151.嘘が付けないお子ちゃま
日が昇り、街の人間達が活動し始めた時間。ベリルは1人で⋯⋯いや、フェルニゲシュと共に王都へと旅立って行った。
「⋯⋯⋯⋯僕もベリちゃんと行きたかったな〜⋯⋯」
「阿呆、ベリやんも居らんのにこれ以上人手無くす訳あるかい」
ベリルが王都へすぐに出発すると言い出して、グラスター侯爵家の面々は必死で引き留めた。ぐちゃぐちゃになった屋敷の片付けを行う人間を減らす訳にはいかないからだ。それに、アルエットの事もある。
アルエットは逆さ吊りの状態にされ、その時の恐怖により酷い錯乱状態になってしまったのだ。おまけにずぶ濡れの状態で放置された事で風邪を拗らせ、侍女とメイドの手には負えない。動かす事すら困難な彼女を運べるのは、ベリルだけだろう。
それを押し留めたのが、アヴァールであった。
「すまんけど、ベリやんにはどうしてもやらなあかん事があんねん。人手なら俺がこの街で雇うか、自分とこから呼んどくさかい。なっ?ベリやん行かせたってや」
そうピピン達グラスター侯爵家の面々を説得し、アヴァールとサミュエルはベリルを送り出したのだ。サミュエルは最後まで「一緒に行きたい」とごねていたが、そこはアヴァールが首根っこを掴んで止めたのである。
それに、アヴァールはこの街に残されている筈の、ユリアン・フォン・ヴェスディを探さなくてはならない。
「それに、お前には居て貰わんとあかん⋯⋯」
「⋯⋯ヴェスディ公爵の遺体検分?まだ死んだって決まっても無いのに」
「いや、死んどる。俺があの蜘蛛なら殺す。生かしとくだけ無駄や。メシの世話だけやのうて、シモの世話もせなあかんやろ?俺はオッサンの世話なんか嫌やで」
身代金と云う可能性も無い話では無いが、ヴェスディ家は金を出し渋るので有名でもある。それに、はっきり言うとあの父親は一族内でも求心力が無かった。遣り手ではあったのだが、どうも商売人臭くて「公爵」の威厳は無かったのだ。それに各地で種蒔きばかりしていたので、子供達からもあまり信用されていない。
なんなら、求心力ならばアヴァールの姉の方がよっぽどある。
「しょうがないなぁ⋯⋯」
「頼むで」
一応、この街に居る医者にも同じ様に検分して貰うつもりだ。しかし、その前に遺体を持って来なければならない。家族に連絡したくとも、矢張り遺体が必要だ。
アヴァールとサミュエルは侯爵家の執事に一声かけて、街へと繰り出した。ヴェスディ公爵の行きそうな場所を巡るのである。
アヴァールは表通りを外れ、薄暗い裏通りへと足を踏み入れた。裏通りは早朝にも関わらず、爽やかさの欠片も無い酔っ払いで溢れていた。夜通し飲み明かしそのまま路上で寝こけてしまった者達だ。見た目もそうだが、何よりも臭いが酷い。道の端には見た目も臭いも最悪なものがぶち撒けられていた。
「えっ⋯⋯こんな汚くて柄の悪そうなエリア?」
「親父なら情報収集とか言うて、こう云う場所歩くんや。俺も何回か歩かされとるから、まぁ安心せぇ」
血の臭いならば何とも思わないサミュエルだが、こう云う下品な臭いは本当に嫌らしく、顰めっ面で顔を抑えながらアヴァールに続いた。
暫く通りを歩くと、まだ粘っていた客を追い出しに掛かる女主人を見付け、アヴァールは話し掛けた。
「なあ、ちょっとええ?」
「はあ?何よアンタ。幾ら顔が良い男でも、いい加減店仕舞いよ」
「ちゃうちゃう、ほんま聞きたい事があるだけや」
アヴァールは何時もの胡散臭い笑みを浮かべながら、懐から女主人にだけ見える様に金貨を1枚出した。女主人は金貨を見て息を呑み、アヴァールの手からそれを勢いよく引っ手繰った。
「⋯⋯何聞きたいの」
