶対気付かれるし、おリボンは何色も付けない‼︎」


 次に、ベリルは徹底抗戦を試みた。それを人は駄々とも言う。


「僕は編入しません!絶対しません!スカート穿くくらいなら、ジーク様の下の世話をしてる方がマシです‼︎」

「止めてよ、私が緩いみたいじゃないか!」


 ベリルの駄々は、ジークベルトの自尊心に被弾したが、そんなものは知った事ではない。スカートを穿かない為ならば、これは必要な犠牲なのだ。


「そうは言ってもねぇ、こんな機会そうそう無いと思うなぁ?学術都市には、大きな建物いっぱいに本が詰まった大図書館があるんだよ。勿論一般の人でも閲覧は出来るんだけど⋯⋯生徒だけしか入れない書庫があってね」

「えっ⋯⋯」


 今、スカートを穿いても良いかもしれないと、ベリルは思ってしまった。

 それでも何とか頭を振って、心を強く保つ為に深呼吸をした。


「お、お詳しいのですね、閣下」

「まあね。二十年くらい前まで、あそこにいたからね」

「な、成る程」


 現セレスタイン公爵は、そもそも嫡男では無かったらしい。本来なら家を継ぐ事は無く、学術都市で研究者になる予定だったそうだ。


「だから私、結構詳しいんだよ。二十年もあれば変わった所もあるだろうけど、都市内の書店とか、喫茶店なんかはよく行ったよ」

「きっさてん」

「そうだよ。徹夜明けによく行ったなあ。あそこまだあるかな。熱い珈琲の上に、たっぷりの生クリームと砕いたアーモンドが載ってて」

「うっ⋯⋯」

「まあるいカステラケーキが定番でね、チェリーの糖蜜漬けが上にちょこんと載ってて、口に入れると染み込んでたシロップが「じゅわっ」て広がるんだ」

「じゅわ⋯⋯」


 シロップの擬音を思わず呟いたら、涎がじゅわっと溢れてきた。なんて美味しそうな響きなのだろうか。

 ベリルの防御は緩んだが、公爵は攻撃の手を緩める事はない。


「学術都市は各国の知識が集まるけれど、一緒に料理も集まってるんだ。まるで小旅行に行ったつもりにもなれるよ。私のお薦めは、大図書館の近くにあるお店のチキンだね」

「チキン」

「この国じゃ珍しい、香辛料を使ったお店なんだよ。チキンを一羽丸々香辛料に漬け込んで作られた料理は絶品だったなぁ。お肉が骨からほろっと落ちるくらい柔らかくて、噛み締める度に旨味が口の中に広がるんだ」

「ごくり」


 先程食事をしたばかりだと云うのに、ベリルの腹はまた鳴りそうである。


「その店、結構良い値段なんだけど、学生なら三割引で食事が出来たっけ」

「さ、さんわり⁉︎」

「学食も外せないよね、特盛りならぬ鬼盛りメニューなんて、遊び心のあるものがあって」

「と、とくもり⁉︎おにもり⁉︎」

「制限時間内に食べ終われば、食券の束が貰えるんだって」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯‼︎⁇」


 葛藤は、一瞬で片が着いた。

 この決断が、一体何を齎すのか解らないベリルでは無かったが、それでも、抗う事など出来なかった。

 俯いて動かなくなったベリルに、エレナがそっと声を掛けた。


「ベリルさん、おリボンはどう致します?」


「⋯⋯何色でも構いません」


 それは事実上の敗北宣言である。




***


 そして今、学術都市の馬車の中、今更過ぎる後悔に襲われているのだ。


(⋯⋯何故、僕は食欲に負けたんだ⋯⋯!)