「いや、昨日俺みたいな喋り方したオッサン来いひんかったか?俺と違って腹が出てる残念なオッサンなんやけど。姐さんみたいな美人の店なら来とると思うんや」
「昨日?⋯⋯来てないわねぇ⋯⋯」
女主人は金貨を胸の間に滑り込ませ、代わりの様にそこから煙管と燐寸を取り出した。そこは男には分からない袋なのだろうか。アヴァールは凝視してしまいそうになるが、女主人の顔に視線を固定して、にこにこと笑顔は崩さない。
「知らんならしゃあないわ⋯⋯ほんなら、他の店にも聞きたいんやけど⋯⋯今は何処も無理やろ?」
「そうねぇ。さっさと片付けて、眠りたいってのが本音よ。夕方前には皆仕込みの為に起きる筈よ。出来れば店が開いてから客として来て欲しいけど」
「あー⋯⋯せやな、それしかあらへんか⋯⋯」
仕方が無いかと、アヴァールが踵を返そうとした時、サミュエルが身を乗り出して女主人に質問した。
「ねえ、それじゃあ蜘蛛の巣がすごい所は?」
「えっ、蜘蛛⁉︎」
「何言うとんねん?」
頓痴気な質問だと、アヴァールも女主人も思ったが、サミュエルは真剣そのものであった。
「無い?大きな蜘蛛が居たとか、そう云う事話題にしたお客」
「え⋯⋯ええと⋯⋯確かに、そう云う与太話して来たのが居たわね」
「それ、昨日の話?」
「⋯⋯そうさ。でもそいつべろんべろんで、誰も相手にしなかったわよ。大きな蜘蛛が、大きな獲物を引き摺ってったって⋯⋯」
アヴァールはその「獲物」が自身の父親であると確信した。
「何処で見たか、おばさんは聞いた?」
「お姉さんって呼びな、坊や。面が良くても、女を煽てられない様じゃ三枚目だからね」
女主人は気分を害した様である。確かに四十絡みの見た目だが、肉感的な美女だ。その年齢に則した婀娜っぽさが人気なのだろう。生憎アヴァールの好みでは無いが、食指が動く男はごまんと居る筈だ。
仕方無く再び金貨を1枚出し、アヴァールは女主人の御機嫌を取る。
「すまん、堪忍したってや。こいつほんま見た目以上に中身がガキなんや。姐さんの魅力に気付けへんくらいやからな⋯⋯⋯⋯そんで、姐さんは聞いたんか?その蜘蛛の場所」
「⋯⋯この先に、先代の領主が開いた採掘場が有るんだよ。馬鹿みたいに金が出るかもなんて唆されて、一時躍起になって掘り進めてた所さ。今でも、この辺の馬鹿が夢見て掘ってたりするんだ」
「金は出た?」
「石炭ひとつ出てないね。馬鹿だろ?蜘蛛見たって奴も、まだ夢見てる馬鹿の1人さ」
それならば、「獲物」は恐らくそこに隠して居るのだろう。アヴァールとサミュエルは顔を見合わせて頷き合った。
アヴァールはまた金貨を1枚女主人に握らせ、軽く別れの挨拶をした。
「ほんまおおきにな、姐さん!」
「今度は客で来て頂戴よ」
金貨を握った女主人はアヴァールを横目で見送り、そして目の前ににっこりと笑っているサミュエルに気付いた。
サミュエルはにっこりしたまま手を広げた。サミュエルの手の中には植物の種が置かれていた。一体何かと目を瞬いた女主人は、驚く事を見る事になる。
サミュエルの手の中で種が発芽したと思ったら、しゅるしゅると成長し何本ものピンク色の花が咲き始めたのだ。
「ありがとう、おばさん」
びっくりして動けない女主人に、サミュエルは根っこと葉っぱが付いたガーベラの株を渡すと、悠々とアヴァールを追い掛けてその場を歩き去った。
その後、女主人はあんなに気の利いた贈り物は無いと笑って、その話を酔客に披露する様になった。
ピンクのガーベラの花言葉は「感謝」らしいですね。愛とか恋とか謳ってる場合も有るらしい。
当初は薔薇かなとか思ってたけど、種から育てたらやべーくらい大きくなるから止めました。薔薇は一輪でええんや。