 女の子として編入する以上、届いた制服は勿論スカート。しかも朝からその女の子用の制服で此処まで旅をさせられた。移動くらいは、元の姿で問題無い筈なのに。慰めがあるならば、男女共にビロードのローブを羽織れる事だろうか。出来れば火傷を隠す為に付けた手袋も、男女兼用の白手袋が良かった。レースの手袋なんて何の機能が見込めるものか。


「ま、ベリルさんたら。お膝はしっかりとお閉じください、男の子ではないのですから」

「⋯⋯ハイ、スミマセン⋯⋯」


 敗北した以上、敗者は言う事を聞かなくてはならない。ベリルは言われたまま、少女の様に膝と膝をくっつけた。


「もう、今の貴方は女の子ですのよ?やっぱり着いて来て良かったですわ」

「あの、やっぱりそもそも無理があると思うんですよ」


 ベリルは自分の姿を見下ろした。

 同年の少女達よりも背が高いし、肩幅も若干広い。凹凸の無い身体は丸みも無く、明らかに少年の身体なのだ。


「男にスカート穿かせても、気持ち悪いだけでしょう」

「無理なんてありません。本当によくお似合いですのよ?腰なんて羨ましいくらいに括れてらして、ふわっとしたスカートが映えますわ。本当に、ローブが邪魔で邪魔で仕様がありませんの」

「⋯⋯⋯⋯ローブがあって本当に良かった」


 白を基調とした女子制服は、デザインが可愛らしいと保護者達から大変受けが良いらしい。白のハイウエストのスカートはベルトとリボンで腰を締め付け、そのままふわりと広がる少女らしい可愛らしさを演出し、首元のリボンはレースがあしらわれている。男子制服とは可愛らしさが段違いらしい。らしい、と云うのは、ベリルが男子制服を見ていないからだ。

 エレナ曰く、男子制服は面白味の無い無味乾燥したものらしい。それで良かったのに。


「お(ぐし)が長いのも良かったですわ。お洋服に併せて色んなヘアアレンジが出来ますし」

(切っとけば良かった)


 髪の長さも、女装に拍車を掛けていた。

 ベリルの髪は、下ろすと背中を覆う程長い。以前は定期的に切って(かもじ)屋に売っ払っていたのだが、そこの親爺から「お前さんの髪、もっと伸ばして売っちゃくれんか」と言われて、伸ばしていたのだ。しかもそれが相当な高値になると聞いたので、安い髪油をひたひた塗って育てて来た。まさかそれが(あだ)になるなんて。


(二度と髪伸ばさない。坊主頭で過ごそう)


 女装なんて二度とごめんである。さっさと聖女に接触して、男に戻らなくては。

 そう固く心に決めたベリルは、(かつら)の存在をすっかり忘れていた。髪を短く切った所で、スカートを穿く運命は変わらない。


「そうそう、ベリルさんに言わなくてはいけないと思っていたのですけど⋯⋯」

「はい、なんですか?」

「マナーの事です。女の子のマナーは、男の子とは違いますから」


 この数日、ベリルは基本的な淑女のマナーを叩き込まれた。歩き方、喋り方、座り方。所作のひとつひとつが男とは違うのだ。その違いは理解していたつもりだったが、流石に歩き方まで矯正されるとは思っていなかった。


「取り敢えず及第点を貰いましたよね?まだ何か有りますか?」

「有りますわ!お食事のマナー!」

「えっ?」


 基本的な食事のマナーは、男女の差異は無かった筈だ。それこそ、椅子の座り方やエスコートに関連するくらいだった筈⋯⋯そう思ったベリルに、エレナは思いもよらない事を言った。


「淑女は、小鳥が(ついば)む様に食事をするのです!」

「⋯⋯?」

「お肉やパンを吸い込む様に食べるなんて致しません!」

「⁉︎」

「お外に出ての買い食い、一度の爆食なんて以ての外ですの‼︎」

「‼︎⁇」


 ベリルがスカートを穿いてまで学術都市に来た理由は、今まさにエレナに斬って捨てられた。


 本当は、エレナもこの事を早く言いたかった。だがそれを知れば、ベリルは絶対に学術都市へは行かなかっただろう。勿論、おじさん二人もそれは承知していた。

 だからこそ、ぎりぎりのタイミングでの暴露。馬車はこのまま寮の敷地へ入る。逃げ道は無い。


「だ、騙された‼︎」

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